魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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死闘 6

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 鬼一法眼きいちほうげんがホドロフスキーとの間の距離をつめる。
 全身に蠢く獣の牙も厄介だが、連続呪文はそれ以上に脅威だ。接近して戦うしかない。

「斬妖除魔、降魔霊剣。急々如律令!」

 剣指にした人指し指と中指が輝き、手首から一メートル近い光り輝く尖形状の刀身が生成される。
 霊力を剣の形にしたのだ。
 間合いをつめ斬りかかる。
 鋭い斬撃がホドロフスキーの体に生えた狼や蛇の首を断ち斬り、刺突が虎や鷹の目を潰す。
 攻撃があたるたびにホドロフスキーの身は確実に欠損してゆくが、負けずに反撃してくる。
 鋭い歯や嘴が肉を切り裂き貫こうと、毒のしたたる牙や針が身を侵そうと、長い舌が足を絡め取ろうと襲い来る。
 大きく開けた口から蛾や蜂の群れが吐き出され、それを霊剣を風車のように回して掻き散らす。
 手数が、ちがいすぎた。
 こちらの一度の攻撃に対し、むこうからは十を超える反撃がある。
 蛇の牙や蠍の針など、いかにも危険そうな攻撃を優先的に防御するが、すべては防ぎきれない。狼や虎の牙が鬼一の身に無数の傷をつけてゆく。

「ハハハ! さすがに動きが鈍ってきたなぁ、血を流しすぎたんじゃないか? あまり動きまわらないほうがいいぞ」

 一カ所に止まっていては相手の的になる。目まぐるしく位置を変えて攻撃を繰り返していた鬼一だが、その動きは鈍って見えた。

(貪狼……) 

 犬の牙が頬をかすめる。

(巨門……)

 猫の牙が上着を裂く。

(禄存……)

 鳥の嘴が肩をかすめる。

(曲……)

 毒蛇の牙を斬り払う。

(廉貞……)

 蝦蟇の舌を突き通す。

(武曲……)

 目を狙った蠍の毒針を寸前で断ち斬る。

(破軍……)

 動きを止める鬼一。
 全身が朱に染まり満身創痍だ。先ほど負傷したわき腹からは今も血が流れ、足元に血だまりを作っている。
 鬼一が動きを止める。

「観念したか? だが、俺をこの姿にさせるとは大したものだ」
「その姿、察するに自らの肉体を媒介にして支配下にある召喚獣を使役する術とみた。伊達や酔狂で全身に刺青を刻んでいるのではなく、そのための魔術的処理か」
「まぁ、そんなところだ。これこそホドロフスキー様につけられた『百魔獣使』という二つ名の由来よ」

 そう言って鷲の羽根を広げ、蛇の首と蠍の尾をもたげさせる。

「今や俺は魔獣そのもの。虎狼の爪牙、蛇蝎の毒牙毒針を有し、肉体は頑強堅固にして俊敏迅速、人に勝てる道理はねえ!」
「それに加えて無数の口を利用した同時詠唱による連続魔術。たしかに裏技的な強さだ、物理戦闘と魔法戦闘のふたつに秀でて、さぞかし気持ち良かろうな」
「そうだ! わかったか! わかったようだな。わかったならおとなしく俺の獣どもに喰われるといい。最初は目をほじくり喰われたいか? 耳や鼻をかじられたいか? 生皮を剥いでしゃぶってやろうか?」

 ホドロフスキーは気づかない。
 さんざん動きまわったにもかかわらず、鬼一の息にまったく乱れがないことを。
 ホドロフスキーは気づかない。
 鬼一は血こそ流しているが、汗ひとつかいてないことを。

「おまえを殺ったらあの女どもだ、実に嬲りがいがありそうじゃねえか、生きたままはらわたを食い尽くしてやる!」

 ホドロフスキーは気づかない。
 自分が結界に捕われていることを。

「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍。我、紫微に立ち七星に命ず、天罡北斗七星霊陣!」

 突如、周囲7カ所所から収斂された霊気が吹き出し、ホドロフスキーの体を刺し貫いた。

「ぐはぁっ!? な、なんだこれはっ? か、体が、体がっ、うぐぅがぁぁぁッ!? や、やめろ。やめてくれぇっ!」

 七本の灼熱の刀槍で全身を刺し貫かれ、激しく揺さぶられているようなものだ。
 苦痛にのたうち回ることもできず、ただただ絶叫するホドロフスキー。
 鬼一は闇雲に動きまわっていたわけではない。
 地面に自らの血を落とすことでそれを印とし、結界を結んでいたのだ。
 洋の東西を問わず、血液というものは呪術の触媒に使われやすい。
 血は生命力や霊気といったエネルギーの象徴といえる。

