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第2章 幼年編
557 最後の夜
しおりを挟む註) 進行どおり。作中の後半はあまり‥‥です。不快に思われる方はカットしてください。
――――――――――
「あなたは人族ですね」
中高年の騎士団員が誰何する。
それは矢を肩に担いでいた「おやっさん」と呼ばれていた男である。
「は、はい‥‥」
月あかりの下ではある。しかもふだんからの着の身着のままの姿ではある。
それでも。贔屓目に見てもマイの姿は中高年の貧民街婦人のそれであった。
「ああ、なるほど。あなたは歯を抜かれましたか」
「えっ?!」
思わずぎくっと相手の男を見る。それはどうしてわかるのかといった驚愕の視線であった。
「なに力の有り余った愚かな獣人たちがやる蛮行ですよ。あなた、実際はおいくつですか?」
「じゅ、15になりました」
「フッ。歯を抜かれ、厳しい生活の貧民街ではそうなりますわな」
急激に恥ずかしさを覚えるマイ。そしてそれは現在の生活に至るまでの惨劇を鮮明に思い浮かべるのには充分過ぎるものであった。
「う、ううっ‥‥」
まるで衣服を身につけていない裸体を見られているかのように。
マイはその場で自身を抱いて蹲った。
「あなたのお名前は?」
「マ、マイです‥‥」
「マイさん。その歯、治りますよ」
唐突に「おやっさん」はそう言った。
【 マイside 】
騎士団の男がかけた言葉。それが急速に私を正気に取り戻したんだ。
そしてその正気はチューラットへの愛情も一気に冷めていくものだった。
あるのは嫌悪感だけ。
目の前の騎士団員は「歯が治る」と言った。それがどれほどに魅惑的に甘美な言葉として私に聞こえただろう。
「あなた‥‥この貧民街出身じゃありませんね?」
「は、はい。もちろんです」
「おそらくは獣人に連れ去られた」
コクコク
「マイさん。想像以上の酷い現実がふりかかると人はどうなると思いますか?」
「‥‥?」
「その中で人はわずかばかりの希望にすがるものなんですよ。希望の対象はたとえ加害者であっても許してしまう。
ふだんの自分から考えられないようなことでさえ、幸せだって思うようにね」
「‥‥はい」
騎士団員の言葉がスッと胸に入った。そうだ。なぜ私は獣人なんかと、ましてネズミなんかと暮らしていたんだろう。
「マイさん。あなたが取る道は2つあります。
1つは貧民街のご婦人。ここにいた獣人が家族なのかもしれないけどね。
その場合はいくつか尋問に答えてもらうことにはなるけどね。
もう1つは獣人に被害を受けた人族が騎士団に救助を求めた場合。
この場合は被害者のマイさんには訴状に署名をしてもらいますよ。報酬は歯を元どおり治すことと、ここを出る当座の金銭30万G。
さて、マイさん。あなたはどちらを選びますか?」
「被害者です」
迷うことなく私はそう言ったわ。だって事実だから。
「わかりました。それじゃあこちらの紙面に署名してください」
「はい」
懐かしい紙と鉛筆を手に取る。私、学園生だったのよね。たぶん‥‥もう籍はないだろうけど。
「では顔を上げてください。ああ、ご心配なく。私は帝都騎士団の回復士なんですよ。だから四肢損傷くらいは治せるんですよ」
人として、もう1度ちゃんと人生楽しくやり直さなくっちゃ。
――――――――――
牢屋の中で目が覚めたんだ。そして自分の身になにが起こったのか知ったんだ。
「なんでなんだウマ?」
目が覚めて最初に出た言葉がこれだったんだ。猿轡は外されてたよ。最後の温情ってやつ?
「オメーだけ幸せになる?そんなの許されるもんか。オメーも俺らと同じ地獄行きよ」
後ろ手に縛られたままのウマが血走った目をしたままでこう続けたんだ。斬られた腕には止血の紐が縛られていた。
「いいか。俺ら獣人は地べたを這って生まれて、死ぬときも地べたを這って死ぬんだよ」
「うっ、うっ、うっ‥‥」
ウマの横では、ずーっとサルが泣き続けている。サルのこんな姿、初めて見たよ。
「‥‥そうだよな。ごめんなウマ。俺だけ幸せになっちゃいけねぇよな。俺らガキのころからずーっと一緒だったもんな。ホントごめんな」
それは自然と俺の口から出た言葉だった。
「ヒヒーーンッ」
「キャッキャ‥‥」
ウマもサルも昔みたいに笑いかけてくれたよ。
それからはウマと2人でガキのころの話を朝までずっとしてたんだ。
なんでかって?
それはさ、俺もウマも弱虫だからだよ。寝ると朝が来るからさ。
泣きつかれたのか、サルは寝てたけど。
▼
「起きろ獣人ども」
「じゃあお披露目の舞台まで歩くか。
オメーらの最初で最後の晴れ舞台だぜ」
「「「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‥‥」」」
パニック。大騒ぎとなる仲間たち。
「よっしゃ!最後だ。張り切っていこうぜ、なあみんな!」
大きな声でウマが言ったんだ。
「おおよ!」
でも、応えたのは‥‥俺だけだった。
「「「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‥‥」」」
「「「死にたくない、死にたくない、死にたくない‥‥」」」
みんな半狂乱だったよ。
「サル、俺らが一緒だから大丈夫」
「‥‥」
そんな中、やっぱりサルは放心したように泣き続けていたよ。サルの綺麗な金色の髪もなぜか白くなってたし。
▼
「お前たちのせいでわしらの娘は!」
棒を片手の老人が無遠慮に叩きつける。
「いい気味だ。てめーらはやり過ぎたんだよ」
「もっと泣け!」
「もっと苦しめ!」
石をぶつける。殴られる。蹴られる。唾をかけられる。毛の多いサルや狐は毛を毟り取られる。
「「「アアァァ‥‥」」」
あっという間に袋叩きとなったんだ。
警備の騎士団員たちはただ俺たちをニヤニヤと眺めていたよ。
同時刻。マイとチューラットの居宅では。目が覚めたからなのか、チュータが独り泣き叫んでいた。
「おや?お母ちゃんは居ないのかいチュータ君?お母ちゃんはどこ行ったのかね?
チュータ君のお母ちゃんはどこ行ったのかね?」
そう言いながら部屋にある使えそうな物を盗んでいく隣家の老婆。
それから数日。
ネズミの子どもの泣き声も聞こえなくなった。マイも港区の貧民街から姿を消した。後に。港区の貧民街でその姿を見た者はいない。
▼
わーわーわーわー
ざわざわザワザワ
ワーワーワーワー
ザワザワざわざわ
舞台のように建てられた壇上には椅子の上に立ち、首を紐に縛られた獣人たちが11人。
「この者たちは人族女性の誘拐、暴行、監禁を犯した。さらには商店への侵入をした。
帝都の治安を揺るがす輩は何人たりとも許さない。今後はこの者ども同様に極刑に処す‥‥」
青空に向けてチューラットが呟いた。
「バイバイ‥‥」
ガターーンッッ!
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