潔癖王子の唯一無二

秋月真鳥

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潔癖王子編

1.王子の初恋

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 ササラ国の大臣は頭を抱えていた。
 大臣の目の前には椅子があり、そこには長身で筋肉質で眉目秀麗な王子が、長い脚を組んで座っている。テーブルの上にはお茶の用意がしてあり、ティーカップからは湯気が上がっていた。
 アッシュブロンドの髪に長い睫毛、緑色の目は大きく、顔立ちははっきりとしている。立ち上がると見上げるような長身で、鍛え上げられた体に、青を基調とした軍服を纏い、白い手袋を着けている姿は、見るものを圧倒させる魅力があった。
 国王亡き後、妃が女王となり育て上げた王子には、成人はしていても王になる資格がない。
 この国では未婚のものは王になれないしきたりがあるのだ。
 早く王子を即位させたい女王は、大臣に命じて王子の伴侶を探させているのだが、見合いの釣り書きを見ては王子はそれを投げ捨てる。

「気に入らない」
「どのような方なら良いのですか?」
「知らぬ。それを見つけてくるのが貴様の役目ではないのか?」

 問題は、この美しく優秀で体格も良く武芸に秀でた、全て完璧ともいえる王子が、成人のときに、オメガだと分かったことだった。
 貴族の子息は、ほとんどが優秀な頭脳と運動能力を持つ、アルファである。その中でオメガとして生まれたものは、優秀な貴族と結婚できるため珍重される。しかし、一国の王となるべき人物が、まさかオメガだとは、誰も予測していなかったのだ。
 男女問わず、国中のアルファの釣り書きを持って来させても、王子は一瞥しただけで放り投げる。酷いときには、中身を見もしない。

「相手がアルファなのがお嫌なのですか?」

 オメガは三ヶ月に一度発情期ヒートと呼ばれる期間があって、その期間は男女問わず妊娠ができる。アルファは発情期にオメガが発するフェロモンを浴びると、誘われて発情状態になってしまう。女性でもフェロモンを浴びたアルファは男性器に相当するものが生え、オメガを妊娠させることが可能になる。
 長年アルファと自分を思って生きてきた王子にとっては、オメガとして結婚することはプライドが許さないのかもしれない。男性としての機能もあるのだから、女性のベータや、オメガと結婚することも念頭には入れていたが、どの性別を勧めても、王子の反応は良くないのだ。

「こちらの女性ベータはいかがですか?」
「触れたくもないな」
「こちらの男性オメガは?」

 ベータであれば発情期に反応することもないと勧めても反応は悪く、男性オメガの釣り書きに至っては、見もせずに床に投げられた。

「腹の中に入れるなど、気持ち悪い。中に出されたら発狂する!」

 手袋越しにでも他人に触れることを嫌がる王子が、素手で触れられるのは母親の女王と妹の王女だけで、どちらも結婚相手とはなり得なかった

「どの性別でも構いません、誰でも構いません、伴侶をお決め下さい」

 土下座する大臣のそばに、釣り書きは投げ捨てられ降り積もるばかりだった。


 新緑の鮮やかな庭で行われるガーデンパーティー。その主役は王子だった。
 18歳で成人してから6回目、24歳になる王子の誕生会と称した場には、年頃の貴族達が集められていた。

「公爵令嬢にございます」
「下がれ」
「伯爵の御子息にございます」
「失せろ」
「隣国国王の御子息に……」
「もう良い」

 国家の一大事である王子の結婚相手を探す大臣に呼ばれても、名乗ることは愚か、顔を上げることすら許されぬままに遠ざけられる貴族達は、薄々王子が結婚に向いていないことに気付いていた。

「性的に不能というお噂は本当か」
「あれだけ美しいのに勿体ない」

 アルファだと思われているので、オメガの男性か、どのバース性でも構わないので女性と結婚すれば、王位も継承できるし、子どもも作れるのに、頑なに王子が結婚を拒む理由を、貴族達は好き勝手に想像する。
 事実、性的なことに関して、王子は積極的ではなかった。
 キスをすれば相手の唾液が口に入るし、体を交わせば汗もつく。最たるものとして、相手の胎内に自分の一部を埋めるか、相手の体の一部を胎内に受け入れて中に出されるなど、想像するだけで吐きそうだった。
 朝は晴天だったのに、曇り始めた空模様が、ガーデンパーティーでの王子の気の重さを語っているようだった。ぽつぽつと降り始めた雨に、濡れたくないという思いが王子は先に立った。
 雨水は大気中の塵に水分が集まってできるもので、他人の体に触れるよりはマシだが、それでも歓迎して降られたいものではない。雨の気配に波が引くように建物の方に動き始めた人混みに紛れる気もせず、逆方向に歩いていたら、雨脚が強くなってきてしまった。
 濡れたくない、汚れたくないと思っているのに、足元のぬかるみの泥が跳ねて、ブーツとスラックスを汚してしまう。早く汚れを落としたいと闇雲に走った先は、王宮の客人の泊まる離宮。ガーデンパーティーに外国からの要人も出払っているので、ひとはいないと踏んで、中に入れば、廊下でばったりと愛らしい顔立ちの少女に出会った。
 漆黒の髪に漆黒の目。クラシックなハーフ丈の紺のサロペットパンツを履いて、白いソックスに黒い革靴の少女は、肩を超すくらいの艶やかな黒髪を括ってもいなかった。年齢的に幼くてガーデンパーティーに呼ばれなかったのだろう。白いすべすべの膝小僧が、妙に美味しそうに見えて、王子は少女を凝視してしまった。

「濡れています……風邪をひかれますよ?」

 丸みの残るあどけない顔立ちに、淡く色付く唇から溢れたのは、アルトの愛らしい鳥の囀りのような声。ポケットから取り出したハンカチを渡そうとして、それでは髪を滴る雫も拭けないと気付いて、少女は恥ずかしげに頬を染めた。

「ご無礼でなければ、僕のお部屋へ。すぐそこです」

 濡れたせいで手袋を外してしまった手を、白い華奢な手が握った。他の相手ならば振り払ってしまおうと考えるのに、すべすべとした柔らかな指は、不思議と嫌悪感がなかった。手を引かれて連れて行かれたのは、異国からの要人が滞在する館の北の奥の部屋で、タオルを借りて王子は体を拭いた。濡れた服を脱いでしまいたかったが、着替えがない。

「この国の王子様のお誕生日なのだそうです。みんな出払っているようで、お着替えが用意できないのですが、バスローブならばあります」
「そうだな、シャワーを借りようか」

 一刻も早く雨を洗い流したかったし、濡れた服も脱ぎたかった。肌を見せるのに抵抗がないとは言えないが、この少女からは欲望のようなものは感じ取れない。

「しっかりお湯を浴びてくださいね。体が温まります」

 シャワーを浴びている間に、少女は脱衣所から服を持ち出して、泥のついた場所を染み抜きして、窓際に干してくれていた。バスローブにバスタオルで長い髪を拭きながらバスルームから出てくると、少女は頬を林檎のように赤く染めて、部屋の端のソファに小さくなって座ってしまった。

「お部屋、御自由に使ってください。ぼ、僕、見ませんから」

 恐らく、この少女は自分が王子だと気付いていないのだろう。その上で、誰とも分からない相手を、濡れて体が冷えているからと親切に部屋に入れて、シャワーと備え付けのバスローブを貸してくれた。要人向けのバスローブは清潔に洗濯されているが、少女には大きいサイズだったので、王子には少し丈が短いくらいで済んだ。スリッパを履いて少女の隣りに腰掛けると、びくりと肩を震わせて、身を縮こめる。
 自分から相手に触れたいと思うなどこれまで一度もなかったのに、王子は自然に素手で少女の艶やかな黒髪に触れていた。

「見事な黒だな」
「おかしい、ですか?」
「いや、美しい」

 黒髪と言われるものは、ほとんどが濃い茶色程度で、本当に真っ黒というものは非常に珍しい。肌の色が濃いわけではなく、むしろ頬を染めると血管が透けそうなくらい白いのに、髪と目が鮮烈なほどに黒い。
 ササラ王国では髪の色も肌の色も薄いものが主流なので、その黒さは王子の目にはとても美しく映った。
 髪に触れて顔をまじまじと覗き込んでいると、大きな目が見開かれて、淡い色の唇がわななく。
 なんて美味しそう。
 食べてしまいたい。
 欲望のままに自然と顎を掬って、唇をはむりと食めば、甘いような気がする。驚いて動けない少女の口をこじ開けて、唾液を味わえば、やはり甘い。舌を絡めてその甘さに浸っていると、「んっ!」と少女が腕の中で身を捩る。唇を放すと、息ができなかったのか顔を真っ赤にして、目元に涙が滲んでいるのが愛らしい。

「あ、の……き、キス……」
「嫌だったか?」
「い、いえ。は、初めてで……」

 息ができなくて涙目になった少女が、瞬きをすると、ほろりと涙が一粒睫毛から弾かれて落ちた。
 もっと泣かせたい。
 口付けも、こんな肉食獣のような獰猛な感情も初めて生まれたもの。
 それが、この恋の始まりだった。
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