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第2章 ヘブンスの回想
2-1 前世の記憶
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「稀にいるんです。強い魂を持つ者が、記憶をそのままに生まれ変わることが」
私——ヘブンス・サクスヘルがそう疑いもなく口にしたのは、自分自身がそうだったからだ。
前世でも魔導士で、有望な若手として周囲から評価され、女性からもチヤホヤされ、自分でも自惚れていた。
だから、現れた厄災に周囲が恐れ慄く中、優秀な自分が負けるとは微塵も思ってもみなかった。
でも、私もその他大勢のように亡くなった。
それを現世で思い出したのは、私が七歳のときだ。魔導の講義が始まり、書物に見覚えがあると思った直後、前世の人生が走馬灯のように駆け巡り、あっという間に数十年の知識と経験を得た。
いつだったか、誰かの随筆で書かれていた。
偉大な魔導士が前世の記憶を持ったまま生まれたと。それと同じ体験をまさか自分がするとは思わなかった。
でも、そのおかげで、陰謀と権力欲が渦巻く王宮で、王の庶子なのに正統な王の後継者よりも優れた魔導の力を持って生まれた危険性を認識することができた。
王妃の息子の異母兄アーノルドは私よりも一つ上なだけ。
しかも、その王子の全体的な能力は特に目立ったところがなく、王族にもかかわらず平凡だった。
特に魔導は王族の割にいまいちだった。
一方で私は上級の魔導も難なくこなせた。前世の知識もあり頭もよく回った。
基本的に庶子に継承権はない。あくまで正妻の子が後継ぎだ。
だが、あまりにも正妻の子が不出来で、庶子が優秀な場合、庶子を正妻の養子にして嗣子とする場合もなくはなかった。
つまり、私はアーノルドにとって非常に目障りな存在だった。
愛妾の一人だった母は既に病死していたが、本当に病いだったのか怪しい。
元々王妃側に疎まれてはいた。
ところが、私の魔導の力が広まってからは、さらに酷くなり、何度か食事に毒は盛られていた。
手遅れになってからではまずい。
このまま王宮にいるのは危険だと判断して、どこか外に出る計画を立て実行した。
それが、ウィスターナ・オボゲデスの弟子になることだった。
私の死後に誕生した、あの厄災を滅して無傷で生還した偉大なる大魔導士。
直接対面したことはなかったが、王宮を訪れた彼女の姿を遠目で確認したとき、顔が割と整っている普通の若い女性のように見えた。
だからなのか、無意識のうちに彼女を過小評価していた。
実力は私よりは少し上くらいだろうと。
あくまで目的は、王宮から出て身の安全を図ること。
大事なのは彼女の大魔導士という肩書きだった。
だから、僅差の実力であっても、彼女の弟子になっても構わないと考えていた。
コネと実力と、少しばかりの権力を使って、弟子の地位を無理やり獲得した。
彼女は弟子を今までとったことはなかったから、強引だったとはいえ、彼女の初めての弟子になれたことに少し誇らしげな気持ちもあった。
でも、私の行動が大間違いだと気づいたのは、彼女の屋敷に弟子として初めて赴いたときだ。
案内された応接室で、彼女の私を見る目つきは、友好とは真逆の、まるで汚物を見るようなものだった。
「へぇ、私の弟子とはお前のこと?」
よく通る艶のある声と共に飛んできたのは、凄まじいほどの威圧。
全身の皮膚が一瞬で粟立った。
思わず跪いて命乞いをしたくなるほどの恐怖感。
身体から血の気が引き、生きた心地がまるでしなかった。
さらに信じられないほどの高密度のマナが一瞬で集まり、彼女の支配下に置かれている。
普通なら耐えられず意識を失ってしまうほどの。
厄災には敵わなかったが、私は魔導士の中では上位にいると思っていた。
