僕の婚約者は今日も麗しい

蒼あかり

文字の大きさ
4 / 13

~4~

しおりを挟む

 時をさかのぼること数週間前。


 クラウスは自宅の応接室に広げられた宝石の類を前に、深いため息を吐きながら悩んでいた。
 勢いのまま婚約者になる王女宛てに手紙を書いた。本当に何も考えぬまま、勢いだけで。それを横目で見ていたリチャード第三王子が、「この内容で一緒に宝石を贈らないなんて、あり得ない!」と抜かし、今現在、目の前にはズラリと並べられた宝石と宝石商の人間と、万が一のための護衛がいる。
 母である公爵夫人が懇意にしている宝石商。
「ご入用の時はいつでもお声がけください。はせ参じてまいります」と言う言葉を鵜呑みにし、声をかけたらこの有様だ。
 店にある高額な物だけを持ち込んだであろうことは、宝石に興味のないクラウスにもわかる。粒のひとつひとつがデカイ。そして、眩しい。なにより、後ろの護衛が怖い。

「して、どのようなお品をお探しでいらっしゃいますか?」

 宝石商の手には白い手袋が着用されている。そして両手で握りしめられたその手は、膝の上に置いていながらもすでにウズウズと指が動き続けているのだ。

「ああ。そうだな。碧い……」石という前に宝石商の男は身を乗り出し、
「碧い石でございますか? ああ、クラウス様の瞳のお色と同じでございますね。
 なるほどなるほど、それでございましたらば、こちらなどいかがでございましょう。
 隣国ストロームで取れましたサファイアでございます。
 大きさ、色味、輝き、全てにおいて一級品。どこに出しても恥ずかしくないお品でございます。これを加工しましたら、どんなご令嬢も……」
「それをいただこう!!」

 宝石商の『ご令嬢』の言葉に被せるようにクラウスが声を上げた。
 少し驚いた顔をした宝石商も、すぐに顔面を繕うと「かしこまりました」と、別の台座に置かれたサファイアをずず・ずい~とクラウスの前に差し出す。

「お綺麗でございましょう? この大きさでしたら、このままカットして大ぶりのアクセサリーにするべきでしょう。ネックレスでもブローチでも、お好きな物を」

 今まで浮いた噂ひとつ無かった侯爵家の嫡男、クラウス。
 難攻不落とまで言われたその砦を打ち破る者が現れたと不気味な笑みを浮かべる目の前の男に、クラウスは寒気を覚える。
 王女との婚約は箝口令が引かれたわけでは無い。わけでは無いが、相手の年齢を鑑みて、声を大にしていう事もないだろうというのが王家の考えだ。
 どうせ婚約披露の場が設けられれば知れること。それでも、憐みの目で見られることは少しでも遅い方が良い。と、クラウスは思っている。
『どんな縁談も受け入れる』などと思っていた自分を殴ってやりたいほどに、真面目過ぎた自分を自分自身で憐れんでいた。『もっと遊んでおけばよかった』と。

 宝石商の問いに、「あまり華美にならない物が良いのだが」と答えれば、「そうでございますか」と、デザイン帳を広げ何やら説明を始めるが、クラウスには何が何やらわからない。デザインの用語を言われてもわからない。右から左に通り過ぎていく言葉を流しながら、ふと目に止まった物を何気に指さしてしまった。

「髪飾りでございますか? なるほどなるほど。まだ年若いご令嬢が、一番最初に身に着けるアクセサリーの代表格が髪飾りでございまして。左様でございましたか」

『まさか、バレてる?』と、睨むように見つめれば思わず目が合ってしまった。一瞬ドキリとするクラウスに対して宝石商の男は、先ほどとは違う穏やかな笑みを浮かべほほ笑んでいた。高位貴族を相手にする店の者はさすがだと、感心するクラウスだった。
 素直に敗北を認めたクラウスは、言われるままに頷き、結局何をどのようにまとめたかなど全然覚えていない。
 とにかく、相手に対して恥じぬようなものだけをと念入りに頼み込み、宝石商の男は満面の笑みで帰って行った。
 後に残されたクラウスは見送りをする元気も残ってはおらず、ソファーに身体を沈め大きなため息を吐いた。


「いかがでしたか、坊ちゃま。まずは喉を潤されてください。お茶に蜂蜜をお入れしますか? それとも、気付けにブランデーでも?」

 宝石商の男を見送った家令のトーマスが、お茶が準備されたワゴンを押しながらクラウスの元に現れた。

「あー。蜂蜜とブランデー」
「おや、相当お疲れのご様子ですね。ま、気疲れと言ったところでございましょうか」
「ああ、疲れた。非常に疲れた」
「ですから、奥様にもご同席していただいた方がよろしいとお伝えしましたものを」
「やめろ。母さんが出て来たら、もっと長くなるし面倒になる。あの人は絶対に口を滑らすはずだ」
「すぐにバレることですのに」
「ふん。噂の的になるのは面倒だ。そんなのは後回しで良い」
「まあ、そうでございますね」

