潔癖王子の唯一無二

秋月真鳥

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不憫大臣編

1.気弱なアルファは大臣になる

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 マティアスは、ササラ王国の大臣一家の跡取り息子だった。
 気が弱く、臆病な性格だったので、両親はマティアスがオメガなのではないかと心配していたが、15歳のときに発情期ヒートに反応したのを見て、アルファだと判断された。ただし、そのフェロモンへの反応が、匂いが強すぎて嘔吐するという散々なもので、マティアスはアルファなのにオメガが苦手だった。
 貴族でアルファということが確定して、社交界に初めてデビューした15歳の夜、マティアスは廊下ですれ違った急に発情期が始まってしまったオメガのフェロモンに当てられて、吐きそうになっていた。
 緘口令がしかれているが、王子は潔癖症で、この廊下は王子も通る場所である。吐瀉物などあればどれだけマティアスは叱責されるか分からない。それでもせり上がってくる胃液に耐えきれず、壁に手を付いてお手洗いまでの遠い道を歩いていたときに、マティアスは美しい男性に声をかけられた。

「気分が悪いの? ここに吐いてしまって良いから」
「でも、きれいなジャケット……汚して……」
「構わないから」

 着ていた上質の光沢のあるジャケットを脱いで、吐く場所を作ってくれたその人物に、礼を言う暇もなくマティアスは胃の中のものを全部吐き出していた。初めての社交界で緊張していたので、昼食も喉を通らず、飲み物と胃液だけだったが、しっかりとそれをジャケットで受け止めてくれたそのひとは、ジャケットを召使いに渡して、マティアスを休憩室に連れて行ってくれた。
 弾力のある筋肉の付いた太腿で膝枕されて、頭を冷たい水で絞ったタオルで冷やされて、時々顔を覗き込んで飲み物を飲ませてくれる彼は、凪いだ海のような穏やかな青い瞳で、ハニーブロンドの髪を撫で付けた筋骨隆々とした成人男性だった。ふわふわと漂う微かな甘い香りに、マティアスはうっとりする。

「本当に助かりました。俺はマティアス。あなたは?」
「ヴァルネリだよ」

 名前を聞いて、マティアスはようやくその人物が誰かを把握する。亡き国王の嫁いだ妹の息子で、成人していないので結婚できず即位できない王子の従兄で、オメガだというのは、この国中に知れ渡っていることだった。弟がアルファなので、そちらに家督は譲ることになっていて、結婚の際には領地を分けてもらって、そこの領主になることが決まっている、雲の上のような存在だった。
 均整のとれた鍛え上げられた体も、ジャケットがないので目立つ豊かに発達した大胸筋も、僅かに漂う甘い香りも、全てマティアスの好みでしかない。
 代々大臣となっているマティアスの家は、大貴族だったので、年の差はあれど釣り合わないわけではない。
 成人するまでどうか結婚しないで欲しい。
 15歳でそんなことを言えるはずもなく、泣き出しそうになる顔を隠したマティアスに、上半身を支えて、ヴァルネリは温かなミルクティーを飲ませてくれた。
 この国の成人年齢は18歳。ヴァルネリはマティアスの10歳年上で、28歳のはずだった。
 ヴァルネリをお嫁に迎えられるように、その日からマティアスは勉強した。大臣に選ばれる家系とはいえ、大臣にも様々な仕事がある。どこに配属されてもやっていけるように努力して、18歳の誕生日まで努力した。全く政治に興味がなく、出世欲のなかったマティアスが猛勉強し始めたことに関して、両親も気付いていた。

「好きなひとがいる。そのひとと結ばれるためなら、俺はなんでもする」

 勉強はしながらも、ヴァルネリに会える夜会には必ず参加した。あまり社交界の表に出てこないヴァルネリは、自分がオメガだということを気にしているようだった。

「普通のオメガは、美しくて華奢でお姫様みたいだよね。僕みたいなのがオメガなんておこがましい」
「そんなことないです。ヴァルネリさんは吐いた俺を解放してくれて、豊かな身体も青いお目目も物凄く綺麗です! 俺の美しいひと……」
「そう言ってくれるのは、マティアスくんだけだよ」

