42 / 43
~42~
しおりを挟む年の瀬を迎え、見世も正月準備で慌ただしくなる。
思い返せば正月明けに、ユキは水揚げを迎えていたのだ。
随分遠い昔のように思えるが、実際はほんの三年ほど前に過ぎない。
当時十五歳だった少女が初見の男に身体を開き、受け入れ男を知った。
毎晩代わる代わる男達と肌を重ねたその体には、欲や金、そして涙も吸いつくしてきた。彼女の身体に滲みついたその闇は、もはやその身体から消えることは無い。
新年の準備で忙しい佐平だが、ユキとともに眠ることだけは止めようとはしなかった。そして、どんなに遅く戻ろうとも、ユキは「お帰りなさい」と笑顔で佐平を迎え、その背を彼の胸に預けるのだった。
年が明けたところで二人の日々が変わることはない。
いつものように朝目覚め、佐平は仕事に向かう。時間になれば食事を運んでくれる。そして時折様子を見に来る佐平に笑顔で答え、夜になれば同じ布団で眠るだけ。
ここ最近めっきり寒くなり、ユキの咳もひどくなってきた。微熱も中々下がらない。佐平は心配するが、ユキは大丈夫としか答えない。
今日もユキは佐平の胸で夜を迎えた、ある日。
「佐平さん。うち、佐平さんに出会えて幸せ者だと思う」
自分の腕の中で小さく丸まるユキの言葉に、少しだけ訝しく思った佐平は、
「どうした? 何かあったのか?」と、聞き返した。
「ううん。なんでもないけど、いつも思ってたから。ここでは佐平さんだけがうちの心のお守りだった。佐平さんがいたから頑張れたんよ。
だから、嬉しくて。ありがとう」
「俺もユキに会えて幸せ者だ。こうして一緒にいられるだけで、嬉しいんだ。
本当だぞ。ありがとうな」
ユキは今まで心の内を話して聞かせたことが無かったと思い、これからは気持ちを伝えることにしようと決めたのだった。
それから毎晩、ユキは佐平の腕の中で思いを語った。
時に感謝を、時に愛を。
「佐平さんは優しいから、頼りにしてます」
「佐平さんにくっついて眠ると、よく眠れるんだ」
「いつもありがとう。あんまり無理しないでね」
「こうしてそばにいられだけで、うちは嬉しい」
「佐平さん。うち、佐平さんのことが好き」
佐平はユキの言葉に驚き、そして胸を高鳴らせた。互いの気持ちは知っているつもりだが、ユキは遠慮をして自分の気持ちを話すことをあまりしなかったから。そんな彼女の口からこぼれる想いに、佐平は言いようのない喜びをかみしめていた。
「俺もユキが好きだ」
「ありがとう。うちを好きになってくれて。佐平さん、ありがとう」
堪える涙はユキの肩を揺らしてしまう。腕の中で愛しい人の肩が揺れ、佐平は強く抱きしめる。決して離れぬように。
たとえ短い時間でも、二人の永遠になるように願いながら……。
睦月も終わり、如月を迎えた頃。
「ユキ。二月になった。十八だな、おめでとう」
佐平の腕の中でぼんやりとその声を聞きながら、おぼろな声で答える。
「じゅうはち?」
「ああ。生まれた日にちはわからんけど、二月の頭に生まれたんだろう?
