ユキノホタル ~名もなき遊女と芸者のものがたり~

蒼あかり

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「なんだ、おめえら。もう仲良くなっちまったんか?」

 ユキと和歌が話をしていると、若い男と信が戻り二人に話しかけてきた。

「ユキ。これからはこの『小太郎』が働き口まで連れて行ってくれる。いう事を聞いて、しっかり働くんだ。おめえの家には後で俺からちゃんと言っておくからな。安心して行ってこい」

 信の言葉に現実を思い出し、ユキは真顔で答える。

「信さん、今までありがとうございました。父ちゃんと母ちゃんに、しっかり働くから心配するなって、そう言ってくだせえ」

 それを聞いて信は、優しい笑みを浮かべユキの頭を撫でた。

「じゃあ、そろそろ行くか。今日はここで宿を取る。これからは自分のことは自分でするんだ。いいな? できるな?」

 ユキは小太郎に向かい黙って頷いた。

 信とはそこで別れ、三人は町に戻るとそこで宿を取った。
 宿屋での宿泊はおろか、よその家に泊まったことすらないユキにとっては、全てが物珍しかった。
 素泊まりで一室。そこに三人が雑魚寝をする。安い相部屋もあるが、さすがに商品に疵をつけられるわけにはいかないと個室を用意させた。

 素泊まりの為、夕飯を近くの蕎麦屋に入り三人で蕎麦をすすった。

「うち、こんな旨い蕎麦初めてだ」

 目を丸くして嬉しそうに答えるユキに、小太郎も口角を上げ「良かったな」と答える。

「おめえは、こんなもんじゃ満足できねえか?」

 そう言って和歌を見れば、

「文句を言える立場にないことは良くわかっています。これからは何でもありがたくいただかなければ」

 そう言って彼女もまた、黙々と箸を動かすのだった。


 その晩、三人は和歌を真ん中に川の字になって眠りについた。
 ユキは旅の疲れですぐに寝息を立て、寝入ってしまった。
 だが、和歌は仰向けになったまま目は閉じているが、ピクリとも動かない。眠れないのだろうと、小太郎は隣で感じていた。
 それはそうだ。今までお嬢様と呼ばれ、何の心配もなく生きて来た者が売られて行くのだ。いくら覚悟を決めたとはいえ、これから先のことを思えば眠れないのも当たり前だろうと、小太郎は少しだけ彼女に同情心のようなものを持ち始めていた。



 小太郎が和歌に背を向け、うつらうつらし始めた時だった。
 自分の背に誰かの手が触れる感触で目が覚めた。しばらくそのままでじっとしていると、次第にその手が上下に動き始める。
 これは一体どういうことだ?と、思案していると、「起きているんでしょう?」と背後から女の声が聞こえてくる。この声は和歌だ。と思い、
「何をしてるんだ? まさか男が欲しいとか言わねえよなぁ? 俺が見たとこ、おめえは生娘だ。一体、何を考えてる?」

 小太郎の言葉に和歌は布団をめくり小太郎の寝床に入り込むと、その背に自分をぴたりと沿わせた。

「私はもうすぐ十七よ。向こうについたらすぐに客を取りたいの。だから今のうちに男を知っておきたいのよ」

 和歌の言葉に小太郎はがばっと起き上がり、自分の背を触っていた手を掴むと睨むように言った。

「おめえは俺にとって商品だ。どこの馬鹿が自分の商品に疵をつける? それに、生娘の方が高く売れるんだ。それはすなわち、おめえの上がりも増えるってこった。早く客を取って金を返してえ気持ちはわからんでもねえ。
だが、自分の為にも、売れるもんは高く売った方が良い」

 言い聞かせるように和歌に厳しい口調で話す。だが、それでも和歌は納得しなかった。

「私は売られたのよ。親に捨てられたの。だから、早く客を取って一番の遊女になりたいの。そして私を売った親を、親戚たちを見返してやりたいのよ。
一日も早く、あの人たちの鼻を明かしてやりたいの。だからお願い。私を女にしてちょうだい」

