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9.チームの飲み会
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ティエリーが自分の部屋で眠るようになった。
日が過ぎるごとにティエリーのことを愛しく思う気持ちが強くなっていたので、サイモンはティエリーに襲い掛からずに済むことを安心したが、自分に抱き着いて眠るティエリーの甘いフェロモンがない夜はなんとなく落ち着かなかった。
警察官なので夜勤の途中の仮眠もすぐ眠れるように訓練されていたし、どんな状況でも眠れるような図太さは鍛えられていたのでティエリーがそばにいるから眠れないということはなかったのだが、そばにいない方が眠りが浅かった気がしてサイモンは目覚めて欠伸を嚙み殺していた。
朝食を作るときもティエリーは手伝ってくれたが、極力サイモンに触れないようにしているような気がする。
同居して、初めてのヒートを一緒に過ごして、サイモンはティエリーを愛していると思っていたし、ティエリーもサイモンを愛していると言っていたが、ティエリーの世界が広がってサイモンがティエリーにしたことは暴力で無理やり番にしたに等しく、ティエリーはそのことに気付いたのかもしれない。
それでもティエリーがサイモンのもとを離れられないのは、番だから一生サイモンしかティエリーのヒートを治めることができないと諦めているからかもしれなかった。
「ティエリー、おれの態度で嫌なことがあったらいつでも言ってくれ。改めるし、気を付けるから」
「サイモンの嫌なところなんてありません」
「おれはティエリーを愛してるけど、ティエリーがおれとの生活で無理をすることはない」
「無理はしていません。サイモンは優しくて誠実で、わたしもサイモンを……」
ヒートのときにははっきりと「愛しています」と言ってくれたが、今回は言葉を濁したのでサイモンはティエリーが迷っているのではないかと気付いた。サイモンのそばを離れようとしてもティエリーには条件が悪すぎる。
たった一つだけ、オメガが番から解放される方法はあったが、それは番のアルファが死んでしまうことだったので、それだけはサイモンは叶えてやることができない。無理やり番にしておいて解放することもできないなんて酷い条件だが、番とはそういうものなのでどうしようもなかった。
ティエリーを気にしながら出勤すると、同僚の金髪のベータ男性のレミ、灰色の髪のベータ男性のイポリート、ブルネットのオメガ女性のジルベルトが声をかけてきた。
「人身売買の件もひと段落したから、飲みに行かないか?」
「最近、サイモンは早く帰るようになって付き合いが悪くなってただろ?」
「久しぶりにいいじゃない。番ができたなら、わたしと同席しても何も言われないわ」
独身で番のいないアルファのサイモンと、同じく独身で番のいないオメガのジルベルトを同じチームに入れるとなったときには、かなり上層部は揉めたらしい。お互いに節度を持って抑制剤を欠かさずに服用して接するという条件のもとでサイモンとジルベルトは同じチームになった。
サイモンが情報部で後方支援、ジルベルトは出動して現場で動くという働き場所の違いもあったから許されたようなものだった。
それがサイモンが番を持って結婚もしたことでジルベルトとの関係も円満になった。
険悪だったわけではないが、ジルベルトとサイモンの間にはいつも緊張感が漂っていた。
「ジルベルトも飲み会に参加するのか。そうだな。おれの番のティエリーを連れてきていいか? ずっと家にこもっているから気分転換になると思う」
「夫夫で参加か。いいな。歓迎するよ」
「ジルベルトにはティエリーにオメガとして悩みがないか聞いてもらえないか?」
「ティエリーって今回の人身売買の被害者よね? そういう相談は得意よ。任せて」
ジルベルトが快く了承してくれたのでサイモンは仕事を終わらせてマンションに戻ってティエリーに相談した。
「今週末におれのチームで飲み会があるんだ。チームの仲間におれの夫で番のティエリーを紹介したいし、オメガの女性も参加するからティエリーは悩みがあるなら聞いてもらえるし、参加しないか?」
選択権のあることを問いかけるとティエリーはしばらく悩んでしまう。それはこれまで彼に選択権がなく、「ご主人様」の言うことを全て聞いていたからだ。
できるだけサイモンはティエリーに選ばせたかった。
「わたしが行かなかったらサイモンは困りますか?」
「困らないよ。ティエリーの夕食の準備はしておくから、部屋で過ごしてくれればいい」
