魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

文字の大きさ
12 / 82

平民

しおりを挟む
 案内された大教室はがらんとしていた。まだ開始時刻のかなり前なので数人の生徒しか広い教室にいない。
 俺は一番後ろの目立たない席に座ろうと緩い段になった通路を上っていく。

 俺の目指していた一番後ろの隅っこで大人しそうな眼鏡をかけた少年が本を開いて何かメモを取っていた。

「やぁ、こんにちは」
 俺は小さな声で挨拶をした。
「ここ、座っていいかな」

「ええ……うん」
 少年は高い声で答えて、本を少しずらしてくれた。
「君、見かけない顔だね」

「ああ。うん、ちょっと事故にあって……頭を打ったみたいなんだ。それで」

「そうか。それは気の毒に」

「えっと、この授業はこの教科書でいいんだよな」
 俺はローレンスの本棚から引っ張り出してきた教科書を少年に見せた。

「あ、これは去年の教科書だね」

「使えないのか?」

「ううん。大丈夫。中身は同じだから」
 少年は俺に同じ本をかざして見せた。

「そ、そうか」
 俺は教科書を開いてみた。最初のほうを読んでみたけれど、何が書いてあるのかさっぱりわからなかった。

 隣の少年はさらさらとノートに何かを書いている。

「何をしているんだ?」

「課題だよ。先週出た」少年は顔を上げずに答えた。「本をまとめているんだ」

「そ、そんな課題があるんだ」

「うん。でも、君は免除されるんじゃないかな? 怪我をして入学が一期遅れたんだよね。それで許されたのならそうなると思う」

「そ、そうだといいね」

 単位を取らなくても卒業できる大貴族特権はあるだろうか。俺は他人事だからいいけど、ローレンス、あぶないぞ。

「僕はリーフ。君は?」

「あ、俺、僕はラン……ローレンスだ」

「へぇ、ローレンス。僕の兄さんもローレンスというんだ。よろしく」
 眼鏡の少年は手を出してきた。俺はその手を握り返す。
「平民の生徒って少ないから仲よくしようね」

「あ、お、僕は一応貴族……」
 言いかけた時だった。教室に生徒の集団が大きな声で笑いあいながら入ってきた。
 リーフは下を向いて目をそむける。

「なに? どうした?」

「しっ、下向いて。注意をひかないで」

 リーフは勉強をしているそぶりをしながらささやいた。
 俺も下を向いて本を読んでいるふりをした。

「あの人たち、貴族なんだよ。それも位の高い」
 リーフが小さな声で教えてくれた。
「彼らにかかわると大変だから、ね」

 俺はそっと前のほうで騒いでいる連中を観察した。ほとんどの生徒が今はやりの私服で、中にはこれ見よがしに高価な装身具をつけているものもいる。紋章入りの剣を腰に下げているものまでいた。

「静かに。それでは授業を始める」

 魔法学の先生が入ってきても、しばらく貴族の子弟は教室の前のほうでたむろし、先生が机をたたいてようやく席に着く。

 授業は予想していたように何を話しているのかさっぱりわからなかった。
 あまりのわからなさに隣を見ると、リーフが懸命にノートを取っている。

「君、わかるのかい?」

「うん」

「僕にはさっぱりだ」

「基本さえおさえれば簡単だよ」
 当たり前のようにいわれて、俺は黙った。

 本の最初から読んでみたけれど、まるで頭に入ってこない。

 教室の外には穏やかな日が差していた。窓から気持ちのいい風も入ってくる。こういう日こそ外で修練を積むか、森に散策に行くか、川で泳ぐのもいいな。

 いつしか俺はうとうとしていたらしい。肩をたたかれて目を上げると、リーフが心配そうにのぞき込んでいた。

「ねえ、大丈夫?」

「あ、ああ。ごめん」
 周りを見回すと教室はまた空に近くなっている。

「もう授業終わったよ」

 俺は慌てて教科書を片付けた。

「次の授業は?」

「あ、また同じ授業だね。精霊魔法基礎」

「精霊学か」

 これは何とかなるかもしれないとひそかに思っていた授業だった。前の学校でもこの授業はあったからだ。

 次の教室は前の部屋よりも小さかった。棚がたくさんあって、杖が並べられていた。杖術の訓練でもするのだろうか。それにしては大きな机やいすがたくさんある。杖を振り回す空間がない。

