異世界無宿

ゆきねる

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第二十六章 梅雨の季節

第五百二十話 いざ会食の日

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時間の流れは早いもので、もう会食の日の朝である。

朝から屋敷では料理担当と菓子担当、そして飲み物担当が馬車に乗って出発の準備をしている。
イズミはグラテミアから預かっているアイテムボックスの中身を確認してから、深呼吸をしてマスタングの後部座席に置いた。

「イズミ、皆んな準備万端だってさ」

「そうか…俺は不安になって来たよ」

「何日もかけて段取りして、料理も全部仕込んでるんだろ?何が不安なんだ」

「心配性なのさ。どれだけ準備しても、何かが足りないような気がしてしまうんだ」

「それは良く分かるぞ。でも、旅も冒険者も全てが完璧には出来ないんだ。最後は出たとこ勝負だぞ」

ベリアに強く背中を叩かれたイズミは、頭を支配する不安を捨て去る様に自らの頬を叩いて気分を入れ換える。

「よし、今日は忙しくなるぞ」

マスタングに乗り込んだイズミは、腕時計の竜頭を巻きながら自分の集中を高め、一度周囲の索敵をしてから光の教会へと移動を開始する。
空には雲一つない快晴そのもの、過ごしやすい天気である。

特に変な妨害も無く無事に光の教会に到着したイズミ達は、リーベルトの案内で施設内の会食部屋に案内される。

既にテーブル類はセットアップされており、デュークとロレッタも待機していた。

「おはようございます。心の準備はどうです?」

「不安はありますが、最善を尽くすだけです」

ロレッタの力強い受け答えを聞いて、イズミは静かに頷いた。
自分もそうするのだ、今出来る事を、今持っているカードで出来る事を、最大限やれるだけやるのだ。

アイテムボックスから料理を取り出すと、テーブル毎に軽食、菓子、スープ、ソフトドリンク、お酒とジャンル分けして盛り付ける。
そして来てもらったラミア族の各担当者が準備を終えた所で、デュークとロレッタを交えて最後の打合せをする。

「では皆さん、会食を始める前に確認です。これから会食が始まると休む暇も無く動く事になるかもしれません。連携が必要になります、光の教会から二人サポートを借りました。デュークとロレッタです。二人には事前にメニューと試食をしてもらい、内容はある程度把握しています」

そこまで言うと一度話しを止め、皆んなの顔を確認してゆく。
全員が真剣な表情でイズミの顔を見ている。

「各担当者がメインで説明を、私やベリア、サポートの二人でカバーしていきます。何かあれば私、イズミに報告連絡相談をお願いします。よろしいでしょうか?」

「「「はい!」」」

皆の力強い返事を聞いたイズミは、大きく深呼吸をしてから両手を合わせる。

「では、会食を始めるとしましょう…」

イズミが静かに祈りを捧げると、部屋の中が光に包まれた。


「…これは!」

光が収まった部屋の中の景色に、イズミとベリアを除いた全員が呆然としていた。
最初に声を出したのは、デュークであった。

「会食への御招待、感謝しますわ」

光と共に姿を現した風の女神ウィンニルが、微笑みながら挨拶を交わすとお酒のコーナーへと向かい、イズミが用意した特別な…異世界産の…お酒が注がれたグラスを受け取ると、美しい所作で口へ含む。

「やはり最初の一口は、この美酒ね」

そう言い切ると共に、他の来賓者達も姿を見せ始めた。
ウィンニルが最初に姿を見せた事で、他の者達も入りやすくなったのかもしれない。

「…ラミア族のお姉さん、このお菓子はなぁに?」

お菓子コーナーにいた担当のラミアの服の袖を引っ張りながら聞いてきたのは、2体の子供の姿をした精霊だった。

「此方はショートケーキと言いまして、最近完成したばかりのお菓子でございます。こだわり抜いたベリーの甘酸っぱさと生地の甘さ、クリームのシットリさが絶妙ですよ」

「食べたい!」

「かしこまりました、食べやすいように切り分けますね」

その精霊がショートケーキを頬張り大きな笑顔を見せると、部屋内に沢山の精霊達が押し寄せるようにやって来た。

遂に始まったのだ。
イズミは気を引き締め直すと、周囲を見渡してからお酒のコーナーに向かう。

「どうしました?」

「このドワーフ酒を、オレンジのジュースに混ぜて欲しい」

「分かりました、割合はドワーフ酒1にオレンジジュースが4でお渡しします。もう少し強いのが御所望であれば、申し付けて下さい。次お出しする際に調整します」

オーダーを聞いたイズミがカクテル担当と一緒に、この会食で最初の1杯を作り提供する。
カクテル担当は上質な氷を作れるラミア族の料理人の1人であり、カクテル作りを初期から担当しているラミア族でもトップクラスの存在だ。
もっと練習をすれば、この世界で初のバーテンダーにもなれるかもしれない。

「メーレルさん、後はメインでよろしくお願いしますね」

「分かりました!」

「ほら来た、次のオーダーだ」

メーレルは次にやって来た精霊からオーダーを聞いてドワーフ酒のトニックウォーター割、所謂ジントニックを作って渡している。
これなら大丈夫そうである。

ふと腕時計を確認すると11時を回った所、忙しさが本格的になるまでには少し時間があるように思える。

「イズミ、この会食の終了予定は何時頃だっけ?」

「もの凄くザックリだが夕方、日が暮れて来たら終わりかな。片付けして屋敷に戻る必要もあるし」

「じゃあ、4時過ぎくらいか」

ベリアから来た質問に答えると、問い合わせていた女神の一柱に説明をしてくれる。

「あの、イズミ様。特別なお酒のオーダーが入りました」

メーレルがおずおずと教えてくれたので、お酒コーナーに向かうと魔王夫妻がお見えになっていた。

「久しいなイズミよ、息災か」

「お陰様で元気にやってます。何をお飲みに?」

「魔界で作った酒なのだが、イズミならどうアレンジするか気になってな」

魔王から直接受け取った酒の蓋を開け、手の甲を押し付けて少しだけ付けると、口に含んで味を確かめる。

「これは…薬草系ですね。しかも独特な味と度数の高さ、下手に割材を入れるとバランスが崩れる。トニックウォーターか炭酸水で割るのが初手には良いかと」

「そうだな、最初はトニックウォーターで割って貰うとしよう。後でもう少し凝ったアレンジを頼みたい」

「そうするとですね…」

イズミは自分のアイテムボックスからカクテルセットを取り出し、どんなのが入っていたか確かめるべく軽く漁る。
そこには角砂糖と穴あきスプーンがあったので、次はこれを活用する事に決めた。

「次は作る過程からこだわってみます」

「楽しみにしているぞ。その酒は取っておいてくれ」

薬草系の酒をトニックウォーターで割って魔王夫妻に渡すと、既に会食を楽しんでいる他の女神達の元へ向かい談笑を始める。

その光景を目の当たりにしたデュークとロレッタの動きが固まっているように見えるが、イズミが生きている世界は彼等とはそこそこに違うので、今日の所は慣れて受け入れてもらうしか無い。
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