潔癖王子の唯一無二

秋月真鳥

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潔癖王子編

6.貞操の危機

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 毎日通ってきてくれる王子を、ヨウシアは待つのが日課になってしまった。執務が忙しいのだろう、一日に一度、お茶の時間だけなのだが、その間だけは暗く冷たく寂しい部屋が暖かくなる気がする。
 もう来てはいけないと言わなければならないと分かっていながらも、ヨウシアはどうしてもそれを口に出すことができなかった。
 果物でヨウシアの食欲が戻ったせいか、王子はよく果物を持ってきてくれるようになった。それを洗ったり、剥いたりして、王子に出すと、夫婦ごっこをしているようで密やかにヨウシアは幸せを噛み締める。この幸せも、王子がヨウシアの性別に気付いて仕舞えば終わり。
 いつ幸せが壊れてしまうかわからない、薄氷の上を歩いているような毎日に、王子がいるとき以外は、ヨウシアは食べ物が喉を通らなくなった。それに気付いた王子は、お茶の時間に食事も用意させて、ヨウシアを膝の上に抱き上げて、小鳥の雛に餌を運ぶように食べさせてくれる。
 恥ずかしいのに、嬉しくて、ヨウシアは王子の前で笑顔を隠せなくなった。
 食後のデザートにオレンジを剥いた日、王子は聞き捨てならないことを口にした。

「王子だからいけないのか? 妹に譲って王位を継承しないと宣言すれば、そなたは私と結婚してくれるのか?」

 恐れていた事態が起きてしまった。
 王子はヨウシアの胸の大きさを気にしていたから、性別は女性と勘違いしているのだろうが、ヨウシアは男性でアルファである。同じく男性でアルファの王子とは世継ぎが望めない。それを口に出せずに、理由を言わないままで拒んでいたツケを払わなければいけなくなってしまった。

「結婚は、しません! 王位を放棄するなどと仰らないでください!」

 ササラ王国は軍備も整っていて、それでいて周辺諸国とも平和協定を結んで、平和の中でこそ国民は安心して暮らせるという政治を行っている素晴らしい国だ。寂しく一人異国の要人の滞在する離れの館にいても、その政治のすばらしさは聞こえて来るし、家庭教師からも確りと教えられている。
 前国王が亡くなってから、女王として立った妃は、王子が伴侶を迎えて王位を継承する日を指折り数えている。王子の伴侶がこれだけ探されているのも、王位を継承して欲しいからに決まっている。
 それを覆すようなことを、ヨウシアはさせるつもりはなかった。
 アルファの男性として、腕力もないわけではないので、王子の腕から逃れて、必死に言い放った一言。
 その後で何が起きたのか分からない。
 ヨウシアは強烈な甘い匂いに包まれていた。誘うような香りに頭の芯が痺れて、身体の力が抜ける。王子に抱き締められて、ループタイを外されて、ヨウシアは慌てた。

「あっ……だめぇ!」

 シャツ越しに胸を撫でられて、全く膨らみのないそこに、流石に王子も気付くだろうと、身を捩るが、甘い香りに支配されて逃げることができない。じんじんと脚の間が疼くように反応しているのも、何かおかしい。

「こんな美味しそうな顔をしておるのに、何故、ダメなどと言う? 煽っているのか?」
「ひぁっ!?」

 シャツのボタンが外されて、首筋を吸い上げられて、もうどうしていいのか分からずに、ヨウシアは号泣していた。このまま裸にされれば、王子に自分の性別がばれてしまう。
 オメガだと勘違いされるかもしれないが、アルファのヨウシアは後ろが濡れることがないので、鈍い王子でも分かってしまうだろう。

「僕を好きにして、満足なさるなら、そうしてください……。その後は、もう、来ないで……」
「私を嫌いなわけではないだろう? 何故、そんなに拒む?」
「お好きになさったらいいではないですか」

 これで終わりだ。
 恐々と渡っていた薄氷は、踏み抜いてしまった。
 後は冷たい湖の中に落ちて、心臓が止まるのを待つだけ。
 王子が二度と来ない部屋になど、ヨウシアはいられるはずがない。体を暴かれて、ヨウシアの性別に気付いた王子が去ったら命を絶とうと決めて、ヨウシアは腕で顔を隠して、王子のされるがままになっていた。
 そのまま服を脱がされて、性別を確認されて、放り出されるだと思い込んでいたが、王子はそうはしなかった。優しい手が、服のボタンを留めて、乱れを直していく。