「わたしが行くと、サイモンは嬉しいですか?」
「おれの愛する番を紹介できるんだから嬉しいよ。でも、無理はしないで、ティエリー」
ティエリーの選んだことに自分は従う。
穏やかにそう言えばティエリーは心を決めたようだった。
「行きます。何か粗相があったら叱ってください」
「そんなこと気にしなくていいよ。おれが警察官になってからずっと一緒のチームの仲間なんだ。気にせずに話していい。女性のオメガ……ジルベルトは被害者のオメガの対応もしているから、何か話したいことがあったら席を外すから二人で話していいよ」
「女性のオメガ……」
同じ場にオメガがいるということはティエリーを安心させるかもしれないと思って口にしたのだが、ティエリーの表情は曇ったままだった。
週末になると、サイモンはティエリーと徒歩で店に向かった。今日はアルコールを飲む予定だったので車の運転はしないのと、店が警察署から近い場所にあったので、徒歩で十分行けたからだった。
衝立で仕切られた料理屋で、大きなテーブルにレミとイポリートとジルベルトが着いている。
サイモンはジルベルトの隣りにティエリーを座らせて、自分はイポリートの隣りに座った。
「サイモンの旦那様だな。ぼくはレミ・ボルデ。オークション会場でも会っているね」
「おれはイポリート・マショー。思ったより大きいな。頼もしくて何よりだ」
「わたしはジルベルト・ミルラン。わたしもオメガの中では大きい方だけど、あなたには敵わないわね」
挨拶をされてティエリーが頭を下げる。
「ティエリー・クルーゾーです。サイモンの番で、夫です。旦那様はサイモンの方です」
「旦那様なんてやめてくれよ。ただのサイモンでいいよ」
「関係性はおれはティエリーの夫で、ティエリーもおれの夫。平等だよ」
レミのからかうような「旦那様」という言葉に反応してしまったティエリーに笑って言えば、ティエリーは戸惑うようにサイモンに視線を向けてくる。隣りに座ってやればよかったが、今日はティエリーはジルベルトと話したいことがあるのではないかと遠慮してしまった。
「サイモン、向こうの席に行けよ。狭い」
「アルファはでかいんだから」
「おれが正面の席に入ったらティエリーとジルベルトが狭くなるだろう。ティエリー、何を飲む? アルコールを飲んでも構わないよ。おれも今日は飲むつもりだ」
「サイモンが紳士的だ!?」
「サイモンのこれまでの彼女から、『彼は不能なの? 冷たいし』って言われてたのに!」
「レミ! イポリート! ティエリーの前で変なことは言わないでくれ!」
妙なことをばらされそうになってサイモンはレミとイポリートに大きな声を出す。悪戯が成功したかのように二人は笑っている。
「ふのう? つめたい? サイモンが?」
飲みたいものを言わずにそっちに反応したティエリーにレミとイポリートは嬉々として話し出す。
「これまでの彼女に対しては、ものすごく淡白だったみたいで、夜満足させられてなかったんだって。『アルファは性欲旺盛だと聞いていたのにがっかりだわ』って振られてたのも見たよ」
「お付き合いも仕事優先でほとんど時間を合わせなくて、すぐに別れることが多かったし」
「おれの話はどうでもいいだろう!」
「よくないよ。サイモンの大事な番に真実を聞いてもらわないと」
「サイモンがどれだけダメ男だったか聞いてから結婚すればよかったね。サイモンは君には冷たくない? 君を満足させてる?」
「答えなくていいからね、ティエリー!」
面白がってサイモンの過去をぺらぺらと喋るレミとイポリートを睨み付けると、二人が声を揃えて「おぉ、怖い」と震えあがるふりをする。
「本命ができると変わるタイプだったんだ、サイモン」
「飲み物を聞いてあげてたよ。甘ったるい声で」
「甘ったるくない。普通だ、普通! 仕事のときの声を出したらティエリーが怖がるだろう!」
自分が甘ったるい声など出していないと主張するが、レミとイポリートは「自覚ないんだ」と笑うのでサイモンはティエリーに対しては甘い声を出しているのかもしれない。
それも番なのだから仕方がないではないか。
番に甘くないアルファなんているんだろうか。
事故で番になってしまったとはいえ、ティエリーと暮らす日々は心穏やかで心地よく、ティエリーに頼られているとサイモンは満たされるような気分になる。サイモンがティエリーを愛したのも必然と言えるだろう。
「サイモンのこんな顔、初めて見ました」
緊張が解けたのか、ティエリーがくすくすと笑っているのを見て、ジルベルトがティエリーに飲み物を勧めている。ジルベルトと同じ甘いカクテルを注文したティエリーは、楽しそうに飲み会に参加していた。
