白百合の君を瞼に浮かべて

蒼あかり

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~27~

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「急にお呼び立てして、申し訳ありません」
「いえ、私も懐かしく思っておりましたので」


 あれからデリックに大まかな事情の説明を受けた。
 アリシアは修道院から姿を消した後、王太子妃の生家であるスプリングス公爵家に身を寄せていた。その時から王太子妃フィオーナ様の兄である次期公爵の娘、ルシンダ様の侍女兼教育係として雇われていたらしい。
 まだ幼かったルシンダ様のそばを離れることもなく、普段はずっと屋敷内で過ごしていたので、誰の目にも触れることがなかったようだ。
 最近になってルシンダ様のデビュタントの準備のために、叔母であるフィオーナ様を頼り、茶会と称して王宮に出入りをすることが増えたらしい。


「スプリングス公爵家におられると聞きました。あれからずっとですか?」
「ええ、ずっと公爵家にお世話になっています。まさかこんな所でレイモンド様にお会いするとは思ってもいませんでした」


 王都内にある図書館の中庭。噴水広場に置かれたベンチに二人は並んで座っている。
 芝生の上を走りまわる子供の声や、噴水の水音で心地よい騒音の中、二人は互いに言葉を紡ぎ始めた。
 

「私が修道院に入るとすぐに王太子殿下とフィオーナ様が救ってくださったのです。
 フィオーナ様はアーサー様との婚約中、妹のように可愛がっていただいていました。私の境遇を憂いてくださり、そのまま生家であるスプリングス公爵家でお世話になることに。
 しばらくはバルジットの実家ともやり取りをして、父は貴族籍に戻すようにと動いてくれてはいたのですが、私の意思でそのままにしてあります。
 今も私は平民のままです。平民の私が働かずに生きるわけにはまいりませんから、無理を言って公爵家で侍女として働かせてもらっていたのです。
 そのうちルシンダお嬢様も淑女教育が必要になり、王子妃教育を受けていた私ならと家庭教師に。本来なら平民の私が家庭教師などなれる立場ではないのですが、立場は侍女のまま、今もルシンダ様に出来うる限りのことをお伝えしています」
「そうでしたか、無事で何よりです。本当に安心しました」

「レイモンド様が探してくださっていることは知っておりました。でも、もう貴族ではない私です。それに、あの時はまだアーサー様がいらっしゃったので用心していましたし。
 でも今はもうあの方もこの国にはいらっしゃらないので、少しずつ外にも顔をだすようになりました」
「なるほど、そんな時に私に偶然であったんですね。私は運が良い男だ」

 優しくほほ笑みながらアリシアを見つめる視線は、今も昔と変わらぬ想いがこもっていた。そんなレイモンドに微笑み返すアリシアの瞳にも、昔のような想いが見える。
 しかし、長い年月を互いにすれ違いながら過ごしたふたり。
 絡まり合ったその糸を解すには、今の二人が持てる時間も情熱も足りるものではない。
 互いに今の生活を築くまでに培ってきた労力は、簡単に取り戻せないことを二人は知っている。
 若さに任せ、愛情と情熱に勝るものは無いと信じていた頃の、そんな二人ではもう無いのだ。


 髪を切り、自慢の白銀を真逆の黒に染めてまで自分を偽り続けた。貴族令嬢としての矜持も捨て平民として生きると覚悟を決め、その身を律してきたアリシア。

 生まれて初めて人を愛し、その人の為に地位も捨て去り求め続けた日々。愛する人をこの手で守り切ることが出来なかった負い目を感じ続けながら、それでも生きる苦しさ。
 その安否もわからぬまま待ち続ける年月は、彼の心を疲弊させるには十分だった。

「これから、どう過ごされるおつもりですか?」
「これから、ですか? ルシンダ様がいられる間は、今のまま公爵家にお世話になると思います。ルシンダ様が嫁がれた後は……、どうなるか自分でもわかりませんが、たぶんどこかの邸宅で侍女としてずっと働き続けると思います。そうできれば良いなと」

「レイモンド様は、もう騎士隊には戻られないのですか?」
「ええ、もう戻ることはありません。私も今は領地で父や兄を助けながら兵士として生きています。爵位を持たぬこの身です。兄が爵位を継げば、父の息子ではなくなる。そうなれば、あなたと同じように平民です。一兵士として、国を守り生き続けることになります」



 二人は薄暗くなるまで肩を並べ語りあった。離れていた時間を埋めるように、たくさんの言葉を口にして。
  

「私たち、お互いのことを何も知らなかったんですね。いま、気が付きました」
「本当ですね。焦がれる想いだけで突っ走っていた自分が、今更ですが恥ずかしいですよ」

 瞳を合わせ笑い合うふたり。
 いつしか壁も取り払われ、気軽に語らい合う関係がこそばゆく感じ、心を温かくし、そして明るい色に染め上げていく。


「また、会ってくださいますか?」
「はい。今度はどこかでお食事でもいかがですか? 一緒に同じものを口にしたこともありませんでしたものね」
 
 くすっと笑うアリシアに、頷きほほ笑むレイモンド。



 帰路に着くため並び歩く二人の影が長く伸び、夕日に照らされ橙色に染まっていた。

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