異世界無宿

ゆきねる

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第二十八章 梅雨が明けるまで

第六百二話 夜食と無茶振り

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梅雨もそろそろ明けそうな天気の中で、イズミのブレスレット作りは佳境を迎えている。
予定していた光の協会での料理練習も完了し完全にフリーとなったイズミは、ようやく運動不足解消のトレーニングとブレスレット作りに本腰を入れたのだ。

途中に何度かラミア族の方向けにブレスレット作りをレクチャーしたりもしたが、彼女達の覚えも早くてスムーズに怪我無く終える事が出来た。

目の疲れる作業から解放される喜びはまだ先の話だが、これで梅雨の時期にやるべき事リストは全てこなした訳だ。

「…よし、ブレスレットはコレで終わり!」

予定していた個数を作り終えたイズミは、身体を大きく伸ばして深呼吸をひとつ。
残すは同じ素材で作るネックレスのみで、残りは明日の作業にして今日は終わりにする。

腕時計を確認すると時刻は夜の10時を過ぎており、屋敷内も静かなものである。
イズミは魔石ランタンを手に取り静かに厨房へと向かってみたが、誰も居らず静寂に包まれていた。

「…流石に居ないか」

そう呟いたイズミは小腹がすいたまま眠るのも微妙だったので、マスタングの元へ移動する。

「…こんな時間に珍しい」

マスタングの居る馬車置き場に入ると、ルーフの上で丸まっていた野良猫が顔を上げる。

「何をしてるんです?」

「お主のアーティファクトと他愛の無い会話だな」

イズミはマスタングにコーンポタージュの袋を実体化してもらうと、野良猫にも確認をして2人分作った。

「中々に美味だな…何故この世界の材料で作らんのだ?」

「手軽に作るなら、マスタングに頼んだ方が早いんで」

「それでは異世界を楽しめておらんだろうに。なるべくこの世界の素材で作った方が良いぞ、後々の為だ」

「それもそうなんですけどね、便利さと気軽さは捨て難くて」

黒パンとコーンポタージュで夜食を決め込んでいると、野良猫が唐突な質問を投げかけた。

「イズミよ…お主の旅路にもう1人追加は出来ぬか?」

「何です、いきなり」

黒パンを口へと運びながら、イズミは野良猫の方へ顔を向ける。

「この町から北へ100km程進んだ小さな村にパン屋を営む者がいるのだが、そこの一人娘に手を貸してやって欲しいのだ」

「手を貸すって…事情が読めないのですが。ご両親に金銭的支援をとかなら分かりますけど」

「両親は居らぬ…ほんの少し前に魔物に殺されたらしい。遠く離れた兄弟も居たが、流行り病で死んでおり孤独の身だ」

「だから私に手を貸せと?…光の協会に保護してもらえば良いのでは」

「その前に身売りされて終いだな」

「パン屋はどうなってるんです?」

「最初は一人娘がどうにかしようとしたのだが、死んだ両親の後を別の者が強引に引き継ぎ、その娘は蚊帳の外だ。血族関係は皆無故に扱いは粗雑だ」

話を聞く限り可哀想とか悲劇的だと思うが、そこに何故自分が介入する要素があるのだろうか、そこが分からない。

「何故野良猫さんがそのパン屋の一人娘に対して、そんな対応を私に頼むのか…そこが読めないのですが」

「その娘は、我々の姿が見える。成長すれば言葉も交わせるだろう」

「その娘さんの年齢は?」

「12にもならん」

「中学生以下って、マジの子供か!」

イズミは天井を見上げながら頭をポリポリを掻きむしる。
そんな子供が突然両親を失い、何とかパン屋を引き継ごうするも外野に奪われ、身売り寸前という状況。

「お涙ちょうだいで引き取るとしても、育てる以上は責任が伴う訳でだ。正直に言うと俺には荷が重過ぎる、安定した職業でもないんだぞ」

「我がお主に目を付けた理由として、アーティファクトの持つ可能性がある。有効活用すればどうにかなると踏んだ」

「完全に俺とマスタングを利用する算段である、そう言う事ですか」

「うむ。お主はお人好しな所があるならの…知らなければ無関心だが、知ってしまえば情が湧く。他の者共であれば助けたとて精々雑用で終わるだろうが、お主であれば我々の理想に近い成長をさせられると言う期待も出来る」

「現実的に考えれば、保護した上で何処かのパン屋に住み込みで働けるように手配して、暫くの生活資金を援助するで良いでしょう」

「それで我々が満足すると思うか?」

野良猫は目を細めてイズミを見つめる。

「我々の姿を見れる人間族は非常に少なくなってきておる。そして異世界人と異世界から転生したアーティファクトの存在、ラミア族に異世界の料理に関したレシピを渡した実績のある者が目の前に居る。我とてこの決定に不本意な点はあるが、これもまた我に与えられた役割なのだ」

「…この話は、他の誰かにしたのか?」

「しておらん。断られたら断られたで、今直ぐに大きな問題に発展する訳でも無い。その娘からパンを貰った事のある精霊達から、我とお主が延々と嫌味を言われるだけだ」

「延々と嫌味か、気が滅入るな…とは言え、俺は1人で活動している訳じゃないから、旅の仲間に相談してから決める事になるが、それでも?」

「構わん」

どんどん気楽な旅路から遠ざかっているのを感じながら、イズミは片付けを済ませ屋敷へと戻ってゆく。
そんなイズミの姿が見えなくなってから、野良猫は何もない空虚に向けて話し出した。

「少々強引だったかの?…さて、言う事は言ったぞ。これで良かったのか?」

「はい。後は彼の決断に委ねます」

野良猫の呟きに答えるようにして、馬車置き場の中に1人の女性が姿を現した。

「アーティファクトさん、マスタングさんと呼べば良かったかしら?貴方の主が助ける決断をしたら、先程送ったメッセージ通りに対応を」

「かしこまりました」

マスタングが返事をすると、女は小さくため息をつく。

「お互い苦労する役回りだな、大地の」

「本当よ。事情を全部話して頼めれば楽だけど、過干渉は禁じられるし…でもそろそろ真剣に取り組まないと、手遅れになる」

「ここ100年で精霊を見れる者が激減している昨今、使える物は何でも使わねばなるまい…例え異世界人であってもな」

「そうね…だからこれが精一杯。断られたら別の手段を探すだけよ」

「当てはあるのか?」

野良猫の問いに女は頭を横に振る。

「探す所からよ」

女は野良猫を優しく撫でると、姿を消してしまった。
イズミが良い決断をしてくれる事を、切に願いながら。
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