可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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五章 奏歌くんとの五年目

30.六年目の課題

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 奏歌くんの誕生日から夏休みの全国ツアーまであまり日にちがない。慌ただしく準備をしながらも、私は「奏歌くんのためのコンサート」の準備もしていた。
 私と奏歌くんだけが私の部屋で過ごすときには鳥籠のソファでくっ付いて座ったり、ハンモックで二人で寛いだりすればいいのだが、そうでない場合にはやはりひとの座る場所がいる。部屋には奏歌くんの机もあるのだが一緒にいるときには奏歌くんはリビングの食卓で宿題をする。
 篠田家にはソファセットがあって、ローテーブルもあるので私がお邪魔したときには奏歌くんはそこで宿題をしていた。
 私はロングソファとローテーブルの購入を決めていた。
 篠田家にいるときのように奏歌くんに私の隣りに座って勉強して欲しい。そのためにはちゃんとしたソファとローテブルが必要だ。
 それまではデザイン重視の鳥籠のように屋根のついたソファとか、鳥籠のような丸い編まれたハンギングチェアとか、ハンモックとか、テントとか、私はまともな家具を買ったことがなかった。
 きちんとしたメーカーの布張りのソファを買って届けてもらう。ローテーブルは木のしっかりした造りのもので、組み立てもセットでお願いした。
 私の部屋のリビングのオーディオセットの前にロングソファが置かれて、ローテーブルも置かれる。ソファは奏歌くんくらいならばお昼寝が出来そうな大きさだった。
 奏歌くんのお誕生日お祝いの「奏歌くんのためのコンサート」当日にやってきた奏歌くんはロングソファとローテーブルを見て目を丸くしていた。

「海瑠さん、ソファとテーブルを買ったんだ」
「うん、奏歌くんがリビングでも勉強できるようにね」

 それに巨大な液晶テレビとは距離を離しているので、奏歌くんの前で私が踊ることもできる。
 キッチンのお鍋には豚汁が準備してあって、炊飯器はタイマーでトウモロコシご飯を炊くように仕掛けている。

「今日はよろしくお願いします」
「いらっしゃいませ。リクエストはお決まりですか?」

 チケットを差し出す奏歌くんに優雅に一礼すると、奏歌くんの口から次々とリクエストが出てくる。トーキー映画の時代の悪声の女優の歌、高級ホテルに滞在していた本当は怪盗の貴族と主人公との楽しい飲み会の場面、源氏物語の六条御息所の呪いの舞、潰れかけたバレエ教室を立て直すためにコラボをする有名バレエダンサーの歌とダンス。
 たっぷり踊って途中からは奏歌くんの手を取って二人で歌って、今年も楽しく奏歌くんとの個人コンサートを終えた。
 汗を拭いておやつにする。
 おやつはマシュマロをヨーグルトに浸けておくだけで美味しくできるからと教えてもらったマシュマロヨーグルト。上にとろりと苺のジャムをかける。

「海瑠さんが作ったのかな?」
「そうだよ、晩ご飯は奏歌くんのためのスペシャルディナーだからね」
「嬉しい!」

 ハニーブラウンのお目目をキラキラさせて言う奏歌くん。11歳になっても奏歌くんは奇跡のように可愛かった。このまま育って中学生、高校生になっても可愛いのだろうか。
 真っすぐな性格で、素直で優しい奏歌くん。
 思春期が来ることがあるのかもしれないが、そういうときに私と距離を置きたいと言われることが今から怖い。ずっと奏歌くんの傍にいたい。奏歌くんとおやつを食べて、ご飯を食べて、一緒にお昼寝がしたい。
 おやつを食べ終わると私は猫の姿になって奏歌くんとハンモックで揺られていた。奏歌くんは猫の私の毛並みを撫でるのが好きなようでわしゃわしゃと撫でてくれる。耳の後ろを掻かれて、気持ちよくてごろごろと喉が鳴る。

「海瑠さん、僕、実は用意して来たものがあるんだ」

 食休みを終えて奏歌くんがソファに座って取り出したのはブラシのようなものだった。何かと思っていると奏歌くんの膝に招かれて、猫の姿のまま膝に頭を乗せていると、ごしごしとブラシで毛並みを整えられる。

