王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり

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 シンシアとセドリック、二人で出席する初めての夜会。

 セドリック名義で送られたドレスは間違いなく義母の選定だろうことは、シンシアや家族間ではわかり切っていた。そのドレスを身に纏い、婚約者となったセドリックに手を取られ夜会会場へと足を踏み入れるシンシア。
 可憐で可愛らしいシンシアは、黙ってほほ笑めば未だ初々しさを漂わせ、貴婦人達から賞賛の声が上がる。
「なんてお可愛らしいのかしら」
「デビュタントと言ってもおかしくはないわ」
「なんでも、セドリック様はメロメロだとか」
「以前、夜会で踊られたシンシア様は、妖精のように美しかったわ」
「今宵も踊っていただけるのかしら? ねえ?」

 などと、ささやき声が聞こえる。
 セドリックも聞こえているはずだが、無言を貫き真正面を見据えたままシンシアの手を取っている。そんな彼をチラリと見ながら、シンシアは笑みを絶やさぬように取り繕っていた。いつもなら壁の花になるところなのに、いい加減作り笑顔に疲れを感じ始めた頃。

「お前たちも踊ってきたらどうだ?」

 セドリックの父に言われ、「そうよ、妖精のように美しいシンシアさんを私も見たいわ」と、夫人からも言われてしまった。
 シンシアも以前セドリックと踊った時を思い出し、彼とならもう一度踊ってもいいかな。などと思っていたのだが……。

「あいさつ回りなどで彼女も疲れているでしょうから、今日は遠慮しておきます」

 シンシアの意見など聞かずに勝手に返事をするセドリックに対し、「踊りたかったのに!」などと言えるほど腹を割って話せるまでにはなっていないシンシアは、彼の隣で無言で笑みを浮かべるのだった。

 あいさつ回りなどが粗方終わると、二人はそれぞれの友人達などと共に過ごし始めた。知人などから婚約の経緯などを聞かれたが、シンシアは一貫して王太子殿下からの命であると答えた。
 さぞや面白い話が聞けるかと期待していたであろう皆は、拍子抜けのようにがっかりと項垂れるのだった。

 少し疲れたシンシアは息抜きも兼ねて化粧室へと向かった。壁の花になるわけにもいかなくった彼女は、ゆっくりと廊下の装飾品などを眺めながら会場へと向かう。
 その廊下の片隅。柱の陰に紳士淑女二人の姿が見えた。
 夜会などではよくあることだ。そう思い、足早にその場を去ろうと思っていたら、何やら「セドリック」と呼ぶ女性の声がする。
 セドリックなど珍しくも無い名だが、それでも気になってしまい淑女にあるまじき行為ではあるが、思わず聞き耳を立てる。
 どうやら声の感じからして、自分の知っている人物で間違いなさそうだ。

「これはフレイン子爵夫人。ごきげんよう」
「そんな、他人行儀な言い方をなさらなくても……」

「事実、他人ですから」
「……、ご婚約なされたそうね、おめでとうございます」

「ありがとうと答えれば納得してくれますか」
「まあ、かつては恋人同士だった仲ではありませんか?」

(は? 恋人? 聞いてないんだけど)