日が過ぎるごとにティエリーのことを愛しく思う気持ちが強くなっていたので、サイモンはティエリーに襲い掛からずに済むことを安心したが、自分に抱き着いて眠るティエリーの甘いフェロモンがない夜はなんとなく落ち着かなかった。
警察官なので夜勤の途中の仮眠もすぐ眠れるように訓練されていたし、どんな状況でも眠れるような図太さは鍛えられていたのでティエリーがそばにいるから眠れないということはなかったのだが、そばにいない方が眠りが浅かった気がしてサイモンは目覚めて欠伸を嚙み殺していた。
朝食を作るときもティエリーは手伝ってくれたが、極力サイモンに触れないようにしているような気がする。
同居して、初めてのヒートを一緒に過ごして、サイモンはティエリーを愛していると思っていたし、ティエリーもサイモンを愛していると言っていたが、ティエリーの世界が広がってサイモンがティエリーにしたことは暴力で無理やり番にしたに等しく、ティエリーはそのことに気付いたのかもしれない。
それでもティエリーがサイモンのもとを離れられないのは、番だから一生サイモンしかティエリーのヒートを治めることができないと諦めているからかもしれなかった。
「ティエリー、おれの態度で嫌なことがあったらいつでも言ってくれ。改めるし、気を付けるから」
「サイモンの嫌なところなんてありません」
「おれはティエリーを愛してるけど、ティエリーがおれとの生活で無理をすることはない」
「無理はしていません。サイモンは優しくて誠実で、わたしもサイモンを……」
ヒートのときにははっきりと「愛しています」と言ってくれたが、今回は言葉を濁したのでサイモンはティエリーが迷っているのではないかと気付いた。サイモンのそばを離れようとしてもティエリーには条件が悪すぎる。
たった一つだけ、オメガが番から解放される方法はあったが、それは番のアルファが死んでしまうことだったので、それだけはサイモンは叶えてやることができない。無理やり番にしておいて解放することもできないなんて酷い条件だが、番とはそういうものなのでどうしようもなかった。
ティエリーを気にしながら出勤すると、同僚の金髪のベータ男性のレミ、灰色の髪のベータ男性のイポリート、ブルネットのオメガ女性のジルベルトが声をかけてきた。
「人身売買の件もひと段落したから、飲みに行かないか?」
「最近、サイモンは早く帰るようになって付き合いが悪くなってただろ?」
「久しぶりにいいじゃない。番ができたなら、わたしと同席しても何も言われないわ」
独身で番のいないアルファのサイモンと、同じく独身で番のいないオメガのジルベルトを同じチームに入れるとなったときには、かなり上層部は揉めたらしい。お互いに節度を持って抑制剤を欠かさずに服用して接するという条件のもとでサイモンとジルベルトは同じチームになった。
サイモンが情報部で後方支援、ジルベルトは出動して現場で動くという働き場所の違いもあったから許されたようなものだった。
それがサイモンが番を持って結婚もしたことでジルベルトとの関係も円満になった。
険悪だったわけではないが、ジルベルトとサイモンの間にはいつも緊張感が漂っていた。
「ジルベルトも飲み会に参加するのか。そうだな。おれの番のティエリーを連れてきていいか? ずっと家にこもっているから気分転換になると思う」
「夫夫で参加か。いいな。歓迎するよ」
「ジルベルトにはティエリーにオメガとして悩みがないか聞いてもらえないか?」
「ティエリーって今回の人身売買の被害者よね? そういう相談は得意よ。任せて」
ジルベルトが快く了承してくれたのでサイモンは仕事を終わらせてマンションに戻ってティエリーに相談した。
「今週末におれのチームで飲み会があるんだ。チームの仲間におれの夫で番のティエリーを紹介したいし、オメガの女性も参加するからティエリーは悩みがあるなら聞いてもらえるし、参加しないか?」
選択権のあることを問いかけるとティエリーはしばらく悩んでしまう。それはこれまで彼に選択権がなく、「ご主人様」の言うことを全て聞いていたからだ。
できるだけサイモンはティエリーに選ばせたかった。
「わたしが行かなかったらサイモンは困りますか?」
「困らないよ。ティエリーの夕食の準備はしておくから、部屋で過ごしてくれればいい」
「わたしが行くと、サイモンは嬉しいですか?」
「おれの愛する番を紹介できるんだから嬉しいよ。でも、無理はしないで、ティエリー」
ティエリーの選んだことに自分は従う。
