魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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生存決闘 12  レリエル・ラウロール

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 レリエルがまぶたを開くと東から昇る太陽が放つまばゆい光が双眸を射た。

「…………」

 意識がはっきりするにつれて苦痛の感覚ももどってきた。スキュラの触手に打たれ、大蛇に噛まれた傷の痛みが。
 だが、思ったほどの痛みは感じない。
 全身を見回すとスキュラとの戦闘でついた泥と血は丁寧にぬぐわれ、なにかの葉がいたるところに貼られていた。なかには草で縛り包帯のようにしてある箇所もある。

「ヨモギか……」

 ヨモギの葉を揉んでその汁を傷口に塗り、その上に汁を絞ったあとの葉を貼る。
 天然の膏薬だ。
 スキュラから負わされた傷のほとんどは跡形もなくふさがり、治っていた。
 あきらかになんらかの治癒魔術によるものだ。気を失う前に誰かが呪文を唱えたことを思い出す。あれは幻聴ではなかったのだ。
 この手当てもその治癒魔術の使い手によるものだろう。
 治癒魔術というのは基本的に対象の自己治癒能力を増幅させて傷を癒すという方式が主流である。
 しかしその行為は人体の異常な生命活動を促進させるもので、被施術者の身体には多大な負担がかかってしまう。
 欠損や骨折、深い内傷などはただ闇雲に治癒魔術をかけるだけでは後遺症が残ってしまうことが多く、最悪の場合は治癒限界――ごく短期間に回復魔術による肉体治癒を何度も繰りす事による過剰回復が生体組織活動に深刻な障害をあたえるために起きる自壊現象――に達する。
 そこで治癒魔術による施術のさいには適切な前処理や外科的処置が必要とされる。
 薬の選択や調合などに長けた専門家がいれば、治癒効率は格段に増して身体の負担は極限まで軽減されるのだ。

「気がついた?」

 声のほうを見ると、華奢な少女のシルエットが朝日を背にして立っていた。ズシカだ。

「無事だったみたいだな」
「ええ、悪夢精霊パロニリアにやられて気を失ったけど、怪我はしていないわ。服はボロボロになっちゃったけど」

 ズシカはくやしさに顔を歪めてレリエルの前にしゃがみこむ。

「目が覚めたらみんな終わっていて、まったく情けないったらないわ」
「……オレは、スキュラを倒したのか?」
「ええ、そうよ。むこうに死骸があるわ。すごい死闘だったみたいね」

 ここはスキュラと戦った水辺ではない。最初に野営していた場所だ。

「気を失う前にだれかが呪文を唱えるのを聞いた。が、あれはルーンじゃなかった。それにこの手当をしたのは――」

「レリエル! 心の友よ~!」

 アンジャイとトゥネオが喜色を浮かべて駆け寄ってきた。

「お、おまえら!? 無事だったのか?」

 四肢がでたらめに折れ曲がり、喉を噛み裂かれたふたりの姿を目の当たりにしたレリエルはふたりの平然とした姿に驚愕した。正直なところ助かるとは思っていなかったからだ。

「どうやらあれはスキュラの見せた幻だったらしい」

 水に沈んだノビーと気絶したデカスギもまた無事な姿でふたりの後から現れた。

「やられたよ。どうも僕らは最初からやつの、スキュラの精神攻撃を受けていたみたいだ。それで水に捕らわれた姿や無惨に殺されたように見させられた……らしい」
「ああ、僕らを介抱してくれた、あの騎士爵様の言葉によるとね」

 あの騎士爵――彼らを救った鬼一法眼きいちほうげんが姿を見せる。

「そうだ。スキュラは生きた人間の血肉を好む。大量に獲物を獲ってもすぐには殺さず魔術で仮死状態にして保存して、ちまりちまりと食いつなぐそうだ。トゥネオとアンジャイ、最初に襲われた二人は残った連中からは酷い殺されかたをしたように見えたようだが、それは幻で実際は精霊魔術によって半永久的な眠りに落とされただけだったようだ」
「……それをあんたが救ったわけか、キイチさんよ」
「まぁ、そういうことになるな。たが、スキュラを倒した手柄はおまえさんのものだ。たいした奮戦ぶりだったぞ、まるで巨大ワニと戦うドゥエイン・ジョンソンばりだった。不死身かよ! て思うくらいのタフさだった」
「そのたとえはわからねぇ」
「おまえさんの名前はレリエル・ラウロール、で合っているよな?」
「ああ、それで合ってる。あんたがオレを、オレたちを手当てしてくれたみたいだな」
「うむ。恩を感じて降参してくれると助かる。なにせまだ生存決闘サバイブ・デュエルは終わっていない、最後のひとりが残っているからな」
「それがオレってわけか」

