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しおりを挟む「まあ、偶然ですわね。マルコ様……、セドリック様」
シンシアは令嬢らしい、作り笑顔で答えてみせた。
「本当、奇遇ですね。僕たちは今年最初の夜会なんです。シンシア殿は?」
「ええ、私も今年初めてですわ。家同士のお付き合いで、今日は兄と一緒ですの」
「ああ、お兄様と。それならまだ良いですよ。僕らなんてパートナーを頼める伝手もなくて、男二人での参加です。寂しい限りです。一緒ですね」
マルコはホイスト伯爵家の子息だが、どうも空気を読むというか、人の感情を読み取る能力が欠落しているようなところがある。仕事はできるが、それだけでは令嬢からの人気は上がらない。
(一言多いのよ。だからモテないって、誰か教えてあげなさいよ。隣で突っ立ってるあなた!!)
ニコニコと人懐っこい顔で言われれば、シンシアとて厳しい言葉は言い返しにくい。しかも夜会で人の目もある。ここが王宮なら一言物申すのだが……。
「シンシア殿。良かったら独り身同士、一緒に踊っていただけませんか?」
「え? 私?」
まさかマルコにダンスを誘われるなんて思ってもみなかったシンシアは、かなり動揺してしまった。
壁の花になってから数年。家族以外でダンスを踊ったことなど無い。と、思う。
そんな自分がまともに踊れるとは思えなかった。
それに『独り身同士』の言葉にイラッと来てしまった。事実なだけに、心の傷は中々に深い。
「ごめんなさい。私、ダンスは苦手で。あなたの足を踏んでしまっては申し訳ないからご遠慮するわ」
しおらしい態度で断ってみせれば、マルコの隣に立つセドリックが「フンッ」と鼻で笑ったように見えた。いや、絶対に笑った。
売られた喧嘩は買う主義のシンシアだ。
「何がおかしいのかしら?」
「いや、可笑しくはない。ただ、何でも完璧な侍女殿にも苦手なことがあるんだなと、そう思っただけだ」
「何がおっしゃりたいの? ハッキリ言えばよろしいのに」
「いや、別に。仕事の時とは違う一面もあるのだなと、そう思ったまでのこと。他意は無い」
「他意ならあるでしょうよ。今、鼻で笑ったじゃない。まったく……。
もういいわ。せっかくの夜会で騒ぎを起こしては失礼にあたるから、私はここで失礼します。どうぞごゆっくり」
シンシアは怒りを抑えながら、なんとか自分を抑え込んだ。ここで騒いでは主催者に迷惑をかけてしまう。ならば自分がその場を離れ、顔を合せなければいいのだ。
半ば怒りながらではあるが、その場を後にしようと体を背けた瞬間。なぜか彼女は腕を掴まれた。「は?」と思い振り向くと、そこには真剣な眼差しで自分を見つめるセドリックがいた。
少し思いつめたような表情をした彼の瞳に、シンシアは言葉をかけられなかった。
掴まれた素肌の腕に、彼の手の熱さが伝わってくる。
こんな風に人の体温を感じたことのないシンシアは、ドキリと胸を躍らせた。
夜会の片隅。それでも行きかう人々に視線は、面白いものを捜す獲物のように動いている。そんな中で見つめ合う男女……。
「ちょっと、あれ。ご覧になって」
「まあ、あの方って王太子殿下の側近の……」
淑女たちのささやきが、シンシアの耳に入る。正気に戻った彼女は、「痛い」と少し眉をひそめてみた。これで手を放してくれるだろう。そう思っていたら、「踊ろう」と、セドリックはなぜかシンシアの腕を掴んだままホールの真ん中まで進み出てしまった。
「ちょ、ちょっと」
小走りでついていくシンシアに歩調を合わせるでもなく、自分勝手に進むセドリック。そんな彼に沸々と沸き上がるものをおさえつつ、ここまできたら逃げることも出来ないと諦めることにした。
(おもいっきり、足踏んでやるんだから!)
ダンスが苦手など全くの嘘だった。シンシアは運動神経も悪くない。彼女にとってダンスなど朝飯前だ。ただ、すこしばかり体が小さいので、相手によっては踊りにくいだけ。彼女を気遣うように動いてくれる相手出ないと、背を伸ばしつま先立ちで踊り続ける負担が大きいので、初めての相手には尻込みしてしまうだけのこと。
どうせ自分勝手に踊るのだろう。そう思い、背の高いセドリックに合わせ思い切り背を伸ばし、つま先立ちでステップを踏み出した。
足を踏み出し、ステップを踏む。
(踊りにくっ……、くないわね。あれ?)
