魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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仕返し

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 その機会は意外にも早くやってきた。

「大変だ。あれが出たぞ」
 図書館に青くなった生徒が駆け込んできたのだ。
「あ、赤い目をした陰が……」

「それはどこだ」俺はそいつに尋ねた。

「そ、すぐそこの裏庭近く……あれ、お前、ラー……」

「行くぞ」
 俺は外套を羽織ると生徒の指し示したあたりに急ぐ。この場所だと、おそらく彼らがいるのは……地図はすでに頭に入っている。俺は、イーサンに合図をして仕掛けた人間がいると思われる場所に回り込む。

 おそらく、あのあたりを眺めるのなら、回廊の二階だ。あそこには張り出したバルコニーがあってそこから周りがよく見えるが、下からは見えないのだ。
 俺は素早く裏階段を上って、窓から屋根によじ登った。イーサンも俺の後ろに続く。

「滑るから気を付けて」

 俺が忠告すると、イーサンは硬い表情でうなずいた。俺たちはそっとバルコニーを見下ろす位置まで移動する。そこで、初めて探知機を使った。
 簡易探知機をかざすと弱い赤い光が点滅を始めた。目星をつけておいたバルコニーに近づくと、点滅は早くなる。

「―――――」

 誰かが何かを小声で話している。小さな笑い声まで聞こえている。
 俺はこちらの姿が陰になる位置から用心しながらバルコニーを覗く。

 小さな明かりを中心にして生徒が3人顔を突き合わせていた。彼らの顔を見たことがある。おそらく、同学年の生徒たちだ。教室で見た顔だと思う。イーサンが不快そうに体をゆすった。俺は魔力探知機を止めた。間違いない。こいつらが、俺をはめようとしているんだな。

 彼らが第二王子派であるかどうかはわからない。あとでイーサンに確認すればわかるだろう。ただ、彼らが俺に悪意を持っていることは間違いない。

 彼らの作った円の中に実習で見たような大きな紙がひいてあり、魔道具らしい物体が乗っている。魔道具は揺らめく緑色の光を発していた。

 俺はイーサンに合図をした。イーサンはうなずいて、屋根を音もなく歩いて、俺の逆側に移動する。

「……うまくいったね」
「うん。あいつの顔を見た?」
 くすくすと笑い声が広がった。
「本当に、蔭だと信じているのかなぁ」
「ただの、魔道具なのにね」

 イーサンの影が所定の位置に移動した。
 俺は手を挙げて合図をする。イーサンも手を挙げて返事をした。

 俺はスリングを構えた。

 まず、俺が明かりを消す。イーサンはそのあと、道具を打ち込む。そういう手はずだった。
 イーサンも魔道具を仕掛けるタイミングに入ったようだ。

 それでは、1,2,3。

 俺はスリングで明かりを消す魔道具を投げ込む。

 ふっと、生徒の周りの明かりが消えた。周りが真っ暗になる。

「え?」「え」
 下の生徒たちの驚きが手に取るようにわかる。

 もう一発。投げた球は不気味なうなりをあげてどこかへ飛んで行った。

「えー」

 生徒たちの動揺が手に取るようにわかって、俺はほくそ笑んだ。
 イーサンも無事に魔道具を着弾させたらしい。
 不気味な音が二重三重になって聞こえて、わかっている俺ですら背筋がぞっとした。

 ふふふ、怖がっているな。

 次は水爆弾だ。

 これは直接当てる必要はないから、適当に投げる。この距離ならスリングを使わなくても余裕で届くな。

 そして、お待たせ。俺の力作の陰絵投影会だ。
 リーフに借りた投影装置で一瞬だけ影を作ってそれを奴らの周りの壁に映し出す。残念ながら、熊も狼も壁に映し出された時には変形して見えて何が映し出されているのかわからなくなっていたけれど、効果は抜群だった。

 悲鳴が上がった。それもかなり大きな声だ。

 そのあとに、長くてしなる棒の先につけた火の玉をゆらゆらと揺らしてやった。火の玉が見えるのは燃え尽きるまでの一瞬だけど、何の知識もなくみせられるとかなり怖い。

「逃げろ」「陰だ」
 好き放題叫んでいる彼らの足元付近にさらに水たまりを作ってやると、面白い用に引っかかった。
 滑っては転び、滑っては転ぶ。
 三人ともバルコニーの入り口に向かって走ろうとするが、そこに再び陰絵を投影する。

 赤い目をした魔物の映像も混ぜたが、残念ながらクマと狼と大して変わりのないぐちゃぐちゃの陰になってしまった。そこに、三人の生徒たちの影も混じって映し出される。

 うごめく陰とそれを見てわめく生徒たち。演劇よりも面白いじゃないか。

 俺は腹を抱えて笑う。
 笑いすぎて落ちそうになったくらいだ。

「何事ですか」

 しばらくすると、下のほうが騒がしくなった。
 先生たちだ。消えていた灯りが一斉にともる。

 そろそろ引く時だ。
 俺は小道具を外套の下に隠してその場を離れる準備をした。
 図書館の回廊にも、人が集まってきた。
 そしてバルコニーに通じる扉が開いて、見覚えのある教師が現れる。

「先生、蔭が、蔭が出ました」
 三人の生徒は息を切らしながら、教師に縋りついた。

 お前たちが偽陰を作ったのが先だろ。

 俺はむっとした。だが、そのイライラが失敗を招いた。

 俺はうっかり足を滑らせて、屋根の瓦のようなものを落下させてしまった。落ちたものは下の石畳にあたり、派手な音を立てて、割れた。

 これはまずい。今上を見上げられたら、姿を見られてしまう。
 それに、教師に魔法を使われたら、お終いだ。
 誰も気が付かないで、お願いだから。

 背後で、寝ぼけたらしい鳥が飛び立つ音がした。

 ふっとまた明かりが消えて、闇が戻ってきた。

 リーフか。彼が魔道具を使ってくれたんだ。精霊の加護を。
 俺はこの時ばかり心底、感謝した。

 今度は用心深く屋根伝いにその場を離れる。
 裏側の天窓から建物の中に入り、騒然としている図書館から離れて、寮の建物まで一気に移動した。

 平民たちの暮している寮の陰で、イーサンとリーフが待っていた。

「うまくいったな」
 俺たちはこぶしを合わせて挨拶をする。

「あいつらの声、きいた? ものすごく怯えてたよ」
 リーフの声は弾んでいた。彼も貴族連中には恨みを持っていたからね。楽しい出し物だったのだろう。

「無事だったのはよかったけど、先生が来るなんて。逃げ出すのが遅れるところだった。今度は逃げるほうももっと安全を考えてほしいよ」
 イーサンは相変わらず注文が多い。

「いやぁ、すごかったね。リーフ、ありがとう。助かったよ」
 俺は上機嫌でリーフに礼をいった。
「あそこで明かりが消えなかったら、先生に捕まっていたかもしれない」

「明かり? なに? それ?」
 リーフが怪訝な顔をした。

「え? 俺が物を落としたとき、明かりが消えただろ。あれ、リーフの仕掛じゃないのか?」

「???? そんな仕掛けしてないけど? 僕は真っ先に逃げたから?」

「え?? じゃぁ、イーサン?」
 イーサンは首を振る。

「それじゃぁ、あれは?」
 俺は固まった。

 誰が、いや、何が明かりを消したんだろう?

 それからしばらく俺は夜の散歩は控えることにした。
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