 レリエルは鬼一に顔を向けたまま周囲に視線を向ける。

「……僕たちは降参したよ」
「なにせあんなことがあったばかりだし、とてもじゃないけど続けようって気にならなくてね」
「介抱してくれた相手と戦えないよ」

 ノビーたち生徒たちは不安そうな眼差しでレリエルを見ている。
 魔獣相手に命がけの戦いをした直後である、もう戦闘になるのも見るのもごめんだったからだ

「そうか……。キイチさん、ふたりだけで話しがしたい」
「レリエル!」
「聞こう」

 他の生徒たちが不安げに見つめるのを背にレリエルは鬼一をともない森の奥へと歩を進める。

「あんた、オレの体を見たんだな」
「見た」

 治療をしたのだからレリエルの体を、両性具有ヒジュラである肉体を目の当たりにしたのは当然だろう、単刀直入に訊くレリエルに対し鬼一は隠すことなく素直に答えた。

「どう思った?」
「綺麗だった」
「綺麗!?」
「ああ、女性らしい優美でしなやかな肢体に男性の鍛えられた筋肉がついた、美しさと強さの双方を備えた理想的な肉体だ。俺のような短身痩躯にはうらやましい限りだ」
「この耳は魔性の血が混ざっている証左だ」
「高い魔力に遅い老化、エルフの血は祝福であって呪いではない」
「だが、人とは異なる血だ」
「俺の生まれ故郷には人と狐の子だと言われる大魔法使いがいて死後は神として崇められている。人外の血が混ざっている、人の身で人とは異なるからなにがいけないというのか」
「オレの伴侶になる奴はおぞましいものを見ることになる」
「おまえの体には男にとってありがたいものと女にとってありがたいもののふたつがある。それのどこがおぞましいものか」
「なら、おまえはオレを抱けるか」
「抱けるさ、おまえは美しい」
「なら結婚してくれ」
「なぜそうなる?」
「ラウロール家には命を救われた未婚の娘はその恩人に処女を捧げて家を挙げて手厚く遇するという古い習わしがあるんだ」

 ねえよ。

「いや、ねえよ! 地の文が先にツッコミ入れるくらいねえよ、そんな設定!」
「オレは半分女で男のおまえに命を救われた。おまえはオレのこんな体でも抱けるという。習わしに背く理由はない」
「おまえ自身の気持ちは? 伝統や慣習をないがしろにする気はないが、古い習わしに盲目的に従うのは阿呆と言うものだ」
「キイチ・ホーゲン。実はあんたの事はずっと気になっていたんだ。ロッシーナの大軍を奇計と異邦の魔術で撃退した英雄、シーベックを襲った悪魔を倒した勇者、常識にとらわれない戦い方をする魔術と戦術の鬼才――」
「おお、いいね。もっと褒めてくれ」
「オレはあんたのファンだ。あんたと合ってみたかった、話してみたかった」

 これが、これこそがレリエルがこの生存決闘デュエル・サバイブに参加した理由であった。

「そしてあんたに命を救われた。これで惚れない理由があるか?」
「惚れてくれてありがとう。だが憧憬と恋慕の情は違う」
「憧憬か恋慕か、それを決めるのはあんたじゃない、オレの心だ」
「たしかに」
「自分で言うのもなんだがラウロール家は下手な王侯貴族よりも遥かに裕福で婿入りすれば一生働かずに遊んで暮らせるぞ」
「む、それは魅力的だな。だが先約があるので結婚は無理だ」
「……アヤネル姫か?」
「そうだ。さっきも褒め称えてくれたが俺は一応〝救国の英雄〟というやつでな、国を救った報酬のひとつに姫君アヤネルと交際する自由と権利をもらったんだ」
「それで、アヤネル姫とは上手くいっているのか? 結婚するのは確定している事なのか?」
「……下手にはいっていない、と思う。結婚はまだ予定は未定というやつだ」

 十四代目鬼一法眼。この男は怠惰な女好きである。
 女好きとは本来まめなもの。女の気を引くためにあれやこれやと尽くすのが女好きであるが、この男はこと男女の交際に関しては基本的に怠け者の受け身であった。
 気のある素振りには食いつくが、必死になって追いかけるまではしない。
 女の誘いに乗るのはやぶさかではないが、己から誘うことはおっくうに思いめったにない。

「未定のまま未完になったらオレと結婚しろ。もしアヤネル姫と結婚したとしてもオレをおまえの近くに置け。オレは男としても女としても恩人であるおまえに報いなければならない。いや、報いたい。これはオレの本心だ」
「ではそうしよう。だがまずは友としてつき合ってくれないか」
「友か……、わかった」
「おまえと酒でも飲みながら話がしたいな、だがその前に生存決闘サバイブ・デュエルなどという面倒なことを終わらせたい」
「オレの負けだ、降参する」

 こうして四日間におよんだ今回のグローリー・ストリックランド派の生徒たちと鬼一法眼の生存決闘サバイブ・デュエルは鬼一法眼の勝利という形で幕を下ろした。
 ふたりからの報せを聞いたノビーたち他の生徒たちは安堵し、胸をなで下ろす。

「ところでむこうに転がっているレリエルが倒したスキュラの死骸だが、食べてみようと思う」
「「「……はぁ?」」」

 鬼一のとんでもない提案に一同は唖然とする。
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