白百合の君を瞼に浮かべて

蒼あかり

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 二人で温室を歩いたあの日から、レイモンドは相変わらず毎日アリシアへ花を届けに訪れた。
 時には朝早いにもかかわらず、アリシアがレイモンドを迎えることもあった。
 交わす言葉は少なくとも、少しばかりでも距離が縮んだような気がしていた。
 想いを伝えたわけではない、気持ちが通い合ったわけでもない。それでも、お互いの心には同じ火が灯り始めていると感じていた。

 ついに迎えた、領地へと旅立つ当日のこと。あの日のように温室で向かい合う二人。
 この日とは伝えられていないレイモンドは、アリシアの言葉に驚き慌ててしまった。

「副隊長様。今日の昼過ぎに王都を離れ、領地へ向かうつもりでおります」
「え!?今日ですか? そ、そんな、何も知らなかったとは言え、私は何の準備も……」

「本当は黙って行くつもりでおりました。でも、それでは今までご心配いただいた方に対しあまりにも失礼だと思い直し、こうしてご挨拶を。
 本当に今までお世話になりました。心から感謝しております。ありがとうございました」
「そのような、こと。ああ、こういった事は苦手でして、気の利いた言葉一つ出てこない。言いたいことは沢山あるはずなのに、何も思い浮かばない」

レイモンドは悔しそうに唇をかみしめ、頭をかきながらうつむいた。

「私の最後の我儘をきいてはくださいませんか?」
「最後だなどと、何でも言ってください。私にできることなら何なりと」

「副隊長様にしかできないことです……。どうか、お名前を呼ぶことをお許しください」
「そんなこと? いくらでも呼んでください。私の名で良かったら、いつでも、何度でも呼んで、叫んでください」

「うふふ。よろしいのですか?本当に何度も大きな声でお呼びいたしますよ?
 我が領地からここ、王都に届くくらい大きな声でお呼びするかもしれません」
「望むところです。どこにいてもあなたの声を聞き逃したりしない。いつでも私の名を叫んでください。すぐに、必ずや飛んで参ります」

 レイモンドは真剣な顔で真心を込めて、アリシアに告げた。

「もう一つ……。私の事も名前で呼んではいただけませんか?」

 頬も耳も赤く染め、うつむいたままではあるが声は震えていた。
 いっそ、このまま連れ去ることができればどんなに良いか。でも、それは叶わない。
 これが最後だとは思わない、最後などには絶対させない。

「アリシア様」

「レイモンド様」

 お互い向き合いながら視線が合わさることはなかった。
 アリシアはレイモンド見ることができない。見れば、顔を上げれば涙が溢れてしまうから。
 
「アリシア様。どうか、顔を見せてはくれませんか? あなたの顔を私のために、私のためだけにほほ笑んでくださいませんか?」

 レイモンドは、アリシアの両手を自らの手で包み込むように握りしめる。初めて触れ合うその暖かい温もりが、互いの心を満たしていく。
 レイモンドの言葉にポタリと雫がひとつ、彼の手の上に落ちた。
 暖かい雫は、レイモンドの心を固く縛り上げた鎖を解くには十分だった。
 レイモンドはアリシアを両手で抱きしめ、その胸にしまい込む。

「アリシア様! 必ず会いに行きます、いつか必ずあなたを迎えに。だからどうか、私のことを待っていてください」
「レイモンド、さま」

 レイモンドは自分の胸の中で泣きじゃくるアリシアを、ずっと抱きしめ続けた。



 アリシアが王都を離れ、バルジットの領土へ発った。
 手紙を書くと約束をした。彼女の書く文字を見たことがあっただろうか?と考え、きっと美しい字だろうなと思いをはせる。
 それでも、やはり会いたい。直接会って顔を見たいし、声も聞きたい。その手に触れることが出来れば疲れも吹き飛ぶだろう。
 馬車で三日。レイモンドなら、騎士隊副隊長の権限をフルに発揮し、途中騎士隊の支部で馬を変えながら、自身は休まず走り続ければ一日で着くはず。
 往復に二日。中日の一日を一緒に過ごせば、三日の休みで会いに行ける。
 レイモンドは仕事を頑張り、なんとか休みをもぎ取ろうと画策した。

 そして、アリシアが王都を離れしばらくして手紙をしたためた。
 もう着いただろうか?いやいや、着いたよな?と思いながら、十分時間を待った上で出した手紙も、いつになっても返事が届かない。
 彼女は手紙の返事を出さぬほど礼儀知らずではないと思う。ならば、手違いでまだ届いてないのだろうか?それとも、具合が悪くペンを取れぬほどなのだろうか?と、心配になり仕事も手がつかなくなってしまった。

「レイモンド? 最近のお前、おかしいけどなんかあった?」
騎士隊隊長のデリックに問われ、しぶしぶ重い口を開いた。

「実はアリシア嬢から手紙の返事が来ないのです」
「あ? それだけ? そんなことで仕事にも身が入らず、ミスしまくり?」

「ああ。それは、はい、すみません。今後はもっと気を引き締めます」
「なんだ、もっと大変なことが起こったのかと思って焦ったけど。だったら侯爵家に行って確かめてくればいいんじゃね?領地に着いたかどうかは御者が戻れば確認できるだろう?
 行き違いかもしれんし、確認くらいは別にいいだろう?」

 デリックの言葉に思わず『ぱあっ』と明るい顔をし、帰りにでも寄って執事殿に聞いてみます。と、踊るように仕事に戻って行った。単純なヤツで良かったと、デリックはため息を吐いた。
 

 その日の帰り、デリックに言われた通りバルジット家へ立ち寄ったレイモンドは、今までと同じく出迎えてくれた執事にアリシアの事を聞いた。


 それは、レイモンドにとって耐えがたい事実だった。 

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