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罠
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秘密の図書館はいついつ手も居心地のいい空間だった。
勉強嫌いの俺がまさかこんなに本がたくさん積まれた部屋を気に入るなんて。自分でも驚いているけれど、本当だ。心は騙せても、感覚は素直だからな。
俺のお目当てはよく昼寝をしている猫だ。ふわふわとした毛並みをなでていると、ささくれ立った心がすっと静まる。
「暗殺者、なんてさ。どう思う?」
俺は猫にきく。
「面倒だよな。どこにいるのかもわからないし」
よく考えてみればあの暗殺者もかわいそうだ。卒業できたらそれなりの身分を得ることができたはずなのに。俺たちという目標ができたために、退校処分だ。狙うほうも狙われるほうもどちらも不幸になる。なんてむなしい。
「ラークさん。兄を連れてきました」
本屋のローレンスがここを訪れるのは初めてだった。
彼は弟と同じようにこの部屋に魅了されたみたいだった。挨拶をするのも忘れて、部屋を見て回っている。
「すごいなぁ、この資料の山は」
「ね、古いけれど貴重な資料ばかりでしょ」
兄弟してはしゃいでいる。
「しかし、こんな資料、僕達が見て大丈夫なのか?」
しばらくして我に返ったローレンスは弟と同じことを聞いてきた。
「大丈夫だよ。ちゃんとこの部屋の主に了解を取ったから。ほら、そこにいる猫の飼い主……あれれ、猫ちゃん?」
白い猫はどこかへ行ってしまった。机の下を覗いてみたけれど、見つからない。
「そういえば、また、ラークが呪われたという噂が広まっているぞ」
資料を眺めていた本屋のローレンスが思い出したように、顔を上げた。
「また黒い影?」
「そう。この前の授業のとき、お前を攻撃した相手に黒い影が取り付いて殺したというもっぱらの噂だぞ」
あれは黒い影じゃなくて、白い鳥だ。それに相手に殺されかけたのであって、殺していない。
「ひどい噂だな」
もう二回目にもなれば、腹を立てるのも馬鹿らしくなる。
「ここは神殿の内部だから呪われないのではなかったのか?」
「変な北の野蛮人はやってくるし、呪いの話は出てくるし、どうなっているんだろうな」
本屋は本に目を走らせながら、あいまいに答えた。
授業中に呼び出しを受けたのは、そんな会話をしたすぐ後だった。
兄貴たちと授業を受けていた時だった。神官の一人が俺を呼びに来た。
「神官長がお呼びです」
何の用だろう。俺はその神官について行った。
「儀式のことは、知っていますね」
人気のないところについてから神官が俺に話しかけた。
「え、ええ」
「これから起こることは他言無用です。外に漏らしたならば、誓約による呪いがあなたの家門に降りかかります」
呪いが降りかかるのはデリン家だろうか、それとも、コンラート家だろうか。俺はそんなことを考えながら、神官について行った。
「ここでお待ちください」
俺は神殿の中の一室に通される。これからほかの参加者を呼んでくるのだろうか? 中にある椅子に座って俺は待った。
ずいぶん待った。床のタイルの数を数えるのにも飽きたので、俺は部屋の外を覗いてみた。
誰もいない。この長く待たされるということも儀式の一環なのだろうか。
神殿の廊下は冷たく、人の気配はない。
俺は再び部屋に戻る。部屋の窓は高く、小さくて抜け出すのは難しそうだ。外から扉をしめたら、完全なる密室だ。
そう思うと怖くなる。俺は何も準備をしていない。いざというときの隠密七つ道具とか、携帯食とか、水とか。なぜか酒はある。兄貴用にこっそりといただいたものだ。
常に備えるべし。そういって腕組みをする兄貴の姿が浮かんできた。ごめんなさい。兄貴。俺は警戒を怠っていました。
俺は部屋を抜け出そうと扉に手をかけた。
開けて、飛びのく。目の前に背の高い神官が立っていた。
無表情な目で俺を見下ろして、くるりと背を向けた。
ついて来いというのか。俺は黙って歩く神官の後を追う。
同じところをぐるぐる回っているのだが、これでいいのか?
「あの、神官様?」
「こちらです」
ようやく大男は奥の部屋の扉を開けた。中は薄暗い。俺は中をのぞいた。明かりのない部屋。なのか?