 シンシアは思わず立ち止まり壁の陰に隠れた。とっさの行動だった。
 悪いことをしている自覚があるのか、妙に鼓動がせわしない。

「恋人って……。婚約者と言った方がまだ聞こえがいい」
「そうですわ。婚約者同士で、相思相愛の恋人」

「家同士の繋がりで結ばれた婚約です」
「いいえ。あの頃のあなたは時間を惜しんで会って下さり、贈り物を下さったわ。私のことを思い、いつも動いてくださっていました」

「婚約者として当然の行動です」
「私は嬉しかったの。あなたを心からお慕いしておりましたもの」

「なら、なぜっ!! いや、過ぎた話です。今はもう互いに無関係の間柄だ。
 このような声掛けはご遠慮願いたい」
「そんな!!」

 女性をおいてその場を去ろうとするセドリックの腕を掴むと、女性はぶら下がるように身をゆだねた。

「寂しかったのです。あなたは私をおいて大国に行ってしまい、私一人残されて。
 書いた文の返事も届かず、あなたの気持ちを信じ切れずにいた私が悪いのです」
「悪いとお思いなら、この手を放してください。そして、二度とこのようなことはしないで……」
「今はもう、あなたの気持ちを疑うような愚かなことはいたしませんわ。
 もう、あなたのそばを離れないと誓います」

 掴んでいた腕を離すと、今度はセドリックの胸に飛び込むように身を任せた。
 これには彼も驚いたようで、あわてて彼女の肩を掴み引きはがそうとした。
 しかし、捨て身で迫る女性の力は以外にも強く、さりとて力にものを言わせては怪我をさせてしまう可能性もある。それだけは避けなければと思い、優しく手をかけた。それがいけなかったのだろう、彼女はセドリックの胸の中で泣きだしてしまった。朴念仁と呼ばれ女性への免疫が皆無の男にとって、もはやお手上げ状態とばかりに、セドリックは本当に両手を高く上げた。
 これならば誰がどう見ても自分に非はないはずだと、彼の思考回路ではこれが一番良い状態に思えたのだろう。

 そんな様子を壁の陰から盗み見をしていたシンシアは、聞こえないように大きく息を吐いた。

(まったく、使いものにならないわ)

 シンシアはもう一度大きく息を吐き肩の力を抜くと、わざと大袈裟なほどに靴音を響かせ歩き始めた。
 そして、わざとらしいくらいにくるりと振り返り、大袈裟だろうと言われるほどに大きな声でセドリックの名を呼んだ。

「まあ、セドリック様。こんなところにいらしたのね、捜してしまいましたわ」

 わざとらしい笑みを浮かべツカツカとセドリックの元へと向かう。
 彼は相変わらず両手を掲げたまま、「あ、ああ、すまない。捜させてしまったね」と、しどろもどろで返事をしてみせた。
 そんな様子を見た女性は、セドリックの胸元から顔を上げ彼の顔を見上げた。
「セドリック様?」
 驚いたように彼の胸から少し離れた瞬間を逃すまじとばかりに、セドリックは瞬間的に身体をひねり、シンシアの元へと駆け寄った。
「あ……」
 片手を伸ばす女性には目もくれず、セドリックはシンシアの肩に手を置くと、そのまま夜会の会場へと向かい始めた。
 このまま置き去りはないのでは?と思い、セドリックに肩を掴まれたまま歩きながらも彼の顔を見上げた。
 すると、「後で説明する」とだけ答え、後は真剣な表情のまま前を向いて歩くのだった。何となくこの場は早く逃げた方が良さそうだと、そんな勘が働いたシンシアも黙って彼に肩を押されながら歩き続けた。

 夜会の騒がしい雰囲気では小声で話をするのは難しい。
 しかし、今すぐにでも白状させたいシンシアは、そのまま庭園へと向かいセドリックから聞き出すのだった。

「で? 先ほどのあれは何だったのですか?」
「あ、いや。あれはあなたが思っているような、そういうのではなくて……」

「ですから、そういうのとかは要りません。状況説明をお願いします」
「ああ……はい。彼女はイザベラ嬢で、グレイ侯爵家の令嬢で」

「グレイ侯爵? 確か、どこかの家に後妻に入られた方がいらしたかと?」
「そう、それが彼女だ」

「まあ。なぜ後妻になど? あんなにお綺麗なのに」
「それは、まあ。色々と理由があって……」

「理由? とは」
「はぁ。話せば長くなるのだが」

「では、要点を掻い摘んでお話しください。と・り・あ・え・ず!」
「は、はい」


 シンシアの勢いに押され気味になるセドリックなのだった。


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