そんな私を赤子の手を捻るように涼しい顔で圧倒する。
完全に負けた。彼女には小指一本敵わない。
私の自惚れが完全に叩きのめされた瞬間だった。
多量の汗が全身から流れる。
手足は震え、気を抜けば、床にあっけなく倒れるくらいの眩暈に襲われていた。
それでも立っていたのは、私に残っていた僅かな意地と矜持だった。
ここで逃げたら、彼女の弟子にはなれない。
歓迎されていないのは、瞬時に理解した。
恐らく、私の強引な弟子入りに凄まじいくらい腹を立てている。
でも、私は中身はともあれ見た目はまだ八歳の子供だ。
そんな相手に大人気ないくらいな態度を向けてきた目的は、恐らく試練だ。
ここで無様な姿を見せたら、それを理由に弟子入りを拒む気なのだろう。
「チッ、私の威圧を食らって立っていられるなんてね」
彼女が舌打ちしながら、忌々しそうに見つめてくる。
「でも、少しは骨があったみたいね」
そう意外そうに呟いた彼女の視線に少し自分への興味が含まれた気がした。
弟子入りを許されたのかと安堵した瞬間、彼女が腹黒くニヤリとほくそ笑んだ。
「私の弟子として志願したくらいだから、さぞかし腕に自信があるんでしょう? ちょうどムスカドラゴンの逆鱗が必要だったから、とってきてもらえない? 弟子としての初仕事よ」
彼女の作り笑いが、死の宣告のように思えた。
ムスカドラゴンは、ドラゴン種の中でも焔に覆われた火炎系に特化した魔物だ。
巨体から繰り出される物理攻撃も厄介な上に炎まで吐いてくる。
生息域の活火山も有毒ガスが漂い、自殺願望者でなければ近づかない。
師匠はそこへ挑発するように容赦なく行けと命じてくる。
思わず舌打ちしそうになった。
「分かりました」
拒否すれば、弟子入りが断られる。
そう思って私が即座に引き受けると、案の定彼女は怪訝な顔をする。
これも予想外だったのだろう。
どうなることか分からないが、彼女の思惑どおりにさせたくなかった。
弟子として絶対認めさせてやる。
このとき私を動かしていたのは、子ども相手に情け容赦ない彼女への怒りと、不屈の反抗心だった。
私——ヘブンス・サクスヘルがそう疑いもなく口にしたのは、自分自身がそうだったからだ。
前世でも魔導士で、有望な若手として周囲から評価され、女性からもチヤホヤされ、自分でも自惚れていた。
だから、現れた厄災に周囲が恐れ慄く中、優秀な自分が負けるとは微塵も思ってもみなかった。
でも、私もその他大勢のように亡くなった。
それを現世で思い出したのは、私が七歳のときだ。魔導の講義が始まり、書物に見覚えがあると思った直後、前世の人生が走馬灯のように駆け巡り、あっという間に数十年の知識と経験を得た。
いつだったか、誰かの随筆で書かれていた。
偉大な魔導士が前世の記憶を持ったまま生まれたと。それと同じ体験をまさか自分がするとは思わなかった。
でも、そのおかげで、陰謀と権力欲が渦巻く王宮で、王の庶子なのに正統な王の後継者よりも優れた魔導の力を持って生まれた危険性を認識することができた。
王妃の息子の異母兄アーノルドは私よりも一つ上なだけ。
しかも、その王子の全体的な能力は特に目立ったところがなく、王族にもかかわらず平凡だった。
特に魔導は王族の割にいまいちだった。
一方で私は上級の魔導も難なくこなせた。前世の知識もあり頭もよく回った。
基本的に庶子に継承権はない。あくまで正妻の子が後継ぎだ。
だが、あまりにも正妻の子が不出来で、庶子が優秀な場合、庶子を正妻の養子にして嗣子とする場合もなくはなかった。
つまり、私はアーノルドにとって非常に目障りな存在だった。
愛妾の一人だった母は既に病死していたが、本当に病いだったのか怪しい。
元々王妃側に疎まれてはいた。
ところが、私の魔導の力が広まってからは、さらに酷くなり、何度か食事に毒は盛られていた。
手遅れになってからではまずい。
