魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

文字の大きさ
11 / 82

修練

しおりを挟む
 誰かが静かに着替える気配で目が覚めた。
 見知らぬ天井をぼんやりと見上げ、ここがどこだか一瞬混乱する。

「イーサン?」
 俺が隣の部屋を覗いて声をかけると、イーサンは驚いた顔をした。

「ラーク。もう起きたのか?」

「ああ。着替える音がしたから。あ、訓練に行くのか?」
 イーサンが着ていたのは動きやすような訓練用の胴着だ。

「そうだけど。よくこんな朝早く起きることができたね」

「うん? ふつうこの時間に起きないか?」

 昨日夜更かししてしまったから、それを気にしているのだろうか。昨夜のごたごたを思い出して胸に重いものがのしかかってくる。初日から正体を見破られ、絶対に敵に回してはいけない相手を殴ってしまったのだ。何をすればよくて、何をしていけないのかが全く読めない。一寸先は闇、霧の中を歩いているような気がする。

 こんな時には、体を動かすに限る。

「俺も一緒にいってもいいか?」

「剣の練習だぞ。いいのか?」

「うん。ちょっと待ってくれ。着替えてくる」
 俺は昨日見つけておいた稽古用の服を引っ張り出した。やはりこれも少し小さい。

「なぁ、制服とか胴着とか、どこで売っているのかな? 俺にはローレンスの服は窮屈で……」
 肩に服を引っかけたままで俺は仕切りを開けた。

「だから、そんな恰好で出てくるなと……」

 イーサンが顔をわずかに赤くして俺を部屋に押し込もうとする。
 忘れていた。ここでは男同志でも肌を露出しないのが礼儀だった。北だったら上半身裸で歩いているのは日常風景なんだけどな。

 剣術の練習する道場は図書館の先にあるらしい。昨日の今日だ、王子様方が住んでいる建物を避けてそちらに向かう。慎重に行こう。警戒するに越したことはない。

「そういえば、イーサン。なんで、俺のこと、ラークって呼ぶんだ?」
 俺は昨日から疑問に思っていることを尋ねてみた。

「それは……ローレンスという名前が同学年に何人もいるからだ。まず、君、君の従弟、それにもう一人平民がいる。家名を名乗ることは許されていないから、あだ名で区別するしかない」
 なるほど、確かにローレンスという名前はそこまで珍しい名前ではない。

 案内された場所は、大きな柱に囲まれた運動場だった。俺の学校にある道場よりもはるかに広い。中央には丁寧に土がならされた場所があり、それを囲むように立派な柱が何本もたっていた。その周りにさらに段になった石造りの椅子が並んでいる。俺たち北の民が使う闘技場に似ていた。少し違うのは観客席には大きな丸い屋根がついていることだ。ここの観客席から競技を見れば、応援も盛り上がるだろう。

 俺はうれしくなって、一周運動場を走ってみた。

「すごいな。ここ。なぁ、それで、ここで剣を振るってもいいのか?」
 戻ってきた俺をイーサンが少しあきれた表情で見つめている。

「いや、ここは魔道練習場で、武器を使ってもいい場所はもっとむこうだ」

「え? 魔道練習場がこんなに広いのか」
 俺の学校の道場よりも広い場所を魔法のために使っているとは。

「ここが、魔道学園だということを忘れているんじゃないか?」
 イーサンは小声で注意した。

「そうだった。そうだよなぁ」
 魔法を使うために作られた学校なのだから、当然か。
 そう思ったのだけれど。

 イーサンに連れてこられた武器を使ってもいい道場を見て、先ほどの落差に俺はがっかりする。

「ここなのか?」

 俺の残念そうな顔を見て、イーサンが申し訳なさそうに言い訳した。

「ここは自主練習場兼用具置き場なんだよ。授業は向こうの広い場所を使っているから」
 魔道帝国が武術を軽視していることは知っていたけれど、ここまでとは。俺たちが大切にしているものが侮辱された気がして、いい気持ではない。ただ。

