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生存決闘 8 惨劇
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「助けて! だれか助けて! だれかーッ!」
夕焼けの色を映して血のような色をした沼のなか、必死でもがいている娘がいた。
ほっそりとした腕をばたつかせ、水面をかき乱している。
濡れた黒髪が黄昏の光を反射する。16歳ほどの美しい少女だが、学院の生徒ではなかった。
「いったいだれ? 近くの村の子かしら」
「そんなことより早く助けないと! ……あ、蛇だ! 蛇がいる!」
ノビーが少女のほうを指差して叫んだ。少女の周囲の水面に大きな蛇の頭部が浮き沈みし、ちらちらと見え隠れしている。
やがて一匹の蛇が少女のか細い首にするりと巻きつき、ぐいぐいと絞めあげはじめた。少女のけたたましい悲鳴が苦しげなあえぎに変わる。
「雷火よ――ああ、くそっ」
距離があるため【昏倒電圧】の狙いがさだまらない。ノビーもデカスギも魔術射撃の腕にはそれなりに自信がある、特にノビーは魔術射撃については学生とは思えないレベルだが、失敗はゆるされないのだ。
「よし、待ってろ! 優雅なる水鳥・湖上の舞踊家よ・その軽やかな魂を我が脚に宿せ」
トゥネオが【水上歩行】を唱えると、沼の上を駆け出した。
アンジャイもおなじ呪文を唱えて沼の上を走る。至近距離から少女を締めあげる蛇を攻撃するつもりだ。
「優雅なる水鳥・湖上の舞踊家よ・その軽やかな魂を我が脚に宿せ!」
デカスギも【水上歩行】を唱えてふたりの後に続こうとした時、異変が起こった。
トゥネオが短い悲鳴をあげて急に水中に沈んだのだ。【水上歩行】がかかっていたにもかかわらず。
続いてアンジャイも。
少女の周囲の水が激しく波立つ。水面下でトゥネオとアンジャイがもがいているのだ。蛇は一匹だけではないらしく、長くうねる尻尾が何本も空中高く伸び上がり、水しぶきを 四方にはね散らした。
少女は、もう苦しんでも溺れてもいなかった。
奇怪な混乱のなかで、その中心にいる少女だけが静かだった。
胸から上だけを水面に出して蛇を首のあたりにまとわりつかせたまま、にこにこと笑みを浮かべていた。
「その女はヤバい、水から離れろっ!」
レリエルが大声をあげた瞬間、水際にいたノビーとデカスギの目の前に真っ赤なかたまりが浮上した。血まみれになったアンジャイの顔だった。
「うわああああああアアアッ!?」
ノビーがたまらず悲鳴をあげる。
アンジャイの全身が水面上に現れた。何本もの蛇の尾に巻つかれており、ゆっくりと空中に持ち上げられる。手足が奇妙な角度で垂れ下がり、その腹はずたずたに食い破られていた。
続いてトゥネオが浮かび上がる。尾に巻きつかれて身動きが取れないところを、無数の蛇に噛みつかれて喉を裂かれた姿で。
おびただしい血が水面を染める。夕焼けの赤よりも鮮やかな、血の色に。
「ぼけっとするな!」
レリエルの一喝に水から離れようとするノビーだったが、その動きは遅々としたものだった。足が、動かない。腰から下に力が入らない。
まるで悪夢のなかにいるように、思うように体が動かなかった。
恐怖に腰が抜けている状態だ。
「なんで逃げようとするの? こっちに来て遊んでよ」
少女はほっそりとした両のかいなをノビーの背中にさしのべて歌うように口ずさんだ。
「あたしの一番古い大親友、ほの暗い水の精霊たちよ、その子と遊んであげて!」
水が盛り上がりノビーを飲み込むと、水の帳に包まれて沼のなかに沈んでしまった。
「精霊使いか!」
精霊使い。ルーンとは異なる方法で、己自身の言葉で自然に呼びかけ、世界に干渉する精霊魔術の使い手。
「紫電の雷精よ・暗き雲より出でて・雷火と迸れ! ニ射!! 三射!!! 四射!!!!」
デカスギの唱えた【雷撃】は効果を現し、まばゆい光の噴流が夕闇を切り裂いて迸る。
学生が使うには手に余るはずの高レベルの攻性魔術、それも直前に使用した魔術を複数節の呪文詠唱無しにひとことのルーンを唱える事で発動できる最新の魔術技法『連唱』というおまけつきの連続魔法攻撃。
雷撃が少女の頭部に命中し、光の粒子を撒き散らす。常人ならば間違いなく意識を失うかショック死してもおかしくはないほどの打撃だ。
だが少女は軽く顔をしかめて頭を振るって、髪にまとわりついた雷線のなごりを振り払った。
「それでも魔術のつもり? 魔術とはこうするものよ。――あたしの変わった友だち、熱く燃える火の精霊よ、その子と踊って!」
焚き火の炎が膨張し、輝きを増したかと思うと小さな竜の形となってデカスギの体に巻きついた。
