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夢の国
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「おい、食堂に案内してやるから、来いよ」
イーサンに呼ばれて俺はようやく部屋の探索を終えた。
なにかローレンスの失踪に関係するてがかりがないかと、部屋中を隅から隅まで調べていたのだ。
服についたほこりを払いながら、部屋を出る。イーサンは扉のところで俺を待っていた。
「君、その恰好で行くのか?」
ぶっきらぼうに言われて俺は自分の服装を点検した。
「え、これ、制服だよね。食堂って私服で行くものなのか?」
制服を着ていないイーサンの格好を見て不安になる。彼は制服よりも動きやすそうだけれど、よく似た色形の服を着ていた。そういえば、あまり制服で歩いている生徒はいなかったな。
「いや。その恰好でいいけど、制服の大きさがあっていないな?」
確かに少し窮屈だった。でも、タンスにあった私服はどれも袖を通すのをためらう薄物で、まともな服はこれだけだったのだ。仕方ないだろ。
「あ、成長中だから? すこし、体が大きくなったかな?」
化粧と魔道具でも体型はごまかし切れないところがある。俺はイーサンの表情を窺う。
イーサンは目をそらした。
俺の苦し紛れの言い訳に追及されなかった。助かった。どこで筋肉をつけたのか、と聞かれたらどうしようかと思った。助かった。
それから、食堂に向かいながら、イーサンはこの階にある娯楽室や洗濯などの共用施設を教えてくれた。
娯楽室では何人かの生徒がゲームをしていて、興味深そうにこちらの様子をうかがっている。
彼らに挨拶をしたほうがいいのだろうか。
軽く頭を下げたが、反応はない。
なんだろう。同じ学年の生徒ならば、顔見知りのはずなのに。
イーサンに聞いてみようと思ったが、彼は足早に娯楽室を通り過ぎていく。
また、階段を下りて廊下を抜けて、階段を下りて……
「講義棟はこの先だけど、食堂はこっちだ」
彼は先ほどの校長室の棟とは違う建物に案内してくれた。
「時間が早いけど、食堂はこの時間でも空いているから」
案内された食堂は堂々とした建物で、北野城の大広間ほどの大きさもあった。天井は高く、魔道具でできた明かりが昼間の太陽のように輝いている。食事は自分の好きなものを好きなだけ自分で皿に取っていく方式だった。肉に果物、スープにパン。ほしいだけ取っていいというのだから、信じがたい。毎日お祭りの食事が出ているようなものだ。
「おい、そんなにとって食べきれるのか?」
食料を山盛りにした皿を見てイーサンが目を剥いた。
「ちゃんと全部食べるよ。心配するなって」
俺は豊富な食事に気分が浮き立っていた。平民じゃあるまいし、とかぶつぶつイーサンが文句を言うのも気にせず、豪華な料理を味わった。
俺は目の前に積み上げた食事を一口づつ味わった。味も最高だ。
薄切りにした肉は柔らかく、魚の身はほろりとしていた。これならいくらでも食べられそうだ。見たこともない果物もたくさんある。デリン家の食事でもこんなものは見たことがない。
夢中で食べ進めると、あっという間に皿は空になった。
「お代わりは自由だぞ」
イーサンがぼそりと教えてくれた。
俺の正面に座っているイーサンの皿には、まだ半分以上も料理が残っていた。
「いいのか?」
「……どうぞ、ご自由に」
次にとるのはなにをしようか。毎日、これだけ食べられるのならここは天国だな。
迷いながら、パンケーキを5枚積んでしまった。帝国のパンケーキは北のパンケーキよりもずっと甘い。そして、蜜だけではなくて果物を甘く似たものを添えるのだ。そして、ここには数種類の付け合わせが用意してあった。俺は見たこともない茶色いクリームを試してみることにした。どんな味がするのだろう。本当はもっと高い山を作りたかったのだけど、さすがに周りの視線が気になった。
俺が席に戻った時、イーサンはやっと一皿目を食べ終わったところだった。俺の皿を見て、俺の顔を見て、また皿を見た。
「まだ、それだけ食べるのか?」
「ああ。おいしそうだったから」
「飲み物を取ってくる……胸が悪くなりそうだ」
とか何とかいいながら、イーサンは席を立つ。
俺は幸せな気分で柔らかなケーキを一口ほおばった。下の上でとろける感覚がたまらない。それにこのソースもいい。濃厚で少し苦みがあるが、それが甘味を引き立てていくらでも食べられそうだ。
あまりに食べることに夢中になっていたから、俺は背後の警戒を怠っていた。
気が付いた時に奴らはいた。たぶん俺よりも年上の生徒たちだ。
俺は反射的に俺の皿を抱える。
「おい、そこの下品な平民。今はお前らの食事時間じゃないだろう。さっさと出ていけ。おい、聞いているのか?」
奴らの一人が手を伸ばしてくる。俺のケーキを奪うつもりなのか?
