魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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遭遇

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 外に通じていそうな扉を開けると庭園が広がっていた。帝国式の低木が幾何学模様に配置されている庭園だった。

 どこからか濃い花のにおいがする。この先に寮があるはず。俺は庭を抜けて戻ろうとおもった。

 足を踏み入れた庭は迷路のような作りになっていた。やたらと小道が曲がっていたり分岐していたり。薄暗いこともあって俺はあっという間に方向感覚をなくす。
 背が低いことも問題だ。視界が遮られ、正しい方角に進んでいるかおぼつかない。

 気が付くと、俺は小さな水場のある内庭のようなところに出ていた。先ほど嗅いだ花の香がますます濃くなっている。この小さな庭を彩る大きな花が、香りの源らしい。

 その芳香に惑わされたのだろうか。庭でぼんやりと花を見ている生徒の気配にはじめ気が付かなかった。

 黒っぽい髪を肩にかけた、がっしりとした体格の上級生だった。おそらく濃い色の瞳がじっと水盤の上に咲いている花を見ていた。帝国の民ではないのだろうか。艶めいた浅黒い肌が異国の雰囲気を醸し出している。ただ着ている服はよく帝国の兵士の軍服に似たつくりで、そこだけ見ると帝国の騎士にもみえなくない。

 彼も俺が彼に気がついたのとほぼ同時に顔を上げて、驚いたような表情を浮かべた。

「君は?」

 ローレンスの知り合いだったのだろうか。警戒して思わず身構えた。

「待って、待ってくれ」男はゆっくり立ち上がる。「君は、無事だったのか」

 手が招くように差し伸べられた。

 なんと返したらいいのだろう。明らかに彼はローレンスのことをよく知っている相手だった。

 返すべき言葉は何だろう。

 あなたは、ローレンスの知り合いですか、ではなく、実は僕は記憶喪失で覚えていないんです、でもなく。
 俺の口は固まってしまう。

 その時、背後から誰かが近づいてくる音がした。俺はホッとして、目の前の男から視線を逸らす。

 誰だろう、こんな時間に現れるなんて。黒髪の男も俺の背後に当たり前のように注意を向けたから、たぶん待ち合わせか何かをしていたのか。
 俺も彼に合わせて、振り返った。

 現れたのは、明るい色の髪の男だった。
 暗くてよくわからないが、おそらく金髪か銀髪に薄い色の瞳。いかにも魔道帝国の貴族です、といわんばかり外見だ。それも高位の。背は黒髪の男より低いが均整の取れた体付きだ。黒い髪の男と同じくらいの年なのだろう。彼はローレンスの私物と同じような薄い服を身に着けていた。金の腕輪が手にした魔道具に反射してきらりと光った。

「おやおやおや」
 男は俺と黒髪の男を見て目を細めた。

「お邪魔したかな。……なんだ、おまえ、ラークか。髪を染めてないからわからなかったよ」

 とても親し気な声のかけ方だった。彼も、また、ローレンスの知り合いなのか?

「あ、あの……」

 何か言わなければいけないと思った。でもその前に金髪の男はずかずかと俺の前に来て、俺の肩に手を置いた。
 俺は目をそらして、それでも説明しなければと思う。

「すみません。あの、貴方は一体……お、僕は、その……何も覚えていなくって」

「いいんだ。ラーク。話は聞いたよ。事故にあったんだってね」
 彼はとても親し気に語り掛けてくる。

「そ、そうなんです。事故に巻き込まれたみたいで」

「それですべてを忘れてしまったと……うん、事情は分かるよ」

 あれ? 彼の手が俺の反対側の肩に回る。

「いいよ。そういうことにしておこう。……よくわかるよ。ラーク、自分を恥じているんだね」

 耳元でささやかれた瞬間、背筋がぞっとした。
 目が合うと、彼はにこりと笑い返してきた。整った顔に浮かべられた笑顔に、俺は不穏なものを感じる。

「逃げ出した自分が許せないんだね。大切な時に役目を果たせなかったから。それで、みんなにとがめられると思ったんだね。でも、私は許すよ。君のその、小心なところを。だって、君は……」

 手が肩から首筋に回された。ぞっとするような冷たい感触がした。

「変なところに触らないで……」
「ふふふ、久しぶりで照れているのかな? 私のかわいい……」

 彼は俺を引き寄せると、あごにそっと手をかけた。

 背筋が総毛だった。我慢の限界だ。

「てめえ、何しやがる」
 俺の拳が渾身の一撃を見舞う。
「この変態野郎」

 俺の攻撃を予想していなかったのだろう。金髪男は一撃で茂みに倒れこんだ。さらに追撃を行おうとして、呆れたようにこちらを見ている黒髪の男の存在を思い出した。

 あ? 今のを見てましたよね。

 遅ればせながら、気が付いた。上級生に手を出してしまった?それも、お貴族様の?

 ぞっとした。帝国の貴族がどんな連中かは知っている。おそろしく自尊心が高く、俺達北の戦士にすぐに難癖をつけてくる。あいつらと対峙するときは挑発に乗るな、そう、聞かされていたのに。
 それに、ここは奴らの領域だ。援護はない。

 逃げよう。俺はとっさに判断した。

「す、すみません。失礼しましたぁ」

 俺は再び迷路の庭に飛び込んだ。どこをどう抜けたのか定かではないけれど、何とか見たことがある建物にたどり着く。

 まずいことをしてしまった。じわじわと、上級生を殴ったという事実が実感に代わる。

 どうしよう。

 前の学校で同じことをしようものなら、大変なことになった。殴られた側は報復を考えるだろう。そうしたら、兄貴たちも黙ってはいない。決闘、集団戦、下手をしたら家と家を巻き込んだ乱闘騒ぎになる。そして、俺の味方をしてくれる人は誰もいないことに気が付いた。

 親しい友人、同級生、誰一人として思いつかない。そんなところで戦えるものだろうか。

 頭の中がぐちゃぐちゃのままようやく自分の部屋にたどり着いた。よくこんな状態で部屋に帰れたと思う。

 部屋の中でイーサンが何かの勉強をしていたようだった。机の上に明かりがともり、書物や筆記用具が散らばっている。

「遅かったな。どこに行っていたんだ」
 イーサンは机から顔を上げた。

「ごめん。迷ってしまって」
 変態上級生に絡まれたことを話すべきかどうか、俺は迷った。
「あの、あのさ。さっき、変な男に絡まれたんだけど……変態というか……こう、俺にべたべたと触ってきて……」

「ああ、そういう奴はいるさ」

 イーサンはあっさりと肯定した。

「公然と触ってきたんだぞ」
 俺は言葉を足す。

「いるよ。そういう趣味で有名な奴が。そういう連中には近づかないようにしたほうがいい。特に君のような小さい人間は目を付けられやすいから」

 イーサンの態度はあまりに淡白だった。そういう理不尽がいつも行われているみたいじゃないか。俺の中で怒りが首をもたげてくる。

「ここでは、それが当たり前なのか? 小さいからとか幼いからとか、そんな……前の学校ではそんなこと許されていなかったのに」

 確かに体が小さいと勘違いする連中がいる。特に俺のように成長が遅いといろいろと面倒だ。でも、守ってくれる人がいた。許されない雰囲気があった。ここにはそんな仲間はいないのか?

 イーサンがぱたりとノートを閉じた。

「前の学校?」

 瞬間、冷や水を浴びせられたように頭が冷えた。

 あ……俺はを忘れていた。

「何も覚えてないって、嘘だよね。君は一体どこの誰なんだ?」
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