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修練
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誰かが静かに着替える気配で目が覚めた。
見知らぬ天井をぼんやりと見上げ、ここがどこだか一瞬混乱する。
「イーサン?」
俺が隣の部屋を覗いて声をかけると、イーサンは驚いた顔をした。
「ラーク。もう起きたのか?」
「ああ。着替える音がしたから。あ、訓練に行くのか?」
イーサンが着ていたのは動きやすような訓練用の胴着だ。
「そうだけど。よくこんな朝早く起きることができたね」
「うん? ふつうこの時間に起きないか?」
昨日夜更かししてしまったから、それを気にしているのだろうか。昨夜のごたごたを思い出して胸に重いものがのしかかってくる。初日から正体を見破られ、絶対に敵に回してはいけない相手を殴ってしまったのだ。何をすればよくて、何をしていけないのかが全く読めない。一寸先は闇、霧の中を歩いているような気がする。
こんな時には、体を動かすに限る。
「俺も一緒にいってもいいか?」
「剣の練習だぞ。いいのか?」
「うん。ちょっと待ってくれ。着替えてくる」
俺は昨日見つけておいた稽古用の服を引っ張り出した。やはりこれも少し小さい。
「なぁ、制服とか胴着とか、どこで売っているのかな? 俺にはローレンスの服は窮屈で……」
肩に服を引っかけたままで俺は仕切りを開けた。
「だから、そんな恰好で出てくるなと……」
イーサンが顔をわずかに赤くして俺を部屋に押し込もうとする。
忘れていた。ここでは男同志でも肌を露出しないのが礼儀だった。北だったら上半身裸で歩いているのは日常風景なんだけどな。
剣術の練習する道場は図書館の先にあるらしい。昨日の今日だ、王子様方が住んでいる建物を避けてそちらに向かう。慎重に行こう。警戒するに越したことはない。
「そういえば、イーサン。なんで、俺のこと、ラークって呼ぶんだ?」
俺は昨日から疑問に思っていることを尋ねてみた。
「それは……ローレンスという名前が同学年に何人もいるからだ。まず、君、君の従弟、それにもう一人平民がいる。家名を名乗ることは許されていないから、あだ名で区別するしかない」
なるほど、確かにローレンスという名前はそこまで珍しい名前ではない。
案内された場所は、大きな柱に囲まれた運動場だった。俺の学校にある道場よりもはるかに広い。中央には丁寧に土がならされた場所があり、それを囲むように立派な柱が何本もたっていた。その周りにさらに段になった石造りの椅子が並んでいる。俺たち北の民が使う闘技場に似ていた。少し違うのは観客席には大きな丸い屋根がついていることだ。ここの観客席から競技を見れば、応援も盛り上がるだろう。
俺はうれしくなって、一周運動場を走ってみた。
「すごいな。ここ。なぁ、それで、ここで剣を振るってもいいのか?」
戻ってきた俺をイーサンが少しあきれた表情で見つめている。
「いや、ここは魔道練習場で、武器を使ってもいい場所はもっとむこうだ」
「え? 魔道練習場がこんなに広いのか」
俺の学校の道場よりも広い場所を魔法のために使っているとは。
「ここが、魔道学園だということを忘れているんじゃないか?」
イーサンは小声で注意した。
「そうだった。そうだよなぁ」
魔法を使うために作られた学校なのだから、当然か。
そう思ったのだけれど。
イーサンに連れてこられた武器を使ってもいい道場を見て、先ほどの落差に俺はがっかりする。
「ここなのか?」
俺の残念そうな顔を見て、イーサンが申し訳なさそうに言い訳した。
「ここは自主練習場兼用具置き場なんだよ。授業は向こうの広い場所を使っているから」
魔道帝国が武術を軽視していることは知っていたけれど、ここまでとは。俺たちが大切にしているものが侮辱された気がして、いい気持ではない。ただ。
「まぁ、いいか。久しぶりに運動できるんだ」
俺は空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「勝手に使ってもいいかな?」
「どうぞご自由に」
誰も気にしないから、とイーサンも体を動かし始める。
準備運動、準備運動っと。体をほぐして、筋肉を柔らかくする。走り込みをしたいところだけど、ここでは少し狭いかもしれない。あとで、この学園の見学がてら一周してみようか。
使ってみるとここも悪くはない。体が温まったところで、俺は模擬剣を手に取った。ちょっと、細身かな? まずは久しぶりに型を練習してみるか?