今までの横柄な態度から、どうせダンスもわがままに振り回されると思っていたら、以外に踊りやすかった。身長差のある二人。絶対に踊りにくいはずなのに。
そう思い考えてみたら、どうやら彼がシンシアを抱え込むように支えていてくれているのが分かった。
シンシアの腰を掴む腕が彼女を支え、ターンをする時には軽く持ち上げるように浮かしてくれている。
彼女にとっては動きやすく楽ではある。しかし、セドリックにとってみれば、小柄とはいえ女性一人を抱えるには大変だと思う。騎士のように普段から鍛錬を積んでいるわけではなさそうだし。
そんなことを思いながら見上げれば、彼の視線はシンシアの頭上を通り抜けていて目が合う事はなかった。
それにしてもすまし顔で踊っているところを見るに、意外と鍛えているのかもしれないなぁ。などと考えていたら、あっという間に一曲終わってしまった。
元々、ダンスは好きなシンシアにとっては、もう少し踊ってもいいなぁ。などと思っていただけに、少し残念な思いが残ったのだった。
セドリックに手を取られ再び壁際に戻る際、「なんだ。踊れるじゃないか」と、頭上で声がした。踊れないとは言ってないと思いつつ、楽しい時間を過ごせたことに少しだけ気を良くしたシンシアは、彼の突っ込みに聞こえないふりをした。
口を開けばまた喧嘩腰になりかねない。ならば無視が一番だと、そう考えたのだった。
「なんか、息ピッタリって感じだったよ」
二人を迎えたマルコが並び歩くふたりを見て、口を開く。
その言葉に互いを見合えば、バチリと目が合ってしまった。どんな顔をしていいかわからなかったシンシアは、咄嗟に目を反らす。
どんな反応をするかと思ったが、以外にもセドリックは無言のままワインを口にしていた。
「もう。どうして自分だけ飲むのさ。そういう時はダンスパートナーにも手渡すものだろう? だからダメなんだよ」
そう言いながら給仕からグラスを二つ取ると、一つをシンシアに差し出した。
「疲れたでしょう? どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたグラスを手に取り、シンシアは軽く笑みを浮かべた。
そんな彼女の表情をじっと見つめるセドリックの視線に、気が付くことはなかった。このグラスが空になったら、この場を去ろう。同僚としての義務は十分果たしたはずだ。そう思っていたら、後ろから名を呼ばれた。
「シンシア。いやぁ、素敵だったよ」
振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべたシンシアの兄ケヴィンが立っていた。
「お兄様!?」
シンシアにとって兄ケヴィンは優しくて家族思いの良い兄だ。だが同じ血を引くだけあって、かなり物言いが辛辣だったりする。何か言い出すのではないかと、心配になるシンシアをよそに、男性三人は挨拶を始めてしまった。
こうなったら逃げる訳にはいかない。仕方ない、この挨拶が済んだら兄と一緒に去ろう。そう思い、頭上の会話を黙って聞いていた……。のが、いけなかったらしい。
「いやあ、久しぶりに家族以外の方と踊る妹を見ましたが、実に楽しそうだった。
二人は王太子殿下の口添えで見合いをしたのですよね? その後、何の進展も聞こえてこないのでどうなっているのかと気を揉んでいましたが、これはこれは。
息もピッタリで、これなら嬉しい話もすぐに聞けるんじゃないかと、そんなことを考えながら見ていました。な? シンシア」
兄ケヴィンの言葉を聞いたのはシンシアだけではなかった。
二人のダンスの様子を見ていた、紳士淑女の皆さま方も興味津々で二人の同行を見守っていたのだ。特に暇を持て余す淑女のお姉さま方には、美味しい話を与えてしまったようだと、シンシアは遠い所を見つめた。
(なんで、今言うかな?)
「お兄様。そのお話はすでに終わったことだと話したつもりでしたが?
今さら、お相手様にもご迷惑ですわ」
「ええ? そうだったかな。どうやら私の早とちりだったようです。
大変失礼いたしました、スコット小侯爵殿」
「……、いえ。気にしていません」
深々と頭を下げるケヴィンに、セドリックは相変わらず不愛想に答えて見せた。
いくら爵位が上でも、素直に非を認め許しを請う者に対してあまりにも雑な対応。せっかくダンスの件で機嫌をよくしていたのに、これでまた最悪な気分になってしまった。
そんな妹から漏れ出る感情を察知したのだろう、ケヴィン達はその場を離れる許可を取り、早々に夜会を後にするのだった。
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