魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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菓子屋

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 イーサンが案内してくれた店は、王都で有名なおいしい料理店だという。
 俺からするとここで菓子を売っているとは思えない豪華なつくりの店だった。おごってくれるというから屋台のようなところに案内されると思っていたのに。
 自分では弱小の家系とかいっているけれど、イーサンは貴族の坊ちゃまだと俺は思う。

 案内された席は個室ではないけれど、調度品や植物で仕切られて外からは見えにくい落ち着いた席だった。

「何でも好きなものを頼めよ」

 イーサンに促されて、分厚い本のようなメニューを開いてみた。

「これが、メニューなのか?」読める文字なのに、内容がさっぱりわからない。
「食べたことのない、みたこともないものばかりだぞ」

 焦っているのが伝わったのか、イーサンが適当に注文してくれた。目の前にこぎれいに盛り付けられた菓子が並べられる。

「す、すごい。こんなにきれいな菓子があるんだ」
 飲み物ですら、繊細なカップと銀のポット。別の世界だな。
「う、うまい」
 まるで夢のようなひと時だ。

「それで、あそこでなんといわれたんだ?」

 さらりとイーサンが話題を振ってくる。俺は口の中の菓子を飲み込みながら、答えた。

「ああ。引き続き学園でローレンスを探してくれといわれたよ」

「そうか」イーサンは言葉を切る。「僕はてっきり君は学校をやめるかと思っていたよ」

「おまえにばれたから?」

「ほかにもいろいろあっただろう」
 第二王子を殴ったりしたからな。

「デリン家はどうしてもローレンスを見つけたいみたいだ」
 そういうと、イーサンはため息をつく。

「デリン公の息子はラークだけだからね。跡取りがいないとなると探すだろうね。兄弟といえば、妹がいたよな」

「ああ、らしいね」
 俺は気のない返事をする。俺が顔を合わせたことのない妹。執事によれば、今年から女学に通っているらしい。ラークと違って入学前から才女と呼ばれ、すでに魔法院から声がかかっているとか。

「ラークの妹と顔を合わせたことはないのか?」

「ないね。たぶん、彼女は知らないんじゃないかな。ローレンスの失踪を」
 俺が今まであってきた人間は限られている。ローレンスの失踪を知るのはほんの一握りの人間のはずだ。

 がやがやと人がやってくる気配がしたので、俺たちは黙った。

「……だよねぇ」
 甲高い声だ。この声は聞き覚えがある。俺たちは顔を見合わせる。

「カリアスだ」小さな声でイーサンがいう。

「だね」

 俺はそっと装飾品の陰から外を窺った。

「ラーク……」

「しっ」
 手でイーサンを制してから俺はカリアスたちの位置を確かめる。

 何人いるんだ? 声だけでわかるのは5人。仲のいい友達なのだろうか。それとも。
 彼らはたわいもない話をしているようだった。今日訪ねた衣料品店で服を買ったこと、魔道具の話、それから。

「……ラークがフェリクス様を襲ったというのは本当なのかな」

 声を潜めて話しているつもりなのだろうけど、こちらは耳がいいんだ。彼らの真後ろの位置まで移動して俺は耳を澄ませる。

「本当みたいだよ。フェリクス様のご機嫌が悪いことといったら」
「記憶喪失、というのは本当なのか? ロー、なにか、聞いていないか」
「いや、ラークが事故にあったという話は聞いているけれどね。具合が悪くて寝込んでいたらしい」

 やや低めの声が応えた。ロー? もう一人のデリン家のローレンス?

「事故? 事故だなんて」
 カリアスは鼻で笑う。
「あいつ、真っ先に逃げたんだぞ。僕達や、フェリクス殿下さえも置き去りにして。迷宮から出たときには、あいつの姿はどこにもなかった。そのまま、家まで逃げかえって恥ずかしくて隠れていたんだよ」
「泣きながら帰るときに転んで頭を打ったとか」
 忍び笑いがする。
「殿下のいるところでは大きな態度をとるくせに、小心者だからね、あいつ」
「頭も悪いくせに、ねえ」
「顔はかわいいけど、残念なおつむだよね」
「結構頭はいいんじゃない? ちょっと強い者にはすり寄るだけの才覚はあるよ」

 陰口を聞いているうちに腹が立ってきた。ローレンスは俺にとっては他人だけれど、ここまでひどいことをいわれる筋があるだろうか。
 ここは一発……イーサンが肩に手を置いた。

 “ラーク、もう行こう” 後ろでイーサンが首を振った。“帰ろう”

「デリン家も不幸だよね。あんな奴が後継者だなんて」
「フェリクス殿下を怒らせたから、当主になるのは無理でしょ」
「ロー、お前、チャンスだよ」
「なんでだよ」
「そりゃ、ラークに代わって当主になれるかもしれないだろ」

「それは無理だ」
 平静な声が応えた。

「どうして?」
「たとえラークがいなくなっても、妹がいる。彼女はしっかり者だ」
「は、女なんか。ラークの妹なんだろう? 顔はかわいいかもしれないけど尻軽な……」

「やめろ」
 怒りに満ちた声が遮った。
「あの子はそんな子じゃない」

 あれれ、仲間割れか? 

 給仕が注文を取りに来たらしい気配に俺はそろそろと自分の席に戻る。ここまで離れると、話の詳しい内容は聞き取れない。

 俺たちは彼らに気づかれないようこっそりと店を抜ける。

 俺はどうしても聞いてみたいことをイーサンに尋ねた。
「なぁ、あいつら、迷宮っていってたけれど、どんなところなんだ?」
 イーサンは渋い顔をした。

「儀式のことはあまり人にはいえないといっただろう。陰に取りつかれるから」

「そんなの、脅しだろ」俺はあきれる。

「脅しじゃない。君は神事のことはよく知らないからそんなことがいえる。本当に怖かったんだ。あの儀式……」
 イーサンほどの強者でも身震いするような儀式なのか。狂暴なクマでも出てくるのかな。

 学園に続く道には町に出ていた生徒たちで混雑していた。幾台もの馬車が門のところで生徒を下ろしてまた戻っていく。

 やはり、この依頼は降りるべきだったか。ついつい、執事の話に同情してしまったのだけれど。
 このまま、後ろを向いて逃げても誰も文句を言わないのではないか、そんなことをふと思った。
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