魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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 思ったよりも執事との話で時間を取ってしまった。

 俺はし忘れたことがないか確認しながら、待ち合わせ場所に急いだ。
 話すことは話したし、手紙も渡した。お小遣いももらって、洋服を買う許可ももらった。デリン家は金払いという点においては太っ腹だった。必要なものはすべてつけ払い。何でも買っていいよという。

 イーサンとの待ち合わせ場所はすぐにわかった。そこは町の中でも一番華やかな通りで、着飾った人たちが散策している場所だったから。

「遅かったね」
 イーサンは俺の顔を見て一言そういった。

「すまない。待たせた?」

「まぁ。それでは、店に行こうか」

 店には俺たち以外にも生徒がたくさん出入りしていた。女学校の生徒も多く、互いが互いに品定めしている。

「制服ですか?」
 店子をしている若い神官が早速近寄ってきた。

「あー、これでお願いしたいのだけれど」
 俺が執事に書いてもらったメモを渡すと、それをちらりと見た神官がうなずいた。
「どうぞ、こちらへ。奥でご用意します」

 案内された部屋は静かで、座り心地のよさそうな椅子や磨かれた机、それに飲み物や茶菓子まで用意してあった。

「ようこそ、デリン様」
 年かさのいかにも接客慣れした神官がにこやかに笑いかけてくる。
「新しい制服でございますね。よろしゅうございます。寸法を測らせていただきますね」

 男は早速俺の周りで計り始める。

「デリン様はずいぶん背が伸びられた様子。これはお直しするよりも新しく作られたほうがようございますね。なるほど、すぐにご入用。わかりました。既成のものもございます。新しく作る制服は後程お届けするとして、規制の制服はそのまま着て戻られると……」

 制服、運動着、胴着、それに普段着。あっという間に服の山ができていく。

「イーサン、どうだろう」俺は椅子に座って待っているイーサンに新しい服を見せた。
「これで激しい動きをしても破れなくてすむぞ」

「君の服を選ぶ観点はそこか。適当に選びすぎだ」
 イーサンは文句をつけた。
「そんな地味な外套まで買って。まるでどこかに忍び込もうとする犯罪者みたいだな。雨具に皮の胴着? 水筒? そんなものなんにつかうんだ?」

「外で訓練するのにいるだろう? あ、この鞄も面白いな」

「ああ、そのかばんを選ばれるとはお目が高い。これは魔道具になっておりまして……」

 値段をちらりと見たら、思った以上に高価なものだった。すべて付けに回してくれと執事はいっていたけれど、いいのだろうか?

「ラーク、ちょっと待て」
 イーサンが近づいて、ささやく。
「神殿の商品は高すぎる。いい店を教えてやるからやめとけ」

 俺は制服と必要最低限なものだけ頼んで店を出た。

「神殿直営の店はねぇ。高すぎなんだ。品質は保証されているが、他の店なら半値で買えるものもある」
 店の外に出てからイーサンがこぼした。

「あの鞄、よかったのになぁ。見た目以上にものが入るらしい」

「同じようなものがもっと安く売っているから」

 イーサンに案内された店は武器屋だった。先ほどの店と違って裏通りで人気はすくない。

「これは、これは、ハーシェル様」
 顔見知りらしい店主はイーサンに笑いかける。
「今日はどのような武器をご所望でしょう」

「あー、胴着、訓練用の服をみたい。僕じゃなくて、この子が着るんだ。あと、鞄も」

 俺の顔を見てイーサンは付け足した。

「すごいなぁ、この店。なぁ、イーサン、これ、南部鉄の短剣じゃないか。これこれ、この剣を見てくれよ」
 柄に美しい文様が描かれた剣に俺はうっとりする。

「この小刀、すげえ」

「……ラーク。はしゃぐな」

 イーサンに注意されたが、俺の興奮は止まらない。
 この店の品ぞろえは素晴らしい。親父の武器庫でいろいろな武器を見てきたつもりだったが、ここには俺の知らないものがたくさんある。魔道帝国にもこんな掘り出し物を売っている店があったとは。親父や兄貴に知らせたい。次の手紙にはぜひこの店のことを書いておこう。

