魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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記憶

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 俺はあれからも探索を続けていた。いやな奴が来たらすぐに逃げられるように、あちこちの抜け道を開発中だ。この学園は本当に建物が入り組んでいて、扉を抜けるとあり得ない場所に抜けられたりする。

 そういうのを把握しておくことも大切だ。少しずつ活動範囲を広げながら、俺は地図を頭に入れていく。

 今日も俺は自分たちの部屋の真下にあたるあたりを散策していた。いざとなったらここに縄を下ろして、脱出する必要もあるからな。自分の部屋を真下から見ることはあまりなかったけれど、こうしてみるとかなりの高さがある。

 鳥が飛び立つような音がして俺は振り返った。

 何と間が悪い。

 第一王子が立っていた。
 稽古用の胴着を着て、稽古用の剣を片手に、そんなどこにでもいる生徒のような恰好をしていても上に立つものの風格がある。
 明るい中で見ても黒い髪を後ろで一つに束ねた彼は、俺を見てこの前と同じように目を見開いた。黒い瞳だ。

「……王子殿下」
 ここでもめるのはまずい。俺は膝をついて礼をした。
「先日は大変失礼いたしました。王子殿下とは知らず、無礼な真似を」

「……いや、いい。気にしないでくれ。君は、事故にあったそうだが、大丈夫なのか」
 彼は近づいてきて、前のように手を伸ばしかけて、またおろした。

「はい。怪我は治りました。記憶は戻っていませんが」

 王族の前で嘘をついちゃったよ。
 前にもまして罪悪感で胸が痛くなる。
 それでも、本当のことをいうわけにもいかず俺は目を伏せたまま答える。

「そう、そうか」

「そのあとも、いろいろとお力添えをいただいたようでありがとうございました。その、いろいろ……」
 どこまで礼を言うべきなのか、迷いながら付け足す。

「ああ。気にしなくてもいい。あれから弟にはあっていないのか」

 俺はうなずいた。

「そうか。それは……」
 謝りに行くべきだというのかと思ったら、第一王子はふふと笑う。
「会わなくて正解だな。君の顔を見たら、あれが何をするか、私も怖いからね」

 それから、第一王子は少し迷いながら、首にかけていた石のようなものを取り外して俺に渡した。

「ラーク、君は覚えていないと思うが、預かっていたものを返すよ。大切なものなのだろう?」

 きれいな緑色の石だった。手のひらでもてあそぶのにちょうどいい大きさで、ほんのりと暖かい。

「なにか、覚えているかい?」

 心配そうに、でも、どこか期待を込めて王子は尋ねてきた。
 何も思い出せない。
 ごめんなさい。そう思いながら首を振る。

「そうか。そうか」
 残念そうに王子は首を振る。とても寂しそうだった。

「王子殿下、これは……」

「殿下!」

 後ろからまた誰かが近づいてきた。栗色の髪の背の高い男だった。彼は俺を見ると目を細めた。

「ハートマット」
 皇子は振り返って挨拶をした。

「遅くなりました」
 彼もまた俺を無視した。

 俺もここで王子様と立ち話をする趣味はない。
「それでは、失礼いたします」

 礼をして、相手の反応も見ることなくその場を立ち去る。

 離れたところで渡された石を観察した。

 いったいこれは何だろう。
 俺は渡された緑色の石をしげしげと眺めた。ひもを通せるように細工がしてある他は何の細工もしていないただの石だ。きれいな石ではあるけれど、光るように加工してあるわけでもなく、何の価値があるのかわからない。

 これが、ローレンスの持ち物だって? それを第一王子が持っていた?

 ローレンスは第二王子の取り巻きだったはずだ。第二王子から渡されるのなら、筋が通るけれど、なぜ第一王子がこれを返すのだろう。

 こんな石を、ねえ。

 俺はそれをリーフに見せた。

 リーフと俺はまた友達に戻っていた。ひっそりと、だけれど。
 授業中にさりげなく渡された紙には地図が書いてあって、たどっていくと図書館の誰も来ない部屋についた。本の好きな兄ローレンスが偶然見つけた部屋なのだという。

「平民って肩身が狭いんだよ。寮も狭いしね」
 リーフは少し自慢そうに部屋の中を案内してくれた。
「ここなら、誰にも邪魔されずに勉強できるから」

 それから時々俺はこの部屋を訪れて、リーフ様特性ノートを見せてもらっている。

 今日も課題に楽しく取り組んでいるリーフの邪魔をしてはいけない、と思いつつ、石を見せてしまった。

「おや、これは」
 リーフはその石に興味をひかれたようだった。
「これ、記憶石だね」

「記憶、石?」

「うん。この石に大切な思い出を入れておくんだよ。こうして、握って」
 リーフは石をつかんで頭を垂れた。
「こうしておくといつでも記憶に触れることができる」

「へぇ」
 俺は同じように握ってみたが、記憶のかけらもよみがえってこない。俺の記憶ではないから当然か。

「普通出回っているものは、こうするだけで思い出を垣間見ることができるけれど、これ、鍵がかかっている。特注だね」

「鍵穴なんかないぞ」
 俺はひっくり返して確かめる。

「あのね、鍵っていうのはこの石を使うための呪文の鍵のこと。普通、呪文そのものとか言葉とかそういうものなんだけど、これは……どこで手に入れたの?」

「あー、僕のもの、なのかな?」
 王子様からもらったとはいえず、俺はごまかす。

「……呪文じゃないみたいだね。それじゃぁ、言葉か? 何かのフレーズ?」
 リーフはひとしきりいじってから俺にそれを返した。

「中を見ることはできないのかな?」

「うん、無理だね。鍵を知らないと開けられないと思うよ。鍵さえ知っていれば他人でものぞくことができるけれど、ね。ひょっとしたらこの鍵は言葉ですらないかもしれない。そのくらい手のかかった高価な魔道具だね。これ」

「へぇ」
 その辺に落ちている石ころかと思っていた。

「君の、記憶?」
 リーフが眼鏡の奥から俺のほうをじっと見る。

「わからない」
 正直に答える。

「……無理して開けないほうがいいよ。無理やり開けようとすると記憶が消えてしまうかも」
 リーフは忠告してから、課題に戻る。

 ひょっとして、リーフは気づいているのか。俺がローレンスではないことを。

 リーフは何も言わないけれど、彼の態度は俺のことを平民と思っていた時に戻っている。
 ばれているのかなぁ。目の前で大立ち回りを見せてしまったからなぁ。

 リーフと兄のローレンスは、なぜか、あの場所にいなかったことになっていた。
 俺は彼らが平民だからより重く処罰されるのではないかと心配していたのだけど。イーサンがいうには、これも処罰のバランスなのだそうだ。

「本屋の弟を利用して君を呼び出したとなると、言い訳ができなくなるだろう? 貴族同士の争いということで喧嘩両成敗という決着をつけようとしていたのに」
 イーサンは説明してくれた。
「もし誰かをかばったという話になれば、僕達のほうに利があることになる。弱いものを守る行為は貴族の誉れとされているからね。建前上は」

「建前上は、か」
 あいつらに誉なんかない。人質を取って、喧嘩に刃物を持ち出すとは。

「それに平民を処罰すると都市議会の連中がうるさい。本屋も議会の関係者の家だから」

「逆に俺たちが不遇じゃないか?」

「僕達だと、処刑されることはないからね。平民だと下手したら……」

 確かにそれは問題だ。

 そんな風に俺たちは静かに過ごしていた、はずだった。
 しばらくすれば、きっと俺たちの悪名も噂にのぼらなくなる、そう思っていたのだが。
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