「まて、まて」
イーサンが慌てて止めてきた。
「君、北部式の剣術を使うつもりか? ここで」
イーサンは俺にささやいた。
「誰かが見たら、一発でばれるぞ。君がラークじゃないって」
「……ラークは、帝国式剣術を学んでいたのか。やはり」
「彼は剣術なんか学んでいないと思うぞ。ラークは、練習しているところを見たことがないよ。少なくとも、道場には一度も来ていないはずだ。とにかく、それはやめろ」
「じゃあ、修練できないじゃないか」
どうしよう。せっかく楽しみにしていたのに。
俺は肩を落とす。
「そんなに楽しみにしていたのか。それなら、体を動かすだけでもいいなら……僕が帝国式の剣術を教えてあげるよ。誰かに見られても初心者のラークに教えているって言い訳がきくし」
「帝国式剣術! 教えてくれるのか?」
それは面白そうだ。帝国式の剣術は北部のよりも洗練されていると聞いている。一度見てみたかったんだ。
「ちょっと動いてみてくれ。どんな感じなのかな」
そんなたいしたものではないけれど、と前置きしながらイーサンは帝国式の剣術を見せてくれた。その姿勢には無駄がなく、洗練された気品すら感じられる。
思った通りだ。口ではああいっているが、イーサンは強い。踏み込みは静かに、しかし一瞬で間合いを詰める。ここまで洗練させるのにどれだけ修練を積んできたのだろうか。対戦したらどんな感じだろう。俺は彼の動きをまねてみることにした。
最初はこうか。
次は……あれ。
嫌な音がした。布が割けたのだ。
「あぁあ」
小さめの服に無理やり袖を通していたものだから、縫い目が避けて腋がむき出しになっている。
この服はもう役に立たないな。新しい服はどこで買えるのだろう。まとわりつく布切れをはいで、剣を振り回した。自由に動けるだけで、すっきりする。
「ラーク!」
すぐにイーサンがとんできた。
「何やってるんだ。おい、これを羽織れよ」
そのあたりに転がっていた大きな布を俺にかぶせる。イーサンは焦っているようだ。
「うん? 服が破れてしまってね。動くのに邪魔になるから」
「だからって、どうして脱ぐんだよ」
「?? 運動のときは上半身裸でも構わないだろ。むしろ、俺たちはいつもこういう格好で……」
「やめろ。ここは魔道学園だ。そんな恰好をしていたら……」
掃除に来たのだろうか。箒を持った男が口をあんぐり開けてこちらを見ていた。イーサンは真っ赤になって俺を連れて道場を出る。
「服装規定に反していたのか。運動中も駄目なんだな。すまない」
せっかく案内してくれたのに、恥をかかせてしまったのか。
「服装規定どころか、あらぬ誤解を……とにかく、部屋に帰るぞ」
俺たちは人目を避けて寮に戻った。
「すまなかったな。せっかくの修練を邪魔してしまった」
俺は謝る。
「そういえば、脱いだ服を忘れてきてしまった。取りに行かないと」
「いや、いい。いいから」
イーサンは鎮めるように頭をふった。
「服は、明日休みだから買いに行こう。店を教えてやる。だから、余計なことはしないでなるべく部屋にいてくれ。君が出歩くと、何を引き起こすか、僕は怖いんだ」
昨日もいろいろあったからな。おとなしくしておいたほうがいいのかもしれない。
でも。
「朝ご飯は?」
「具合が悪いといったら、持ってきてくれると思う。なんなら、頼んでみようか?」
素晴らしいな。魔道学園は。そんな親切なことまでしてくれるとは。
「そうか、なら、昨日のスープ3皿と肉を5人前と、パンを山盛り、野菜の煮込みもおいしかったな。もちろんパンケーキも10枚くらいつけて……」
「……食堂に行こうか」
俺はイーサンと一緒に食堂に行った。早朝だからだろうか、昨日の豪華な食事は並んでいない。それでも煮込んだお粥は十分おいしい。
「食べるのなら、この時間にしろよ」
イーサンが俺の食事を見ながらため息をついた。
「この時間なら、そういう食べ方をしても文句を言う奴はいない」
「そうなの?」
「ああ。今の時間なら平民しか食堂にいないから。昨日みたいなことは起きない」
