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湧水の術
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アリフレテラ大陸は古くから戦乱の絶えない地である。
それゆえ魔法・魔術がいち早く戦争にもちいられ、発達し、魔法使いは戦場の華として活躍した。
森の賢者は勝利をもたらす英雄となり、神秘に満ちた叡智は死と破壊をもたらす破壊の技となった。
魔法・魔術を軍事技術として採用・発展を遂げつつある超大国ロッシーナは世界の全てを支配しようとする欲望に駆られ、小国の乱立するナーロッパ地方に侵略。
ロッシーナ帝国軍は各地を蹂躙して版図を広げていった。
一国のみではこれに対抗することは不可能。
そう判断したマカロン王国は各地の王に合従策を主張し、みずからが対ロッシーナ軍の盟主となり兵をあげた。
諸国の王もこれに呼応して出兵。連合軍はロッシーナ軍を退けて支配された人々を解放することに成功したのだが、これは戦略的レベルの罠であった。
ロッシーナ帝国軍の略奪によって民衆は困窮しており、民を救い侵略者を退けるという大義名分を掲げる連合軍は民衆を救うために用意されていた兵糧とは別に大量の食料や物資を提供せざるをえなくなる。
輸送能力を圧迫するどころか必要なだけの物資をそろえるのに各国の財政を逼迫させることとなり、諸王の間では撤兵論が出始めて意見が別れ初期の団結力がなくなった。
さらに末端の兵のなかには長期の遠征によるストレスや給金の未払いによる不満から略奪に走るものも出始める始末であった。これではどちらが侵略者かわからない。
このタイミングを見計らい、ロッシーナ軍は反撃に転じる。各地に潜ませていた召喚魔術士が魔物の群れを呼び出して連合軍の輸送部隊を全滅させ、側面攻撃によって長大化した軍列を分断。連合軍が混乱におちいるなか、ロッシーナ軍によって各個撃破されてゆくのであった――。
ワッシャー島。
グラスラ内界にある小さな島で、河口部はいくつもの分流があり多くの三角州を形成し、片方を海が広がりもう片方は水路に遮断された大きな岬のような地形をしている。
島の形や海流も気流も複雑で、低い丘陵が南端で急激に高く盛り上がり、海にむかって急角度で落ち込む。周囲にも無数の小島があり、陸と海とが入り乱れているような不思議な地形となっている。
マカロン軍はこの辺境の島にまで追いつめられていた。
たいして広くもない土地に城塞を築いて官署や兵舎や簡易住宅を造りロッシーナへの抵抗を続けている。
ワッシャー島の港口は水路の左右に山がせまり、巨大な鉄門を思わせる。港の背後には険しい山々がつらなり、陸上からの攻撃はまず不可能で海上から攻撃するしかない。
海上はロッシーナの軍船に封鎖されて補給の道は閉ざされて昼夜を問わず敢行されるロッシーナの波状攻撃に消耗する一方であった。
「癒しの風・恵みの雨・彼の者に安らぎを与えよ」
紅玉のように輝く赤毛と蒼玉のように煌めく双眸に白磁のような肌をしたアヤネルが武装して戦場を駆ける姿は、その美貌から戦場の乙女、あるいは戦姫と謳われた。
女神と呼ぶにはまだ若く瑞々しい、ゆえに乙女であり戦姫。
ただし人を傷つけ殺める戦姫ではない、傷ついた兵を癒やしの業で癒やす戦姫だ。
「清浄なる水・清冽なる風よ・黒き血を取り除け」
傷を癒やし、解毒してもらった兵士たちは涙を流して歓喜する。
「この井戸は島に籠もる二万人の喉を潤す唯一の水源です。もしこの場所を占領されれば我が軍はおしまいでした。姫様には感謝の言葉もございません」
「二万人……。出陣したときは五千人だったけど、ずいぶんと増えたのね」
「ええ、本国の軍に戻れずにいた他国の兵のほかに帰る場所を失った民を抱え込んでいますので、すっかり大所帯になってしまいました」
「それだけの人数をこんな小さな井戸から汲める水だけでまかなえるの?」
