魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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王子

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 「わかったよ。それじゃぁ、行こうか」

「行こうって、どこへ」
 イーサンはぎょっとした表情を浮かべる。

「その、第二王子のサロンだよ。ローレンスの私物はそこに置いたままなんだろ」
 早いほうがいい。正体が露見する前に、ローレンスの残した手掛かりを探すのだ。
「俺、第二王子がどこにいるのか知らないんだよ。お前、知ってるんだろ」

「もちろんサロンの場所は知っているが、行かないほうがいいと思う」

「なんでだよ。ローレンスは第二王子のお気に入りなんだろう。だったら、何食わぬ顔で侵入して、日記とか持ち出せばいいだけだ」

 イーサンは迷っているようだった。

「お気に入りだったんだ。だった。今は、どうなのかわからない」

「……なにか、ローレンスの野郎、へまをやらかしたのか?」

「……部外者の君にこれを話していいのかどうか……」イーサンは言葉を飲み込んだ。
「簡単に言うと、休みの前に例の儀式があったんだ。その儀式でラークは逃亡したらしい」

 儀式から逃亡? 俺には結びつけられない言葉だった。神殿の儀式といえば、みんなで集まって豊穣を祈ったり、新年の年明けに火をたいたり、危険な臭いはしないのだけど。参加者が逃げ出す儀式って何だろう。喧嘩祭りのような儀式だったんだろうか。あれこそ、参加してこそ男という祭りなのに。儀式よりも大切なものといえば……
「儀式から逃げて、駆け落ちしたんだな」

 イーサンがため息をつく。

「そうじゃなくて、儀式の大切な部分で仲間を置いて逃げたらしい」
 先ほどから、イーサンの言葉は煮え切らなかった。

「らしい、って、お前、儀式に参加していなかったのか? 大公家の子弟が参加しなきゃならない儀式なんだろ。ハーシェル家の公子ならその儀式に参加してたんじゃないのか?」

 俺の攻めるような口調に、イーサンはむっとしたように言い返す。

「していたさ。でも、別の場所にいてラークが何をしていたのかは知らないんだ。儀式の内容は口外するなといわれているから触れられないけれど、とにかくラークは仲間をおいて逃げたらしい。それで儀式は成り立たなくなった、と噂が流れた」

「守護獣を呼び出す儀式だといってたよな。ひょっとしてローレンスのせいで守護獣の降臨に失敗したということ?」

「そうかどうかはわからないけれど、ともかく儀式は延期された」

 そういえば、カリアスという少年が俺のことを臆病者とか恥知らずとかいっていたのを思い出す。

「あー、さっき会ったあのカリアスとかいう奴はローレンスの仲間だったのか?」

「そう。彼も第二王子派でラークの仲間だった。多分一緒に行動していた、はずだ」

 あの少年か。外見は色白の可愛らしいという言葉が似合う少年だった。腹の中は黒い奴だったが。ああいう態度でローレンスに接していたのなら、置いて逃げられても仕方ないだろう。俺だったら、見捨てるかもしれない。置き去りにするな。俺は暗く結論付ける。
 見捨てられたら、どこまでも根に持ちそうな奴だよね。あちこちで悪口を言いふらす、カリアスの姿を思い浮かべる。だから、早速俺に絡んできたというわけだ。

「それなら、なおの事早いほうがいいな」
 俺は決断する。
「ローレンスがお気に入りでなくなったということは、与えられた個室とやらを取り上げられる可能性があるってことだろ。今なら、まだ何か残っているかもしれない」

 俺は決意を胸に、足早に部屋を出る。

「おい、君、待てよ」

 俺は慌ててついてきたイーサンに尋ねた。

「で、どっちに行けばいいのかな?」

 イーサンはそれでもぶつぶつ言いながらも、第二王子のサロンの場所まで案内してくれた。

「第二王子フェリクス様は難しい方なんだ」
 道すがら、イーサンはつぶやくように言った。
「気に入られるととことんよくしてくださるけれど、そうでなかったら無視される。ラークは大切にされていたけれど、君はどうかな?」