「まぁ、いいか。久しぶりに運動できるんだ」
 俺は空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「勝手に使ってもいいかな?」

「どうぞご自由に」
 誰も気にしないから、とイーサンも体を動かし始める。

 準備運動、準備運動っと。体をほぐして、筋肉を柔らかくする。走り込みをしたいところだけど、ここでは少し狭いかもしれない。あとで、この学園の見学がてら一周してみようか。
 使ってみるとここも悪くはない。体が温まったところで、俺は模擬剣を手に取った。ちょっと、細身かな? まずは久しぶりに型を練習してみるか?

「まて、まて」
 イーサンが慌てて止めてきた。

「君、北部式の剣術を使うつもりか? ここで」
 イーサンは俺にささやいた。
「誰かが見たら、一発でばれるぞ。君がラークじゃないって」

「……ラークは、帝国式剣術を学んでいたのか。やはり」

「彼は剣術なんか学んでいないと思うぞ。ラークは、練習しているところを見たことがないよ。少なくとも、道場には一度も来ていないはずだ。とにかく、それはやめろ」

「じゃあ、修練できないじゃないか」
 どうしよう。せっかく楽しみにしていたのに。
 俺は肩を落とす。

「そんなに楽しみにしていたのか。それなら、体を動かすだけでもいいなら……僕が帝国式の剣術を教えてあげるよ。誰かに見られても初心者のラークに教えているって言い訳がきくし」

「帝国式剣術! 教えてくれるのか?」
 それは面白そうだ。帝国式の剣術は北部のよりも洗練されていると聞いている。一度見てみたかったんだ。
「ちょっと動いてみてくれ。どんな感じなのかな」

 そんなたいしたものではないけれど、と前置きしながらイーサンは帝国式の剣術を見せてくれた。その姿勢には無駄がなく、洗練された気品すら感じられる。

 思った通りだ。口ではああいっているが、イーサンは強い。踏み込みは静かに、しかし一瞬で間合いを詰める。ここまで洗練させるのにどれだけ修練を積んできたのだろうか。対戦したらどんな感じだろう。俺は彼の動きをまねてみることにした。

 最初はこうか。
 次は……あれ。

 嫌な音がした。布が割けたのだ。

「あぁあ」
 小さめの服に無理やり袖を通していたものだから、縫い目が避けて腋がむき出しになっている。

 この服はもう役に立たないな。新しい服はどこで買えるのだろう。まとわりつく布切れをはいで、剣を振り回した。自由に動けるだけで、すっきりする。

「ラーク!」
 すぐにイーサンがとんできた。
「何やってるんだ。おい、これを羽織れよ」

 そのあたりに転がっていた大きな布を俺にかぶせる。イーサンは焦っているようだ。

「うん? 服が破れてしまってね。動くのに邪魔になるから」

「だからって、どうして脱ぐんだよ」

「?? 運動のときは上半身裸でも構わないだろ。むしろ、俺たちはいつもこういう格好で……」

「やめろ。ここは魔道学園だ。そんな恰好をしていたら……」

 掃除に来たのだろうか。箒を持った男が口をあんぐり開けてこちらを見ていた。イーサンは真っ赤になって俺を連れて道場を出る。

「服装規定に反していたのか。運動中も駄目なんだな。すまない」
 せっかく案内してくれたのに、恥をかかせてしまったのか。

「服装規定どころか、あらぬ誤解を……とにかく、部屋に帰るぞ」
 俺たちは人目を避けて寮に戻った。

「すまなかったな。せっかくの修練を邪魔してしまった」
 俺は謝る。
「そういえば、脱いだ服を忘れてきてしまった。取りに行かないと」

「いや、いい。いいから」
 イーサンは鎮めるように頭をふった。
「服は、明日休みだから買いに行こう。店を教えてやる。だから、余計なことはしないでなるべく部屋にいてくれ。君が出歩くと、何を引き起こすか、僕は怖いんだ」

