3 / 82
訓練役に立たず
しおりを挟むそれから、俺はローレンス・デリンとしてふるまうための訓練を受けてきた。
執事のトマスだけでなく、領地を切り盛りしている夫人も時々俺の教育に手を貸してくれた。
「ほらほら、みて頂戴」
俺の肉体上の母親は嬉しそうにたくさんのローレンスの映像を魔道具で見せてくれた。
ローレンスは小柄な少年だった。背の低い俺から見ても小柄……だと思う。
こげ茶色の髪の毛も茶色の瞳も、ちらっと見には驚くほど俺に似ていた。
ただ、彼は俺よりもずっと華奢で色白だった。透き通るような、ちょっと触れただけで壊れそうな雰囲気が漂っている。俗にいう箱入り息子というやつなのだろう。
こんなにかわいかったら、そりゃ、親も必死になって探すだろう。
俺は優雅に窓辺に座るローレンスの絵を見せられて小さなため息をついた。絵の中のローレンスは淡く笑っていた。ちょっとはにかむような笑顔が忘れられない印象を残す。
野山を駆け回って過ごしてきた俺とは似ても似つかない雰囲気だ。
「これは、……さすがに無理があるのでは」
鏡の中の俺は仏頂面をしている。
「大丈夫よ。任せておいて」
生物学上の母親はふんわりとほほ笑む。
「何のために化粧というものがあると思っているの? それにね、便利なものがあるのよ」
俺はその時初めて化粧用の魔道具というものがあることを知った。大きな造作は変えられないけれど、少し肌の色を白く見せたり体を細く見せたりするのに役に立つという装身具だ。
こんなものがあると知ったら、故郷の姉妹たちが取り合いをするだろう。
そして、化粧と魔道具の相乗効果は偉大だった。
鏡の中で、少し色白でほっそりした俺が不安そうに見つめ返してきた。
田舎者のランドルフが帝国の高位貴族令息に早変わりしていた。
「どう? こうすると、本当にそっくり。まるであの子がここにいるみたい」
デリン婦人は目の端をぬぐう。
「これ、つけてないと効果がないんですよね?」
俺は耳につけた赤い繊細なイヤリングを確認する。どう見ても女物だ。男の俺がつけていて、変だと思われないだろうか。
「実をいうと、この魔道具はあの子が使っていたものなの。今の学校での流行は色白でどことなく物憂げな男の子なんですって」
そうなんですか、ええ……
俺の通っていた学校とは世界が違う。その時初めてそう感じた。
そして、それは、外見だけではなく勉強の中身も、だった。
「え? 格闘術がない? 剣術も?」
俺は学校の時間割を見て心底驚いた。語学、修辞学、音楽……それに魔法、魔法、魔法……俺の学校でメインだった体を使った授業がない。
「もちろん、本来はあります。でも、お坊ちゃまは前年、不本意な成績を……」
俺の指導係になった執事がごにょごにょと言葉を濁した。
「とにかく、卒業するのに必要な最低限の教養を優先した結果、今年度はこういう授業の割り振りになりました」
「……今年も単位を落としてもいいですか」
魔法、魔道学、魔法論理基礎、精霊魔法基礎……いやというほど魔のついた時間割を見て俺はうめいた。
「……できれば、最低の成績でもいいので合格してほしいところです」
「無理です」
俺はきっぱりと言い切った。
学問としての魔法は俺にとって未知の世界だ。実学としての魔法剣や精霊剣は多少かじっていたけれど、魔法理論は門外漢。魔法は帝国の得意とする分野で、使う人を選ぶ、そのくらいの知識しかない。
「……今はいいでしょう。他に優先することがありますから」
執事は勉強に関してはあきらめてくれた。
その代わり、帝国貴族としての立ち居振る舞いをみっちりとしごかれた。
幸いにも俺の住む北部王国と南の帝国は多少の違いはあっても言葉は同じだ。俺だって王国で戦士として育った。少なくともボロが出ない程度には礼儀作法を合わせることはできた、と思う。でも……
「極力、しゃべらないようにしてください」
魔道帝国の首都に向かう馬車の中で執事は最後に念押しをした。
「もともと、坊ちゃまは無口な方でした。なにか、いわれたら、こう、微笑んで……」
「こうですか?」
俺が笑って見せると執事は首を振った。
「ですから、歯を見せて笑うなと……とにかく、北の訛りは早く消してください。……ほら、そういう罵り言葉は帝国では使いません。最初はとにかく口をつぐんで。何かあったら、わかりませんと、覚えていません。これです」
391
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)
たたら
BL
久々の新作です。
全16話。
すでに書き終えているので、
毎日17時に更新します。
***
騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。
だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。
醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、
その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、
無表情で女性を冷たくあしらうばかり。
そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。
本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、
次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、
彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった!
は?
騎士団長と結婚!?
無理無理。
いくら俺が【不能】と言っても……
え?
違う?
妖精?
妖精と結婚ですか?!
ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。
だめ?
【不能】じゃないと結婚できない?
あれよあれよと婚約が決まり、
慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の
可愛い恋物語です。
**
仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦
落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。
今回は短編で。
リハビリがてらサクッと書いたものですf^^;
楽しんで頂けたら嬉しいです
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる