異世界無宿

ゆきねる

文字の大きさ
585 / 624
第二十七章 サンダーブレード作戦

第五百七十一話 ブラックドラゴンの来訪

しおりを挟む
幸運な事にイズミは偵察部隊と遭遇する事無く、無事にマスタングの元まで到着した。

「流石に疲れた」

「お疲れ~」

マスタングの助手席にて寛いでいたベリアがビッショリと全身が濡れたイズミに驚くと、マスタングに予備の服とタオルを実体化させて身体を拭くように促した。

「イズミ、そんなじゃ風邪引いちまうぞ」

「そうは言うが、偵察部隊とやらが近付いて来てるんだろ」

イズミは急いでずぶ濡れの服を脱ぎ身体を拭き、替えの服を着てからマスタングに乗り込むと、戦闘を終えた帝国兵の拠点跡地まで移動する。

帰る前に改めて確認がてらの索敵とスキャンをマスタングに頼むと、脅威は確認出来ないとの回答だった。

空を覆う雲は相変わらず灰色だが、雨が止むとイズミはマスタングから降りて身体を伸ばした。
つい先程まで戦場だったこの地は、完全に帝国兵の手から離れたのだ。

「マスタング、今は何時だ?」

「現在14時07分です」

「そろそろ帰る時間だな」

イズミはトランクから水筒を取り出すと、グイッと一気に飲み干した。
全身に水分が行き渡るような感覚がイズミを包み込む。
これがドワーフ酒や好みのカクテルだったりビールだったら最高なのだが、それはもう少し我慢する必要がある。
せめてヒュミトールに戻ってからだ。

「じゃあ、アタイはフラウリアさんに頼んで、先にヒュミトールに戻るわ」

「そうだな。戻ったら監視者達に姿を見せてやって、アリバイ作りをよろしく頼む」

フラウリアと連絡を繋ぎベリアが転移魔法で帰った後で、イズミは1人で残骸だけとなった帝国兵の拠点をぼんやりと眺める。

「気が滅入るな」

「理由はどうであれ、殺し自体は褒められたものではありません」

「殺し合わずに解決するなら、誰も苦労はしないだろうさ」

イズミが大きくため息をついていると、マスタングが1本の葉巻と魔道具のライターを実体化した。

「マスター。健康には良くありませんが、一服をして気を安らげて下さい」

「…すまないな」

「精神的負担が多くかかっています、気分転換が必須です」

手に取った葉巻は小振りかつ細身であり、一般的な煙草と大差無いサイズだった。
僅かに震える手でライターを着火し葉巻に火を点けると、イズミはふかしで葉巻の香りを確かめるように吸う。
この異世界では初めての喫煙で慣れていないからか、初手でむせてしまった。
気を取り直してゆっくりと葉巻を味わっていると、マスタングから連絡が入った。

「マスター、巨大な魔法反応が高速で接近中です」

「何処からだ?」

「もう到着します」

イズミは周囲を確認するも、巨大な魔物等の存在は一切見当たらない。
ショルダーバッグから武器を取り出そうとした所で、上空から巨大な咆哮が聞こえてきた。
分厚い雲を抜けてイズミ達の上空に姿を現したのは、漆黒のドラゴンだった。

ドラゴンは帝国兵の拠点跡地を確認するように3週すると、イズミとマスタングの行く手を阻むような形で舞い降りて来たのだ。

全長は何十メートルあるのか分からない程の巨大なブラックドラゴンは、その目でイズミとマスタングをしっかりと認識し、品定めをするように観察を始めた。

イズミは自分でも気付かぬ内に愛用の44マグナムをショルダーバッグから取り出してはいたが、全く歯が立ちそうもない事は明白だった。
左手で葉巻を摘むと、静かに煙を吐き出して現状を把握すべく脳みそをフル回転させる。

「人間、いや異世界人よ。我の声は認識出来るか?」

ブラックドラゴンはイズミの脳内に直接意思を伝達して来たので、思わず身体をビクつかせながら返事をする。

「…今出来ました」

「そうか、ならば話は早い。害虫共の駆除、人間にしては良くやった」

「それはどうも」

「手緩い駆除であれば我が直接燃やし尽くしてやろうと思ったのだがな、残念だ」

ブラックドラゴンの顔がイズミへ近付くと、その口元で妖しく蠢く黒紫色の炎がチラつく。

「ゲヘナ様、余りこの異世界人を怖がらせないで頂きたい」

そんな声がマスタングの方から聞こえてきたので振り返ると、マスタングのボンネット上で一匹の狼が座っていた。
イズミも何度かお会いしている、あの漆黒の狼だ。

「おぉ、久しいな。また後始末か」

「肉体と魂を処理しなければなりませんので」

「不味くて食えたものじゃ無かろうに」

「これも我の役割だ」

「お主も相変わらずの堅物だな」

ブラックドラゴンは尻尾の先端で器用に狼の頭を撫でると、大きな欠伸をしながら自らに魔法をかけた。

「あの姿では会話もしにくかろう」

ドラゴンは変化魔法を使い、人間の姿へと変わりイズミの前に立つ。

身長はイズミよりも頭1つ小さく、尻まで届く長い黒髪と恐ろしい程に蒼白い素肌、整った美顔と見る者を吸い込むような黒紫色の瞳。
その肉体はスレンダーそのものだ。

「そんなに見惚れて、この姿が気に入ったか?」

「いや…変化魔法は質量保存の法則を超越するものなのだなと」

「質量、保存?異世界では何かと制約でもあるようだの。この姿は遥か昔、人間の身でありながら最強の魔女と呼ばれた、ある女の幼少期の姿に似せたのだ。我も割と気に入っている」

