魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行

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アガースラ

『アガースラ』

「GAAAAAッッッ!」

 全身に炎をまとった獅子とも虎ともつかない魔獣ドゥンが咆哮をあげ、鬼一法眼きいちほうげんに灼熱の牙を突き立てようと迫る。

「我祈願、顕聖二郎真君。求借三尖刀!」

 武神にして水神でもある二郎真君の力を宿した三つ又の水刃がそれを迎撃、撃破。
 だが次々と魔物――鬼一の元いた世界で言う霊的特殊生物災害が踊り出る。
 押しよせる霊災魔物の群れはさながは人獣木石の姿をした瘴気の津波。魑魅魍魎の百鬼夜行。

「キイチ!」
「ちっ、うざったか!」
「ロッシーナ軍の召喚術士サマナーか!?」

 ふたたび戦いの構えを取る三人の戦乙女たち。だが鬼一はそれを制す。

「みな助太刀無用! 妖怪退治は俺の領域、それにこいつには問い正したいことがある――東海の神、名は阿明――」

 百鬼夜行避けの呪が効果をあらわし、多数の霊災魔物を祓い駆逐するも、それに抵抗する強力な個体も何体か存在した。
 瘴毒をまき散らす毛むくじゃらの病魔カワンチャが毒気の息吹を吹き、剛腕の闘鬼ターラカが暴れまわり、鳥人スパルナが高速で鉤爪を振り下ろし、妖猿オンコットが剣刃を振るう。

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ! 斬妖除魔、降魔霊剣。疾く! オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」

 薬師如来の小咒で毒を防ぎ祓い、霊剣を顕現して鬼の肉を裂き、韋駄天真言でもって神速の加護を身につけ高速の敵に対処し、肉薄してくる相手にはもちまえの武術で応戦する。

「व(バ)!」
「पृ(ヒリ)!」

 さらにそのうえで謎の男自身の呪も飛んでくるが、これも迎撃。

「……なかなかどうしてたいした手練れ。天竺でもここまでの使い手はいなかったが、飽きてきた。そろそろしまいにしようか」
「そうか、おまえは天竺の魔障か。この世界の存在ではないな」
「魔障などと低俗な妖怪変化と輩と一緒にするな、我こそは〝クリシュナを呑みし〟アスラ神族のアガなり」
「……アガースラか!」

 アガ。あゆいはアガースラ。
 インド神話に登場する大蛇の姿をしたアスラの一人であり、ヴィシュヌの化身である英雄神クリシュナの命を狙い、一度はその大あぎとにクリシュナを飲み込んだ。
 アガースラとは「アガという名前のアスラ」という意味である。

「クリシュナを呑みし、て。おまえそのせいで巨大化したクリシュナに腹を破られて殺されたじゃん」
「あれからは相手を選んで噛み殺すことにした」
「……そうだ、確かあの時に俺の式を噛み潰しやがったな。たしか『一摘みの影に潜みし・由旬の大蛇・天地を呑み干し・喰らえ』とかホドロフスキーが唱えた呪文で。奴に使役されていたのではなく、憑いていたのか」
「記憶がいいな、そうだとも。こんなふうにな」

 瞬間、巨大な大蛇のあぎとが鬼一の足もとから出現して上半身を飲み込み、かみ砕いた。
 ヴィシュヌ神の化身である英雄神クリシュナをあざむくほど隠形に長けたアガースラである。いつの間にか本体を潜ませた影を伸ばし鬼一の足もとまで忍び寄っていたのだ。
 ホドロフスキーの身に潜み、船上で戦った先日のときとは違い相手は生身だと確信していたアガースラはこのひと噛みに勝利を疑わなかった。
 しかし――。
 半身をもがれた鬼一の身体はどろん、と煙と化して雲散霧消。
 かわりに五体満足の鬼一法眼がすぐ近くに生じ、大蛇アガースラの身に剣指を突き立てる。

「オン・ソリヤ・ハラバヤ・ソワカ!」

 一千もの光明を発することによって広く天下を照らし、そのことで諸苦の根源たる無明の闇を滅尽するとされる日光菩薩の真言。
 激しい光がほとばしり、指先から高められた呪力が放出される。
 闇や影の属性であるアガースラには極めて効果的な、光に属する破魔の呪術。

「――――ッ!!」

 仕留めたと思っていた相手からの思わぬ、しかも致命的な威力の反撃。
 アガースラは声にもならない絶叫をあげた。
 鬼一はいかにして不意打ちを回避したのか? 彼は己の身に自身の身代わりとなる式神を降ろしていたのだ。
 憑依型式神・煙々羅。
 一定以上のダメージに反応し発動。宿主を致命傷から守り、文字通り攻撃を〝煙に巻く〟式神。
 いかに腕の立つ呪術者であっても生身の体では不意を突かれれば為す術がない。
 ゆえに不意打ち対策のために様々な護法式が生まれた。
 気配を消し、いざというときに術者の身を守る。この煙々羅は隠形と身代わりに特化した護法式だ。

「お、おのれ……」
「隠形に長けているのはおまえだけじゃないってことだ」
「神々や魔族ならばいざ知らず、人の子などに滅ぼされるわけには――」

 影に潜む大蛇アガの体がゆらめき、陰態に潜み逃げようとする。
 しかしそれを見逃す鬼一ではない。
 なぜ異世界の神魔がこの地にいるのか、なぜホドロフスキーに憑いてロッシーナに与していたのか、聞きたいことがある。
 即座に捕縛の呪をかけようとするが、その動きが止まった。
 おびただしい量の気の動きを感じたからだ。
 軍気。
 兵士たちの発する闘争の気がマカロン連合軍とロッシーナ軍、それぞれの陣営から流れてくる。

「ホーゲン先生のおかげで魔物どもは退治されたぞ。人相手はわれらの仕事、ロッシーナ人どもを蹴散らせ!」
「進め、進め! 次なる妖術を使わせるな。いまなら一気に突き崩せるぞ!」

 両軍が押しよせてくる。
 マカロン連合軍は士気高々といえどもロッシーナ軍とは数が違いすぎる。まともにぶつかれば勝ち目はない。

「ロッシーナ軍め、あれだけ大きな被害を受けてなお攻めてくるとは人命軽視もはなはだしい」
「あれだけの規模の儀式呪術、そうそう連発はできないと判断し、残存兵力をかき集めて攻め入る事にしたのだろう。巧遅は拙速に勝るというやつだ」
「だが今回は判断を誤ったな」
「どういうことだ?」
「こっちは最初から〝次〟を用意しているからだ」

 鬼一が目線を空へと向けると天空を切り裂いて灼熱の炎に包まれた無数の巨石が出現。轟音とともに地上へと、ロッシーナの軍勢に降りそそいでゆく――。
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