 帝国の王子様の前に膝をついて挨拶をする俺の姿を思い浮かべてみる。北の戦士としてはまだ斧を片手に突撃する姿のほうがしっくりくる。

「どうだろう。記憶喪失って言い訳、通用するかな?」

「黙って、うつむいて、涙でも流したら、信じてもらえるかもしれない……君には無理そうだね」

 最後の評価は余計だ。イーサン。

「お前は……お気に入りなのか」

 イーサンはとんでもないという表情をした。

「冗談じゃない。……僕が気に入られているはずないだろ。称号はともかく、うちの家門は弱小、まったく評価されていないんだ」

 イーサンは建物から出てさらに別の胸を目指す。校長室のあった棟のさらに奥、ひときわ大きくいかめしい作りの建物がそびえている。

「ここは図書館だよ。皇族方はこの奥の建物にお住まいだ」

「あそこか?」一つの建物にだけ明かりが煌々とともされている。

「なんだか、騒がしいな」
 俺は建物の中のざわめきを感じた。なんだろう。人が忙しく働いているような様子がうかがえる。夜になろうかというこんな時間にあれだけ騒ぐなんてなにかあったのだろうか?
「何か事件があったんだろうか?」

「しっ」
 イーサンが俺に黙れと合図した。

「知り合いを見つけた。様子を聞いてくる。君は隠れておいて」

 そういって自分だけ建物の明かりに近づいて行った。俺はそのあとを這うようにして追う。こういう偵察任務は大の得意だ。教官にも俺の諜報能力は評価されていた。

「……騒がしいと思って、なにかあったのか?図書館にまで騒ぎが聞こえるぞ」
 イーサンが知り合いらしい少年に聞いている。

「第二王子殿下が暴漢に襲われたらしい。先ほど、第一王子殿下が意識のないフェリクス様を連れて戻ってきた。それで、大騒ぎになっている」

 え?

「そんな、怪我をされたのか?」
「よくわからない。でも、医者が呼ばれて今診察中だ」
「あー、それじゃぁ、建物中に入るのは難しいかな?」
「無理だろ。みんな、てんやわんやだし」

 あー
 ひょっとして、これは……

 俺はイーサンに待てと言われた場所にこそこそと戻った。

 しばらくしてイーサンが戻ってくる。

「大変なことが起きた。第二王子殿下が襲われたらしい。今日は建物に入ることすら難しい、と思う」

 俺たちは黙って引き返した。第二王子の部屋がある建物からだいぶ離れて、人影のない静かな場所に移動したのを確認して、俺はイーサンに聞いてみた。

「あのさ、第二王子って、どんな外見?」

「ああ。フェリクス殿下は典型的な王族だね。金色の光輝く髪と空のように澄んだ青い瞳、それが帝国王子の証だからね」

「ひょっとしてだけど、背がこのくらいで、引き締まった体つきをしていて、それで制服じゃなくて薄いひらひらした女みたいな服を着ている?」

「ああ。いつも私服を着ておられるな。でも、失礼だぞ。女みたいな服じゃなくて、あれは最近はやりの……ってどうして君が知っている?」

 イーサンは立ち止まった。

「あのさ、さっきの話だけれど、俺が変態に襲われた話……」

「ラーク……まさかだけど、君」

 俺は下を向く。

「とっさに、その、手が出たんだよね。こう、身を守ろうとした、というか、うん」

 イーサンが俺の腕をつかんで足早に歩き始めた。校長室に俺を案内した時よりも何倍も速く。
 ありえない速さで俺たちの部屋につくとイーサンはきっちりと扉を閉めた。

「で?」

「あ、うん。その、暴漢というのはひょっとすると……」

「なんてことを」
 イーサンは自分の寝台にどさりと腰かけた。

「王族への暴行は、死刑もありうる罪なんだぞ。わかっているのか?」

「あ、そ、そうでうよね」
 まともな言葉が出てこない。

「王子殿下はお前だと知っているのか。顔を見られたのか?」

「あの変態は俺のこと、ラークって呼んで近づいてきたんだ」

「……参ったな」イーサンは顔を手で覆う。「協力するといったけれど……」

 誰かが扉をたたいた。俺たちはびくりとして顔を見合わせる。

 “奥の部屋に隠れて”

