魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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雨乞い

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 ワッシャー島の港には百を超える船が鎖で繋がれ、その船団はさながら木で造られた島のような偉容を誇っていた。
 これらの船はマカロン軍の擁するものではない。ワッシャー島の島民たちのものだ。グラスラ内界の海上交通の要所を支配するワッシャー島の住人は漁業のほかに輸送や船舶の護衛の他、諸国からの依頼で戦闘に参加することもある半漁半武の屈強な海賊集団であった。
 かつて日本の瀬戸内海を支配した村上水軍のような存在である。
 ワッシャー島はまさに海上に浮かんだ要塞。これを武力で落とすのは非常に困難なのは想像にかたくない。
 まわりの潮流はかなり激しいはずだが、船上はほとんど揺れておらず、陸にいるのと大差ない。これなら船酔いの心配もなさそうだ。
 だが建物の堅牢さとは逆に配置につく兵士達は見るからに疲労の色が強い。
 連日の攻撃に不眠不休で応戦し、水不足による体力の低下は深刻なもののようだった。

「こちらに国王陛下と騎士団長がおられます」

 ロットシュタインに案内されて船の上に築かれた幕舎に近づくと、中での人々の話し声が外まで聞こえてくる。
 こちらから打って出るべきだ。いいや、守りに徹するべきだ。
 だいたいそのような内容である。
 軍議のようだが意見はまっぷたつに割れて収拾する気配がない。

「なにやら小田原評定を彷彿とさせる雰囲気だな」
「おだ――なんですって?」
「小田原評定。俺の国に伝わる故事で、長引くだけで結論の出ない会議のことだ」
「ああ、エルフの長老会議みたいなものね」
「こっちの世界にはそんな言いまわしがあるのか、たしかに長引きそうだ……」

 アヤネル姫がお見えになりました。
 ロットシュタインがそう伝えると、さわがしかった幕舎内がしんと静まり、無数の視線がふたりの男女にむけられる。

「おお、アヤネル! 危険をかえりみずこのような場所に来るとは、わが娘ながらなんと勇敢な! しかも異国の魔法使いを味方として連れてきたというではないか。その者がそうか?」
「ご無事でなによりです、お父様。そうです、彼がその魔法使いです。異国から来たのではなく異世界からあたしが召喚しました」
「例の異世界召喚の秘儀、成功させたのか……!」

 どよめきが幕舎内に広がる。
 魔神や精霊を召喚、使役する通常の召喚魔術とは一線を画す、ナーロッパ各地に伝わる異世界召喚の秘儀。それは異なる世界から英雄と称される程の凄腕の剣士や魔法使いを呼び出すという秘儀中の秘儀として伝わっているが、成功例は極めて少ない。

「ロッシーナの兵らを追い払った術はたいしたものだったとか。さらに尽きかけていた井戸の水をあふれるほど湧かせたとか。われらがいかに強くとも、渇きには勝てぬ。よくやってくれた、礼を言おう」
「そのことですが、ひとつの井戸だけで二万の人々ののどを潤すのは大変でしょう。私の呪術をもってすればより多くの水を用意することができますよ」

 鬼一法眼きいちほうげんはマカロン王を助けることにおおいに乗り気であった。
 やる気満々である。
 ノリノリである。
 なぜならばみずからが習得した呪術を思う存分に行使することができるからだ。
 彼のいた日本では多発する霊的特殊生物災害に対して陰陽師、修験者、密教僧、神主、巫女――。ありとあらゆる種類の呪術者が動員され、それまでインチキ霊能者や胡散臭い拝み屋として蔑視されていた者たちが高待遇で国に雇われ国家公務員ときて活躍している。
 だが同時にその動きには大きな制限があった。
 血の滲む思いで修練し、習得した『呪術』という技術は法の下で完全に管理され、霊的特殊生物災害への対応時以外は原則として使用を禁じられていた。
 雨が降ってきたから雨避けの呪を、虫が多いから虫除けの呪をもちいることすら厳密には法律違反なのだ。
 研鑽と努力で得た、常人が持たない素晴らしい能力を、自分自身の力を使えない。
 そのような状況のなか呪術を悪用する者も少なからず存在し、国民からの風当たりも強い。
 呪術と呪術者を規制する法の縛りはさらに強くなることが予測されており、一部の呪術者は怒りと憂いから一度は官に仕えても野に下る者もいた。
 ここはそのような規制、規則で縛られた世界とは違う。
 ここでは、このアリフレテラでは自分の力を思う存分に振るうことができる。
 そして忌避されることなく正当な評価を得られる。
 これが奮起せずにいられようか。

「なんと! それはまことか!? それは重ねてありがたい。いったいいかなる御業をもって多くの水を用意してくれるのか、雨でも降らせるのか」
「まぁ、雨も降らそうと思えば降らせないこともありませんが――」
「……真の魔法使いはむやみやたらに魔法を使うことはないという」

 静かだがよく通る声が喜びはやる人々を黙らせた。

「知識こそ真の魔術、知恵こそ真の魔法という言葉がある。現実に存在する魔術の数々を否定はしないし実際にロッシーナ兵を退かせた異邦の魔法使い殿の実力を疑いたくはないが、これは国家の一大事。みだりに雨乞いなどという神頼みにすがるのはいかがなものか。あわれマカロンは異国の妖術の助けを乞うほど落ちぶれたかと、後世の笑い者になるかもしれません」
「な、なにを言うのだ騎士団長どの」
「そうだシェラ。言葉が過ぎるぞ」

 どうやらこの静かで落ち着いた声の持ち主こそ騎士団長のようだ。名はシェラというらしい。
 まだ若い、30歳に満たない女性であった。
 武器を振るうのに邪魔にならないよう短く切りそろえた黒髪、長身腰高に革鎧を身に着けた姿は見る者の姿勢を正す凛とした雰囲気に満ちていた。
 沐浴どころか洗濯もろくにできない状況で垢や粉塵にまみれているが不思議と不潔さを感じさせない。内面からあふれ出る凛とした清潔感が彼女をそのように見せているのだ。

「騎士団長どのは真面目すぎる、名を取るより実を取れとも言うではありませんか。雨が降り水を得られるのなら、このさいどんな妖術奇術でもかまわないでしょう」

(む、こいつ俺の呪術を手品の類と同じに見るか)

「……たしかに、実があるのならそれこそ妖術の類でもかまわないでしょう。しかし実がなければこまる。……市井には種も仕掛けもある手品を神通力や方術と称して商う者もいる。そのような目くらましや小手先の技を披露されてもこまるのです。このような話を聞いたことはありませんか――」
 
 泥を金に変える術を持つと称する男がいた。黄金を欲する富豪が男を呼び出し、金を作るよう命じた。男は泥を壺に入れて呪文を唱えて手で混ぜると、はたして壺の中からわずかではあるが金が見つかった。
 喜んだ富豪は男を召し抱え、金を作らせた。ある日のこと、より複雑な儀式と時間を要するが泥の代わりに黄金をもちいれば十倍に増やせる術もあると男が言う。
 男のことをすっかり信じ込んでいた富豪は全財産を金に換えて男に渡したところ、男はその金を持って消息を絶った。逃げられたのだ。
 あとになってわかったことだが、その男が泥を金に変えられるなどというのは大嘘で、あらかじめ爪の間に砂金を入れて泥をこね混ぜ、あたかも泥から金が生じたように見せかけていたのだ。

「――かような細工の手品もあります。ロットシュタイン、あなたは井戸からあふれた水がすべて本物の真水か確認しましたか?」
「え? い、いえ。ですが井戸から大量の水が湧くのはこの目ではっきりと見ました。あの勢い、あの量。小手先の手品という域を超えています」
「人は信じたいものを信じる生き物。異世界の秘術で窮地を救われたと思ったことによる心理が、たんなる水芸や初歩的な水霊術を過大に見せた可能性もあります」
「いや、しかし……」