「……実は正直なところ、ここから採れる水だけでは不足でして、みな渇きに苦しんでおります。それにただ飲む水がたりないだけでなく小麦を溶いたり米を焚くこともできず、干した米や肉を飲み下すのさえ苦労するありさま。せめて五日に一度でも雨が降ってくれればここまで渇きに苦しめられずにすむのですが」
「あるいは水霊を操る精霊使いや召喚術士がいれば水の確保ができるわよね」
アヤネルが意味ありげに鬼一法眼に視線を向けるとロットシュタインも期待に満ちた表情を浮かべた。
「あなたは先ほどロッシーナ軍を蹴散らした魔法使い、雨を降らせる魔術が使えるのですか!?」
「まぁ、使えないこともないですが……。見たところ井戸の水位はかなり下がっていて底が見えるくらいで干上がるのも時間の問題と思われる。私の学んだ方術が役に立つかもしれません」
「本当ですか!?」
「はい、たとえば……」
鬼一はそう言って井戸のほとりに下りた。
木でも火でも土でも金属でも水でも、呪術によって生じるモノは本来この世には存在しないかりそめの物体、ないしエネルギーであり一時的に呪力が姿形をもったあやふやな現象にすぎない。
それを現実の物としてしっかりと形作るには、より複雑な術式を組んだり余分に呪力をくわえる必要がある。
さて今回はどうするか――。
地面に落ちていた剣を拾うと印を切り、呪を唱える。
「此水不是非凡水、水不洗水、北方壬癸水――」
さらに呪文を唱えつつ、手にした剣の平を指でなぞる。
「一点在地中、雲雨須臾至、病者呑之、百病消除――」
そして指先で剣身をはじくと、水滴が生じた。
二度三度と剣身をはじくたびに水滴は大きく、その数を増し、剣身からはまるで水瓶を逆さにしたかのように水が流れ出てくる。
「金生水――、疾く!」
気合いとともに井戸の底に剣を投げ込むと、数拍の間ののち、間欠泉のような勢いで水が湧き出し、井戸をいっぱいにするどころか縁からもあふれだし、すり鉢状の斜面は泉の様相となった
「おおっ、これは……!」
水が尽きかけているとはいえせっかく水気のある井戸である。一から創るのではなく水脈に活を入れて水を増やすことに成功したのだ。
弘法大師・空海には水にまつわるエピソードが多い。
日照りに苦しむ人々を救うため雨を降らせたり、水を湧かせたりといった逸話が日本各地に数多く存在する。
『その法力は弘法大師の再来』と豪語する鬼一法眼は、みごとに空海の如く水を湧かせてみせた。
それゆえ魔法・魔術がいち早く戦争にもちいられ、発達し、魔法使いは戦場の華として活躍した。
森の賢者は勝利をもたらす英雄となり、神秘に満ちた叡智は死と破壊をもたらす破壊の技となった。
魔法・魔術を軍事技術として採用・発展を遂げつつある超大国ロッシーナは世界の全てを支配しようとする欲望に駆られ、小国の乱立するナーロッパ地方に侵略。
ロッシーナ帝国軍は各地を蹂躙して版図を広げていった。
一国のみではこれに対抗することは不可能。
そう判断したマカロン王国は各地の王に合従策を主張し、みずからが対ロッシーナ軍の盟主となり兵をあげた。
諸国の王もこれに呼応して出兵。連合軍はロッシーナ軍を退けて支配された人々を解放することに成功したのだが、これは戦略的レベルの罠であった。
ロッシーナ帝国軍の略奪によって民衆は困窮しており、民を救い侵略者を退けるという大義名分を掲げる連合軍は民衆を救うために用意されていた兵糧とは別に大量の食料や物資を提供せざるをえなくなる。
輸送能力を圧迫するどころか必要なだけの物資をそろえるのに各国の財政を逼迫させることとなり、諸王の間では撤兵論が出始めて意見が別れ初期の団結力がなくなった。
さらに末端の兵のなかには長期の遠征によるストレスや給金の未払いによる不満から略奪に走るものも出始める始末であった。これではどちらが侵略者かわからない。
このタイミングを見計らい、ロッシーナ軍は反撃に転じる。各地に潜ませていた召喚魔術士が魔物の群れを呼び出して連合軍の輸送部隊を全滅させ、側面攻撃によって長大化した軍列を分断。連合軍が混乱におちいるなか、ロッシーナ軍によって各個撃破されてゆくのであった――。
ワッシャー島。
グラスラ内界にある小さな島で、河口部はいくつもの分流があり多くの三角州を形成し、片方を海が広がりもう片方は水路に遮断された大きな岬のような地形をしている。
