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第5章 兄弟子
5ー5 国の現状
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ミーナと別れてから寄り道せずに学校へ向かう。
あそこまでパニックになった彼女の姿を初めて見た。
彼女の異常な怖がり方は明らかに変だった。
私が魔導で止めなければ、あのまま通りに飛び出して危険な状況だった。
でも、よくよく考えれば、あの男はミーナが前世で死ぬ原因になった人物だ。
本能的に恐怖を感じても仕方がないのかもしれない。
それにしても腹立たしい。
リスダム王子が突然来たせいで、彼女は私まで疑っていた。
彼女はすぐに感情を露わにするから、すぐに分かった。
でも、無事に誤解が解消されて良かった。
「ドキドキするのは誰でもってわけじゃないのね」
それにしても、彼女があんな期待させるようなことを言うから、想いが通い合ったのかと誤解しそうになったのは危なかった。
念のために確認したら、彼女は私の手記を見ていないと言っていた。
あの様子から、私の想い人について全く関心がないことが窺える。
やはり彼女には、男女の色恋を期待してはいけないようだ。
もう割り切ってしまえば迷いはない。
これからも彼女を誰にも奪われないように尽力しよう。
§
再び職場の校長室に戻ると、リスダム王子が出迎えてくれた。
彼の背後には王宮の影が気配を殺して控えているが、その隠密性はカーズほどではないので、すぐに気づく。
「サクスヘル卿、先ほどの生徒が弟子で間違いないか? 彼女は一体どうしたんだ? 私を見て怯えて逃げたように感じたが」
そう尋ねる彼の表情は、分かりやすく戸惑っていた。
突然約束もなしに訪ねて、勝手に各教室で弟子を探し回ったことを悪いとは思っていないらしい。
この王子は、私に比べて物事を楽観視する傾向がある気がする。
「殿下の顔が苦手な方と似ていたので、怖くなって逃げたそうです。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。彼女にはあのように難しいところがあるため、私が責任を持って面倒をみておりますが、陛下の御前に参上するのは難しいでしょう」
「私の顔か。……まさか父上絡みだろうか」
「そのご質問には、回答できかねます」
影が聞いている。正直に言えば不敬になってしまう。
王子はため息をつく。
「母上がたまに父上の愛妾の多さに愚痴をこぼしていたが、まさかここまで問題になっているとは思わなかった」
王子の顔色が、思いのほか悪かった。
「殿下、魔導士の宣誓は、本来国のために奉仕する決意の表れであったはずなのです」
だが、今は理不尽な命令に従わせるための手段と化している。
貴重な大魔導士を失っても、陛下には理解してもらえなかった。
「あんな風に魔導士の女性を怯えさせてまで、愛妾を求めるべきではないな。女性の上級魔導士が減った理由は、それだったのか?」
王子は国軍の魔導部隊を任されている。当然、魔導士の数も把握していたようだ。
現状では国内の女性の魔導士の数は三十年間それほど変わりないが、女性の上級資格者は激減していた。いない学年もある。いたとしても、在籍者はほとんど貴族ばかりだ。
「陛下は初め貴族の娘たちを愛妾にされましたが、子が生まれず数年で縁を切られたので、以降貴族たちから反発され、陛下は庶民の娘から愛妾を選ぶようになりました。ですが、庶民は貴族のような王家に対する忠誠心と社会的な振る舞いは教育されていないので持ち合わせておりません」
事実を淡々と口にする。
貴族は、個人の幸せよりも、家や国のために尽くせと幼い頃より教育されている。
一方、庶民は家名を持たないので、財力や権力がない代わりに、自由な生き方ができる。
「だが、父上は嫌がる女性を無理やり迎えてはいないだろう?」
「陛下は辞退を申し出ても聞き入れてくださいませんでした。殿下がよくご存知のヘイゼル様ですが、当時あの方には将来を誓い合った恋人がいらしたんですよ」
「ああ……」
陛下に長く寵愛されている愛妾の名を告げると、王子の顔がみるみる歪んでいく。
庶民の魔導士は、ただ単に宣誓があるせいで従わざるをえない。
「誰も父上を止めなかったのだろうか」
「先日、もう立派な王子が二人もいらっしゃるので愛妾は必要ないのではと陛下に申しましたら、うるさいと叱られてしまいました」
「そうか」
そう返事した王子の表情に血の気がなかった。ようやく現実が見え出したようだ。
「亡くなった大魔導士も元は庶民の出なので、魔導以外で陛下に仕えることを受け入れておりませんでした」
陛下がまだ王太子のとき、大魔導士が亡くなったあと、現在の王妃と婚約し婚姻した。
その数年間は落ち着いていた。
ところが、陛下が即位して第一王子が生まれたあと、魔導士から愛妾を求めるようになったのだ。
その突然の愚行をただの貴族の魔導士だった私には何の力もなく、止められなかった。
陛下は最初、貴族出身の魔導士で段位所持の未婚者から声をかけていた。
熟練者なだけあって、年は五十歳以上の者だったが、皆まだ見た目は若々しかったので、子供はできると思っていたらしい。
ところが、三年も経っても誰も妊娠しなかった。
陛下はこともあろうに全ての愛妾を捨てた。
そして、新たに若い女性を狙うようになった。
次に陛下に目をつけられたのは、上級になったばかりの若い魔導士だ。
ところが、高位の貴族は子ができなければ捨てるような愛妾の地位に娘を送ることを嫌がった。
返されれば娘の価値が大いに下がるからだ。
貴族の女性は婚前に貞操が求められている。
若い娘ほど致命的だ。
代わりに高額な対価を要求したため、面倒くさがった陛下は立場の弱い庶民の娘に目をつけるようになった。
当時ヘイゼルには同じ庶民の恋人がいた。
それにもかかわらず陛下に求められ、辞退を申し入れたが、陛下は許さなかった。
黒目に黒髪。その女性は大魔導士によく似ていたからだった。
彼女は悲劇の被害者となった。
魔導士の宣誓を辞めるべきだと当時議会で訴えたが、あっけなく一蹴された。
恐ろしい力を持つ魔導士を野放しにはできないと。
宣誓は必須であるという、固定観念が、とてつもなく邪魔だった。
宣誓がある限り、命令に逆らって辞めることも許されない。
陛下の被害に遭っているのは庶民の魔導士ばかりだったので、有力者である貴族は誰も気にかけていなかった。
狙われて嫌がった女性を陰ながら私が逃していたのも、事が大きくならなかった原因でもあった。
その結果、このリーカイド国では、女性の上級魔導士が激減していった。
ただでさえ、上級者は少ない。
高等部の一学年に五人いたらいい方だったが、今はその半数以下になっている。
上級者の中でも段位を取れるほどの資質があるのは、ほんの一握り。
女性が上級にならなくなってから、さらに減る一方だ。
魔導は生活に必要不可欠だ。
裕福な家ほど魔導の力を使って暮らしている。
師匠である大魔導士と共同開発した魔導の展開固定式。
本来魔導を発動するためには、その都度人が展開式を魔力で作り込みマナを取り込む必要がある。
それを予め特殊な板に刻んだお陰で、魔導士がそこに魔力を流し込んで一回発動すれば、周囲にマナがある限りは、自動で動き続けることが可能になった。
そのおかげで、魔導士が常時魔導を展開しなくてもよくなり、様々な魔導機器が生まれた。
部屋の灯りも簡単に点き、夜でも昼のように明るくなった。
裕福な家では蛇口をひねれば水も出るし、お湯も出る。
かまどの火もスイッチ一つで簡単に起こせるようになった。
調理用のオーブンもかなり便利になったと聞く。
私が使っている魔導車だけではなく、公共用の魔導列車までも開発されている。
大気中のマナ残量の問題はあり、使い過ぎないように注意は必要だ。
だから、いかに効率化できるかにかかっている。
魔導の発展は、国力に直結している。
上位の魔導士が減るのは、愚策としか言えなかった。