「ここでやるのか?」

「精霊関係の授業は基本この教室だよ」

 俺はリーフとまた隅のほうの席に座った。

「さっきはずいぶん気持ちよさそうに寝ていたね」

「うん、授業を聞いていたら眠くなってしまって」
 俺は全然理解できなかったと打ち明けた。

「あの教科書の初めは理解しにくいんだよ。いきなり理論から入るから」

 リーフが自分のノートを見せてくれた。几帳面な字で魔法の基本についてまとめられている。

「へぇ、これはわかりやすい」
 俺の頭でもわかる。
「すごいな、リーフ。僕でも理解できるよ」

「そのノート、貸してあげるよ。もう使わないと思うから」
 リーフが少しうれしそうに、でも恥ずかしそうにそのノートを差し出した。

「実はこのノートは別の本をまとめたものなんだよ。教科書が分からないっていったら、兄さんがこっちのほうがいいよって」

「へぇ、君の兄さんは頭がいいんだな」

「うん。とても勉強家で、だからここには入れたんだよ」

 リーフの家は本屋なのだそうだ。

「もっとも、家で扱っているのは庶民向けの本で、魔法の本はあまりないんだけどね」
 リーフは頭を掻いた。

「ねぇ、そういえばローレンスはどこの出なの? 帝都の出? それとももっと別の地域なのかな」

「僕は……」
 何といえばいいのだろう。俺は困った。
「実は覚えていないんだよ」

「え?」

「事故でね。それで、記憶がとんでしまった……らしいんだよ。両親という人があらわれたんだけど」
 いきなり肉親だといわれても情が湧かないんだよ。本物の親もいるから。俺はため息をつく。

「ローレンス、君、大変だったんだね」

 リーフが同情の目で俺を見る。素直に俺の嘘を信じたみたいだ。きらきらした曇りのない優しさに、俺は心苦しくなって目をそらす。

「何かできることがあったらいってね。力になるから」

 ごめんな。リーフ。俺は偽記憶喪失者です。

「それでは、授業を始めます」

 精霊学は魔法学よりもずっとわかりやすいはずだった。原理的に精霊の力を使うには一つの方法しかないからだ。
 精霊と友達になること。
 つまり精霊を見たり聞いたりできる才能と、精霊との相性。力を使うのに必要な条件はこれだけだ。俺達、北の戦士と呼ばれる人間はお友達になれる能力を持っている。才能がなければ、どんなに名家の出であっても戦士になることはできないからだ。

 一方魔法は魔道具さえあれば簡単な魔法なら誰でも使える。平民から貴族まで、人を選ぶことはない。ただ高度な魔法や魔道具作成には複雑な手続きや詠唱や道具が必要となるけれど、それはそれ。そういうことは専門家にお任せだ。

「……というわけです」

 そんなわけで精霊学の先生の話も当たり障りのない普通の話か、神学の話になるしかない。そのくらい個人の力量と個性に由来するものなのだ。そのくらい俺の学校でもやってきたからなんとかなる、と思ったのだけど。
 おかしいな。今まで習ったこともない話を聞いている。これは本当に精霊学なんだろうか。

「次の時間から精霊を呼び出す訓練をしますね」

 え?

「うまくいかない人がほとんどだと思いますが、気にしないでください」

 ええええ?