このまま王宮にいるのは危険だと判断して、どこか外に出る計画を立て実行した。
それが、ウィスターナ・オボゲデスの弟子になることだった。
私の死後に誕生した、あの厄災を滅して無傷で生還した偉大なる大魔導士。
直接対面したことはなかったが、王宮を訪れた彼女の姿を遠目で確認したとき、顔が割と整っている普通の若い女性のように見えた。
だからなのか、無意識のうちに彼女を過小評価していた。
実力は私よりは少し上くらいだろうと。
あくまで目的は、王宮から出て身の安全を図ること。
大事なのは彼女の大魔導士という肩書きだった。
だから、僅差の実力であっても、彼女の弟子になっても構わないと考えていた。
コネと実力と、少しばかりの権力を使って、弟子の地位を無理やり獲得した。
彼女は弟子を今までとったことはなかったから、強引だったとはいえ、彼女の初めての弟子になれたことに少し誇らしげな気持ちもあった。
でも、私の行動が大間違いだと気づいたのは、彼女の屋敷に弟子として初めて赴いたときだ。
案内された応接室で、彼女の私を見る目つきは、友好とは真逆の、まるで汚物を見るようなものだった。
「へぇ、私の弟子とはお前のこと?」
よく通る艶のある声と共に飛んできたのは、凄まじいほどの威圧。
全身の皮膚が一瞬で粟立った。
思わず跪いて命乞いをしたくなるほどの恐怖感。
身体から血の気が引き、生きた心地がまるでしなかった。
さらに信じられないほどの高密度のマナが一瞬で集まり、彼女の支配下に置かれている。
普通なら耐えられず意識を失ってしまうほどの。
厄災には敵わなかったが、私は魔導士の中では上位にいると思っていた。
そんな私を赤子の手を捻るように涼しい顔で圧倒する。
完全に負けた。彼女には小指一本敵わない。
私の自惚れが完全に叩きのめされた瞬間だった。
多量の汗が全身から流れる。
手足は震え、気を抜けば、床にあっけなく倒れるくらいの眩暈に襲われていた。
それでも立っていたのは、私に残っていた僅かな意地と矜持だった。
ここで逃げたら、彼女の弟子にはなれない。
歓迎されていないのは、瞬時に理解した。
恐らく、私の強引な弟子入りに凄まじいくらい腹を立てている。
でも、私は中身はともあれ見た目はまだ八歳の子供だ。
そんな相手に大人気ないくらいな態度を向けてきた目的は、恐らく試練だ。
ここで無様な姿を見せたら、それを理由に弟子入りを拒む気なのだろう。
「チッ、私の威圧を食らって立っていられるなんてね」
彼女が舌打ちしながら、忌々しそうに見つめてくる。
「でも、少しは骨があったみたいね」
そう意外そうに呟いた彼女の視線に少し自分への興味が含まれた気がした。
弟子入りを許されたのかと安堵した瞬間、彼女が腹黒くニヤリとほくそ笑んだ。
「私の弟子として志願したくらいだから、さぞかし腕に自信があるんでしょう? ちょうどムスカドラゴンの逆鱗が必要だったから、とってきてもらえない? 弟子としての初仕事よ」
彼女の作り笑いが、死の宣告のように思えた。
ムスカドラゴンは、ドラゴン種の中でも焔に覆われた火炎系に特化した魔物だ。
巨体から繰り出される物理攻撃も厄介な上に炎まで吐いてくる。
生息域の活火山も有毒ガスが漂い、自殺願望者でなければ近づかない。
師匠はそこへ挑発するように容赦なく行けと命じてくる。
思わず舌打ちしそうになった。
「分かりました」
拒否すれば、弟子入りが断られる。
そう思って私が即座に引き受けると、案の定彼女は怪訝な顔をする。
これも予想外だったのだろう。
どうなることか分からないが、彼女の思惑どおりにさせたくなかった。
弟子として絶対認めさせてやる。
このとき私を動かしていたのは、子ども相手に情け容赦ない彼女への怒りと、不屈の反抗心だった。
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