「どうやらこのシェラという人は俺の術を思い込みや暗示や手品の類だと疑っているようだな」
「ごめんなさい、彼女は武門の家の出だからどうしても魔法や魔術には厳しい見解になってしまうの」
「まぁ、魔法が実在する世界の住人にしては合理的で堅実な考えをするな。いや、実在するからこそ、それに縁のない者はより警戒するのか。怪力乱神を語らずと――」

 怪力乱神の怪とは怪異を、力は怪力を、乱は道理にそむき世を乱すことを、神は鬼神のこと。理性では説明のつかない超常現象の類の総称だ。

「騎士団長にもうしあげます」

 これでは埒が明かない。法眼はみずから場の収束に乗り出した。

「私の使う呪術はこの世界の魔法や魔術とは異なる術理法則によるもの。荒唐無稽な神頼みでもなければ手品のような種や仕掛けのある奇術でもございません。天地自然にある陰陽五行の気の流れを見て読み、自在に組み替えたりすることで風を起こしたり火や水を作ったりと、様々な変化を生じさせることができますが、それらは荒唐無稽な怪異でも道理に反するものではなく、きちんとした術理術式に則った人の技です。もっとも呪術に縁のない人から見れば摩訶不思議な怪奇現象に映るかもしれませんが、それはみなさんにそなわった力も同じことです」
「我々にそなわった力、だと?」
「ここにはおりませんがまつりごとを支える文官のみなさんは難関である大学に合格した秀才。法律をそらんじるだけでなく時事問題などについて書を書いたり詩や戯曲を書く才人もいる。それらはたとえ文字の読み書きができても、おいそれとできることではありません。才能のある者かさらに研鑽を重ねて到達できる領域。一般人からしてみれば超人的な能力だ。騎士の方々も同様。たんに剣や槍を振りまわすだけでなく馬を駆って弓を射る騎射の試験などがあったと思います」
「……ああ、そうだ」
「武と文の違いはあれどそれらもまた才能のある者がさらに努力して身につけることができる技術であり妖術や神通力の類ではありません。とぼしい者から見れば異形異類、人外魔境に見えますが、それはあくまで人の智恵と技術にすぎません」
「…………」
「つまり私の呪術もこの地にある数多の魔術とおな――」
「しゃーしい! せからしかッ!」

 少女のかん高い声が法眼の口上をさえぎる。

「マカロンの連中といいおまえといい、いちいちまどろっこしいんだよ! 論より証拠。とりあえず雨を降らせろ! それだけの話だろ? な? な? はい、終了!」
「おう……」

 声の主は幕舎の中、国王やシェラらマカロンの人たちの反対側に座るワッシャー海賊団の中にいるひとりの少女だった。
 赤銅色の髪に褐色の肌。身につけているのは手足を露わにした紺色の革胴着。

「す、スク水!?」
「ん? そうだぞ。ふふん、恐れ入ったか異世界の呪術師とやら。あたしは戦場以外でもこの海洋民族に伝わる水戦専用戦闘服シュクミズを常に身に着けているのだ、常在戦場なのだ」
「これは……、来たぞ……乳のデカい美少女プリンセスに召喚され、美貌の騎士団長に異世界ファンタジーなのにスク水的衣装を着た少女――。こいつは間違いない、このお話はこれからハーレムエロラノベ的展開になるに違いない。違いない、違いない! 俺もついにハーレムもの主人公になれる。無責任に恋愛の美味しいとこだけをつまんで本物の愛も恋もなく気軽にセックスすることができるんだ。問題はこの話を書いている作者にポルノまがいのハーレムものおライトノベルを書ける意志と技術があるか否かだが、俺にこんなことを言わせている時点であまり期待はしないほうが――」
「やいやいうっちゃい! やるのかやらんのかはよしい! できんならそっ首もらうっちゃ!」
「む、わかりました。みなさんが納得できる量の雨を降らせてみせましょう。できなければこの首をさしあげます」

 鬼一法眼はそう約束した。 
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