北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
204 / 439
コンクールの二人

「ハンガリア狂詩曲 第2番」の想い出

しおりを挟む
 僕がこの地区本選で演奏する曲はリストの『ハンガリア狂詩曲 第2番』。
この曲をあの高い天井のホールで弾けるのは楽しみだった。

――一気に噴き上げるような音の粒を出せるかだな――

僕の中では絞り出すような音の粒と弾ける音の粒の対比が、とても面白い曲だと理解している。

 そもそもハンガリー狂詩曲とはフランツ・リストがピアノ独奏のために書いた作品集であり全十九曲存在する。その中でも最も有名なのがこの二番だ。

 ステージのライトが少しまぶしく感じた。
前回と同じように僕はピアノの前に座った。ただ前回よりは観客の熱気がステージまで伝わってきているような気がしていた。これが予選と本選の違いなのかもしれない。

 僕は両腕の力を抜いてだらんと下ろして鍵盤をじっと見つめた。
今日もこのピアノは機嫌が良いようだ。天井のライトが良い感じで反射している。

 右腕を僕は肩から持ち上げるように上げた。手首で一度タイミングを計ってからそのまま鍵盤に指を沈めた。

 最初の音の粒がホールの天井目掛けて舞った。大きな音の粒がホールに広がっていく。その粒は途中で小さな粉のような粒に砕け舞う。綺麗な粒が天井に吸い込まれていった。それを追いかけるように左腕から生まれた音の粒が同じように天井に吸い込まれていった。

 今日の音の繋がりはとてもいい。トムの演奏に負けていない……と僕はピアノを弾きながら『トムとジェリー』というアニメを思い出していた。
そのアニメでトムがピアノコンサートを開くという話があるのだが、それを邪魔するのがジェリーという設定だった。

 その話でトムが弾いていたのがこのリストの『ハンガリア狂詩曲 第2番』。僕はそれを幼い頃オフクロとDVDで見て以来もう何度も繰り返し見てきた。お気に入りのアニメだった。なのでこの曲を弾く度にこの猫とネズミのペアを思い出す。

 そのおかげか僕の『ハンガリア狂詩曲 第2番』は重々しさに欠けるかもしれない。どうしてもアニメの場面が脳裏を横切って仕方がない。

 重々しい雰囲気で始まるが、この曲は悲壮感だけが漂う曲ではない。序盤のゆっくりとしたラッサンから後半の畳みかけるようなフリスカ。後半に一気に駆け上がる。まさにこれこそライブという感じで一気に盛り上がる曲だ。

 さっきの冴子の笑顔が浮かんだ。あの笑顔は満足感と達成感の両方に満ち溢れた笑顔だった。
なんだか昔感じた感覚が沸き上がる。甘酸っぱいとかそんなものではなく、空気とか味覚とかそんなものまで蘇るような感じの感覚。ひと言で言ってしまえば『懐かしい』なのだが、その一言では片づけられないような複雑な感覚……。

 脳裏に昔の情景が浮かぶ。
『カデンツァ手前の右手の一気に上昇するパッセージのところで、右手と左手がうまく合わないんです』
冴子が先生に泣きそうな顔で直訴していた。

『3オクターブ上がるところね。そこは無理して一気に弾こうと思わなくても良いのよ』
伊能先生の優しい声が聞こえる。

『いや! 絶対に弾く! 亮ちゃんと同じように弾けるようになる!』
と冴子が首を激しく横に振る。

 僕がこの曲を弾き出したのは冴子よりも半年も前だった。それを冴子に見つかって……というか誰も隠してはいなかったが……冴子も弾きだしたのだが、彼女は僕が弾ける曲は同じように弾かないと気が済まないようだった。

 わめき散らす冴子を僕と宏美は後ろで黙って見ていた。
冴子は急に振り向くと僕の顔を睨んで
「なんであんたはここが弾けんのよ!!」
と怒鳴った。

「練習したからに決まっとるやん」
と僕は至極真っ当な答えを冴子に投げつけた。

冴子はまた僕を睨むと今度は無言でピアノに向かった。

そんな事もあったなぁ……この曲には思い出が多い。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】ままならぬ僕らのアオハルは。~嫌われていると思っていた幼馴染の不器用な執着愛は、ほんのり苦くて極上に甘い~

Tubling@書籍化&コミカライズ決定
BL
主人公の高嶺 亮(たかみね りょう)は、中学生時代の痛い経験からサラサラな前髪を目深に切り揃え、分厚いびんぞこ眼鏡をかけ、できるだけ素顔をさらさないように細心の注意を払いながら高校生活デビューを果たした。 幼馴染の久楽 結人(くらく ゆいと)が同じ高校に入学しているのを知り、小学校卒業以来の再会を楽しみにするも、再会した幼馴染は金髪ヤンキーになっていて…不良仲間とつるみ、自分を知らない人間だと突き放す。 『ずっとそばにいるから。大丈夫だから』 僕があの時の約束を破ったから? でも確かに突き放されたはずなのに… なぜか結人は事あるごとに自分を助けてくれる。どういうこと? そんな結人が亮と再会して、とある悩みを抱えていた。それは―― 「再会した幼馴染(亮)が可愛すぎる件」 本当は優しくしたいのにとある理由から素直になれず、亮に対して拗れに拗れた想いを抱く結人。 幼馴染の素顔を守りたい。独占したい。でも今更素直になれない―― 無自覚な亮に次々と魅了されていく周りの男子を振り切り、亮からの「好き」をゲット出来るのか? 「俺を好きになれ」 拗れた結人の想いの行方は……体格も性格も正反対の2人の恋は一筋縄ではいかない模様です!! 不器用な2人が周りを巻き込みながら、少しずつ距離を縮めていく、苦くて甘い高校生BLです。 アルファポリスさんでは初のBL作品となりますので、完結までがんばります。 第13回BL大賞にエントリーしている作品です。応援していただけると泣いて喜びます!! ※完結したので感想欄開いてます~~^^ ●高校生時代はピュアloveです。キスはあります。 ●物語は全て一人称で進んでいきます。 ●基本的に攻めの愛が重いです。 ●最初はサクサク更新します。両想いになるまではだいたい10万字程度になります。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完】経理部の女王様が落ちた先には

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位 高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け ピンヒールの音を響かせ歩く “経理部の女王様” そんな女王様が落ちた先にいたのは 虫1匹も殺せないような男だった・・・。 ベリーズカフェ総合ランキング4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 関連物語 『ソレは、脱がさないで』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

処理中です...