異世界無宿

ゆきねる

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第二十八章 梅雨が明けるまで

第五百九十四話 急な訪問者

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イズミが部屋で1人ブレスレット作りに勤しんでいると屋敷の従者がドアをノックして来たので、作業の手を止めて応答をする。

「はい」

「イズミ様宛にお客様がいらしております」

「私宛にですか。そんな予定はありませんが、どちら様です?」

「元老院から代表として来たと申されてます」

「…面倒くさい臭いがするが、断るのもマズイな」

イズミは念の為に装備を身に着け、テーブルの上に広げていた工具類を片付けて、従者の案内で広い応接間へと向かった。

応接間には既にグラテミアがおり、見た目的に30代後半の男が椅子に座っている。
身なりはしっかりと整っており、貴族出身である事は容易に想像出来る出で立ちだった。

「お待たせいたしました、イズミです」

「私はベルナルド・ウォークロフトと申しまして、ハルハンディア共和国の元老院に所属しております。急な訪問で恐縮ですが、緊急で状況を把握しなければならなくなりこの場を設けて戴きました」

ウォークロフトと名乗った男はゆっくりとした動作で書類を取り出すと、静かにテーブルの上へ置く。

「2日前にガーネディアン公爵家から元老院へ送られた正式な報告文書です。内容自体はご存知ですね」

「何処かの誰かから、酒の不法な横流しの嫌疑をかけられたって話であれば」

「金貨で3万枚を超えるドワーフ酒の大量購入、支払いは一括払い、納品及び空瓶の回収は指定の日時に指定の場所で…此処までは把握済みです。一度予定の変更があったようですが」

「野暮用が出来てしまいましてね、ヒュミトールの外に出掛ける必要があったんです」

「野暮用を具体的に説明して頂けますね」

「ドワーフの武器屋で購入した武器の練習とか、入手した魔道具の試験運用ですよ。何度か外へ出てる事くらいは、衛兵隊からの報告とかでご存知かと」

イズミは帝国兵を一掃した戦闘に関してはダンマリを決め込んでおり、それらしい理由で納得して貰うべく説明をした。

「勿論把握済みです。ドラゴンが姿を見せた日も外に行っていたようですね」

「ええ。そのせいで帰ってくるのが遅くなったのを憶えてます。ビビってまともに動けませんでしたので」

「ほう…貴方は下位のドラゴンを落とした実績もお有りだと伺っておりましたが」

「はて、記憶に無いですね」

話をする限り、このウォークロフトと言う男はかなり下調べをして来ているようだ。

「そうですか…此処まではまだ序文の内容でして、緊急で動かざるをえなくなった理由は」

「…二振りの剣ですか」

「二振りの剣と、魔王の出現です」

ウォークロフトの言葉は淡々としているように聞こえたが、魔王に関しては若干ながら感情が入っているように聞こえる。

「報告には魔王は貴方との関係を【良き友人】と評したようですが、これは事実ですか?」

「ええ。ちょっとしたご縁がありまして、今ではすっかり酒飲みの友です。何か問題でも?」

「大有りです。魔王に手によって滅びた国々は数知れず、数え切れぬ程の命が奪われているのです。そんな存在を酒飲みと友だと言うのですね」

「言いますね」

イズミはウォークロフトの目を見て、ハッキリと言い切った。
一切言い淀む事のない発言にウォークロフトは鋭い眼光をイズミへ向けるが、イズミは臆する事無く話を続ける。

「物事には必ず理由と順序がある。何故魔王が現れ、国を滅ぼし大量の命を奪うに至ったのか。考えた事はあります?」

「魔王はこの地を支配しようと姿を現して侵略をする、古くからある書物にもそう記されている」

「誰が記したんです?その書物。書に記した人物は魔王についてどのくらい知っているのか、書物には書かれていないでしょう。そもそも書物ってのは必ず記した者の認識や願望が顔を覗かせるものです【魔王が侵略をして来たのはこの地を支配したいからだ、他に理由があったとなれば我々への非難は避けられず、故に書くことは許されない】なんて事も有り得ます」