島の形や海流も気流も複雑で、低い丘陵が南端で急激に高く盛り上がり、海にむかって急角度で落ち込む。周囲にも無数の小島があり、陸と海とが入り乱れているような不思議な地形となっている。
マカロン軍はこの辺境の島にまで追いつめられていた。
たいして広くもない土地に城塞を築いて官署や兵舎や簡易住宅を造りロッシーナへの抵抗を続けている。
ワッシャー島の港口は水路の左右に山がせまり、巨大な鉄門を思わせる。港の背後には険しい山々がつらなり、陸上からの攻撃はまず不可能で海上から攻撃するしかない。
海上はロッシーナの軍船に封鎖されて補給の道は閉ざされて昼夜を問わず敢行されるロッシーナの波状攻撃に消耗する一方であった。
「癒しの風・恵みの雨・彼の者に安らぎを与えよ」
紅玉のように輝く赤毛と蒼玉のように煌めく双眸に白磁のような肌をしたアヤネルが武装して戦場を駆ける姿は、その美貌から戦場の乙女、あるいは戦姫と謳われた。
女神と呼ぶにはまだ若く瑞々しい、ゆえに乙女であり戦姫。
ただし人を傷つけ殺める戦姫ではない、傷ついた兵を癒やしの業で癒やす戦姫だ。
「清浄なる水・清冽なる風よ・黒き血を取り除け」
傷を癒やし、解毒してもらった兵士たちは涙を流して歓喜する。
「この井戸は島に籠もる二万人の喉を潤す唯一の水源です。もしこの場所を占領されれば我が軍はおしまいでした。姫様には感謝の言葉もございません」
「二万人……。出陣したときは五千人だったけど、ずいぶんと増えたのね」
「ええ、本国の軍に戻れずにいた他国の兵のほかに帰る場所を失った民を抱え込んでいますので、すっかり大所帯になってしまいました」
「それだけの人数をこんな小さな井戸から汲める水だけでまかなえるの?」
「……実は正直なところ、ここから採れる水だけでは不足でして、みな渇きに苦しんでおります。それにただ飲む水がたりないだけでなく小麦を溶いたり米を焚くこともできず、干した米や肉を飲み下すのさえ苦労するありさま。せめて五日に一度でも雨が降ってくれればここまで渇きに苦しめられずにすむのですが」
「あるいは水霊を操る精霊使いや召喚術士がいれば水の確保ができるわよね」
アヤネルが意味ありげに鬼一法眼に視線を向けるとロットシュタインも期待に満ちた表情を浮かべた。
「あなたは先ほどロッシーナ軍を蹴散らした魔法使い、雨を降らせる魔術が使えるのですか!?」
「まぁ、使えないこともないですが……。見たところ井戸の水位はかなり下がっていて底が見えるくらいで干上がるのも時間の問題と思われる。私の学んだ方術が役に立つかもしれません」
「本当ですか!?」
「はい、たとえば……」
鬼一はそう言って井戸のほとりに下りた。
木でも火でも土でも金属でも水でも、呪術によって生じるモノは本来この世には存在しないかりそめの物体、ないしエネルギーであり一時的に呪力が姿形をもったあやふやな現象にすぎない。
それを現実の物としてしっかりと形作るには、より複雑な術式を組んだり余分に呪力をくわえる必要がある。
さて今回はどうするか――。
地面に落ちていた剣を拾うと印を切り、呪を唱える。
「此水不是非凡水、水不洗水、北方壬癸水――」
さらに呪文を唱えつつ、手にした剣の平を指でなぞる。
「一点在地中、雲雨須臾至、病者呑之、百病消除――」
そして指先で剣身をはじくと、水滴が生じた。
二度三度と剣身をはじくたびに水滴は大きく、その数を増し、剣身からはまるで水瓶を逆さにしたかのように水が流れ出てくる。
「金生水――、疾く!」
気合いとともに井戸の底に剣を投げ込むと、数拍の間ののち、間欠泉のような勢いで水が湧き出し、井戸をいっぱいにするどころか縁からもあふれだし、すり鉢状の斜面は泉の様相となった
「おおっ、これは……!」
水が尽きかけているとはいえせっかく水気のある井戸である。一から創るのではなく水脈に活を入れて水を増やすことに成功したのだ。
弘法大師・空海には水にまつわるエピソードが多い。
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