思わずため息をついた。
「私は何も知らなかった。何も問題はないと、思っていた。私はどうすべきなのだろう」
王子が困り果てた弱々しい視線を私に向けてきた。
あそこまでパニックになった彼女の姿を初めて見た。
彼女の異常な怖がり方は明らかに変だった。
私が魔導で止めなければ、あのまま通りに飛び出して危険な状況だった。
でも、よくよく考えれば、あの男はミーナが前世で死ぬ原因になった人物だ。
本能的に恐怖を感じても仕方がないのかもしれない。
それにしても腹立たしい。
リスダム王子が突然来たせいで、彼女は私まで疑っていた。
彼女はすぐに感情を露わにするから、すぐに分かった。
でも、無事に誤解が解消されて良かった。
「ドキドキするのは誰でもってわけじゃないのね」
それにしても、彼女があんな期待させるようなことを言うから、想いが通い合ったのかと誤解しそうになったのは危なかった。
念のために確認したら、彼女は私の手記を見ていないと言っていた。
あの様子から、私の想い人について全く関心がないことが窺える。
やはり彼女には、男女の色恋を期待してはいけないようだ。
もう割り切ってしまえば迷いはない。
これからも彼女を誰にも奪われないように尽力しよう。
§
再び職場の校長室に戻ると、リスダム王子が出迎えてくれた。
彼の背後には王宮の影が気配を殺して控えているが、その隠密性はカーズほどではないので、すぐに気づく。
「サクスヘル卿、先ほどの生徒が弟子で間違いないか? 彼女は一体どうしたんだ? 私を見て怯えて逃げたように感じたが」
そう尋ねる彼の表情は、分かりやすく戸惑っていた。
突然約束もなしに訪ねて、勝手に各教室で弟子を探し回ったことを悪いとは思っていないらしい。
この王子は、私に比べて物事を楽観視する傾向がある気がする。
「殿下の顔が苦手な方と似ていたので、怖くなって逃げたそうです。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。彼女にはあのように難しいところがあるため、私が責任を持って面倒をみておりますが、陛下の御前に参上するのは難しいでしょう」
「私の顔か。……まさか父上絡みだろうか」
「そのご質問には、回答できかねます」
影が聞いている。正直に言えば不敬になってしまう。
王子はため息をつく。
「母上がたまに父上の愛妾の多さに愚痴をこぼしていたが、まさかここまで問題になっているとは思わなかった」
王子の顔色が、思いのほか悪かった。
「殿下、魔導士の宣誓は、本来国のために奉仕する決意の表れであったはずなのです」
だが、今は理不尽な命令に従わせるための手段と化している。
貴重な大魔導士を失っても、陛下には理解してもらえなかった。
「あんな風に魔導士の女性を怯えさせてまで、愛妾を求めるべきではないな。女性の上級魔導士が減った理由は、それだったのか?」
王子は国軍の魔導部隊を任されている。当然、魔導士の数も把握していたようだ。
現状では国内の女性の魔導士の数は三十年間それほど変わりないが、女性の上級資格者は激減していた。いない学年もある。いたとしても、在籍者はほとんど貴族ばかりだ。
「陛下は初め貴族の娘たちを愛妾にされましたが、子が生まれず数年で縁を切られたので、以降貴族たちから反発され、陛下は庶民の娘から愛妾を選ぶようになりました。ですが、庶民は貴族のような王家に対する忠誠心と社会的な振る舞いは教育されていないので持ち合わせておりません」
事実を淡々と口にする。
貴族は、個人の幸せよりも、家や国のために尽くせと幼い頃より教育されている。
一方、庶民は家名を持たないので、財力や権力がない代わりに、自由な生き方ができる。
「だが、父上は嫌がる女性を無理やり迎えてはいないだろう?」
「陛下は辞退を申し出ても聞き入れてくださいませんでした。殿下がよくご存知のヘイゼル様ですが、当時あの方には将来を誓い合った恋人がいらしたんですよ」
「ああ……」