「そんな凄い実力者が居たのですね」

「その実力故に母国の王族が恐れ女の家族を人質に取り、魔法でも解毒出来ぬほどの猛毒を死ぬ迄飲まされ続けた、悲しき女だった」

「…酷い事をする」

「女が死んだ事を確認した王族は同じような存在が再び生まれぬようにと言って、家族を皆殺しにした」

「何故私にそんな話を?」

「その国は既に滅んだが、今の帝国の原型となった国だ。その恐ろしい血は未だに、帝国人の身体に流れている…我が一度滅ぼした筈だったのだが、生き残りが居たようでな」

イズミは44マグナムをショルダーバッグに仕舞うと、葉巻の煙を静かに吐き出す。

「帝国への怒りの感情は持ったか?」

「いいえ、全く。私にとって帝国…特に帝国兵ってのは『自ら探すような真似はしないが、見つけたら殺す』その程度の対象ってだけです。もう特に感情はありませんよ」

「ならば、何故気に病んでおる?」

恐ろしい迄に特徴的な瞳がイズミの目を凝視すると、イズミは思わず身体の動きが止まった。
何らかの魔法かとも考えたが腕時計の魔法返しも呪い返しも反応が無い…と考えた所で、現在は腕時計を身に着けていない事を思い出した。
ドラゴンはイズミが左手に持っていた葉巻を魔法で奪い取ると、口元へ運んでゆっくりと吸い込む。

「この様な煙を吸っておるようでは、まだ心に弱さと迷いがあるようだな…それでは困るのだ。お主には更なる活躍を期待しておるのでな」

ドラゴンは葉巻を黒い炎で灰にしてしまうと、その美しい顔をイズミの鼻の先にまで近付けて瞳を凝視するように覗き込んだ。

「…お主の目にはあの魔王の細工があるな。我も追加で細工をさせてもらったぞ」

「唐突ですね」

「案ずるな。お主の目を見れば例え怒りに狂った魔族であっても、一度は刃を持つ手が止まり冷静さを取り戻すだろう」

「何かの加護ですか?」

「魔族の実力者で我を知らぬ者は居らぬ。その目に我が宿した黒き焔の揺らめきを見れば、我の知り合いと認識する…それだけだ。それ以外は何の効果も無いが、人によっては恐れをなして逃げ出すかもしれぬな」

それと、戦闘中や日常生活も暇潰しに覗き見出来るようにした、とも告げられた。

「どうしてそんな悪趣味な事を」

「我が本来の姿で空を飛ぶだけで、人間共はこの世の終わりだとか国が滅ぼされるだとか言って、勝手に悲観するではないか。何の気なしにただ気持ち良く空を飛んでいるだけでだぞ?小煩くて仕方が無い!我にも時間潰しや暇潰しが出来る何かが欲しい訳だ。期待しておるぞ」

ドラゴンは本来の姿へと戻ると再び空へ飛び立ち、分厚い雲の向こうへと去ってゆく。

「お主もそろそろ家に帰るが良い、雑魚が4体程近付いてきておるぞ」

そんな声がイズミの脳内に響くと同時に、何処からか無くしたイヤリングがイズミに向かって飛んできた。

「それと、分かりやすい証拠を残すのは悪手ぞ」

ブラックドラゴンの粋な計らいなのかもしれないが、戦闘中に紛失したイヤリングが手元に戻って来たので、軽く泥を落としてから左耳に装着する。

「ベリア、聞こえるか?」

「聞こえるぞ…イヤリング見つけたのか」

「あぁ…ちょいと時間はかかったが何とか。これから戻るよ」

「分かった、此方は久し振りの晴れ間が見えてて、良い感じだ…それと、無理はするなよ」

「そうする」

イズミはマスタングに乗り込むと偵察部隊が追い付けない速度で移動を開始して、ヒュミトールへと帰る道を走り出したのだった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

僕だけ入れちゃうステータス欄 ~追放された凄腕バッファーは、たまたま出会った新人冒険者たちと真の最強パーティーを作り上げる~

めでめで汰
ファンタジー
バッファーの少年カイトのバフスキルは「ステータス欄の中に入って直接数字を動かす」というもの。 しかし、その能力を信じなかった仲間からカイトは追放され迷宮に置き去りにされる。 そこで出会ったLUK(幸運)値の高い少女ハルと共にカイトは無事迷宮から生還。 その後、カイトはハルの両親を探すため地下迷宮の奥へと挑むことを決意する。 (スライム、もふもふ出てきます。女の子に囲まれるけどメインヒロインは一人です。「ざまぁ」もしっかりあります)

不死身のボッカ

暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。 小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。 逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。 割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。 ※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。 ※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。 ※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。 ※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...