北野坂パレット

うにおいくら

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さよならコンサート

彩音さんの頼み

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 それは彩音さんの『お願い』というひとことで始まった。そう、彩音さんからの指名で僕は今ピアノの前に座っている。

 音楽コンクールが終わって暫く経ったある日の昼休み、音楽室でいつものようにピアノを弾いていると彩音さんがやってきた。この頃、部活ではヴァイオリンばかり弾いているので昼休み位はピアノを弾いていたかった。
その時は丁度、一曲弾き終わったところだった。

――昼休みに彩音さんがここにくるなんて。珍しい事もあるんやな――

と思いながら目をやると彩音さんはつかつかとピアノの前までやってきて
「藤崎君、ちょっと良い?」
と聞いてきた。

「あ、はい……どないしたんですか?」

「うん。お願いがあるんやけど」

「お願いですか? 判りました。何でもやります」
と考える前に僕は即答していた。彩音さんからの頼みを断るなんて選択肢は僕にはない。

「まだなんも言うてへんのに」
と言って彩音さんは笑った。

「あ、そうでした」

「あのね。新春コンサートあるやん? あれでね、一緒にやりたいねんけど……頼める?」
と彩音さんはにこやかな表情で単刀直入に聞いてきた。

「え? 僕が伴奏ですかぁ?」
僕は思わず聞き返してしまった。まさか彩音さんから伴奏をお願いされるなんて予想だにしていなかった。動悸が一気に早まった。

「うん。伴奏というか一緒に演奏(や)りたいんだけど……お願いできる?」
僕の心の動揺など全く感じていない素振りで、彩音さんは更に畳みかけるように聞いてきた。

 まあ、第三者の立場で見れば、どこにでもある先輩と後輩の日常会話にしか見えないのだろうけど、僕は猛烈に動揺していた。

 彩音さんがこの時期にこのコンサートに出る事だけでも驚きなのに、オーケストラ以外の演奏もツッコんでくるって、どれだけこの人はマイペースなんだと驚きを越えて呆れかえってしまった。
その上その伴奏を僕にやれと言う。

 聞きたい事は一杯あったはずなのに僕の口から出てきた言葉は
「それってピアノですよね?」
とピント外れな一言だった。

「勿論」
表情も変えずににこやかな表情のまま彩音さんは言った。

――なんておバカな事を聞いてしまったんだ――
と僕は心の中で反省した。しかし一度吐いたセリフは戻らない。

「僕で良いんですか?」
兎に角、その場を繕うように僕は会話を続けた。

「うん。是非ともお願いしたいの。余計な仕事を増やしてしまうけど……」
と彩音さんは本当に申し訳なさそうに上目遣いで僕を見た。
確かに自分のパートの練習だけでなく、彩音さんの伴奏の練習を入れるのは時間の調整と配分が気になるところではあるが、そんな事はどうでも良かった。彩音さんからの直々のご指名だ。

「千龍さんとか三年生ではやらないんですか?」
 心の中ではもう何度も頷いていたのだが、それを見透かされないように僕は他の三年生の事を聞いた。
いや、少しでも彩音さんとのこのやり取りを続けたかったのかもしれない。

「勿論やるよ。それとは別にお願いしたいんやけど……あかん?」

――やっぱりやるんや……受験はどうなっとんや?――
もうどこからツッコんで良いのか分からない。この人にとって受験って単なる通過点でしかないのか?

 しかしだ、たとえツッコミどころ満載であっても、憧れの彩音さんに上目遣いで見つめられながらお願いだ。
「いえ。あかん事なんか全くないです。もちろん喜んでさせていただきます!」
と直立不動で応えるしかないだろう。実際すでに僕は直立不動で彩音さんの前で固まっていた。

 断る理由など微塵もありはしないし、余計な事は考えるのはさっさと放棄した。
既に『こうなったら彩音さんをとことんフォローするぞ』と心の中で誓っていた。

「わぁ、本当にありがとう!」
と彩音さんはとても嬉しそうに喜んでくれた。
その笑顔だけで僕は満足だった。それだけでご飯三杯はいける自信がある。

 三年生は先生から『最後なんだから好きな面子と好きなように演奏しなさい』って言われていたのは知っていたが、その演奏に僕を指名してくれたのがとても嬉しかった。

 実は僕自身彩音さんとは一度デュオで演奏してみたかった。冴子と同じ隠れ彩音ファンの僕としては願ったり叶ったりだ。冴子の悔しがる顔が目に浮かぶ。

「本当に忙しい時にごめんね」
と彩音さんは僕に向かって手を合わせた。

――こちらこそ。願ったりかなったりの心境でございます――

「全然良いですよ。気にせんとってください。で、何をやるんですか?」
と僕は至極当然の質問を彩音さんにぶつけた。

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