だから、もう十八歳だ。立派な大人だ、おめでとう」
「そっか、うち十八になったんだ」
「うん、おめでとう。大した物はやれないけど、これ」
そう言って懐から出した物を、ユキの目の前に差し出した。
それは、赤いちりめん生地に金糸で花の刺繍が入れられた、柘植の櫛入れだった。佐平の給金では高価な物は手に入れられない。それでも、せめてもと自分で選び準備をしていた物だ。
それをユキの手に持たせると「きれい。すごく嬉しい。佐平さんありがとう」と、笑みをこぼしていた。
「入れてみな」そう言われてユキは胸元から櫛を取り出し、入れ物にしまう。
何度も、何度も出し入れしながら手を伸ばし眺めている。
「佐平さん、ありがとう。うち、誰かに誕生日の祝いなんてしてもらったことないから、本当に嬉しい。これ、うちの宝物だ。ありがとう」
「ほんと、大した物じゃなくて悪いけど。喜んでもらえて良かった」
佐平は喜んでくれるユキの姿を見て、ほっと安堵した。
「うちの大事な宝物」と両手で握りしめ胸に抱く様子に、佐平は少しだけ目を潤ませる。
貧しい暮らし故、暦などあるはずもなく、生まれた正確な日にちすら親にも覚えてもらえていない。里を離れるまでの十四年間、誰にも祝われることのないまま過ごしてきたのだと改めて知り、もっと早くに祝ってやりたかったと後悔をする。
何もユキだけ特別な訳じゃない。ここに連れて来られる娘たちの境遇はどれも似たり寄ったりだ。佐平自身だって大して変わらない。
それでも、自分が惚れた女には幸せでいて欲しかったと願ってしまう。
「ユキ。これからは毎年一緒に祝おうな。俺の生まれは春だから、そうしたら俺のことも祝ってくれるか?」
「うん。うち、佐平さんの誕生日にはお祝い、いっぱい言いたい。おめでとうって。生まれてきてくれてありがとう。うちと出会ってくれてありがとう。うちのこと好きになってくれてありがとう」
ユキは佐平に身体を預けながら、ゆっくりと彼の顔を見上げる。いつのまにか二人の瞳は濡れていて、それを見合いながら「ふふ」と笑った。
そんな普通のことが、ふたりにはとても幸せだった。
何もいらない。高価な贈り物も、豪華な食事も。ただ、普通の生活を送りながら、そばにいてくれるだけで、それだけで幸せだと思えるのに。
それすらの幸せも掴めないほどの、小さな手だったのだろうか……。
~・~・~
雪がちらつく静かな夜のことだった。
ユキは佐平の腕の中で、眠りながら儚くなった。
あれから毎日、互いの想いを口にし続けていたふたり。
すでに自力で起き上がることもできず、食事もほとんど喉を通らなくなってもなお、ユキは佐平への想いを語り続けていた。
その日、ユキは佐平の未来を口にした。
「佐平さん。佐平さんは幸せになってね。うち、佐平さんが幸せになるようにお祈りしてるから」
微かな声で、途切れがちに言葉を選び口にする。
それが覚悟の言葉だと悟った佐平は、「ありがとう」とだけ答えた。
もっと気の利いた言葉のひとつも思いつけばいいのにと思いながら、泣くまいとそれだけを思い、ユキの髪に唇を落とす。
これが最後の夜になると知った佐平は、朝までその温もりを忘れぬようにと強く抱きしめた。
「ユキ。ありがとう」
「ユキ。その笑顔が大好きだった」
「ユキ。おめえに出会えて幸せだった」
「ユキ。次は必ず一緒になろう。待っててくれ」
「ユキ。幸せにしてやれなくて、ごめん」
佐平はユキを抱きしめながら、ひとり声を上げて泣いた。
華やかで賑やかな見世から離れた小部屋。
男泣きする佐平の声は届かない。
窓の外にはちらちらと舞い降りる白い雪。
雪の降りしきる日に生まれた少女は、雪が舞い散る夜にその生に幕を閉じた。
まるで雪が消えゆくように、ゆっくりと溶けて消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
付喪神狩
やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。
容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。
自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
まひびとがたり
パン治郎
歴史・時代
時は千年前――日ノ本の都の周辺には「鬼」と呼ばれる山賊たちが跋扈していた。
そこに「百鬼の王」と怖れ称された「鬼童丸」という名の一人の男――。
鬼童丸のそばにはいつも一人の少女セナがいた。
セナは黒衣をまとい、陰にひそみ、衣擦れの音すら立てない様子からこう呼ばれた。
「愛宕の黒猫」――。
そんな黒猫セナが、鬼童丸から受けた一つの密命。
それはのちの世に大妖怪とあだ名される時の帝の暗殺だった。
黒猫は天賦の舞の才能と冷酷な暗殺術をたずさえて、謡舞寮へと潜入する――。
※コンセプトは「朝ドラ×大河ドラマ」の中高生向けの作品です。
平安時代末期、貴族の世から武士の世への転換期を舞台に、実在の歴史上の人物をモデルにしてファンタジー的な時代小説にしています。
※※誤字指摘や感想などぜひともお寄せください!
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
【完】経理部の女王様が落ちた先には
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位
高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け
ピンヒールの音を響かせ歩く
“経理部の女王様”
そんな女王様が落ちた先にいたのは
虫1匹も殺せないような男だった・・・。
ベリーズカフェ総合ランキング4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
関連物語
『ソレは、脱がさないで』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる