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第2章 幼年編
580 弱者の自覚
しおりを挟む付近に人影はまるでいなくなっていた。
「「な、なんだ(な、なに)?!」」
そこには不自然なまでに背を曲げた男が行く手を阻むように立っていた。
ドンのような小柄。それでいて纏う異様な気配はドンのそれを遥かに凌ぐ。見るのでさえも躊躇うくらい、それは生理的なまでの嫌悪感。
「お前‥‥人族じゃないな」
ごく自然と放ったデーツの言葉は正しく正鵠を得ていた。
「グギャギャッ。人族のくせにわかるのか!さすがはあのガキに繋がる者だな」
醜悪な人相。
禿げ上がった頭には細く鋭い目線。潰れたブッヒーのような鼻。大きな耳とその耳元まで広がる裂けた口。牙の生えた口元からはよだれも滴る。これは見る者には正しく蝙蝠。
「お前‥‥蝙蝠の獣人か?」
「獣人などと一緒にするな!」
牙をむいて怒りの表情を見せる男。
「デーツ‥‥」
思わずデーツの肘を掴んだマリアンヌも顔を背けるくらい。それは人族共通に受け入れ難い雰囲気を纏う男だった。
「あのガキはどこへ行った?」
「アレクのことか?」
思わず口に出る名前。
「ああアレクというのだな、あのクソガキ。
たしかに強かったが、フルカス様の敵ではないの。だが卵は割りやがるわ、カラスもいなくなるわで大迷惑なんだよあいつには!
でアレクはどこだ?」
「知らない。てかお前は誰だ?」
「キシャシャ、我は偉大なるフルカス様の眷属にして‥‥ああ、いかんいかん、お前は饒舌だからいかんのじゃといつもフルカス様に怒られておったのを思い出したわ。
キシャシャ、ひ弱な人族なぞに名乗る名なぞないわ。ましてこのあと死ぬ者たちにはの。
まあよい。フルカス様への帝都土産話のついでにお主らの首を持ち帰るとするか。我には贄として主らの血肉をもらおうかの」
そう言いながら、蝙蝠を人型にしたような男が両手を左右に伸ばす。
グググッッ
グググッッ
両手の指先から20セルテはある鉤爪が現れた。
さらに。
ググググーーーッッ!
曲がった背からは羽根が生えた。それはどう見ても蝙蝠が人族になったもの……。
バサッバサッバサッ‥‥
羽根も広げてその場に浮上をする男。
「デーツ‥‥」
「マリーすぐに逃げろ」
「デーツも一緒よ!」
「だめだ。こいつは俺よりはるかに強い。俺が時間を作ってる間にマリーは逃げてくれ!」
「いやよデーツ」
「キシャシャシャーーーッッ。お主らは2人とも逃がさんよ。諦めて我の贄になれ」
バサッ バサッ バサッ‥‥
「先ずは男から喰うとするか。久々の若い男の肉。痛くないように首を刎ねてからチュウチュウと新鮮な血を吸ってやるわ」
「クッ‥‥」
恐怖の余り目を半分閉じながらも、自然と半身に構えるデーツ。それは夏の修業にレベラオスから叩き込まれた体術の戦闘スタイル。
(もっとレベちゃん師匠からいろいろ聞いておけばよかったな。
怖いよレベちゃん師匠‥‥俺を守ってくれよ)
バサッ バサッ バサッ‥‥
「無駄に動くなよガキ。一思いにシメてやるからなキシャシャシャッ‥‥」
そのとき。
デーツの後方、背中越しに嘗て感じたことのないくらい強力な魔力が近づいているのを体感する。
「頭を下げろデーツ!マリー!」
ブーーーッッッ!
空気中を切り裂く音と揺らぎ。それと人の声。
ザンッッ!