 セバスチャンは蜂蜜とブランデーの入った紅茶をクラウスの前に差し出した。
 ブランデーの香りが鼻をくすぐる。
 紅茶をひとくち口に含み、ふぅと小さく息を吐いて肩の力を抜くのがわかった。
 クラウスが産まれる前から公爵家に使えるセバスチャンにとって、一粒種である彼の婚姻は大問題だった。彼の年齢が重なるにつれ、その思いは強くなる。

「坊ちゃまが年齢を気にされるように、お相手の王女殿下もまた、自分の幼さを気にされておられるはずです」
「まだ子供だぞ。婚姻の意味もわかっているかどうか怪しいのに」
「幼くとも一国の王女様です、教育はなされておられるでしょう。さすれば王女として自分自身の婚姻の意味も十分理解されておられるでしょう」
「国の為だ、ちゃんとわかっていると思いたい。ただ、僕も少しだけ愚痴を吐きたいだけだ。すまなかったな」

 わざとらしく笑みを作るクラウスの顔が寂しげで、セバスチャンも同じように心を痛めていた。

「年齢が気になるのは若い時だけでございますよ。長い人生、振り返れば歳の差など大した問題ではございません。むしろ、何の手もつかぬ真白なうちに、坊ちゃまのお好きなように染め上げてしまえばよろしいのです。それも、また一興でございますな」

「ははは」と笑うセバスチャンに『正気か?』と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、『いや、それもアリか?』と思うと、不思議と気持ちが楽になってくるのがわかった。

「自分の手で淑女を育てるなど、金持ち貴族のお遊びでございましょう。普通なら愛妾でもなければ出来ぬこと。それを、坊ちゃまは堂々と奥方に出来るのです。こんな楽しいことは他にはございませんよ。ほほほ」

 それこそ、金持ち貴族のような気持ち悪い笑みを浮かべるセバスチャン。それを横目に、「それも面白いかもな」と嘘とも本音ともつかぬ言葉が口を継いで出るクラウスだった。

「それにしても、僕も婚約者を迎えるんだ。いい加減、坊ちゃんはやめてくれ」

 照れくさそうに話すクラウスに「善処いたします」と、微笑むセバスチャンだった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

よめかわ

ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。 初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。 (可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?) 亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。 それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。 儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない―― 平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。 ※縦読み推奨です。 ※過去に投稿した小説を加筆修正しました。 ※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。

割込み王女に祝福を(婚約解消いただきました。ありがとうございました)

久留美眞理
恋愛
 没落貴族の令嬢ベアトリックスは、父を亡くした後、母の再婚相手のブライトストーン子爵の養女となった。この義父の借金を返済するために、義父によって新興成金の息子エドワードとの縁談を画策されてしまう。家門を救い、母を守るため、彼女はこの結婚を受け入れる決意をし、エドワードと婚約が成立した。ところが、王宮の茶会で会った王家の第三王女が、エドワードにひと目惚れ、ベアトリックスは婚約を解消されてしまった。借金を肩代わりしてもらえたうえ、婚約破棄の慰謝料まで貰い、意に添わぬ結婚をしなくてよくなったベアトリックスはしてやったりと喜ぶのだが・・・次に現れた求婚者はイトコで軍人のレイモンド。二人は婚約したが、無事に結婚できるのか?それともまた一波乱あるのか?ベアトリックスの幸福までの道のりを描いた作品 今度の婚約は無事に結婚というゴールにたどり着けるのか、それとも障害が立ちはだかるのか?ベアトリックスがつかむ幸福とは?

王太子殿下にお譲りします

蒼あかり
恋愛
『王太子だって恋がしたい』~アルバート編~ 連載開始いたします。 王太子の側近であるマルクスは、自分の婚約者に想いを寄せている彼に婚約者を譲ると申し出る。 それで良いと思っていたはずなのに、自分の気持ちに気が付かない無自覚男が初めて恋心を知り悩むお話し。 ざまぁも婚約破棄もありません。割合、淡々とした話だと思います。 ※他サイトにも掲載しております。

王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。 ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。 クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は 否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは 困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。

誕生日前日に届いた王子へのプレゼント

アシコシツヨシ
恋愛
誕生日前日に、プレゼントを受け取った王太子フランが、幸せ葛藤する話。(王太子視点)

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
突然、婚約解消を告げられたリューディア・コンラット。 彼女はこのリンゼイ国三大魔法公爵家のご令嬢。 彼女の婚約者はリンゼイ国第一王子のモーゼフ・デル・リンゼイ。 彼は眼鏡をかけているリューディアは不細工、という理由で彼女との婚約解消を口にした。 リューディアはそれを受け入れることしかできない。 それに眼鏡をかけているのだって、幼い頃に言われた言葉が原因だ。 余計に素顔を晒すことに恐怖を覚えたリューディアは、絶対に人前で眼鏡を外さないようにと心に決める。 モーゼフとの婚約解消をしたリューディアは、兄たちに背中を押され、今、新しい世界へと飛び出す。 だけど、眼鏡はけして外さない――。

処理中です...