「明かりを……」
そう言いかけたとき、後ろから突かれた。部屋の中にたたらを踏んで入って振り返った時には扉が閉まりかけ、光が消えるところだった。
「おい、あんた!」
扉に突進しようとした。足元がふっと消える感覚がある。
落とし穴?いや、これは。
水の中に引きずり込まれる、と思った。そこに水などないのに。息が苦しくて、上下の間隔が消える。
俺はもがいた。
不意に体を包んでいた圧が消える。どこかで水の滴る音がした。
真っ暗で何も見えない。瞬間、混乱して叫びたくなった。落ち着け。落ち着くんだ。
手であたりを探るとごつごつした岩だらけだった。
ここはどこだ? 本能的な恐怖を押し殺してじっとしていると次第に目が慣れてくる。
明かりがないわけではないのだ。岩についた植物が淡い光を発している。まるで洞窟の中にいるみたいだ。
勉強嫌いの俺がまさかこんなに本がたくさん積まれた部屋を気に入るなんて。自分でも驚いているけれど、本当だ。心は騙せても、感覚は素直だからな。
俺のお目当てはよく昼寝をしている猫だ。ふわふわとした毛並みをなでていると、ささくれ立った心がすっと静まる。
「暗殺者、なんてさ。どう思う?」
俺は猫にきく。
「面倒だよな。どこにいるのかもわからないし」
よく考えてみればあの暗殺者もかわいそうだ。卒業できたらそれなりの身分を得ることができたはずなのに。俺たちという目標ができたために、退校処分だ。狙うほうも狙われるほうもどちらも不幸になる。なんてむなしい。
「ラークさん。兄を連れてきました」
本屋のローレンスがここを訪れるのは初めてだった。
彼は弟と同じようにこの部屋に魅了されたみたいだった。挨拶をするのも忘れて、部屋を見て回っている。
「すごいなぁ、この資料の山は」
「ね、古いけれど貴重な資料ばかりでしょ」
兄弟してはしゃいでいる。
「しかし、こんな資料、僕達が見て大丈夫なのか?」
しばらくして我に返ったローレンスは弟と同じことを聞いてきた。
「大丈夫だよ。ちゃんとこの部屋の主に了解を取ったから。ほら、そこにいる猫の飼い主……あれれ、猫ちゃん?」
白い猫はどこかへ行ってしまった。机の下を覗いてみたけれど、見つからない。
「そういえば、また、ラークが呪われたという噂が広まっているぞ」
資料を眺めていた本屋のローレンスが思い出したように、顔を上げた。
「また黒い影?」
「そう。この前の授業のとき、お前を攻撃した相手に黒い影が取り付いて殺したというもっぱらの噂だぞ」
あれは黒い影じゃなくて、白い鳥だ。それに相手に殺されかけたのであって、殺していない。
「ひどい噂だな」
もう二回目にもなれば、腹を立てるのも馬鹿らしくなる。
「ここは神殿の内部だから呪われないのではなかったのか?」
「変な北の野蛮人はやってくるし、呪いの話は出てくるし、どうなっているんだろうな」
本屋は本に目を走らせながら、あいまいに答えた。
授業中に呼び出しを受けたのは、そんな会話をしたすぐ後だった。
兄貴たちと授業を受けていた時だった。神官の一人が俺を呼びに来た。
「神官長がお呼びです」
何の用だろう。俺はその神官について行った。
「儀式のことは、知っていますね」
人気のないところについてから神官が俺に話しかけた。
「え、ええ」
「これから起こることは他言無用です。外に漏らしたならば、誓約による呪いがあなたの家門に降りかかります」
呪いが降りかかるのはデリン家だろうか、それとも、コンラート家だろうか。俺はそんなことを考えながら、神官について行った。
「ここでお待ちください」
俺は神殿の中の一室に通される。これからほかの参加者を呼んでくるのだろうか? 中にある椅子に座って俺は待った。
ずいぶん待った。床のタイルの数を数えるのにも飽きたので、俺は部屋の外を覗いてみた。
誰もいない。この長く待たされるということも儀式の一環なのだろうか。
神殿の廊下は冷たく、人の気配はない。
俺は再び部屋に戻る。部屋の窓は高く、小さくて抜け出すのは難しそうだ。外から扉をしめたら、完全なる密室だ。
そう思うと怖くなる。俺は何も準備をしていない。いざというときの隠密七つ道具とか、携帯食とか、水とか。なぜか酒はある。兄貴用にこっそりといただいたものだ。
常に備えるべし。そういって腕組みをする兄貴の姿が浮かんできた。ごめんなさい。兄貴。俺は警戒を怠っていました。
俺は部屋を抜け出そうと扉に手をかけた。
開けて、飛びのく。目の前に背の高い神官が立っていた。
無表情な目で俺を見下ろして、くるりと背を向けた。
ついて来いというのか。俺は黙って歩く神官の後を追う。
同じところをぐるぐる回っているのだが、これでいいのか?
「あの、神官様?」
「こちらです」
ようやく大男は奥の部屋の扉を開けた。中は薄暗い。俺は中をのぞいた。明かりのない部屋。なのか?
「明かりを……」
そう言いかけたとき、後ろから突かれた。部屋の中にたたらを踏んで入って振り返った時には扉が閉まりかけ、光が消えるところだった。
「おい、あんた!」
扉に突進しようとした。足元がふっと消える感覚がある。
落とし穴?いや、これは。
水の中に引きずり込まれる、と思った。そこに水などないのに。息が苦しくて、上下の間隔が消える。
俺はもがいた。
不意に体を包んでいた圧が消える。どこかで水の滴る音がした。
真っ暗で何も見えない。瞬間、混乱して叫びたくなった。落ち着け。落ち着くんだ。
手であたりを探るとごつごつした岩だらけだった。
ここはどこだ? 本能的な恐怖を押し殺してじっとしていると次第に目が慣れてくる。
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