陛下に長く寵愛されている愛妾の名を告げると、王子の顔がみるみる歪んでいく。
庶民の魔導士は、ただ単に宣誓があるせいで従わざるをえない。
「誰も父上を止めなかったのだろうか」
「先日、もう立派な王子が二人もいらっしゃるので愛妾は必要ないのではと陛下に申しましたら、うるさいと叱られてしまいました」
「そうか」
そう返事した王子の表情に血の気がなかった。ようやく現実が見え出したようだ。
「亡くなった大魔導士も元は庶民の出なので、魔導以外で陛下に仕えることを受け入れておりませんでした」
陛下がまだ王太子のとき、大魔導士が亡くなったあと、現在の王妃と婚約し婚姻した。
その数年間は落ち着いていた。
ところが、陛下が即位して第一王子が生まれたあと、魔導士から愛妾を求めるようになったのだ。
その突然の愚行をただの貴族の魔導士だった私には何の力もなく、止められなかった。
陛下は最初、貴族出身の魔導士で段位所持の未婚者から声をかけていた。
熟練者なだけあって、年は五十歳以上の者だったが、皆まだ見た目は若々しかったので、子供はできると思っていたらしい。
ところが、三年も経っても誰も妊娠しなかった。
陛下はこともあろうに全ての愛妾を捨てた。
そして、新たに若い女性を狙うようになった。
次に陛下に目をつけられたのは、上級になったばかりの若い魔導士だ。
ところが、高位の貴族は子ができなければ捨てるような愛妾の地位に娘を送ることを嫌がった。
返されれば娘の価値が大いに下がるからだ。
貴族の女性は婚前に貞操が求められている。
若い娘ほど致命的だ。
代わりに高額な対価を要求したため、面倒くさがった陛下は立場の弱い庶民の娘に目をつけるようになった。
当時ヘイゼルには同じ庶民の恋人がいた。
それにもかかわらず陛下に求められ、辞退を申し入れたが、陛下は許さなかった。
黒目に黒髪。その女性は大魔導士によく似ていたからだった。
彼女は悲劇の被害者となった。
魔導士の宣誓を辞めるべきだと当時議会で訴えたが、あっけなく一蹴された。
恐ろしい力を持つ魔導士を野放しにはできないと。
宣誓は必須であるという、固定観念が、とてつもなく邪魔だった。
宣誓がある限り、命令に逆らって辞めることも許されない。
陛下の被害に遭っているのは庶民の魔導士ばかりだったので、有力者である貴族は誰も気にかけていなかった。
狙われて嫌がった女性を陰ながら私が逃していたのも、事が大きくならなかった原因でもあった。
その結果、このリーカイド国では、女性の上級魔導士が激減していった。
ただでさえ、上級者は少ない。
高等部の一学年に五人いたらいい方だったが、今はその半数以下になっている。
上級者の中でも段位を取れるほどの資質があるのは、ほんの一握り。
女性が上級にならなくなってから、さらに減る一方だ。
魔導は生活に必要不可欠だ。
裕福な家ほど魔導の力を使って暮らしている。
師匠である大魔導士と共同開発した魔導の展開固定式。
本来魔導を発動するためには、その都度人が展開式を魔力で作り込みマナを取り込む必要がある。
それを予め特殊な板に刻んだお陰で、魔導士がそこに魔力を流し込んで一回発動すれば、周囲にマナがある限りは、自動で動き続けることが可能になった。
そのおかげで、魔導士が常時魔導を展開しなくてもよくなり、様々な魔導機器が生まれた。
部屋の灯りも簡単に点き、夜でも昼のように明るくなった。
裕福な家では蛇口をひねれば水も出るし、お湯も出る。
かまどの火もスイッチ一つで簡単に起こせるようになった。
調理用のオーブンもかなり便利になったと聞く。
私が使っている魔導車だけではなく、公共用の魔導列車までも開発されている。
大気中のマナ残量の問題はあり、使い過ぎないように注意は必要だ。
だから、いかに効率化できるかにかかっている。
魔導の発展は、国力に直結している。
上位の魔導士が減るのは、愚策としか言えなかった。
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