火蜥蜴だ。
少女は火蜥蜴を召喚してけしかけたのだ。
デカスギの衣服に火がつき、全身が炎に包まれる。
呪文を唱えるどころではない、声にならない悲鳴をあげて水に転がり込もうとする。
「いけないわデカスギさん!。水に入ったらあの蛇たちに襲われるわよ! 還れ・在るべき場所へ・契約は棄却されたし!」
ズシカの唱えた【精霊駆逐】によりデカスギに巻きついていた火蜥蜴が精霊界へと強制送還され、身を焦がす火炎から逃れられた。
「水には近づくな。水に入ればあの蛇どもの餌食だ。沼からはなれるんだ」
レリエルは熱さに耐えかねて今にも水に飛び込もうとしたデカスギの肩をつかんで強引に引き戻すと、沼から距離をとるべく駆けた。
「で、でもノビーが水に! アンジャイとトゥネオがッ!?」
「……逃げるとも見捨てるとも言ってねぇ。陸地から、蛇の牙のとどかない場所から遠距離攻撃で奴をたおすんだ。こっちはまだ三人いるんだぜ」
「……そうだね、三位一体が組める」
やみくもに逃げるだけでは背後から魔術による不意討ちを受けることになるだろう。
戦うにせよ逃げるにせよ、一度態勢を立て直して応戦する必要がある。相手に地の利のある水辺からはなれ、こちらは数の優位で立ち向かう。
突発的な惨事に動揺することなく、そのように考え、行動させたのはレリエルの体に馴染んだケンカ師としての経験のなせる業だ。
「あら、陸の上ならあたしに勝てるとでも?」
少女の顔に意味ありげな微笑が浮かんだ。その周囲を泳ぎ回っていた蛇たちがいっせいに水面に鎌首を持ち上げた。
「いいわよ、お望みとあれば陸の上で相手してあげる」
そう言うと少女が岸に寄ってきた。泳いでいる様子ではない。立ったままの姿勢で、腕も動かさすにまっすぐに進んでくる。
周囲を泳ぐ蛇たちはぴったりと少女に寄り添い、まるで彼女を護衛する兵士のようだった。
血まみれのアンジャイとトゥネオがその背後に引きずられている。まだ息があるのか、さだかではない。
先頭の蛇が岸に這い上がり、少女の体が水面から持ち上がった。その全身があらわになる。
「ひっ……!」
少女と蛇たちは一体だった。
少女には人のような脚がなく、代わりに六本の長い大蛇の首と、十数本の触手が生えていた。
イカやタコの吸盤の代わりに鱗が生えたかのような、おぞましくいやらしい触手が。
いつの間にか太陽は完全に沈み、月が出ていた。その月の光を浴びて妖しく煌めく鱗から水が滴り落ちる。
夕焼けの色を映して血のような色をした沼のなか、必死でもがいている娘がいた。
ほっそりとした腕をばたつかせ、水面をかき乱している。
濡れた黒髪が黄昏の光を反射する。16歳ほどの美しい少女だが、学院の生徒ではなかった。
「いったいだれ? 近くの村の子かしら」
「そんなことより早く助けないと! ……あ、蛇だ! 蛇がいる!」
ノビーが少女のほうを指差して叫んだ。少女の周囲の水面に大きな蛇の頭部が浮き沈みし、ちらちらと見え隠れしている。
やがて一匹の蛇が少女のか細い首にするりと巻きつき、ぐいぐいと絞めあげはじめた。少女のけたたましい悲鳴が苦しげなあえぎに変わる。
「雷火よ――ああ、くそっ」
距離があるため【昏倒電圧】の狙いがさだまらない。ノビーもデカスギも魔術射撃の腕にはそれなりに自信がある、特にノビーは魔術射撃については学生とは思えないレベルだが、失敗はゆるされないのだ。
「よし、待ってろ! 優雅なる水鳥・湖上の舞踊家よ・その軽やかな魂を我が脚に宿せ」
トゥネオが【水上歩行】を唱えると、沼の上を駆け出した。
アンジャイもおなじ呪文を唱えて沼の上を走る。至近距離から少女を締めあげる蛇を攻撃するつもりだ。
「優雅なる水鳥・湖上の舞踊家よ・その軽やかな魂を我が脚に宿せ!」
デカスギも【水上歩行】を唱えてふたりの後に続こうとした時、異変が起こった。
トゥネオが短い悲鳴をあげて急に水中に沈んだのだ。【水上歩行】がかかっていたにもかかわらず。
続いてアンジャイも。
少女の周囲の水が激しく波立つ。水面下でトゥネオとアンジャイがもがいているのだ。蛇は一匹だけではないらしく、長くうねる尻尾が何本も空中高く伸び上がり、水しぶきを 四方にはね散らした。
少女は、もう苦しんでも溺れてもいなかった。
奇怪な混乱のなかで、その中心にいる少女だけが静かだった。
胸から上だけを水面に出して蛇を首のあたりにまとわりつかせたまま、にこにこと笑みを浮かべていた。
「その女はヤバい、水から離れろっ!」
レリエルが大声をあげた瞬間、水際にいたノビーとデカスギの目の前に真っ赤なかたまりが浮上した。血まみれになったアンジャイの顔だった。