「何を馬鹿げた妄想を」

「では聞きますが、何故魔王は過去に幾度となくこの地を侵略し大勢を殺戮したのに、現在は何処も支配をせずに魔界に居るのです?」

「それは魔王の侵略に対抗すべく、敵対的な関係であった国々であっても手を取り合い総力を結集して戦い、そして勝利したからだ」

「その勝利を収める前に魔王の軍勢が侵略をし終えた地域を、魔王が治める国として建国を宣言した事はあったか?」

「何を言って…」

「言いたい事は色々あるが、俺の見解をまとめるとこうだ…魔王はこの地の支配なんて、微塵も興味は無い」

イズミの発言に、応接間はしんと静まり返る。
顔を青褪めながら、ウォークロフトは言葉を絞り出した。

「微塵も興味は無いだと?」

「話しは戻るが、物事には必ず理由と順序がある。魔王がこの地に姿を現して侵略を始めるのは、国や人間側が何らかの条件を満たしてしまった時だ。条件は多種多様かつランダムかもしれないが」

「なんだと」

「難しい話だが…魔王がこの地に姿を現して侵略するに至る条件があるなら、姿を見せた魔王が魔界へ撤収するに至る条件もある訳だ。アンタの知識において【魔王を倒した】と記載されている書物はあるか?」

ウォークロフトの動きが止まり言葉を発そうとしているが、今回は口が動くだけで言葉としては出て来ていない。

「俺の認識では倒したと書く時は、対象を殺したと言う事実を和らかく表現する時に使うものだと思っている。殺すと言う表現は文章にすると重いからだ。無数の魔物を殺して進んだと書くより、無数の魔物を打ち倒して進んだと書いた方が、まだ文章から血なまぐささが減るしな」

イズミの言葉を遮る者はいない。

「さっき言ったよな【総力を結集して戦い、そして勝利した】って。そう書かれている書物には、魔王を倒して勝利を収めたと書いてないのか?」

言いたい事を言い終えたイズミは、椅子に座り直してウォークロフトの回答を待った。
イズミは自身の心臓の鼓動音と腕時計の音が聞こえる程の沈黙の中で、静かにただひたすらに待った。

「元老院で保管されている文書には、魔王を倒したと言う記載は無い。状況に差異はあるが魔王は負傷し、軍勢と共に魔界へ撤退したとされている」

「わざわざ軍勢を引き連れて侵略して手中に収めた土地や拠点があるってのに、負傷したら魔界に完全撤退ねぇ…おかしいと思わなかったのか?魔王なら負傷した箇所を魔法で即治療出来るだろうし、負傷したからって制圧した地域や拠点を全て放棄して魔界に撤退するなんて、どう考えても違和感しか無いと思うが」

持論を展開しつつ、イズミは用意されていた紅茶を飲んで喉を潤す。
長話は喉にくるので苦手なのだ。

「撤退した理由を俺はこう認識している。【総力を結集して戦い、魔王に傷を負わせる実力がある事を証明する】と言う、魔王が魔界へ撤退する為に満たさなければならない条件を当時の人間が満たしたから、魔王は仕事が終わったと判断して魔界へ帰った。魔王と剣を交えられる距離に兵を接近させる事自体が高難易度だってのに、どうやって接近したのかを考えてみろ。魔王が進んで前線に立っていたなら、総力を結集した状態で戦えるとは思えないか」

「…その持論は、完全にイズミの考えなのか?」

「俺は魔界様と何度も酒を飲み交わしているんだ、色々な話を聞いた上でこの答えに行き着いた。それだけの事さ」

完全な沈黙が部屋を支配し、グラテミアの満足気な顔がイズミへと向いている。
かなり魔王様寄りの発言な気がしてならないが、そこはもう割り切るしかないとイズミは判断していた。
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