「たくさん食べるのは駄目なのか?」
俺はがっかりした。こんなにおいしい食事が腹いっぱい食べられないなんて。
「食べてもいいけれど、限度というものがある」
ふと、厨房の奥からいい香りが漂ってきた。肉を焼く香ばしいにおい、いや、これは卵焼きかな?ひょっとして今から朝食用に並ぶのだろうか。ふんわりした香りが腹を刺激してきた。
「そうか、なら、この時間と貴族専用の時間の二回食べることができたら……」
量も質も確保できるというわけか。俺はそれを想像してうっとりした。
「それはやめとけ。当分は」
イーサンがため息をつく。
「昨日のことを忘れたのか。これから、皇族方をはじめ高位の貴族たちが食事に来る。君は第二王子殿下にケンカを売ったんだぞ。極力、会うことを避けるべきだ。表向きにはお咎めなかったけれど、あの方が一度されたことを忘れるとは思えない」
「土下座して、頭を下げても駄目か?」
「許すとはいうだろうけど、そのあとがどうなるかは……」
「陰険な野郎だな」
俺が感想を述べると、イーサンは慌ててあたりを見回した。
「とにかく、あまり出歩くな。授業が終わったらすぐに部屋を移動して、自室に戻れよ。そういえば、授業はどうなっているんだ?」
「ああ、時間割ね」
俺はイーサンに時間割を見せた。
「なんだ? これは?」
イーサンが時間割を指でなぞりながら、信じられないといった様子で何度も確認している。
「魔法理論基礎、精霊魔法基礎……これは去年とった授業だろ。まさか、ラーク。君は全部単位落としたのか?」
「……知らないよ。俺は」
「授業で姿を見かけないと思っていたら……参ったな」
イーサンは頭を抱えている。
「君の手助けをすると昨日言ったけど、どうも無理そうだ。すまない。教室にだけ案内するよ」
俺も今日の予定を見た。朝から座学が詰まっている。それも俺の習ったこともない魔法の授業だ。
見知らぬ天井をぼんやりと見上げ、ここがどこだか一瞬混乱する。
「イーサン?」
俺が隣の部屋を覗いて声をかけると、イーサンは驚いた顔をした。
「ラーク。もう起きたのか?」
「ああ。着替える音がしたから。あ、訓練に行くのか?」
イーサンが着ていたのは動きやすような訓練用の胴着だ。
「そうだけど。よくこんな朝早く起きることができたね」
「うん? ふつうこの時間に起きないか?」
昨日夜更かししてしまったから、それを気にしているのだろうか。昨夜のごたごたを思い出して胸に重いものがのしかかってくる。初日から正体を見破られ、絶対に敵に回してはいけない相手を殴ってしまったのだ。何をすればよくて、何をしていけないのかが全く読めない。一寸先は闇、霧の中を歩いているような気がする。
こんな時には、体を動かすに限る。
「俺も一緒にいってもいいか?」
「剣の練習だぞ。いいのか?」
「うん。ちょっと待ってくれ。着替えてくる」
俺は昨日見つけておいた稽古用の服を引っ張り出した。やはりこれも少し小さい。
「なぁ、制服とか胴着とか、どこで売っているのかな? 俺にはローレンスの服は窮屈で……」
肩に服を引っかけたままで俺は仕切りを開けた。
「だから、そんな恰好で出てくるなと……」
イーサンが顔をわずかに赤くして俺を部屋に押し込もうとする。
忘れていた。ここでは男同志でも肌を露出しないのが礼儀だった。北だったら上半身裸で歩いているのは日常風景なんだけどな。
剣術の練習する道場は図書館の先にあるらしい。昨日の今日だ、王子様方が住んでいる建物を避けてそちらに向かう。慎重に行こう。警戒するに越したことはない。
「そういえば、イーサン。なんで、俺のこと、ラークって呼ぶんだ?」
俺は昨日から疑問に思っていることを尋ねてみた。
「それは……ローレンスという名前が同学年に何人もいるからだ。まず、君、君の従弟、それにもう一人平民がいる。家名を名乗ることは許されていないから、あだ名で区別するしかない」
なるほど、確かにローレンスという名前はそこまで珍しい名前ではない。