その瞬間、体が反射的に動いた。
俺はその手をつかみ、体をひねって相手を食卓にたたきつけた。
俺のケーキは無事だよね。それに、食べ物は無駄にしてはいけない。奴の下敷きになっているのが空の皿だったことを確認して俺は満足する。
振り返ると、まだ三人の生徒が背後にいた。
さすがに三対一は厄介だ。特に食べ物をつぶさないように戦うのは。
というわけで、俺は皿を糧手にその場を逃げ出した。
呆然と立っている奴らのそばをすり抜けるのは簡単だった。
ちらりと後ろを振り返ると、彼らは仲間の介抱をするのに必死で誰もおってこない。
食堂を抜けて、何度か角を曲がって、暗い建物の中に身を隠す。しばらくそのまま様子を窺ったけれど、人の気配はない。
ほっと一息ついた。
そこは人気のない教室のような場所だった。あまり使われていないところなのだろうか。空気がよどんでいるようで、しんと静まり返っている。
安全を確保した俺はパンケーキの残りを食べる。
うまいな。
どんな場所で食べても、このケーキのおいしさは変わらない。
ケーキのクズまでちゃんと始末してから、俺は部屋を出てあたりを見回した。夕暮れ時が近づいたのか、窓の外の空が暗くなっている。
どちらに行けば寮に戻れるだろう?
俺は迷子になっていた。
イーサンに呼ばれて俺はようやく部屋の探索を終えた。
なにかローレンスの失踪に関係するてがかりがないかと、部屋中を隅から隅まで調べていたのだ。
服についたほこりを払いながら、部屋を出る。イーサンは扉のところで俺を待っていた。
「君、その恰好で行くのか?」
ぶっきらぼうに言われて俺は自分の服装を点検した。
「え、これ、制服だよね。食堂って私服で行くものなのか?」
制服を着ていないイーサンの格好を見て不安になる。彼は制服よりも動きやすそうだけれど、よく似た色形の服を着ていた。そういえば、あまり制服で歩いている生徒はいなかったな。
「いや。その恰好でいいけど、制服の大きさがあっていないな?」
確かに少し窮屈だった。でも、タンスにあった私服はどれも袖を通すのをためらう薄物で、まともな服はこれだけだったのだ。仕方ないだろ。
「あ、成長中だから? すこし、体が大きくなったかな?」
化粧と魔道具でも体型はごまかし切れないところがある。俺はイーサンの表情を窺う。
イーサンは目をそらした。
俺の苦し紛れの言い訳に追及されなかった。助かった。どこで筋肉をつけたのか、と聞かれたらどうしようかと思った。助かった。
それから、食堂に向かいながら、イーサンはこの階にある娯楽室や洗濯などの共用施設を教えてくれた。
娯楽室では何人かの生徒がゲームをしていて、興味深そうにこちらの様子をうかがっている。
彼らに挨拶をしたほうがいいのだろうか。
軽く頭を下げたが、反応はない。
なんだろう。同じ学年の生徒ならば、顔見知りのはずなのに。
イーサンに聞いてみようと思ったが、彼は足早に娯楽室を通り過ぎていく。
また、階段を下りて廊下を抜けて、階段を下りて……
「講義棟はこの先だけど、食堂はこっちだ」
彼は先ほどの校長室の棟とは違う建物に案内してくれた。
「時間が早いけど、食堂はこの時間でも空いているから」
案内された食堂は堂々とした建物で、北野城の大広間ほどの大きさもあった。天井は高く、魔道具でできた明かりが昼間の太陽のように輝いている。食事は自分の好きなものを好きなだけ自分で皿に取っていく方式だった。肉に果物、スープにパン。ほしいだけ取っていいというのだから、信じがたい。毎日お祭りの食事が出ているようなものだ。
「おい、そんなにとって食べきれるのか?」