「悪かった。無理強いをするつもりはない」
「僕を好きにしても、幻滅なさるだけです」
「胸が小さいことを気にしておるのか? 私は小さくても可愛いと思うぞ?」

 それが今ではなくて良かったと思う気持ちと、この浅ましい執着にとどめを刺して欲しいという気持ちが混ざって、ヨウシアは上手に笑えた自信がなかった。

「なにも分かっていらっしゃらない」

 アルファで男性だと分かれば、二度とヨウシアに目もくれないであろうに、一時の温もりを求めて、ヨウシアはどうしても王子を拒み切れない。真実を告げてしまえばこんな苦しみはなくなってしまうのに。
 ただ苦しみがなくなったとしても、到達するのは虚無の世界だ。王子をこんなにも愛してしまった今、失えばヨウシアには何もなくなってしまう。

「婚約だけでも、了承してもらえないか?」
「婚約も、できません」

 拒みたくない。
 一度だけの思い出を胸に、死んでもいい。
 恋とはこんなにも激しいものだったのか。
 燃える思いを他所に、時間が来て、王子はヨウシアを置いて執務に戻っていった。


 国の最高権力者である国王は、軍隊の将軍でもある。そのために、王子は武芸に勤しみ、鍛えているのだという。
 手の皮の厚さ、腕の太さからして、ヨウシアとは全然違う。
 華奢な骨格のヨウシアは、15歳になるのに少女のような容貌と体型で、手足も細く、手も小さい。大きな手がヨウシアの胸をシャツ越しに撫でたときに、確かにヨウシアは欲望を覚えていた。
 あのひとにもっと触れて欲しい。あのひとにもっと触れたい。
 白い首筋に、自分が吸い付かれたように、吸い付いてみたい。所有の証のように、くっきりとヨウシアの首筋には、赤い吸い痕が残っていた。
 ため息をついて、自分が王子のことばかり考えていると苦笑していると、部屋に訪問者があった。最初は家庭教師が時間を間違えたのだと思って、扉を開けてしまったが、入って来たのはヨウシアよりもがっしりとした体型の女性だった。
 アルファ同士は、纏うオーラでそれが分かるというが、ヨウシアはアルファとしての能力が低いのか、オメガのフェロモンには酔って倒れてしまうし、アルファからもアルファだと見抜かれたことはなかった。
 王子はヨウシアを牽制したりしないからオーラが感じられないが、その女性からはヨウシアを従わせて、屈服させようというオーラが強く感じられた。

「何の御用ですか?」
「王子様がここに通っていらっしゃるのを見たけれど、あなた、フェロモンで誘惑したの?」

 アルファだろうが、高貴な身分に見える人物は女性で、王子の伴侶となりうる可能性は大いにあった。貴族はほとんどがアルファなので、アルファ同士の男女が結婚するのは、珍しい話ではない。アルファの女性も、オメガのフェロモンに触れなければ、男性器に相当するものは生えないので、普通に男性のアルファと夫婦生活を送れた。
 性別が女性だったならば、せめてバース性がオメガだったならば、王子との恋に障害はなかった。
 部屋に入って来ようとする女性を押し返そうとするが、ヨウシアは突き飛ばされて、床の上に転がされ、後ろ手で扉を締められてしまった。

「こんな胸もない子どもがお好きだったなんて。フェロモンで誘惑したんでしょう? フェロモン、出してみなさいよ」
「違います、誘惑なんてしていません」

 誘惑できたならどれだけ良かっただろう。
 フェロモンが出るオメガだったならば、王子との間に赤ん坊も産めて、結婚を拒む理由もなかった。立ち上がろうとするヨウシアの細い腰に跨って、アルファの女性が力任せにヨウシアのシャツの前を開ける。ボタンが飛んで、首筋に付けられた王子の吸い痕が露わになった。

「板に豆じゃない、この胸……もしかして……」
「いやぁ!? やめてください!」

 サロペットパンツのジッパーに手をかけた女性に、ヨウシアが腕を突っぱねて逃れようとする。しかし、そこに触れただけで、女性はヨウシアの性別に気付いたようだった。

「男!? 男のオメガがお好きだったの!?」
「いやっ! 触らないで!」

 思い切り突き飛ばしても、ヨウシアの腕力では体格のいい女性を押しのけることができない。シャツは前を開けられて破れ、サロペットパンツの肩紐は乱れて、ジッパーは下ろされかけている状況で、部屋の扉が開いた。
 助けてという前に、ヨウシアは絶望で目の前が真っ暗になった。
 明らかに激怒している王子が、白い手袋を付けた手で女性の顔面を鷲掴みにして、扉の外に投げ出す。厳重に扉を閉めて、汚れた手袋を投げ捨てて、王子はヨウシアに駆け寄った。

「無事か? 怖かっただろう」
「いやっ! 来ないで! 見ないで!」

 乱れたヨウシアの格好から、もう性別を隠せるはずもない。平らな膨らみの一切ない胸、ジッパーの半分下ろされたサロペットパンツから見える股間の膨らみ。
 知られてしまった。
 隠していた事実が全て暴かれてしまった。

「出て行って!」

 顔を覆って泣き出したヨウシアを、王子は強く抱き寄せた。
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