魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

文字の大きさ
45 / 82

しおりを挟む
 秘密の図書館はいついつ手も居心地のいい空間だった。
 勉強嫌いの俺がまさかこんなに本がたくさん積まれた部屋を気に入るなんて。自分でも驚いているけれど、本当だ。心は騙せても、感覚は素直だからな。

 俺のお目当てはよく昼寝をしている猫だ。ふわふわとした毛並みをなでていると、ささくれ立った心がすっと静まる。

「暗殺者、なんてさ。どう思う?」
 俺は猫にきく。
「面倒だよな。どこにいるのかもわからないし」

 よく考えてみればあの暗殺者もかわいそうだ。卒業できたらそれなりの身分を得ることができたはずなのに。俺たちという目標ができたために、退校処分だ。狙うほうも狙われるほうもどちらも不幸になる。なんてむなしい。

「ラークさん。兄を連れてきました」

 本屋のローレンスがここを訪れるのは初めてだった。
 彼は弟と同じようにこの部屋に魅了されたみたいだった。挨拶をするのも忘れて、部屋を見て回っている。

「すごいなぁ、この資料の山は」
「ね、古いけれど貴重な資料ばかりでしょ」
 兄弟してはしゃいでいる。

「しかし、こんな資料、僕達が見て大丈夫なのか?」
 しばらくして我に返ったローレンスは弟と同じことを聞いてきた。

「大丈夫だよ。ちゃんとこの部屋の主に了解を取ったから。ほら、そこにいる猫の飼い主……あれれ、猫ちゃん?」
 白い猫はどこかへ行ってしまった。机の下を覗いてみたけれど、見つからない。

「そういえば、また、ラークが呪われたという噂が広まっているぞ」
 資料を眺めていた本屋のローレンスが思い出したように、顔を上げた。

「また黒い影?」

「そう。この前の授業のとき、お前を攻撃した相手に黒い影が取り付いて殺したというもっぱらの噂だぞ」

 あれは黒い影じゃなくて、白い鳥だ。それに相手に殺されかけたのであって、殺していない。

「ひどい噂だな」
 もう二回目にもなれば、腹を立てるのも馬鹿らしくなる。
「ここは神殿の内部だから呪われないのではなかったのか?」

「変な北の野蛮人はやってくるし、呪いの話は出てくるし、どうなっているんだろうな」
 本屋は本に目を走らせながら、あいまいに答えた。

 授業中に呼び出しを受けたのは、そんな会話をしたすぐ後だった。

 兄貴たちと授業を受けていた時だった。神官の一人が俺を呼びに来た。

「神官長がお呼びです」
 何の用だろう。俺はその神官について行った。

「儀式のことは、知っていますね」
 人気のないところについてから神官が俺に話しかけた。

「え、ええ」
「これから起こることは他言無用です。外に漏らしたならば、誓約による呪いがあなたの家門に降りかかります」

 呪いが降りかかるのはデリン家だろうか、それとも、コンラート家だろうか。俺はそんなことを考えながら、神官について行った。

「ここでお待ちください」
 俺は神殿の中の一室に通される。これからほかの参加者を呼んでくるのだろうか? 中にある椅子に座って俺は待った。

 ずいぶん待った。床のタイルの数を数えるのにも飽きたので、俺は部屋の外を覗いてみた。
 誰もいない。この長く待たされるということも儀式の一環なのだろうか。
 神殿の廊下は冷たく、人の気配はない。

 俺は再び部屋に戻る。部屋の窓は高く、小さくて抜け出すのは難しそうだ。外から扉をしめたら、完全なる密室だ。

 そう思うと怖くなる。俺は何も準備をしていない。いざというときの隠密七つ道具とか、携帯食とか、水とか。なぜか酒はある。兄貴用にこっそりといただいたものだ。
 常に備えるべし。そういって腕組みをする兄貴の姿が浮かんできた。ごめんなさい。兄貴。俺は警戒を怠っていました。

 俺は部屋を抜け出そうと扉に手をかけた。

 開けて、飛びのく。目の前に背の高い神官が立っていた。
 無表情な目で俺を見下ろして、くるりと背を向けた。

 ついて来いというのか。俺は黙って歩く神官の後を追う。
 同じところをぐるぐる回っているのだが、これでいいのか?

「あの、神官様?」

「こちらです」

 ようやく大男は奥の部屋の扉を開けた。中は薄暗い。俺は中をのぞいた。明かりのない部屋。なのか?

「明かりを……」

 そう言いかけたとき、後ろから突かれた。部屋の中にたたらを踏んで入って振り返った時には扉が閉まりかけ、光が消えるところだった。

「おい、あんた!」

 扉に突進しようとした。足元がふっと消える感覚がある。

 落とし穴?いや、これは。

 水の中に引きずり込まれる、と思った。そこに水などないのに。息が苦しくて、上下の間隔が消える。
 俺はもがいた。

 不意に体を包んでいた圧が消える。どこかで水の滴る音がした。
 真っ暗で何も見えない。瞬間、混乱して叫びたくなった。落ち着け。落ち着くんだ。

 手であたりを探るとごつごつした岩だらけだった。
 ここはどこだ? 本能的な恐怖を押し殺してじっとしていると次第に目が慣れてくる。

 明かりがないわけではないのだ。岩についた植物が淡い光を発している。まるで洞窟の中にいるみたいだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら
BL
久々の新作です。 全16話。 すでに書き終えているので、 毎日17時に更新します。 *** 騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。 だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。 醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、 その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、 無表情で女性を冷たくあしらうばかり。 そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。 本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、 次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、 彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった! は? 騎士団長と結婚!? 無理無理。 いくら俺が【不能】と言っても…… え? 違う? 妖精? 妖精と結婚ですか?! ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。 だめ? 【不能】じゃないと結婚できない? あれよあれよと婚約が決まり、 慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の 可愛い恋物語です。 ** 仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦 落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。 今回は短編で。 リハビリがてらサクッと書いたものですf^^; 楽しんで頂けたら嬉しいです

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

公爵令息は悪女に誑かされた王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

転生聖賢者は、悪女に迷った婚約者の王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 全五話です。

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

処理中です...