食料を山盛りにした皿を見てイーサンが目を剥いた。
「ちゃんと全部食べるよ。心配するなって」
俺は豊富な食事に気分が浮き立っていた。平民じゃあるまいし、とかぶつぶつイーサンが文句を言うのも気にせず、豪華な料理を味わった。
俺は目の前に積み上げた食事を一口づつ味わった。味も最高だ。
薄切りにした肉は柔らかく、魚の身はほろりとしていた。これならいくらでも食べられそうだ。見たこともない果物もたくさんある。デリン家の食事でもこんなものは見たことがない。
夢中で食べ進めると、あっという間に皿は空になった。
「お代わりは自由だぞ」
イーサンがぼそりと教えてくれた。
俺の正面に座っているイーサンの皿には、まだ半分以上も料理が残っていた。
「いいのか?」
「……どうぞ、ご自由に」
次にとるのはなにをしようか。毎日、これだけ食べられるのならここは天国だな。
迷いながら、パンケーキを5枚積んでしまった。帝国のパンケーキは北のパンケーキよりもずっと甘い。そして、蜜だけではなくて果物を甘く似たものを添えるのだ。そして、ここには数種類の付け合わせが用意してあった。俺は見たこともない茶色いクリームを試してみることにした。どんな味がするのだろう。本当はもっと高い山を作りたかったのだけど、さすがに周りの視線が気になった。
俺が席に戻った時、イーサンはやっと一皿目を食べ終わったところだった。俺の皿を見て、俺の顔を見て、また皿を見た。
「まだ、それだけ食べるのか?」
「ああ。おいしそうだったから」
「飲み物を取ってくる……胸が悪くなりそうだ」
とか何とかいいながら、イーサンは席を立つ。
俺は幸せな気分で柔らかなケーキを一口ほおばった。下の上でとろける感覚がたまらない。それにこのソースもいい。濃厚で少し苦みがあるが、それが甘味を引き立てていくらでも食べられそうだ。
あまりに食べることに夢中になっていたから、俺は背後の警戒を怠っていた。
気が付いた時に奴らはいた。たぶん俺よりも年上の生徒たちだ。
俺は反射的に俺の皿を抱える。
「おい、そこの下品な平民。今はお前らの食事時間じゃないだろう。さっさと出ていけ。おい、聞いているのか?」
奴らの一人が手を伸ばしてくる。俺のケーキを奪うつもりなのか?
その瞬間、体が反射的に動いた。
俺はその手をつかみ、体をひねって相手を食卓にたたきつけた。
俺のケーキは無事だよね。それに、食べ物は無駄にしてはいけない。奴の下敷きになっているのが空の皿だったことを確認して俺は満足する。
振り返ると、まだ三人の生徒が背後にいた。
さすがに三対一は厄介だ。特に食べ物をつぶさないように戦うのは。
というわけで、俺は皿を糧手にその場を逃げ出した。
呆然と立っている奴らのそばをすり抜けるのは簡単だった。
ちらりと後ろを振り返ると、彼らは仲間の介抱をするのに必死で誰もおってこない。
食堂を抜けて、何度か角を曲がって、暗い建物の中に身を隠す。しばらくそのまま様子を窺ったけれど、人の気配はない。
ほっと一息ついた。
そこは人気のない教室のような場所だった。あまり使われていないところなのだろうか。空気がよどんでいるようで、しんと静まり返っている。
安全を確保した俺はパンケーキの残りを食べる。
うまいな。
どんな場所で食べても、このケーキのおいしさは変わらない。
ケーキのクズまでちゃんと始末してから、俺は部屋を出てあたりを見回した。夕暮れ時が近づいたのか、窓の外の空が暗くなっている。
どちらに行けば寮に戻れるだろう?
俺は迷子になっていた。
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