「うわああああああアアアッ!?」
ノビーがたまらず悲鳴をあげる。
アンジャイの全身が水面上に現れた。何本もの蛇の尾に巻つかれており、ゆっくりと空中に持ち上げられる。手足が奇妙な角度で垂れ下がり、その腹はずたずたに食い破られていた。
続いてトゥネオが浮かび上がる。尾に巻きつかれて身動きが取れないところを、無数の蛇に噛みつかれて喉を裂かれた姿で。
おびただしい血が水面を染める。夕焼けの赤よりも鮮やかな、血の色に。
「ぼけっとするな!」
レリエルの一喝に水から離れようとするノビーだったが、その動きは遅々としたものだった。足が、動かない。腰から下に力が入らない。
まるで悪夢のなかにいるように、思うように体が動かなかった。
恐怖に腰が抜けている状態だ。
「なんで逃げようとするの? こっちに来て遊んでよ」
少女はほっそりとした両のかいなをノビーの背中にさしのべて歌うように口ずさんだ。
「あたしの一番古い大親友、ほの暗い水の精霊たちよ、その子と遊んであげて!」
水が盛り上がりノビーを飲み込むと、水の帳に包まれて沼のなかに沈んでしまった。
「精霊使いか!」
精霊使い。ルーンとは異なる方法で、己自身の言葉で自然に呼びかけ、世界に干渉する精霊魔術の使い手。
「紫電の雷精よ・暗き雲より出でて・雷火と迸れ! ニ射!! 三射!!! 四射!!!!」
デカスギの唱えた【雷撃】は効果を現し、まばゆい光の噴流が夕闇を切り裂いて迸る。
学生が使うには手に余るはずの高レベルの攻性魔術、それも直前に使用した魔術を複数節の呪文詠唱無しにひとことのルーンを唱える事で発動できる最新の魔術技法『連唱』というおまけつきの連続魔法攻撃。
雷撃が少女の頭部に命中し、光の粒子を撒き散らす。常人ならば間違いなく意識を失うかショック死してもおかしくはないほどの打撃だ。
だが少女は軽く顔をしかめて頭を振るって、髪にまとわりついた雷線のなごりを振り払った。
「それでも魔術のつもり? 魔術とはこうするものよ。――あたしの変わった友だち、熱く燃える火の精霊よ、その子と踊って!」
焚き火の炎が膨張し、輝きを増したかと思うと小さな竜の形となってデカスギの体に巻きついた。
火蜥蜴だ。
少女は火蜥蜴を召喚してけしかけたのだ。
デカスギの衣服に火がつき、全身が炎に包まれる。
呪文を唱えるどころではない、声にならない悲鳴をあげて水に転がり込もうとする。
「いけないわデカスギさん!。水に入ったらあの蛇たちに襲われるわよ! 還れ・在るべき場所へ・契約は棄却されたし!」
ズシカの唱えた【精霊駆逐】によりデカスギに巻きついていた火蜥蜴が精霊界へと強制送還され、身を焦がす火炎から逃れられた。
「水には近づくな。水に入ればあの蛇どもの餌食だ。沼からはなれるんだ」
レリエルは熱さに耐えかねて今にも水に飛び込もうとしたデカスギの肩をつかんで強引に引き戻すと、沼から距離をとるべく駆けた。
「で、でもノビーが水に! アンジャイとトゥネオがッ!?」
「……逃げるとも見捨てるとも言ってねぇ。陸地から、蛇の牙のとどかない場所から遠距離攻撃で奴をたおすんだ。こっちはまだ三人いるんだぜ」
「……そうだね、三位一体が組める」
やみくもに逃げるだけでは背後から魔術による不意討ちを受けることになるだろう。
戦うにせよ逃げるにせよ、一度態勢を立て直して応戦する必要がある。相手に地の利のある水辺からはなれ、こちらは数の優位で立ち向かう。
突発的な惨事に動揺することなく、そのように考え、行動させたのはレリエルの体に馴染んだケンカ師としての経験のなせる業だ。
「あら、陸の上ならあたしに勝てるとでも?」
少女の顔に意味ありげな微笑が浮かんだ。その周囲を泳ぎ回っていた蛇たちがいっせいに水面に鎌首を持ち上げた。
「いいわよ、お望みとあれば陸の上で相手してあげる」
そう言うと少女が岸に寄ってきた。泳いでいる様子ではない。立ったままの姿勢で、腕も動かさすにまっすぐに進んでくる。
周囲を泳ぐ蛇たちはぴったりと少女に寄り添い、まるで彼女を護衛する兵士のようだった。
血まみれのアンジャイとトゥネオがその背後に引きずられている。まだ息があるのか、さだかではない。
先頭の蛇が岸に這い上がり、少女の体が水面から持ち上がった。その全身があらわになる。
「ひっ……!」
少女と蛇たちは一体だった。
少女には人のような脚がなく、代わりに六本の長い大蛇の首と、十数本の触手が生えていた。
イカやタコの吸盤の代わりに鱗が生えたかのような、おぞましくいやらしい触手が。
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