ユキノホタル ~名もなき遊女と芸者のものがたり~

蒼あかり

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 長間との水揚げの日から一日おいて、ユキは見世に出た。
 客引き用の格子戸の内に遊女たちが並び、顔を見せ客の気を引く。
その前面に大きく『初見世 梅岡』と書かれた紙を垂らし、新人遊女の初見世を華々しく宣伝する。一鶴楼は運河を渡った船着き場のそばにあり、客たちの目を引くに良い立地にある。
渡し船を降りた男たちは見番所で手数料を払い、街の中に入る。それをめがけて、それぞれの店の男衆が声をかけ客引きをする。
「うちは良い子揃いだよ」「ご奉仕させますよ」等と客の気を引き、自分の店へと足を向かせるのだ。だが、店同士の男衆で客を取り合いすることはしない。
 店には格があり、それに合わせた行動を取ればおのずと客は自分に合った店を探し出せるのだ。金のある者が格下の小店に行くことはないし、懐具合の寂しい者を大見世は欲しがることはないのだから。

 その日、「初見世だよ。気立ての良い子だ、どうですかい?」と、客に声をかける佐平の姿があった。
 声をかけながら、なぜか胸のうちに靄がかかったような気がしてすっきりしない。それがどうしてなのかわからない佐平は、仕事と割り切る様にわざと明るく振る舞うのだった。


 客を取ることにも慣れ、大きな問題も起きないままに月日は流れていく。
 あの日、この一河の地に下り立った二人の少女は、時間に流され、人に触れ、少しずつ成長していった。
 ユキを水揚げした長間の言葉通り、この地に居る間は食うに困らず、衣食住を与えられ、流されるままに時間は過ぎていく。
 運命なのだと諦めきれるほどに、擦り切れ疲弊していく少女の心に反し、その顔は客に向ける作り笑いだけが上手くなっていった。




 ユキが初めて客を取った日から一年以上が立ち、初夏を迎える頃だった。
 十六歳になった少女は男を知り、身体も心も女になっていった。実家のある栗山の里を旅立った丁度同じころの事、一人の男が一河の地に下り立った。
 青年と言うにはまだ若く、少年と呼ぶには少し大人びたその男は、旅装束のままボロボロになった身のままに、運河を渡り一河の花街へと足を踏み入れた。


 ユキが栗山の里を出て一河に向かった翌年の春、幼馴染の末吉が奉公に出る為に山岡の町に向かった。行商人の信に付き添われ、山を越え町に着いた時、彼もまたユキと同じように目を白黒させ、驚き瞳を輝かせていた。

「信さん、すげえな。ホントすげえ。どこを見て良いかわからねえ」

 飛び上がらんばかりに喜ぶ末吉に、信も顔をほころばせた。

「少し早く着きすぎたな。約束の時間は昼過ぎだから、どっかで蕎麦でも食うか」
 
そう言うと信はふらりと歩き出し、その後を小走りで末吉は着いて行った。
 川辺に出された屋台の蕎麦屋に着くと、二人は並んで座り蕎麦をすすった。
 里では食べたことの無い味に、末吉は旨い、旨いと言いながら汁まで飲み干すのだった。

「おめえはこれから曲物師のとこに弟子入りする。それは聞いているな。
 おめえが作る竹細工は評判が良いんだ。店でも店に出すとすぐに売れちまう。
 手先が器用なおめえにはぴったりの仕事なはずだ。だがな、弟子に入れば親方の言うことは絶対だ。兄弟子からの妬みも生むかもしれねえ。
 だけど、おめえならやれると俺は踏んだ。結局は腕一本でのし上がる世界だ。
 おめえなら大丈夫だ。気張って働くんだぞ」
「うん。俺も力仕事には自信がないし、良い仕事を紹介してくれたと思っています。信さん、ありがとう」

