ユキノホタル ~名もなき遊女と芸者のものがたり~

蒼あかり

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~23~

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 末吉が一河の地に来たことなど知らないユキは、遊女としての立場にも慣れ日々の生活を送っていた。
 日々変わる客。変わらぬ日常。そんな暮らしが当たり前になりつつある頃。
ユキは佐平からあることを聞かされる。

「明日、花火が上がるらしい。それも若松の旦那、辰巳様が上げるんだと」
「花火? 聞いたことはあるけど、見たことはないの。
 明日? ここから見える? でも、お客が居たらダメよね。うち、花火なんて見たことないから見たかったな」

「客が居ても見せてもらえるだろう、客だって見たいだろうからな。でも、運が良ければこの部屋でゆっくり見られるかもな」
「そうだと良いな。そうしたら佐平も一緒に見よう、見つからなきゃ大丈夫」

 ユキは少女の面影を残しつつ、屈託なく笑った。
 客を取り始めて一年以上、その頃にはユキは人気も上がり、自分の部屋を持たされていた。あどけない少女の顔だった娘はすでに大人の女へと変わりつつある。顔つきや身体、仕草が変わるその瞬間は、男の気を引き付けるに十分なほどに独特の色香を放っていた。

 そして、年齢や経験を問わず、人気のある遊女は男衆よりも立場が上になる。
 だから今は佐平を呼び捨てにする。それだけの権利を今のユキは持っていた。
 彼女たち遊女が身体で稼いだ金で、男衆は生かされているのだから。

「俺が営業中に一緒にいるわけにはいかねえだろ。我慢して一人で見ろ」
「だったら、下で皆と一緒に見る。一人で見ても楽しくないし」

「かなり大きな音がするらしいぞ。おまえは雷も苦手だからな。客がいねえなら下に居た方がいいかもな」
「え? 大きい音がするの? どうしよう、どうしよう」

 慌てるユキを大きな声で笑い飛ばす佐平。
 二人で語らい笑い合える、そんな穏やかな日々。ただ違うのは少女が遊女だということ。ただ、それだけ。





 和歌は旦那である辰巳と席を同じくしていた。
 初顔合わせのあの日から一年以上、これまで二人きりで会う事はただの一度も無かった。本来ならこの姿が当然であるはずなのに、常に辰巳の客との同席。
または、辰巳に忖度したであろう客に呼ばれてのお座敷だけだった。
 敵である彼に会いたいわけではないが、彼のお陰で今の暮らしがあることも事実だ。同日に入店したユキのように、むやみに身体を許すことをしない今の立場は、正直ありがたいと思っているのも本心だ。
 身体を売って見返すと息巻いていた、少し前の自分に愚か者と伝えたい。
 芸を磨き、鍛錬を積みながら、客にほんの少しだけ女を感じさせるだけで借金が減っていく。その客すらも、今目の前にいる辰巳が用意してくれていることもわかっている。
 憎い相手と思っていても、感謝の念を禁ずることは難しかった。

 初顔合わせの日と同じ、吟山での貸し切り。
 あの日と違うところは、姉芸者がいないこと。正真正銘二人きりの部屋。
 他の客が一緒の時とは違い、何を話していいかがよくわからずに、和歌は少しだけ困ったように考えた。だが、口火を切ったのは辰巳の方だった。

「あなたとこんな風にふたりきりになるのは、本当に久しぶりですね」
「ええ、初顔合わせの日依頼です。私を買って下さった辰巳様に嫌われているのかと、寂しく思っておりましたのよ」

 和歌がしおらしく訴えかければ、

「これはこれは、申し訳ないことをしました。今日は、その詫びではありませんが、対岸から花火を上げます。一緒に見ましょう」
「本当にありがとうございます。花見のお父さんから話を聞いて、今日の日を楽しみにしていたんです。子供の頃に一度見たきりなので、本当に楽しみ」
「そうですか、それは良かった。一緒に堪能しましょう。もうすぐですよ」

 そう言うと辰巳は自分で酌をし、盃の酒を一気に飲み干した。
 最初に言われた通り、自分の勝手に飲むのが好きだと言う辰巳のために、彼の酒は注がないことにしてある。辰巳本人もそれで良いと言う。

 吟山の奥部屋から、ガラス戸を開け放した縁側に二人並び空を見上げる。
 ちびりちびりと酒を口に含む辰巳に、隣で和歌が団扇を仰いでいた。
 穏やかな団扇の風が、辰巳の髪を揺らす。その動きが生き物のようだと、和歌は思う。

「もうそろそろでございます」

 廊下の隅から護衛の声がかかると『シュルー』と小さな音が聞こえ、慌てて空を見上げた。
 すると、目の前一面の空を覆いつくすように、大きな花火が打ちあがった。
 そして、少し遅れて『ドォーーン!』と大きな音が鳴る。
 腹の底から地響きのように衝撃が伝わり、花火の力強さを感じる事ができた。

「すごい、綺麗。綺麗ですね。辰巳様」
「ええ、そうですね。美しいと思います」

 子供のようにはしゃぐ和歌とは対照的に、辰巳はいつものように冷静で落ち着いていた。いや、落ち着いているというよりも、あきらめていると言った方が良いのかもしれないと和歌は感じた。
 本当なら、もっと一緒に声を上げて喜びたいと思っていたのに、それも難しく思える。

「辰巳様。花火を上げて下さってありがとうございます。大変良い物を見させていただきました。本当にありがとうございました」

 和歌が深く頭を下げると、

「花火はまだあります。大小合わせて、全部で十一上がります」
「そんなに? いえ、沢山見られて私たちは嬉しいばかりですが。
 何か理由がおありなのですか?」

 和歌がただ疑問に思った事を聞いてみた。だが、辰巳からの返事は無かった。
 彼は無言のまま空を見つめ、黙って酒を飲んでいた。
 和歌は何も言わずに彼に風を送り続けた。彼が口にしないことを聞くことはできない。きっと話したくないことでもあるのだろう。そう思い、団扇を扇ぎながら優しく風邪を送り続けるのだった。

 花火も感覚を置きながら上がり続け、残り一つになった時、辰巳がぽつりとつぶやいた。


「今日の花火は、珠子さんへの弔いの花火です」


 最後の一つが丁度辰巳の声と被さり、よく聞き取れなかった。
 花火の大きな音の余韻を聞きながら、和歌は聞き返す。


「申し訳ありません。花火の音でよく聞こえませんでした。もう一度お願いしてもよろしいですか?」


「珠子さんが……、亡くなりました」


「え?」


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