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~4~
しおりを挟む時をさかのぼること数週間前。
クラウスは自宅の応接室に広げられた宝石の類を前に、深いため息を吐きながら悩んでいた。
勢いのまま婚約者になる王女宛てに手紙を書いた。本当に何も考えぬまま、勢いだけで。それを横目で見ていたリチャード第三王子が、「この内容で一緒に宝石を贈らないなんて、あり得ない!」と抜かし、今現在、目の前にはズラリと並べられた宝石と宝石商の人間と、万が一のための護衛がいる。
母である公爵夫人が懇意にしている宝石商。
「ご入用の時はいつでもお声がけください。はせ参じてまいります」と言う言葉を鵜呑みにし、声をかけたらこの有様だ。
店にある高額な物だけを持ち込んだであろうことは、宝石に興味のないクラウスにもわかる。粒のひとつひとつがデカイ。そして、眩しい。なにより、後ろの護衛が怖い。
「して、どのようなお品をお探しでいらっしゃいますか?」
宝石商の手には白い手袋が着用されている。そして両手で握りしめられたその手は、膝の上に置いていながらもすでにウズウズと指が動き続けているのだ。
「ああ。そうだな。碧い……」石という前に宝石商の男は身を乗り出し、
「碧い石でございますか? ああ、クラウス様の瞳のお色と同じでございますね。
なるほどなるほど、それでございましたらば、こちらなどいかがでございましょう。
隣国ストロームで取れましたサファイアでございます。
大きさ、色味、輝き、全てにおいて一級品。どこに出しても恥ずかしくないお品でございます。これを加工しましたら、どんなご令嬢も……」
「それをいただこう!!」
宝石商の『ご令嬢』の言葉に被せるようにクラウスが声を上げた。
少し驚いた顔をした宝石商も、すぐに顔面を繕うと「かしこまりました」と、別の台座に置かれたサファイアをずず・ずい~とクラウスの前に差し出す。
「お綺麗でございましょう? この大きさでしたら、このままカットして大ぶりのアクセサリーにするべきでしょう。ネックレスでもブローチでも、お好きな物を」
今まで浮いた噂ひとつ無かった侯爵家の嫡男、クラウス。
難攻不落とまで言われたその砦を打ち破る者が現れたと不気味な笑みを浮かべる目の前の男に、クラウスは寒気を覚える。
王女との婚約は箝口令が引かれたわけでは無い。わけでは無いが、相手の年齢を鑑みて、声を大にしていう事もないだろうというのが王家の考えだ。
どうせ婚約披露の場が設けられれば知れること。それでも、憐みの目で見られることは少しでも遅い方が良い。と、クラウスは思っている。
『どんな縁談も受け入れる』などと思っていた自分を殴ってやりたいほどに、真面目過ぎた自分を自分自身で憐れんでいた。『もっと遊んでおけばよかった』と。
宝石商の問いに、「あまり華美にならない物が良いのだが」と答えれば、「そうでございますか」と、デザイン帳を広げ何やら説明を始めるが、クラウスには何が何やらわからない。デザインの用語を言われてもわからない。右から左に通り過ぎていく言葉を流しながら、ふと目に止まった物を何気に指さしてしまった。
「髪飾りでございますか? なるほどなるほど。まだ年若いご令嬢が、一番最初に身に着けるアクセサリーの代表格が髪飾りでございまして。左様でございましたか」
『まさか、バレてる?』と、睨むように見つめれば思わず目が合ってしまった。一瞬ドキリとするクラウスに対して宝石商の男は、先ほどとは違う穏やかな笑みを浮かべほほ笑んでいた。高位貴族を相手にする店の者はさすがだと、感心するクラウスだった。
素直に敗北を認めたクラウスは、言われるままに頷き、結局何をどのようにまとめたかなど全然覚えていない。
とにかく、相手に対して恥じぬようなものだけをと念入りに頼み込み、宝石商の男は満面の笑みで帰って行った。
後に残されたクラウスは見送りをする元気も残ってはおらず、ソファーに身体を沈め大きなため息を吐いた。
「いかがでしたか、坊ちゃま。まずは喉を潤されてください。お茶に蜂蜜をお入れしますか? それとも、気付けにブランデーでも?」
宝石商の男を見送った家令のトーマスが、お茶が準備されたワゴンを押しながらクラウスの元に現れた。
「あー。蜂蜜とブランデー」
「おや、相当お疲れのご様子ですね。ま、気疲れと言ったところでございましょうか」
「ああ、疲れた。非常に疲れた」
「ですから、奥様にもご同席していただいた方がよろしいとお伝えしましたものを」
「やめろ。母さんが出て来たら、もっと長くなるし面倒になる。あの人は絶対に口を滑らすはずだ」
「すぐにバレることですのに」
「ふん。噂の的になるのは面倒だ。そんなのは後回しで良い」
「まあ、そうでございますね」
セバスチャンは蜂蜜とブランデーの入った紅茶をクラウスの前に差し出した。
ブランデーの香りが鼻をくすぐる。
紅茶をひとくち口に含み、ふぅと小さく息を吐いて肩の力を抜くのがわかった。
クラウスが産まれる前から公爵家に使えるセバスチャンにとって、一粒種である彼の婚姻は大問題だった。彼の年齢が重なるにつれ、その思いは強くなる。
「坊ちゃまが年齢を気にされるように、お相手の王女殿下もまた、自分の幼さを気にされておられるはずです」
「まだ子供だぞ。婚姻の意味もわかっているかどうか怪しいのに」
「幼くとも一国の王女様です、教育はなされておられるでしょう。さすれば王女として自分自身の婚姻の意味も十分理解されておられるでしょう」
「国の為だ、ちゃんとわかっていると思いたい。ただ、僕も少しだけ愚痴を吐きたいだけだ。すまなかったな」
わざとらしく笑みを作るクラウスの顔が寂しげで、セバスチャンも同じように心を痛めていた。
「年齢が気になるのは若い時だけでございますよ。長い人生、振り返れば歳の差など大した問題ではございません。むしろ、何の手もつかぬ真白なうちに、坊ちゃまのお好きなように染め上げてしまえばよろしいのです。それも、また一興でございますな」
「ははは」と笑うセバスチャンに『正気か?』と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、『いや、それもアリか?』と思うと、不思議と気持ちが楽になってくるのがわかった。
「自分の手で淑女を育てるなど、金持ち貴族のお遊びでございましょう。普通なら愛妾でもなければ出来ぬこと。それを、坊ちゃまは堂々と奥方に出来るのです。こんな楽しいことは他にはございませんよ。ほほほ」
それこそ、金持ち貴族のような気持ち悪い笑みを浮かべるセバスチャン。それを横目に、「それも面白いかもな」と嘘とも本音ともつかぬ言葉が口を継いで出るクラウスだった。
「それにしても、僕も婚約者を迎えるんだ。いい加減、坊ちゃんはやめてくれ」
照れくさそうに話すクラウスに「善処いたします」と、微笑むセバスチャンだった。
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