可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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五章 奏歌くんとの五年目

26.私はひとの話を聞かないようです

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 奏歌くんとおやつに手作りのスポンジケーキを食べて、誕生日翌日の休日は終わった。劇団に顔を出すと、百合と喜咲さんがストレッチをしながら話している。

「ツアーの準備はもうできました、百合さん?」
「流石にちょっと早いかなって思って」
「フランス行きほどの準備はいらないですからね」

 ツアー?
 なんのことだろう。
 首を傾げてる私に百合が気付いて挨拶をする。

「おはよう、海瑠。全国ツアーの話、聞いてるでしょ?」
「へ?」

 聞いてない。
 聞いたかもしれないけれど私の頭からは綺麗に抜けていた。
 慌てて津島さんのところに行って確認すると、津島さんは沈痛な面持ちで額に手をやっていた。

「今年は劇団は挑戦の年だって言いましたよ。海瑠さんのお誕生日のお茶会では演目をやるし、夏休みには全国ツアーで全国の劇場で演じるんですよ」

 秋公演組と、全国ツアー組の二つに劇団が分かれて、全国ツアー組は世間一般で言う夏休みに全国の劇場を回って舞台をするのだと説明されて、私は驚愕してしまった。

「そんなの聞いてない」
「何度も言いました。海瑠ちゃん、やっぱり聞こえてなかったんですね」

 目の前のことでいっぱいになってしまうし、ひとの話は大概聞いていないと言われる私だが、こんなに大事なことを聞いていなかったなんて。
 これはすぐに連絡をしなければいけない。
 津島さんに許可を取って、すぐに美歌さんに連絡をした。

『夏休みは全国ツアーのようです。奏歌くんも一緒に行く許可をください』

 美歌さんは仕事中なので昼休みの休憩時間に返事が来た。

『奏歌も血が必要になるので、連れて行ってください。どうせ、安彦も一緒でしょうから』

 やっちゃんも劇団専属のデザイナーとライターを兼任できる稀有な存在なので、絶対に全国ツアーは連れまわされるだろう。そうなると茉優ちゃんも一緒に来ることになる。
 日本の中とはいえ美歌さんの病院から遠く離れてしまうと、やっちゃんは簡単に輸血パックを手に入れられない状況になる。茉優ちゃんもまだ中学一年生なので夏休みに旅行で連れまわされるくらいはきっと大丈夫だろう。
 去年のフランス行きほどではないが、国内で大規模な長期間の公演ツアーがあるということに私はやりがいと一抹の不安を覚えていた。
 劇場以外の舞台は、子ども公演の舞台とフランスのオペラ座しか踏んだことがない。舞台の広さも舞台装置も違う場所で、毎回同じクオリティの舞台ができるかどうかは私たち役者の腕にかかっていた。

「海瑠さん、男役トップスターと女役トップスターのどっちも二人いて、海瑠さんが一人二役してるような状態だと言われてます。海瑠さんの支えがないと全国ツアーもやり遂げられません」

 喜咲さんが食堂のカキフライ定食を食べながら言っている。
 喜咲さんは歌劇の専門学校の入学が遅いので、同期だが私よりも年は三つほど上だった。中学を卒業してから歌劇の専門学校に入った私と百合と違って、喜咲さんは高校まで卒業してから、それでもどうしても舞台の道を諦めきれずに歌劇の専門学校を受験したのだ。
 年が上なのに謙虚で私を頼りにしてくれる喜咲さんを、私はとても信頼している。喜咲さんがトップスターで私が二番手であることがとてもラッキーだとも思っている。
 周囲を和ませるような喜咲さんだからこそ、劇団を率いるトップスターになれたに違いないのだ。
 その件について馬鹿らしいことを言って来る取材陣は津島さんが退けてくれていたし、喜咲さんが一貫して私を慕う態度を取ってくれているので、妙な噂も下火になってきていた。

「ずっと全国ツアーを望まれていたけど、スケジュールの問題や、劇団の運営方針でできなかったから、今回の全国ツアーは本当に挑戦なのよ」

 以前にも近場でなら別の劇場で演じたことはあるが、それも数日だけのことで、本公演はどうしても劇団の所有している劇場でということになっていた。劇団が所有している劇場で演じないことによって生じる不利益を劇団の運営側が許さなかったのだ。
 今回は男役三番手が劇団の半分を率いて、秋公演組として劇場に残ることで全国ツアーが実現した。

夏香なつかちゃん、次のトップスターかって言われてるもんね」

 百合の呟きを喜咲さんが否定する。

「次のトップスターは海瑠さんに決まっています」

 私ももう29歳。劇団の中では結構な古参になってきた。17歳で舞台に上がってから、もう十二年も経つのだ。
 トップスターになりたい気持ちは否定できないが、なれなくても劇団にとっては自分がかけがえのない存在だと分かっている。だからこそ喜咲さんや百合を支えてしっかりと頑張って行こうと思える。

「次の演目なんだっけ?」
「イギリスの伝説の王の物語みたいですよ」

 この時期になっても脚本が出来上がっていないのは夏休みの公演を考えると遅いのだが、全国ツアー組と秋公演組の二方向で脚本を準備しなければいけない状況を考えると仕方がないのかもしれない。

「海瑠さんは、魔女役という噂が」
「魔女!?」

 百合と喜咲さんの話を聞いていたら、話がこちらに飛んで来た。
 魔女役……久しぶりの女役になる。
 喜咲さんが伝説の王、百合がその妻を演じる予定だという。
 悪役もある意味主役級の存在感があるし、演じるやりがいはあるのだが、どんな魔女が仕上がるのかちょっと怖くもある。
 怖いと言えば奏歌くんのことが浮かんだ。

「お化けとか、ホラーじゃないよね、その話?」
「原作知らないの?」
「よく知らない」

 答えると百合に呆れられてしまった。

「原作、ネットでもストーリーが分かるから、調べてみなさい」

 百合に言われて、午後の稽古も終えてマンションの部屋に帰ると、私は携帯電話でイギリスの伝説の王の物語を検索していた。
 イギリスがまだブリテンと呼ばれていた頃の王で、魔術師と共に成長し、伝説の剣を抜いて王となる。仕えた騎士たちがいて、その騎士たちとの騎士道の物語としても有名ではあるが、王妃は騎士の一人と不倫していて、その物語もあるという。
 一人の著者だけでなくたくさんの著者が書いた様々な物語があるので、騎士の人数も物語によって違ったり、騎士が主役の物語もあったりするようだ。
 魔女はどうやら伝説の王の異父姉で妖姫とも呼ばれているようだ。
 喜咲さんが伝説の王、百合が不倫に苦悩する王妃、私が異父弟の命を狙う魔女という役で、他の騎士たちは何人出てくるか分からないが、王妃と不倫している騎士が出てくるのは間違いないだろう。

「魔女か……どんな魔女なんだろう」

 最初は伝説の王を助ける立場で描かれていたが、次第に純粋な弟の心を嫌悪し、伝説の王と妃を陥れて王位簒奪を狙う魔女となる異父姉。様々な策を凝らして伝説の王を陥れようとして、最終的には伝説の王の不死の力を失わせて死に至らせる魔女のようだった。

「私が魔女……奏歌くんは怖がらないかな」

 調べながら私はその日はお風呂に入って眠ったのだった。
 大事なことに気付いたのは、脚本を届けに来た海香と廊下で会って話をしたときのことだった。

「今年のお盆、お墓参りに行くって言ってたけど、どうするの? お盆も、公演よ?」

 そうだった!
 夏休み中をかけて全国ツアーをするのだから、当然お盆も公演だった。そうなると茉優ちゃんのご両親のお墓参りに行こうと話していたやっちゃんも予定を変えているだろう。
 やっちゃんと茉優ちゃんと奏歌くんと話がしたくて、その日は稽古が終わると篠田家にお邪魔した。

「やっちゃん、夏のツアーなんだけどね」
「とりあえず、座って飯を食え」
「はい」

 奏歌くんと茉優ちゃんは晩御飯を終えているようだったが、やっちゃんは晩御飯がまだの私のために晩御飯を振舞ってくれる。親子丼と水菜のサラダだったが、ありがたくいただいた。

「簡単なものしか作れなかったけど」
「え!? こんなに美味しいのに簡単なの!?」

 やっちゃんの簡単と私の簡単は程度が違うのだと驚いてしまう。

「やっちゃん、手の込んだお料理好きだからね」

 隣りに座ってくれた奏歌くんが私が食べ終わるのを待ちながらくすくすと笑っていた。食べ終わってお茶を飲みながらやっちゃんと話す。

「お盆のお墓参りどうする?」
「そうだなぁ。早めに行くつもりだけど、みっちゃんも一緒に行くか?」

 私の両親のお墓参りに行ってから、茉優ちゃんのご両親のお墓参りに行く。やっちゃんがいると車を出してもらえるので移動が楽で助かる。

「良いの?」
「かなくんが行くなら、保護者も行かなきゃいけないだろう」

 奏歌くんの保護者としてやっちゃんは私の両親のお墓に挨拶をしてくれるようだった。

「茉優ちゃんの兄弟みたいなもんだし、かなくんも茉優ちゃんのご両親のお墓参りには連れて行くつもりだったし」

 ちょうど良かったと言ってくれるやっちゃんに私は甘えることにした。
 七月の下旬からツアーは始まるので七月の上旬の休みの日にお墓参りの日程が決まる。
 奏歌くんのお誕生日も近付く頃だった。
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