 昨日もいろいろあったからな。おとなしくしておいたほうがいいのかもしれない。
 でも。

「朝ご飯は?」

「具合が悪いといったら、持ってきてくれると思う。なんなら、頼んでみようか?」
 素晴らしいな。魔道学園は。そんな親切なことまでしてくれるとは。

「そうか、なら、昨日のスープ3皿と肉を5人前と、パンを山盛り、野菜の煮込みもおいしかったな。もちろんパンケーキも10枚くらいつけて……」

「……食堂に行こうか」

 俺はイーサンと一緒に食堂に行った。早朝だからだろうか、昨日の豪華な食事は並んでいない。それでも煮込んだお粥は十分おいしい。
「食べるのなら、この時間にしろよ」
 イーサンが俺の食事を見ながらため息をついた。
「この時間なら、そういう食べ方をしても文句を言う奴はいない」

「そうなの?」

「ああ。今の時間なら平民しか食堂にいないから。昨日みたいなことは起きない」

「たくさん食べるのは駄目なのか?」
 俺はがっかりした。こんなにおいしい食事が腹いっぱい食べられないなんて。

「食べてもいいけれど、限度というものがある」

 ふと、厨房の奥からいい香りが漂ってきた。肉を焼く香ばしいにおい、いや、これは卵焼きかな?ひょっとして今から朝食用に並ぶのだろうか。ふんわりした香りが腹を刺激してきた。

「そうか、なら、この時間と貴族専用の時間の二回食べることができたら……」
 量も質も確保できるというわけか。俺はそれを想像してうっとりした。

「それはやめとけ。当分は」
 イーサンがため息をつく。
「昨日のことを忘れたのか。これから、皇族方をはじめ高位の貴族たちが食事に来る。君は第二王子殿下にケンカを売ったんだぞ。極力、会うことを避けるべきだ。表向きにはお咎めなかったけれど、あの方が一度されたことを忘れるとは思えない」

「土下座して、頭を下げても駄目か?」

「許すとはいうだろうけど、そのあとがどうなるかは……」

「陰険な野郎だな」
 俺が感想を述べると、イーサンは慌ててあたりを見回した。

「とにかく、あまり出歩くな。授業が終わったらすぐに部屋を移動して、自室に戻れよ。そういえば、授業はどうなっているんだ?」

「ああ、時間割ね」
 俺はイーサンに時間割を見せた。

「なんだ? これは?」
 イーサンが時間割を指でなぞりながら、信じられないといった様子で何度も確認している。

「魔法理論基礎、精霊魔法基礎……これは去年とった授業だろ。まさか、ラーク。君は全部単位落としたのか?」

「……知らないよ。俺は」

「授業で姿を見かけないと思っていたら……参ったな」
 イーサンは頭を抱えている。

「君の手助けをすると昨日言ったけど、どうも無理そうだ。すまない。教室にだけ案内するよ」

 俺も今日の予定を見た。朝から座学が詰まっている。それも俺の習ったこともない魔法の授業だ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら
BL
久々の新作です。 全16話。 すでに書き終えているので、 毎日17時に更新します。 *** 騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。 だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。 醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、 その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、 無表情で女性を冷たくあしらうばかり。 そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。 本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、 次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、 彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった! は? 騎士団長と結婚!? 無理無理。 いくら俺が【不能】と言っても…… え? 違う? 妖精? 妖精と結婚ですか?! ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。 だめ? 【不能】じゃないと結婚できない? あれよあれよと婚約が決まり、 慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の 可愛い恋物語です。 ** 仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦 落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。 今回は短編で。 リハビリがてらサクッと書いたものですf^^; 楽しんで頂けたら嬉しいです

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

公爵令息は悪女に誑かされた王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

転生聖賢者は、悪女に迷った婚約者の王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 全五話です。

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

処理中です...