異世界無宿

ゆきねる

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第三章 無宿人の宿命

第三十一話 カレンのちょっとした秘密

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カレンの煎っていた豆をコーヒーミルにて削る。
俺がやろうと思ったのだが、カレンたっての希望でレクチャーする事になった。

コーヒーミルは銀色の円筒形で、ソロキャンパーとかが持っていそうな物だった。
削った豆をドリッパーに入れて、お湯を注ぎ込む。

最初は豆全体にお湯が行き渡るようにして、少しだけ蒸す。
次からはお湯を何度かに分けて注ぐ。

そうして出来上がったコーヒーをカレンはゆっくりと口へと運んだ。

「美味しいですけど、少しだけ頭がフラフラしますね」

恐らくカフェインの作用だが、そんな説明をしても分かりにくいだろうと思い留まる。
夜に眠れないとか言わなければ良いのだが…

コーヒーを飲み終えたカレンと夕食を作る。
俺が火の管理をして、カレンが調理をしてくれた。

夕食を取り終えて一息ついた時、汗で身体がベトついている気がした。
このまま寝るのは気分が悪いので、少々勿体無いが一度お湯を作ってから布を浸した。
絞ってから腕を拭いてみると、温かさとサッパリとした気持ち良さがやって来た。

カレンにも腕で試して貰うとかなり好評だったので、俺が洞窟から出ている間に身体を拭いてもらう事にした。
他人の目の前で身体を拭くのは恥ずかしいだろうしな。

「…イズミさん、拭き終わりました」

魔法通信で教えてくれたので洞窟に戻ると、カレンは寝床に座っていた。
俺は布をもう一度お湯に浸して、洞窟から出た所で身体を拭いた。
明日の天気が良ければ服も洗いたいとか思ったが、それは明日の朝にでもカレンと相談するとしよう。