案内された場所は、大きな柱に囲まれた運動場だった。俺の学校にある道場よりもはるかに広い。中央には丁寧に土がならされた場所があり、それを囲むように立派な柱が何本もたっていた。その周りにさらに段になった石造りの椅子が並んでいる。俺たち北の民が使う闘技場に似ていた。少し違うのは観客席には大きな丸い屋根がついていることだ。ここの観客席から競技を見れば、応援も盛り上がるだろう。
俺はうれしくなって、一周運動場を走ってみた。
「すごいな。ここ。なぁ、それで、ここで剣を振るってもいいのか?」
戻ってきた俺をイーサンが少しあきれた表情で見つめている。
「いや、ここは魔道練習場で、武器を使ってもいい場所はもっとむこうだ」
「え? 魔道練習場がこんなに広いのか」
俺の学校の道場よりも広い場所を魔法のために使っているとは。
「ここが、魔道学園だということを忘れているんじゃないか?」
イーサンは小声で注意した。
「そうだった。そうだよなぁ」
魔法を使うために作られた学校なのだから、当然か。
そう思ったのだけれど。
イーサンに連れてこられた武器を使ってもいい道場を見て、先ほどの落差に俺はがっかりする。
「ここなのか?」
俺の残念そうな顔を見て、イーサンが申し訳なさそうに言い訳した。
「ここは自主練習場兼用具置き場なんだよ。授業は向こうの広い場所を使っているから」
魔道帝国が武術を軽視していることは知っていたけれど、ここまでとは。俺たちが大切にしているものが侮辱された気がして、いい気持ではない。ただ。
「まぁ、いいか。久しぶりに運動できるんだ」
俺は空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「勝手に使ってもいいかな?」
「どうぞご自由に」
誰も気にしないから、とイーサンも体を動かし始める。
準備運動、準備運動っと。体をほぐして、筋肉を柔らかくする。走り込みをしたいところだけど、ここでは少し狭いかもしれない。あとで、この学園の見学がてら一周してみようか。
使ってみるとここも悪くはない。体が温まったところで、俺は模擬剣を手に取った。ちょっと、細身かな? まずは久しぶりに型を練習してみるか?
「まて、まて」
イーサンが慌てて止めてきた。
「君、北部式の剣術を使うつもりか? ここで」
イーサンは俺にささやいた。
「誰かが見たら、一発でばれるぞ。君がラークじゃないって」
「……ラークは、帝国式剣術を学んでいたのか。やはり」
「彼は剣術なんか学んでいないと思うぞ。ラークは、練習しているところを見たことがないよ。少なくとも、道場には一度も来ていないはずだ。とにかく、それはやめろ」
「じゃあ、修練できないじゃないか」
どうしよう。せっかく楽しみにしていたのに。
俺は肩を落とす。
「そんなに楽しみにしていたのか。それなら、体を動かすだけでもいいなら……僕が帝国式の剣術を教えてあげるよ。誰かに見られても初心者のラークに教えているって言い訳がきくし」
「帝国式剣術! 教えてくれるのか?」
それは面白そうだ。帝国式の剣術は北部のよりも洗練されていると聞いている。一度見てみたかったんだ。
「ちょっと動いてみてくれ。どんな感じなのかな」
そんなたいしたものではないけれど、と前置きしながらイーサンは帝国式の剣術を見せてくれた。その姿勢には無駄がなく、洗練された気品すら感じられる。
思った通りだ。口ではああいっているが、イーサンは強い。踏み込みは静かに、しかし一瞬で間合いを詰める。ここまで洗練させるのにどれだけ修練を積んできたのだろうか。対戦したらどんな感じだろう。俺は彼の動きをまねてみることにした。
最初はこうか。
次は……あれ。
嫌な音がした。布が割けたのだ。
「あぁあ」
小さめの服に無理やり袖を通していたものだから、縫い目が避けて腋がむき出しになっている。
この服はもう役に立たないな。新しい服はどこで買えるのだろう。まとわりつく布切れをはいで、剣を振り回した。自由に動けるだけで、すっきりする。
「ラーク!」
すぐにイーサンがとんできた。
「何やってるんだ。おい、これを羽織れよ」