「痛みを返すぞ」

 鬼一は足もとに転がるホドロフスキーから生えていた狼の首を拾い上げて撫でながら呪を唱える。


「形代に依りて傷を癒す、等しく害を返したり。血より生まれし呪い、主の元に戻りて還れ。急々如律令」
「――ぐがッ!?」

 鬼一の体に刻まれた大小無数の傷が消えるとともにホドロフスキーの体に大小無数の傷が生じて足もとに血溜まりを作る。
 撫で物による呪詛だ。
 撫で物。身体をなでた後に形代や人形をなでることで災いや穢れを移し、身代わりとして水に流す祈祷や禊ぎの儀式。丑の刻参りに代表される厭魅に属する呪術。
 鬼一は受けたダメージをそっくりそのまま相手に返したのだ。

 説明しよう!
 いささか俗なたとえになるが、仮に鬼一法眼のHPが100、魔獣化したホドロフスキーのHPが1000とする。
 50点のダメージを受けた鬼一が撫で物でホドロフスキーにダメージを返した場合、ホドロフスキーは50点ではなく「鬼一が受けたダメージ」すなわち自身の最大HPの半分である500点分のダメージを被ることになる。
 まだ半分もあるじゃないか、というのは数字の上でのこと。突然我が身に半死半生の傷を負うこととなるのだ、その痛みや出血によるショックで死亡する可能性は充分にある。

「ぐ、ががが、ガ――」

 ホドロフスキーは死亡こそしなかったが、激痛と失血により意識は混濁し気絶寸前で倒れ、全身に纏った召喚獣もその姿を消した。

「やったか!」
「怪我はない?」

 ガルムをたおしたナミとアヤネルが駆け寄る。
 これで残るは武僧ジルギタただ一人。
 そのジルギタはシェラを相手にかろうじて互角の戦いを繰り広げていたが、これで4対1。劣勢は明らかだ。

「進めば楽園、退けば地獄。このジルギタ、けっして引かぬ!」
「それが光明神ホルボーグの教えか。騎士道大原則ひとつ、騎士たる者、敵に後ろを見せてはならない。私もおなじ考えだ」
「きてはぁっ!」
「せいっ!」

 シェラは加勢は無用だとばかりに激しく応戦。アヤネルらもそれを察し、あえて手出しはしなかった。

「……そろそろ時間だな」

 鬼一はシェラとジルギタの一騎打ちを後目に足踏みをし始めた。
 まるで踊りを舞うかのような、酔っぱらいの千鳥足のような奇妙な歩調でくるりと円を描く。
 禹歩うほだ。
 禹歩とは夏王朝の創始者である禹王がもちいたとされる歩行術。
 陰陽道に反閇へんばいという歩法呪術があり、よく『日本に伝わった禹歩が反閇と名を変えた』などと説明されるが、厳密には禹歩=反閇というわけではない。
 禹歩は反閇を構成する呪術のひとつで、反閇はそれ以外の呪術もふくんだ一連の儀式のことである。
 魔除けや清めの効果の他、山中の移動や仙薬作り、兵を避け悪霊を退ける、鬼神の召喚、病の治療、長寿の祈願などなど、様々な局面で使用される、非常に汎用性の高い呪術で用途や併用する術によって様々な種類が存在する。その中でも呪法全般を避ける禹歩があり、鬼一はそれを行使した。
 不動金縛りとおなじ不動法にある結界護身法と同種の術で、呪的霊的影響力を完全に遮断する術。
 本来は相手の周囲に展開することで呪術の使用を禁ずる、封印するための呪禁の術だが、鬼一は術式に手をくわえて変更し、自分たちに対して作用するようにした。

「シェラさん、こっちに来てくれ。ジルギタ、あんた【神性聖衣ディバイン・クロス】が使えるレベルの高僧ハイ・プリーストなら絶対魔法防御アンチ・マジック・シェルができるよな? 今すぐ守りを固めたほうがいいぞ。巻き添えを喰らって死ぬのはいやだろう」
「いったいなにを言って――、ハッ!? な、なんだこの気の高まりは!」

 天地に満ちる霊気に異変が生じた。
魔力感知ディテクト・マナ】などの探知魔術を使用せずともわかるくらいに、木火土金水。五気のすべてが異常なまでの昂ぶりを見せている。
 地震や台風や津波や火山の噴火などの天変地異が同時に起きてもおかしくないほどの、異常な昂ぶりを――。
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