白百合の君を瞼に浮かべて

蒼あかり

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~2~

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 アーサーの隣で肩を抱かれるように座る女性騎士は、青ざめた顔をして小刻みに震えているようだった。
 悲鳴を聞いてすぐに駆け付けたレイモンドがそばにより、
「殿下、隊員が何か不始末でも?」と、声をかければ
「あ? お前か。よく聞け、こいつはなぁ。俺の酒も飲めなければ、酌も出来ないと言う。
 その上、俺の手を払いのける暴挙に出たんだぞ。一体お前たちはどういう教育をしているんだ? ああ?」

 見れば、この春に入隊したばかりの新人女性騎士。騎士にするには少しばかり見目が良いばかりに、目を付けられてしまったか? 可哀そうな事をしたと、レイモンドは慮った。
確か、彼女はまだ酒の訓練を行っていなかったと思いだす。
 騎士は何時いかなる時も有事の際に体が動くよう、入隊してしばらくすると酒飲みの訓練が行われる。まずは自分の限度量を知ること。そこから、少しずつ量を増やすようにし、王族や上位貴族からの勧めにも断らぬよう、その上で更に正気でいられるようにするための訓練だ。彼女はまだその訓練を受けていない。
しかも高位貴族令嬢の場合、酒の席での酌は自らの矜持が許さない者も少なくない。
そんなことも踏まえての訓練なのにと、レイモンドは悔やまれてならなかった。

「隊員への教育不足は私共の責任でございます。この騎士の罰は副隊長の私めに……」
「あ? お前が? はんっ! お前に酌をされても嬉しくもなんともない。それとも、もっと面白いことでもしてくれるのか?」
 
 レイモンドはアーサーを見ながら、随分と酒に飲まれてしまった愚かな王子だ。と、腹の中でため息を吐いた。
 どうしたものかと思案していると、背中から声が聞こえてきた

「殿下。その者は国を守る騎士であり、酒注女ではございません。酌なら婚約者のこの私がいくらでもお注ぎいたしますゆえ、場所を空けるようその者に命じてください」

 声の主はアリシアであった。
 (自分が身代わりになるつもりか? 彼女にそんな事をさせるわけにはいかない)と、声をかけようとする間もなく、アーサーが声を上げた。

「お前が酌を? 自分からそのように言うとは珍しいこともあるものだ。そうだ! お前が俺の酒を飲め。俺が注いでやる、遠慮せずにいくらでも飲めばいい。普段飲む酒とは違い美味い物ではないが、飲めないほどじゃない。さあさあ、ここに来い。注いでやろう」

 アーサーは今まで肩を抱いていた女性騎士をドンッと椅子から突き落とすと、目の前に立つアリシアの腕を掴み隣に座らせた。
 アリシアは言われるまま椅子に座ると、空のグラスを持たされワインを注がれてしまった。
 周りの騎士達は無言で成り行きを見守る他なかった。
 一介の騎士達が王子に盾突けるはずもなく、ましてや助けてもらった女性騎士が発言すればもっと面倒なことになる。
 レイモンドもまた(酒は強くないとさっき言っていたのに、何故そこまで自分を犠牲にするのか?)と、自分の不甲斐なさを痛感した。

「総隊長。騎士の失態をバルジット侯爵令嬢に被ってもらっては、我々騎士の名が廃ります。
ここは、我々が殿下の酌をいくらでも受けて見せましょう。我々が倒れるのが先か?酒樽が空になるのが先か? どうです? 賭けてみませんか?」

 酒に酔ったアーサーはニヤリと笑うと、レイモンドの挑発に乗り

「面白そうだ。よし! その駆け乗った。俺が勝てばその女を許してやろう。で?お前が負けたら何をするつもりだ?」

 いやらしいほどの笑みを浮かべ、クククと笑う声すら薄気味の悪さを感じる。
 レイモンドは、うまく挑発に乗ってくれて助かったと思いながら、

「総隊長は、何をお望みでしょう?」
「そうだなぁ、お前が負けたら? 俺の靴でも舐めてもらおうか?ククク」

 そこにいた者、皆が息を飲んだ。
 普段から横暴な言動の多い王子に対し、良い印象を持つものはいない。
 それなのに尊敬する副隊長に靴を舐めろと? 声に出すことはなんとか我慢できても、不満が顔に出ることを避けられない者が多かった。
 いくら酒に酔ってのこととはいえ、許せるものではない。

「殿下、それはあんまりでございます。私が飲みますので、どうかお気持ちを静めてくださいませ」
「うるさい! 女は黙っていろ!! これは男同士の矜持の問題だ。舐められたままで終れるものか!」

 ガタンと椅子を倒し立ち上がる姿は、酒に酔いくだをまく見苦しい愚王子。
 こんな男を命をかけて守らねばならぬのかと、そこにいた隊員皆、無念な思いを抱えアーサーを睨みつけていた。

「そうです。これは男同士の賭けでございます。時間は有限、さあ始めましょう!」

 レイモンドが声をかけると、周りの騎士たちが二人を囲むように机を動かし円陣を作り、
酒樽やワインボトルを運び始めた。
 その周りを騎士たちが囲むように立ち並び、やいのやいのと急かせながら二人を煽った。

「総隊長殿。ここは私も参戦させてください。こんな面白い事、副隊長だけにさせておくにはもったいない。ぜひ私もお願いします」
「ならば私もお願いします。総隊長殿に顔を覚えてもらえる機会など滅多にないことですから、ぜひお願いします」

「それなら自分も!」「いや、自分が是非に!!」と、皆が名乗りを上げ始めた。
 総隊長である自分との接点を望むとの声を聞き、満更でもない様子で頬を緩めながら

「そうか、お前たち俺の酌で酒が飲みたいか? いいだろう。さあ、みんな来い。どんどん飲め!!」

 汚れるのも気にせず床に座り込み、輪になって座る姿は仲間同士に見えるかもしれない。
 気分良さそうに酒を注ぎまわる姿を見て「殿下……」と、近づこうとするアリシアの肩をつかむ者がいた。
近衛騎士第一隊の隊長が、
「バルジット侯爵令嬢。大丈夫です。これくらいの酒でつぶれる奴らではありません」
「そんな、あの量はあんまりです。体を壊してしまいます。止めないと」
「まあ、安心して見ていてください。もうすぐ動き出しますから。総隊長の顔を潰しはしないとお約束いたします」

 第一隊長は自信ありげに答え、笑みをこぼした。


 アーサーから注がれるままに、どんどんグラスを空にしていく。
 空にするたびに周りもヒューヒューと囃し立て、もっともっと!とグラスをアーサーの前に突き出してくる。
 男たちの盛り上がり方は半端ではなく、普段王宮の中にいてこのような男同士の世界を知らないアーサーにはとても新鮮で、気持ちの高ぶりを感じていた。

 言葉の通り、しばらくするとレイモンドをはじめとした騎士たちの様子がおかしくなる。
 酒に酔い目が座り始める者。目を閉じ頭を垂れながら寝る者。我慢できずに立ち上がり嘔吐しに外へ駈け出す者。
 酒に強いはずではなかったのか?と、アリシアは掴みかかって聞きたくなった。
 
「バルジット侯爵令嬢。総隊長殿の顔を立てて、皆が負けを認めるはずです。そうでもしないと、この場を丸く収めることは出来ませんから」
「そんな。それでは皆様が罰を受けることになります。そんな無体な」

 そう言って止めに入ろうと、足を踏み出しかけた時。ひと際大きな声が響いた。



 アリシアの瞳には、レイモンドの手からグラスがこぼれ落ち、その体がゆっくりと横になる姿が映っていた。

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