穏やかにそう言えばティエリーは心を決めたようだった。
「行きます。何か粗相があったら叱ってください」
「そんなこと気にしなくていいよ。おれが警察官になってからずっと一緒のチームの仲間なんだ。気にせずに話していい。女性のオメガ……ジルベルトは被害者のオメガの対応もしているから、何か話したいことがあったら席を外すから二人で話していいよ」
「女性のオメガ……」
同じ場にオメガがいるということはティエリーを安心させるかもしれないと思って口にしたのだが、ティエリーの表情は曇ったままだった。
週末になると、サイモンはティエリーと徒歩で店に向かった。今日はアルコールを飲む予定だったので車の運転はしないのと、店が警察署から近い場所にあったので、徒歩で十分行けたからだった。
衝立で仕切られた料理屋で、大きなテーブルにレミとイポリートとジルベルトが着いている。
サイモンはジルベルトの隣りにティエリーを座らせて、自分はイポリートの隣りに座った。
「サイモンの旦那様だな。ぼくはレミ・ボルデ。オークション会場でも会っているね」
「おれはイポリート・マショー。思ったより大きいな。頼もしくて何よりだ」
「わたしはジルベルト・ミルラン。わたしもオメガの中では大きい方だけど、あなたには敵わないわね」
挨拶をされてティエリーが頭を下げる。
「ティエリー・クルーゾーです。サイモンの番で、夫です。旦那様はサイモンの方です」
「旦那様なんてやめてくれよ。ただのサイモンでいいよ」
「関係性はおれはティエリーの夫で、ティエリーもおれの夫。平等だよ」
レミのからかうような「旦那様」という言葉に反応してしまったティエリーに笑って言えば、ティエリーは戸惑うようにサイモンに視線を向けてくる。隣りに座ってやればよかったが、今日はティエリーはジルベルトと話したいことがあるのではないかと遠慮してしまった。
「サイモン、向こうの席に行けよ。狭い」
「アルファはでかいんだから」
「おれが正面の席に入ったらティエリーとジルベルトが狭くなるだろう。ティエリー、何を飲む? アルコールを飲んでも構わないよ。おれも今日は飲むつもりだ」
「サイモンが紳士的だ!?」
「サイモンのこれまでの彼女から、『彼は不能なの? 冷たいし』って言われてたのに!」
「レミ! イポリート! ティエリーの前で変なことは言わないでくれ!」
妙なことをばらされそうになってサイモンはレミとイポリートに大きな声を出す。悪戯が成功したかのように二人は笑っている。
「ふのう? つめたい? サイモンが?」
飲みたいものを言わずにそっちに反応したティエリーにレミとイポリートは嬉々として話し出す。
「これまでの彼女に対しては、ものすごく淡白だったみたいで、夜満足させられてなかったんだって。『アルファは性欲旺盛だと聞いていたのにがっかりだわ』って振られてたのも見たよ」
「お付き合いも仕事優先でほとんど時間を合わせなくて、すぐに別れることが多かったし」
「おれの話はどうでもいいだろう!」
「よくないよ。サイモンの大事な番に真実を聞いてもらわないと」
「サイモンがどれだけダメ男だったか聞いてから結婚すればよかったね。サイモンは君には冷たくない? 君を満足させてる?」
「答えなくていいからね、ティエリー!」
面白がってサイモンの過去をぺらぺらと喋るレミとイポリートを睨み付けると、二人が声を揃えて「おぉ、怖い」と震えあがるふりをする。
「本命ができると変わるタイプだったんだ、サイモン」
「飲み物を聞いてあげてたよ。甘ったるい声で」
「甘ったるくない。普通だ、普通! 仕事のときの声を出したらティエリーが怖がるだろう!」
自分が甘ったるい声など出していないと主張するが、レミとイポリートは「自覚ないんだ」と笑うのでサイモンはティエリーに対しては甘い声を出しているのかもしれない。
それも番なのだから仕方がないではないか。
番に甘くないアルファなんているんだろうか。
事故で番になってしまったとはいえ、ティエリーと暮らす日々は心穏やかで心地よく、ティエリーに頼られているとサイモンは満たされるような気分になる。サイモンがティエリーを愛したのも必然と言えるだろう。
「サイモンのこんな顔、初めて見ました」
緊張が解けたのか、ティエリーがくすくすと笑っているのを見て、ジルベルトがティエリーに飲み物を勧めている。ジルベルトと同じ甘いカクテルを注文したティエリーは、楽しそうに飲み会に参加していた。
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