そのあたりに転がっていた大きな布を俺にかぶせる。イーサンは焦っているようだ。
「うん? 服が破れてしまってね。動くのに邪魔になるから」
「だからって、どうして脱ぐんだよ」
「?? 運動のときは上半身裸でも構わないだろ。むしろ、俺たちはいつもこういう格好で……」
「やめろ。ここは魔道学園だ。そんな恰好をしていたら……」
掃除に来たのだろうか。箒を持った男が口をあんぐり開けてこちらを見ていた。イーサンは真っ赤になって俺を連れて道場を出る。
「服装規定に反していたのか。運動中も駄目なんだな。すまない」
せっかく案内してくれたのに、恥をかかせてしまったのか。
「服装規定どころか、あらぬ誤解を……とにかく、部屋に帰るぞ」
俺たちは人目を避けて寮に戻った。
「すまなかったな。せっかくの修練を邪魔してしまった」
俺は謝る。
「そういえば、脱いだ服を忘れてきてしまった。取りに行かないと」
「いや、いい。いいから」
イーサンは鎮めるように頭をふった。
「服は、明日休みだから買いに行こう。店を教えてやる。だから、余計なことはしないでなるべく部屋にいてくれ。君が出歩くと、何を引き起こすか、僕は怖いんだ」
昨日もいろいろあったからな。おとなしくしておいたほうがいいのかもしれない。
でも。
「朝ご飯は?」
「具合が悪いといったら、持ってきてくれると思う。なんなら、頼んでみようか?」
素晴らしいな。魔道学園は。そんな親切なことまでしてくれるとは。
「そうか、なら、昨日のスープ3皿と肉を5人前と、パンを山盛り、野菜の煮込みもおいしかったな。もちろんパンケーキも10枚くらいつけて……」
「……食堂に行こうか」
俺はイーサンと一緒に食堂に行った。早朝だからだろうか、昨日の豪華な食事は並んでいない。それでも煮込んだお粥は十分おいしい。
「食べるのなら、この時間にしろよ」
イーサンが俺の食事を見ながらため息をついた。
「この時間なら、そういう食べ方をしても文句を言う奴はいない」
「そうなの?」
「ああ。今の時間なら平民しか食堂にいないから。昨日みたいなことは起きない」
「たくさん食べるのは駄目なのか?」
俺はがっかりした。こんなにおいしい食事が腹いっぱい食べられないなんて。
「食べてもいいけれど、限度というものがある」
ふと、厨房の奥からいい香りが漂ってきた。肉を焼く香ばしいにおい、いや、これは卵焼きかな?ひょっとして今から朝食用に並ぶのだろうか。ふんわりした香りが腹を刺激してきた。
「そうか、なら、この時間と貴族専用の時間の二回食べることができたら……」
量も質も確保できるというわけか。俺はそれを想像してうっとりした。
「それはやめとけ。当分は」
イーサンがため息をつく。
「昨日のことを忘れたのか。これから、皇族方をはじめ高位の貴族たちが食事に来る。君は第二王子殿下にケンカを売ったんだぞ。極力、会うことを避けるべきだ。表向きにはお咎めなかったけれど、あの方が一度されたことを忘れるとは思えない」
「土下座して、頭を下げても駄目か?」
「許すとはいうだろうけど、そのあとがどうなるかは……」
「陰険な野郎だな」
俺が感想を述べると、イーサンは慌ててあたりを見回した。
「とにかく、あまり出歩くな。授業が終わったらすぐに部屋を移動して、自室に戻れよ。そういえば、授業はどうなっているんだ?」
「ああ、時間割ね」
俺はイーサンに時間割を見せた。
「なんだ? これは?」
イーサンが時間割を指でなぞりながら、信じられないといった様子で何度も確認している。
「魔法理論基礎、精霊魔法基礎……これは去年とった授業だろ。まさか、ラーク。君は全部単位落としたのか?」
「……知らないよ。俺は」
「授業で姿を見かけないと思っていたら……参ったな」
イーサンは頭を抱えている。
「君の手助けをすると昨日言ったけど、どうも無理そうだ。すまない。教室にだけ案内するよ」
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