 和歌は小太郎に抱きつき懇願する。彼の耳元には和歌のすすり泣く声が響いてくる。親に捨てられ売られたのは、隣で眠るユキも同じことだ。
 産まれついた立場は違えど、落ちてしまえばその土場は同じこと。

「後で後悔しても遅せえ。一度破瓜したら戻れねえんだ。
悪いことは言わん。諦めろ」

 自分の首に抱きつく和歌の手を解こうと掴むが、和歌は一層力を込めてすがりついてくる。

「後悔なんてしないわ。むしろ、ここで男を知らない方がきっと後悔してしまう。これは私の覚悟の儀式なの。
憎い父親ほどの男に奪われるくらいなら、いっそあなたみたいなやくざ者に奪われた方が良い。父も母も嫌っていた、あなたみたいな人に手籠めにされた方が、あの人たちに仕返しができるわ」

 和歌は小太郎の首にしがみつく腕に力を入れ、その首筋に舌をすべらせた。
 ぬるりと湿った感触が小太郎の首筋に走り、ぞわりと感覚が研ぎ澄まされる。
 和歌は首筋から耳へと舌を動かし、それは執拗に続いていく。

「一体、どこで覚えた?」

 されるがままに耐え続ける小太郎が、和歌に問いかける。

「武家の女は政治の駒にされるのよ。人質同然に嫁がされても、相手の男を手中に収めることを望まれる。そのための手腕は教わったわ。後は実践だけ」

 小太郎の首に巻かれた腕をゆるりとほどくと、和歌は小太郎に向き合い瞳を絡ませる。そして、小太郎の唇に自分の唇をゆっくりと押し当てた。
 ただ、触れ合うだけの接吻。
知識だけを無理矢理に植え付けられたくせに、実技がひとつも身についてはいないと小太郎は悟る。夫となる者にその身を投げ出すだけで良いのは、初夜の晩だけ。後は、その肉体と知識で男を翻弄させろと教え込まれていた。
十七と言えば、本来ならどこかの良い家に嫁いでもおかしくはないはずなのに、この娘はその幸を馬鹿な親によって奪われてしまった。


「どうなっても知らねえからな」


 小太郎は和歌の背を薄いせんべい布団に押し当てると、その若く美しい肉体の上に覆いかぶさった。




 ユキは夜中に目が覚めた。
 苦しそうな女の声がしたようで、意識を朦朧とさせ瞼を閉じたまま耳を澄ます。すると、やはり女の苦しそうな声が聞こえる。
 和歌さんに何か? そう思い瞼を開け、寝返りを打ち彼女の方を向こうと思った時「見るな! おめえはそのまま寝ていろ」小太郎の地を這うような低い声が、ユキの動きを止めた。ユキは声も出せず、振り向くことも叶わないままに、布団の中で身を縮めていた。


 安宿の薄い畳が敷かれた床板を、ギシギシと音を立てて軋ませている。そしてその音に紛れ女の、和歌の苦しそうな、切なそうなうめき声のようなものが耳を満たしていく。
 これは床入りだ、濡れ事だとユキは知っていた。
 まだ若い彼女の親も、定期的にその行為をしていたから。狭い家の中、同じ室内で家族全員枕を並べて寝ていれば、嫌でも目が覚め耳に入る。
 親が子作りをする時の濡れそぼった音や、声を殺してもわずかに漏れるその艶めいた声色を、幼い頃から耳にしていたのだから。

 ユキにとっては初めて会った二人でも、実はこの二人は好き合っている者同士なのかもしれない。だとしたら、邪魔者なのはユキの方だ。
 そう思えたら妙に納得するものがあり、これは親もしていたことだから特段変な事じゃないんだと思えるようになっていった。
 事の経緯はわからないし、人を本気で好きになったこともないユキに、男女の機微などわかるはずもない。難しいことはわからなくても、普段両親の紡ぎ事の音を無視して寝入っていた頃を思えば、そのまま目を閉じて眠りに入るのは他愛もなく簡単なことだった。


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