 信とて鬼ではない。わずかばかりの商売相手である行商先の子どもとはいえ、知ってしまえば情も沸く。うまくいって欲しいと心から思っていた。
 末吉にはどうしても聞きたいことがあった。ユキの進退だ。
 一年ほど前、ユキは栗山の里を後にした。その後、何の音さたもなく牛飼いの家からも話が零れることはなかった。末吉が聞いても話をはぐらかされ、終いにはもう二度と口にするんじゃないと両親に怒られる始末。
 所帯を持つ約束をしたものの、探す当てがなければそれも夢に終わる。
 閉鎖的で貧困の地である栗山の地を出たい方便だと、お互い気が付いてはいたが。それでもやはり心配は募る。元気にしているだろうか? 無理はしていないか? 身体を壊していないか? そんな風に思っていた。
 二度と話すなと言われてから、一度も彼女の話題を出したことは無い。
 それでも、もう栗山の里を離れたのだ。しかもユキを連れて行ったのは隣に座る信だ。末吉は覚悟を持って聞いてみることにした。

「なあ、信さん。ユキは今、どうしてる?」

 末吉の言葉に丼に口をつけ汁を飲んでいた信の動きが止まる。

「聞いてどうする?」
「うん。もし近くにいるなら会いてえ。実は所帯を持とうって約束したんだ。
 だけど、先に奉公に出たユキに良い相手がいるなら、追ったりしねえ。それで良い。でも、せめて元気に過ごしているかどうかは知りたいんだ。
 ユキの母ちゃんははぐらかすし、俺の父ちゃんにも二度と口にするなって叱られた。そんなに悪いことなんかな?」

 栗山の地に末吉やユキと歳の近い子供はいなかった。もう少し上か、下か。
 だからこそ二人は常に行動を共にし、思いを共有しあっていたのだ。

「あの子はもう、この山岡にはいない。もっと遠くに奉公に出ている」
「遠く? 会いに行くのは無理か?」

「会おうと思えば会える。話すこともできる。だが、金がかかる。おめえみたいな見習いじゃあ、到底かなわぬほどにな」
「そんなに遠くなんだ? せめて、元気かどうか。無理をしてないかどうかだけでも見られればいいんだけど」

「これから見習いとして一年働け。駄賃程度の金でもないよりはいい。これからは住むところと食べるもんは心配いらねえから、できるだけ金を貯めるんだ。
 一年じゃたりねえかもしれねえし、何年かかるかわからんが。そうすれば顔を見るくらいはできるかもしれん」
「本当に? おれ、頑張って働くよ。働いて働いて、それでユキに会いに行く。それで、元気にしてる姿を里のおじさん、おばさんに教えてやるよ」


 信はこれ以上どうする事もできなかった。閉鎖的な里から出て来たばかりの小僧に、遊女の存在を教えた所で理解はできないだろう。
 女を知らず、子を作る方法すらもはっきりと理解はしていないだろうから。
 ユキの仕事が世間ではどう思われているのかも、思い至らないはずだ。
 不特定多数の男にその身をさらけ出すような、そんな仕事を嫌悪する人間も間違いなくいる。せめてこの子だけは、そうせざるを得なかったのだと、彼女に罪は微塵もないと理解できると良いと思った。


 蕎麦を食い、雑談をしながら歩き始めると、山岡の町を少し抜けた所に作業小屋が立ち並ぶ一角に出た。
 商いをする商店の町並みと、物を作り人々が暮らす住宅地は、くっきりとその場を離していた。

 家にしては少し大き目の建物前に着くと、
「ここが、これからおめえが世話になる所だ。辛くとも、歯ぁ食いしばって耐えろ。もっと辛く苦しい思いをしてる奴もいることを忘れるな」
 そう言って、末吉の背をポンと叩いた。
 そして最後に、「ユキがいる町は『一河』だ。だが、この地の名前を人に言うな。いいな? ユキの為だ。黙って胸にしまい、独りで一河に行け」

 どういうことか理解できぬままに、末吉はこの日から曲物師としての道を歩き始めるのだった。


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