 笑われてしまったが、マティアスは本気だった。自分より長身なところも、ひょろひょろと痩せた自分より立派な体格も、全てマティアスには美しく、素晴らしく見えた。

「ヴァルネリさんは俺にも優しくしてくれて、本当に、素敵です」
「おやおや、熱烈だね」

 夜会のたびに口説かれて、ヴァルネリもある程度予期していたのだろう。マティアスの18歳の誕生日を迎えると、ヴァルネリの家を訪ねて、花束を差し出した。
 通してくれた使用人の目など気にならず、ヴァリネリの前で深々と頭を下げる。

「俺と結婚してください! あなたの全てが好きです!」

 断られたら生きていけないかもしれない。
 泣き出しそうなマティアスの手から、ヴァルネリは花束を受け取ってくれた。

「財産目当てでプロポーズされたことはあるけど、本気は初めて。僕で良ければ喜んで」

 天にも登る心地で、マティアスはヴァルネリに抱き付く。
 しっかりとした筋肉の弾力のある感触が腕に伝わって来た。

「マティアスくんはオメガのフェロモンが苦手だって言うけど、僕もフェロモン出るよ?」
「ヴァルネリさんはいつもいい香りするし、きっと平気」

 これからでもヴァルネリの発情期が来て、フェロモンでめろめろに骨まで溶かされたい。美しいヴァルネリの身体に触れたい欲に、中心が反応するが、結婚するまでは王族でオメガのヴァルネリに手を出すことはできないと、必死に我慢する。
 幸せの絶頂で、駆け付けた両親にプロポーズが成功したことを告げようとしたマティアス。誕生会の席を抜け出した息子がヴァルネリに抱き付いているのを見て、何事か察した両親の表情は沈痛なものだった。

「マティアス、お前、王子の結婚相手を見つける役職に選ばれたんだよ」

 この国では国王は結婚していないと即位できない。前国王亡き後、一時的に妃が女王となっていたが、成人した王子の結婚問題は、国を左右する大問題だった。年が同じだから、相手を見つけやすいだろうという女王の考えなのだが、こうなるとマティアスは王子を差し置いて結婚することができなくなってしまう。
 成人までヴァルネリが結婚しないことを願って、ようやく成人を迎えてプロポーズをした。ヴァルネリもマティアスを憎からず思っていてくれたようで、プロポーズを受けてくれた。
 それなのに、マティアスは結婚を許されない立場になってしまった。
 人生最良の瞬間から突き落とされたマティアス。ほろりと溢れた涙を、ヴァルネリが拭ってくれる。

「大臣就任おめでとう」
「ヴァルネリさんと結婚するために今日まで頑張ったのに……」
「マティアスくんが嫌じゃないなら、結婚できる日まで待ってるよ」

 待っているという言葉嬉しいが、潔癖症の王子に結婚できる相手など現れるのだろうか。ただでさえ、ヴァルネリはマティアスよりも10歳年上で、王族で、求婚相手も尽きない存在である。財産目当てだと退け続けても、両親の圧力に負けて、結婚しなければいけなくなる日が来るかもしれない。
 貴族社会では少ないオメガは、政略結婚の道具としては非常に重要だった。王族のヴァルネリを狙っている輩が片手の数では足りないことを、マティアスは知っている。
 婚約を公表することもできないのは、王子がオメガで、マティアスが家柄的に結婚相手の候補となり得るからだった。
 プロポーズを受けてくれたのに、婚約もできない状況で、何年待たせるかも分からない。
 絶望で涙が止まらないマティアスを、ヴァルネリは豊かな胸に抱き締めてくれていた。

「年を取った僕にあなたが興味をなくさない限り、僕は待ってるよ」
「俺がヴァルネリさん以外を好きになるはずないです」

 抱き締められて、慰められて、ヴァルネリとマティアスの表沙汰にできないお付き合いが始まる。
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