腕時計を見ると8時だった。
外はもう暗闇に包まれている。
俺は洞窟に戻って寝床に座ると、カレンが身を寄せて来た。

「明日は森を動き回るだろうし、早めに寝ておくか」

そう言って俺は寝床に横になった。
カレンも定位置となりつつある、俺の左側に横になって腕を枕にしている。
深呼吸と熱い吐息を感じる。

ミグルン町で一緒に寝ていた時によりも密着感が増している気がした。
カレンの顔も心なしか近いような。

「なぁカレン、そんなに密着していたら寝づらくないか?」

カレンに尋ねてみる。

「そうでも無いですよ。こうしているとイズミさんに包まれているみたいで安心するんです」

カレンがまた深呼吸をする。
熱い吐息が俺の脇を撫ぜた。
どうにも脇を嗅がれているような気恥ずかしさが俺を襲ってきて敵わん。

「流石に匂いを嗅がれているようで、恥ずかしいのだが」

素直に伝えてしまった。
カレンは目を見開いて俺と目を合わせた。

「…これは、故郷の風習なんです!古くからの習わしみたいなものでして、他意はありません」

顔を赤らめつつ説明をしてくれたが、深呼吸と熱い吐息は止んでいない。
それどころか、いつの間にかカレンの足が俺の左足に絡められている。

「そうなのか?」

俺はカレン達の故郷の風習を知らないが、これは過激と言うか情熱的と言うか、心臓に良くない。

「そうです!」

そこまで言うなら、カレンを信じるとしよう。
俺は可能な限り平常心で眠る事にした。
俺が意識を手放すまで、カレンの熱い吐息を感じた事だけは確かだ。


翌朝俺が目を覚ますと、カレンが簡単な料理を作ってくれていた。

朝の挨拶もそこそこに朝食を取る。
食後に髭が少し気になったので、マスタングに再度髭剃りを実体化させた。

自然を汚す訳にもいかないので、今日は水剃りをしようと準備をしているとカレンが近付いて来た。

「私が剃ってさしあげますね」

剃り残しが無いようにしますので。
と言って、当然のように髭剃りを握ったカレンに任せる事にした。

カレンはゆっくり丁寧に髭を剃ってくれた。
少し剃ったら、桶の水で髭剃りを濯ぐ。
それを何度も繰り返して、俺の髭はしっかりと剃れていた。
血も滲んでいない。

「イズミさん、この切れ味だったら脇も剃れますか?」

カレンからの質問を受け流すように答える。

「脇の毛は長いから、慎重にやれば剃れると思う」

そう言って俺は顔を洗って焚火に手を伸ばす。

「イズミさんのいた場所では、剃る習慣はあったのですか?」

人それぞれだと答えておいた。
俺は夏場だけムダ毛処理をしていたが、他の季節には面倒さが勝ってやっていなかったし。

カレンは髭剃りと俺とを交互に見ている。

「あの…ご迷惑で無ければ、剃って見たいのですが」

髭剃りの切れ味を味わいたいのか、カレンの興味なのかは判断しかねるが、脇毛が無い方が衛生的ではあるので頼む事にした。

自分で剃るのと違って、他人に剃って貰うのは気恥ずかしさがあった。
カレンの真剣な眼差しを前にして、敢えて口にはしなかったが。

綺麗に剃り終えた両脇をお湯に浸した布を絞ってから拭いたが、ここにも血の滲んだ跡は無かった。

「良い感じだ。ありがとう」

カレンにお礼を言ってから服を着る。
今日の魔獣の森のは快晴だったので、服を洗いたいとカレンに相談をした。

洞窟の奥で下着類だけ脱いで、水洗いをしてから陽のあたる場所に干した。

それ以外は昨日とほぼ同じような1日が流れた。


夕食を取り終え、身体を拭いてから寝床に横になった。
カレンは相変わらず俺に密着する形で横になる。
深呼吸と熱い吐息も昨日と一緒だが、今日は吐息に艶があるように感じた。

「カレン。俺の勘違いでなければなのだが」

俺はどうしても気になったので、確認をする事にした。

「カレンの育った故郷の風習って、刃物とか肌の触れ合いにこう…深い意味があったりするのか?」

カレンの気がかりな行動を思い返す。
髭剃りへの興味と、率先して行おうとした事。
寝るときの密着具合が日に日に増している事。

深い意味は無いかもしれないが、カレンの口から聞きたかったのだ。

少しの間、沈黙があった。

「…刃物を使って身なりを整えるのをは、信頼の証なのです」

カレンが言うにはこのような意味があるらしい。
刃物で他人の身体を整える行為は双方の高い信頼関係の現れであって、それを任されるのは喜びである。

寝る時の密着具合については、相手に身体を預けられる信頼関係の現れと言う意味合い事と、相手から許されていると言う満足感を得ると言う意味がある。

と言う事だった。

確かに俺はカレンを信頼しているし、信用もしている。
カレンは故郷の習わしで信頼を示してくれていたのだ。

そこで、もう一つ確認をする。

「これは答えにくいかもしれないが…」

前置きをして聞いた。

「カレンは、人の匂いを嗅ぐのが癖だったりするのか?」

カレンの動きが止まった。
俺の左足に抱き着くカレンの足の力が強くなり、俺の方を見てきた。

「元々、匂いに関しては敏感な方です」

カレン達は砂漠地帯の種族と言っても稲作等は行っていて、害獣対策としての鼻が効く様に幼い頃から訓練をしているそうだ。

エルフ族は基本的に匂いには敏感らしい。
しかし、匂いに敏感なエルフ族であっても、ここまで人間の匂いを嗅ぐ事は無いのでは無いか。

「イズミさんの匂いは、今迄に出会ったどの人間の匂いとも違って…珍しいと言いますか。そんな感じです」

顔を赤くしつつ答えるカレンの言葉を聞いて分かったのは、好意もあるが興味関心の方が勝っているという事だ。

「カレンが俺の匂いを嗅ぐのは構わないが、その逆ってのは有りなのか?」

純粋かつ素朴な疑問である。

「別に構いませんよ?」

即答だった。
親密な関係の相手であれば当然の事です。
平然とした顔で言われてしまった。

つまる所、カレンは相手が人間なのでなるべく相手を尊重しつつ、自分達の風習通りにしていただけだったのだ。
俺が宿屋で一緒に寝る段階でカレンと意思疎通を取れていれば、悶々とした夜は減ったのかもしれない。

俺は改めて、種族や価値観の違いと言うか…文化の違いようなギャップを感じたのだった。
少しの下心も無かったと言うと、嘘になってしまうが。

『…流石にイズミさんの匂いが好きだなんて、口が裂けても言えません』

頬を赤らめるカレンの本心をイズミが理解する事は、しばらくは無いであろう。
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