「グギャーッ!」
それは振り向かなくてもわかる人の声。デーツにとって最も身近にいる帝国最強の男。
ロイズ帝国前皇帝。実父のアレクサンダー・ロイズその人である。
「大丈夫かマリー?」
「おじさま!どうして?」
「なに俺もあの馬鹿の試合のあと、早く帰ろうかと思ってな」
抜き身の大刀を右手に近寄ってくる前皇帝はそのままデーツの前に立つ。
「デーツ下がっていろ。こいつはお前の手には余る」
「オヤ‥‥父さん、こいつは?」
「ああ、帝都を騒がす田舎の未確認獣人だよ」
「おのれ、高貴なる我に向かって斬りつけるだけでなく獣人と蔑むとは?!
お主こそたれじゃ?」
「俺か。俺はこの子らの父親だよ。不逞を働くお前を許すほど俺は甘くないぞ。カラスの件も含めて詳しい話を聞くからとりあえずは捕まっておけ」
「寝言は寝て言え!
人族になぞ捕まるほど我は弱くないわ。先は油断しただけ。次は主も喰ろうてやる。硬そうじゃが肉もたっぷりじゃからの」
「フッ。お前眷属だろ。相手の力量もわからないからお前はただの眷属なんだよ!」
「「死ね!(喰らえ!)」」
十時にクロスした大刀の斬撃が蝙蝠男に飛ぶ。
ブンッッッ!
ブンッッッ!
ザンッッッ!
ザンッッッ!
「グギャャャャーーーーッッッ!」
一刀両断された蝙蝠男は断末魔の悲鳴をあげる。
ボウッッ‥‥
サラサラサラサラサラサラ‥‥
全身を白い火が包んだかと思う間もなく、サラサラと灰紙片のように消えていく蝙蝠男。
(やはり悪魔と眷属は死ねば跡形もないんだな‥‥魔石もねぇな)
▼
「マリーまたな」
「おじさまありがとうございました」
「気にすんな。まぁなんだ‥‥ペイズリーにもよろしく言っといてくれ」
「はい。じゃあデーツもまた明日ね」
「ああ」
「なぁ父さん、あいつはなんだったんだ?」
「‥‥ああ、あれは悪い魔獣か悪い獣人みたいなもんだな」
「そっか(やっぱり俺には本当のことは言ってくれないよな‥‥)」
「デーツ‥‥」
「あいつの正体が何か聞きたいか?聞いてどうする?」
「‥‥」
「デーツ‥‥目が覚めたか?それとも‥‥まだ無理か?」
「‥‥」
「春。仮に俺がお前とアリサ、クロエをアレクに託したら‥‥あいつは聞いてくれるだろう。お前はアレクに付いて王国に行ってくれるか。アレクの元いたヴィヨルド学園への留学だ。なんならマリーも一緒でいい」
「どういう意味だよ?」
「奴なら弟のお前をずっと守ってくれるぞ?なにせ奴は何より家族を大事にするからな」
「どうしたいデーツ?」
「父さん‥‥お、俺は弱いんだ。俺自身がそれを知ってるよ。うっうっ‥‥俺を殴ってよ」
「デーツ!?‥‥泣いてるのか?」
「頼む。俺を殴ってくれよ」
「よし!」
バッッッ!
「もう1度頼むよ!」
バチンッ!
「まだだ!思いきり殴ってくれオヤジ!」
「歯食いしばれデーツ!」
バーーンッッ!
吹き飛ぶデーツ。
「ありがとうオヤジ。目が覚めたよ」
「そうか」
デーツから涙は止まっていた。この何年も見せたことのない笑顔。それは夏休み明けにも見せたことのない晴れやかな笑顔。
「オヤジ、お願いがあるんだ。俺‥‥」
――――――――――
デーツとオヤジの間にそんな会話があるとはまったく思ってもいない俺は‥‥‥‥
何度めかの病床のベットから天井を眺めていた。異世界転生あるある……。
「こ、ここは……。俺は……」
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「はい団長‥‥」
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「はい団長」
――――――――――
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