 こんな初級の授業で、そんな高度な技を? あんなに練習した俺でも今まで一度も精霊を呼び出すことに成功していないのに。

「ど、どうやって呼び出すの?」
 俺はリーフに聞いてみた。

「うん? 僕も本でしか見たことがないけれど」
 リーフは教科書の後ろのほうを開いて図を見せてくれた。
「こうやって杖をもって、振り回すみたいだよ。こんな感じに」

「剣にのせるんじゃないの?」

「何をのせるの?」

 精霊剣の使い方を身振り手振りで教えようとして、俺は自分の設定を思い出した。

「あー、わけがわからない」
 中途半端に振り上げた手をぐるぐると振り回した。

「だよね。僕達平民にはあまり縁のない技だよね。精霊の恵みを受けた人はあまりいないからね」

「そ、そうなんだ」

「恵みを受けても、大体が魔道学校には行かずに、神職に進むしね」

「へえ」

 聞いていないことばかりで、笑い返す頬が引きつった。
 また一つデリン家に文句をつける材料を見つけてしまう。

「次は何の授業?」

 教室から出た俺たちは互いの時間割を見せ合った。

「次は神学かぁ。この授業、僕はとっていないんだよね」
 リーフが残念そうにいう。

「次に一緒に受ける科目は、来週の魔道学かな? これもこの教室だよ。ちょうど来週から実践に入るところだよ。良かったね」

「もう実戦……ついて行けるかな?」

「ノートを貸してあげるよ。これ、みたら、大体理解できると思う」
 持つべきものは賢い友だ。俺はありがたく、ノートを借りた。

「早く食堂に行こうよ。弁当がなくなってしまうよ」

 リーフに促されて、俺は食堂に向かった。
 そういえば、イーサンは何をしているのだろう。あまり出歩くなといっていたけれど、少しくらいなら大丈夫だよな。

 上の学年はまだ授業中らしい。俺とリーフは食堂の端で箱に入れた弁当を受け取った。

「もう少ししたら、身分の高い人たちが来るからね」
 リーフは俺を急き立てる。

「庭に出て食べるんだ」

「なぁ、平民は食堂を使えないのか?」
 俺はリーフにきく。

「うん。建前上は誰でも使えることになっているけれど、僕達と一緒だと嫌がる人もいるからね」

「食べるものも違うんだな」
 俺はベンチに座って弁当のふたを開ける。昨日の晩御飯とは比べにならないほど質素だった。量だけはあるけれど。

「まあね」
 リーフはそれを当たり前だと思っているようだった。

 前の学校では全校生、同じものを食べていたからな。そして、食事は戦闘だった。ここではだれ一人争うことなく食事にありつけるが、奇妙な区別があるんだな。

 そうこうしているうちに、上の学年の授業が終わったらしい。庭を横切る生徒の数が増えてきた。集団になって、食堂に向かっているのは貴族たちということか。その集団の中からも何人かが抜けて、庭に出てくる。

「あ、兄さんだよ」
 リーフが手を振る。
「ローレンス兄さん、こっちだよ」

 リーフによく似た青年がこちらに向かってきた。リーフの眼鏡をはずして、背を伸ばしたらこんな姿になるのだろう。彼はさわやかな笑顔を浮かべていた。

 ふいに彼の笑顔が消えた。ものすごい速さでこちらに近づいてくると、リーフの腕を取っていきなり立たせる。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら
BL
久々の新作です。 全16話。 すでに書き終えているので、 毎日17時に更新します。 *** 騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。 だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。 醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、 その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、 無表情で女性を冷たくあしらうばかり。 そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。 本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、 次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、 彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった! は? 騎士団長と結婚!? 無理無理。 いくら俺が【不能】と言っても…… え? 違う? 妖精? 妖精と結婚ですか?! ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。 だめ? 【不能】じゃないと結婚できない? あれよあれよと婚約が決まり、 慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の 可愛い恋物語です。 ** 仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦 落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。 今回は短編で。 リハビリがてらサクッと書いたものですf^^; 楽しんで頂けたら嬉しいです

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

公爵令息は悪女に誑かされた王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

転生聖賢者は、悪女に迷った婚約者の王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 全五話です。

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

処理中です...