「ブラッシング!?」
「夏だから、海瑠さんも抜け毛の多い季節かなと思って」

 あまりに気持ちよくて私はだらしなくお腹を見せてしまった。お腹の方も奏歌くんは丁寧にブラッシングしてくれる。ごっそりと毛が抜けたのは、やはり夏で私が毛が抜け変わる季節だったのだろう。

「私のことブラッシングしてくれるなんて、やっぱり私は奏歌くんの子猫ちゃんだったんだね」
「海瑠さんは豹……う、うん、子猫ちゃんだよ」

 何か奏歌くんが言いかけた気がするけれど聞こえなかったことにする。
 背中もブラッシングしてもらって私は艶々になっていた。

「奏歌くんのお誕生日お祝いなのに、私が喜ばせてもらっちゃった」
「僕のこといっぱい喜ばせてくれるお礼だよ」

 奏歌くんにブラッシングされて満足してしまった私はまたうとうとと眠りかけていた。ソファで二人でお昼寝をしてしまって、起きたときには部屋は夕焼け色に染まっていた。炊飯器から甘く香ばしいトウモロコシとバターの香りがしてきている。

「晩ご飯!」

 飛び起きた私はキッチンに走った。
 豚汁を温めて、トウモロコシご飯からは芯を外して、御飯茶碗によそって、豚汁を注いで、デパートで買ったちょっといいお魚の缶詰を開ける。

「トウモロコシご飯だ! 僕、トウモロコシご飯大好き!」

 お茶碗にこんもりと盛られた黄色いトウモロコシの実の入ったトウモロコシご飯に奏歌くんのテンションが上がる。豚汁と一緒に食べ始めると、豚汁の味噌味とトウモロコシの甘さがよく合う。
 ぷちぷちと食感も良いトウモロコシは、ご飯との相性抜群だった。やっちゃんの家で練習して持ち帰ったものを一人で食べたときと全く味が違う。奏歌くんがいるとご飯が美味しく感じられる。

「全国ツアーではどこに行くの?」
「北海道、京都、大阪……九州も行くんだったけど……」

 日程を正確に覚えていない私に奏歌くんがくすくすと笑う。

「津島さんに聞かなきゃ」

 津島さんに確認しなければ私は自分の全国ツアーの日程もよく分からないような状態だった。

「夏休みの間、奏歌くんはずっと全国ツアーに付いて来て大丈夫なの?」
「母さんから許可は取ったよ。やっちゃんも茉優ちゃんも一緒だし」

 何より奏歌くんは私が定期的に血を分けないと蝙蝠の姿になってしまう。やっちゃんが茉優ちゃんを連れて行くのも、フランス公演のときと同じく、輸血パックが簡単に手に入らなくなるからだった。

「最近は茉優ちゃんからちょっとはやっちゃん、血をもらってるみたいなんだ」

 奏歌くんの言葉に私は安堵すると共に少し不安にもなった。
 まだ会ったことのない茉優ちゃんのお祖母ちゃんがとても良いひとだった場合に、茉優ちゃんを引き取りたいと願い出れば、やっちゃんはそれを拒まないだろう。やっちゃんにとって茉優ちゃんが必要な存在であるのには変わりないのに、やっちゃんは茉優ちゃんが肉親と暮らせることを優先してしまう。

「茉優ちゃんのお祖母さんはどんなひとなんだろうね」

 ため息混じりに吐き出した私に、奏歌くんが複雑そうな表情をしている。

「良いひとだったらいいなって思うけど、茉優ちゃんと引き離されるのは嫌だな」

 奏歌くんにとっても茉優ちゃんは姉のような存在で、引き離されることを望まない。やっちゃんにとっては生涯に一度しか出会えない運命のひとなのだから、放さないでいればいいのに、それをするにはやっちゃんは優しすぎるのだ。
 茉優ちゃんの幸せを願ってやっちゃんは身を引いてしまうかもしれない。
 それは誰にとっても幸せではないような気がする。
 やっちゃんが茉優ちゃんとこれからも暮らせるように。茉優ちゃんとお祖母さんの関係も保てるように。
 まずはお祖母さんがどんなひとかを見極めるのが先だが、課題は山積みだった。
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