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第13章
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今日のライブに、ハルは店を閉めて来てくれることになっていた。中止と知ってあいつはどう思うだろうか。
夜の土手は真っ暗で寒かった。横で座っているジョニー・ウォーカーの顔すら見えない。奴の吸っているピースの煙の匂いがする。
「本当にわかんのかよ、こんなところ」
「ハルならわかる」
俺はそう確信していた。ハルならわかるし、来てくれるだろうと。
空を見上げると満月だった。青白く、ささやかに俺たちを照らしていた。
「あのさ」俺は言った。「メンバーと、……アキは本当に無事なのか?」
ジョニー・ウォーカーはため息をついた。
「お前なあ……まあいい。メンバーは、あいつらは無事だよ。ただ、アキはいなかった」
結局俺はなにもできなかったし、もうなにもできない。俺はこの街にはいられない。
「なあ、暇つぶしになんか弾いてくれよ」
俺は背負っていたギターをケースから出して足に乗せた。ネックはまるで見えなかった。でも見えない分、触覚が冴えていたから弾くことはできた。
ジョニー・ウォーカーはくっくと笑った。俺は歌い続けた。月に見守られながらギターを弾いた。
アキのこと、バンドのこと、ハルのこと――歌ううちにいろいろな思いが巡る。感情が溢れそうになった。でも泣くことはしなかった。すると潮が引くように、気持ちがフラットになるのを感じた。言い様のない心地よさ、清々しさがあった。
そのまま立て続けに三、四曲やって手を止めた。拍手が聞こえてきた。
「思ってたより上手いな」
ジョニー・ウォーカーは言った。
「よかったよ」
ぼそっと奴は言った。俺は返事に困った。まさかこいつにそんなこと言われるとは……。
俺は煙草に火をつけた。風が吹いて火照った身体を優しく鎮めてくれた。横からウイスキーの匂いがした。
「飲むか?」
俺はスキットルを受け取った。一口飲むとスコッチの味がした。
もう一口、喉に流し込むようにして飲んだ。身体の中がかあっと熱くなった。大きく息を吐く。
下で車が停まった。運転席のドアが開いて誰かが出てきた。
そいつは俺たちの座っている階段を昇ってきた。だんだん近づくそのシルエットを見ていると、ハルだとわかった。
「やっぱりここか」
ハルがそう言うとジョニー・ウォーカーは笑った。俺も笑みがこぼれた。
「店の前にも公園にもいないから」
ハルは俺の横に座った。
「にしても、中止か」ハルは呟いた。「大変だったな」
横でジョニー・ウォーカーが立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
俺が訊ねると奴は笑った。
「俺の仕事は終わった」
「なんだよ……なんだよ、水臭いな」
奴はふんと言うと、俺に封筒を渡した。
「今回の費用はお前に返す。あと、いまのライブの分だ」
「ライブ?」ハルが言った。
「あんたの友達、なかなかいいギターを弾くな」
俺とハルはどう言ったものか言葉を探しているようだった。
「じゃあな」
返事を待たずにジョニー・ウォーカーは闇夜に消えていった。待てよ、俺はそう言って立ち上がろうとした。が、腕をハルに掴まれてできなかった。すぐに奴の姿は見えなくなった。
俺は階段に座り直した。
「どうすんだ、これから」ハルは言った。
「この街から出るよ」
ハルが煙草に火をつけた。
「俺もさ」ハルが煙を吐いた。「店を畳もうと思うんだ」
「なんで?」
「カクテルの勉強をね、しようと思って」
俺たちはそれ以上話さなかった。ただ夜風に身を任せているだけだった。言葉なんて必要なかった。それはたぶんジョニー・ウォーカーもそうだったのだろう。
夜の土手は真っ暗で寒かった。横で座っているジョニー・ウォーカーの顔すら見えない。奴の吸っているピースの煙の匂いがする。
「本当にわかんのかよ、こんなところ」
「ハルならわかる」
俺はそう確信していた。ハルならわかるし、来てくれるだろうと。
空を見上げると満月だった。青白く、ささやかに俺たちを照らしていた。
「あのさ」俺は言った。「メンバーと、……アキは本当に無事なのか?」
ジョニー・ウォーカーはため息をついた。
「お前なあ……まあいい。メンバーは、あいつらは無事だよ。ただ、アキはいなかった」
結局俺はなにもできなかったし、もうなにもできない。俺はこの街にはいられない。
「なあ、暇つぶしになんか弾いてくれよ」
俺は背負っていたギターをケースから出して足に乗せた。ネックはまるで見えなかった。でも見えない分、触覚が冴えていたから弾くことはできた。
ジョニー・ウォーカーはくっくと笑った。俺は歌い続けた。月に見守られながらギターを弾いた。
アキのこと、バンドのこと、ハルのこと――歌ううちにいろいろな思いが巡る。感情が溢れそうになった。でも泣くことはしなかった。すると潮が引くように、気持ちがフラットになるのを感じた。言い様のない心地よさ、清々しさがあった。
そのまま立て続けに三、四曲やって手を止めた。拍手が聞こえてきた。
「思ってたより上手いな」
ジョニー・ウォーカーは言った。
「よかったよ」
ぼそっと奴は言った。俺は返事に困った。まさかこいつにそんなこと言われるとは……。
俺は煙草に火をつけた。風が吹いて火照った身体を優しく鎮めてくれた。横からウイスキーの匂いがした。
「飲むか?」
俺はスキットルを受け取った。一口飲むとスコッチの味がした。
もう一口、喉に流し込むようにして飲んだ。身体の中がかあっと熱くなった。大きく息を吐く。
下で車が停まった。運転席のドアが開いて誰かが出てきた。
そいつは俺たちの座っている階段を昇ってきた。だんだん近づくそのシルエットを見ていると、ハルだとわかった。
「やっぱりここか」
ハルがそう言うとジョニー・ウォーカーは笑った。俺も笑みがこぼれた。
「店の前にも公園にもいないから」
ハルは俺の横に座った。
「にしても、中止か」ハルは呟いた。「大変だったな」
横でジョニー・ウォーカーが立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
俺が訊ねると奴は笑った。
「俺の仕事は終わった」
「なんだよ……なんだよ、水臭いな」
奴はふんと言うと、俺に封筒を渡した。
「今回の費用はお前に返す。あと、いまのライブの分だ」
「ライブ?」ハルが言った。
「あんたの友達、なかなかいいギターを弾くな」
俺とハルはどう言ったものか言葉を探しているようだった。
「じゃあな」
返事を待たずにジョニー・ウォーカーは闇夜に消えていった。待てよ、俺はそう言って立ち上がろうとした。が、腕をハルに掴まれてできなかった。すぐに奴の姿は見えなくなった。
俺は階段に座り直した。
「どうすんだ、これから」ハルは言った。
「この街から出るよ」
ハルが煙草に火をつけた。
「俺もさ」ハルが煙を吐いた。「店を畳もうと思うんだ」
「なんで?」
「カクテルの勉強をね、しようと思って」
俺たちはそれ以上話さなかった。ただ夜風に身を任せているだけだった。言葉なんて必要なかった。それはたぶんジョニー・ウォーカーもそうだったのだろう。
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