 イーサンにいわれるまでもなく、俺は自分の部屋に飛び込んだ。

「はい……ドネイ先生?」
 扉を開ける音とイーサンの声。

「イーサンか。ラークは、どうしている?」

「あ、疲れたといって奥で寝ています」

「そうか、すこしいいかな」
 ドネイ先生はイーサンを連れ出した。

 まずは、逃亡の準備をしなければ。俺は部屋の中を探した。いざとなれば身一つで脱出するけれど、先立つものがあれば心強い。しかし、この部屋にはろくなものを置いていない。本当にローレンスはこの部屋に帰っていたのだろうか?

「……はい、わかりました。伝えておきます」
 イーサンの声がして、扉が閉まった。

「ラーク、ラーク、……何やっているんだ?」
 俺は窓枠を超えて、外に逃げる寸前だった。

「いや、踏み込まれたら逃げようと思って」

「やめろ。ここから落ちたら大けがするぞ」
 イーサンは俺の手を取って部屋に引っ張り込む。

「よかったな、ラーク。今回のことは見逃してもらえるそうだ。先生がそういっていた」

「え? なんで? まさか、俺以外にもあいつを殴った奴がいるとか?」

「馬鹿、そうじゃない。君は記憶が混乱していて、王子殿下とのやり取りで錯乱してしまった。それで押し問答をしているときにうっかりと突き飛ばしてしまって、運悪く王子殿下は倒れてしまった。……ということになっている」

「誰が、そんな話を……」
 おおむね嘘じゃないけれど、真実ではないような気がする。

「僕も、君が泣きながら部屋に戻ってきて変態に襲われたと訴えていたことを伝えておいた。君は泣きつかれて寝ていることになっている」

「俺は泣いてなんかないぞ」
 北方を守る戦士としてそんなことで泣いたといわれるなんて、侮辱されたと思っていいんだろうか。

「いいんだよ。ラークだとそういう行動をとると思ったんだ。本物の、ね」
 イーサンは窓を閉めた。
「喜べよ。君の首はつながった。そうやってこそこそと学園を逃亡することは、今のところ考えなくてよさそうだよ」

 俺はまとめた荷物を下ろした。

「でもさ、もう一人、いたんだよ。変態のほかに。黒い髪の男が。彼が見ている。そいつが何か言ったら、話が蒸し返されるんじゃないか?」

 そういえば、あの男は一体あそこで何をしていたんだろう。あんなことがあったのに、俺たちのやり取りを、口をはさみもせず手助けもせずにただただ見ているだけだった。

「黒髪の男? それは多分第一王子殿下だ。感謝しろよ。今回の始末は第一王子殿下が仕切られたそうだ。あのお方が、いろいろと考えて、君の暴行を見逃してくださったんだよ」

 あれが、第一王子? 確かに言われてみれば風格があった。かなりの強者だと感じたがその感覚は間違いなかったということか。ただ、帝国の王子は金髪で青い目、とイーサンはいっていなかったか?第一王子の異国的な風貌はいわゆる帝国貴族とかけ離れている。

「とにかく、もう夜も遅いから寝ろ。あ、第二王子殿下の周りは今護衛が固めている。あの方の居室に近付こうなんて考えるなよ」

 釘を刺してから、イーサンは自分の部屋に戻っていった。

 俺は制服だけ脱いで、ごろりと寝台に横になった。

 寝具は清潔で、かすかに香料の匂いがする。
 薄暗い部屋の中、月明かりが窓から差し込んでいた。その光が心の奥の不安を照らし出しているようだ。

 今日は本当に失敗続きの一日だった。

 ついて早々、イーサンに正体を見破られた。情報を持っているだろうローレンスの知り合いは第二王子フェリクスの周りにいて、そのフェリクス王子を今日俺が殴り倒した。当然、出禁状態だ。これって手詰まり、なんだろうか。

 ローレンス、お前はどこに行ってしまったんだ。
 早く見つけ出さないと大変なことになりそうだ。そんなことを思いながら、俺は目を閉じた。
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