「坊ちゃん、武器に興味があるのかい」
 店の人もとてもうれしそうだった。
「武器に興味がある人が来てくれてうれしいね。この町にはあまりそういう人がいなくてね。ああ、その短剣はお買い得品だ。武骨で飾りはないけれど、切れ味とバランスは最高なのだよ」

 ほしいものはたくさんあったけれど、今回はこれだけにしよう。
 付けはデリン家にというと、店の人はとても驚いた。

「デリンってあのデリンかい? あそこは術士の家系だと思っていたよ。まさか、こういうものに興味を持つとはねぇ」

「傍系ですから」ということにしておこう。

「学校に荷物は送っておく。刃物は許可がいるから、手元に行くのに時間がかかるかもしれん」

 俺はたっぷりと武器を堪能してから、店を出た。

「うれしそうだな」
 イーサンがぼそりという。

「ああ。楽しかった。この店、すごいな。品ぞろえが、いままで見たことがないものもあって。さすが帝国、魔道具付きの武器も多いな。あれもこれも欲しくなって……」
 俺は自分だけが話していることに気が付いて、イーサンを窺う。
「あ、ついつい舞い上がってしまって」

「いや、よかった。学園の生徒はあまり武器に興味がある人はいなくてね。武器を主に扱う家門は我がハーシェル家くらいだから」

「ああ、君の家は武門の家なのか」
 それで、俺が北の護身術を使ったとわかったのか。

「5公家といわれているけれど、弱小の家門でね。歴史だけは長い」

「俺のところなんかバリバリに武門の家だけどね」

「だろうね。見ていればわかるよ」

 今の帝国の流行りは魔道具だという。魔道具は魔法よりも使う人を選ばないために急速に平民の間でも広がっている。かつて、魔法力の強い貴族だけのものだったシャワーも裕福な商人の家では使われるようになっているとか。大通りを歩くとそういう商品を売っている店が目に付く。

「あ、魔道具と本屋? 両方を売っているのか?」

「最近は、ちょっとした魔道具をどこの店に置くようになっているんだよ」

「へぇ」

 なになに、一時的に暗闇を作り出します? 明かりじゃなくて? 何の役に立つのだろう。声を変えて、女性になろう? うーん。

「入ってみるか?」
 イーサンの誘いに俺は本屋の扉を開けた。
 入り口の変な商品とは違って中は普通の本屋だった。棚に本がずらりと並べてあり、独特な紙とインクのにおいがする。

「いらっしゃいませ……あ」

 大きな帳場台の後ろから顔をのぞかせたのは、リーフだった。

「あ」

「どうした?」

 イーサンは昨日出会った少年だと気が付いていないようだった。

「……昨日はごめんね。あんなことになるとは思ってもいなくて……」

 気まずい間の後、俺はリーフに謝る。

「いえ、いいんです。僕が間違っていました。身分の高い方々に対する礼を欠いていました。尊い方々に何という無礼な行為をしたのか」

「違うんだよ。俺、僕が過去にどんなことをしたのか知らないけど、君の態度はおかしくないし礼も欠いていない。と、今の僕は思っている。その、記憶がないというのも本当なんだ。だから……」

 悪かった。ごめん。だからもう一度友達になって授業を一緒に受けよう。そういいたかった。リーフと話している時間は楽しかった。この学園で初めて普通に話せた生徒だった。

 でも、もし、本物のフローレンスが戻ってきたら?
 彼は、俺が彼の記憶を持っていないのと同じように、俺とリーフが一緒に授業を受けた時間のことは知らない。
 だから……。

「昨日のことは悪かったよ。ノートも借りたままでゴメン。今度返す」

「……いいです。あのノート、もう使わないから」
 のろのろとリーフは下を向いてそう答えた。

「リーフ、お客さんか?」

 聞き覚えのある声が奥でする。リーフがはっと顔を上げた。

「兄さんが、来る。出てください。早く」

 俺は踵を返して、店を飛び出した。イーサンも遅れてついてくる。

「誰? 誰かいたのか?」
「うん。冷やかしの客だったみたい。すぐに行っちゃった」
 扉の向こうで兄弟が会話をしている。

「行こう」
 イーサンが俺の肩をたたく。
「おいしい菓子をおごってやるから」
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