魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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王子

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「おーい、誰かいませんか?」
 俺は叫んでみた。敵がいれば気が付かれてしまうが、それでも誰でもいい、人がいてほしかった。声は岩に反射して響いた。

「おーい。誰か」「誰か」「誰か」

「こっちだ」どこからか声が返ってきた。人がいる。

「どこですか」俺は声のする方向に向かって進んだ。「どこ?」

「こっち」

 はっきりと声が聞こえる。誰かの声がこんなに勇気を与えるものだとは。元気が湧いてきた俺は声を頼りに小走りに進む。

「どこ?」
「こちらだ」

 ごつごつした傾斜を上って、岩棚を歩いていく。その先に明かりが見えた。誰かが火を焚いているのか。
 俺は急いで明かりの下に駆け寄った。

 火と思ったのは、魔法の火だった。先生が模範として見せてくれた魔法で呼び出した火だ。魔法陣の上で魔法の火が本物の焚火のように盛大に燃えていた。
 その向こうに男が座り込んでいる。黒い髪の生徒だ。男は顔を上げた。

 浅黒い肌に黒い瞳。帝国人にはほとんど見ない異国の風貌の男だった。それでいて、親しみやすくあけっぴろげな雰囲気が人を引き付ける。
 第一王子、アーサー様?

 俺はすばやく膝をついた。

「帝国の聖なる星に挨拶を。このようなところでお目にかかれるとは思ってもおらず、失礼をいたしました」

「ラーク?」第一王子は俺の出現に驚いたようだった。「また、君か?」

「また、と申されますと?」

 俺の戸惑いに、王子ははっと目を見張り、それから詫びるように笑った。

「いや、記憶がないのだったな。いい、気にするな」

 王子は鷹揚に手を振った。柔らかな声だった。どこかの王子とは違い、俺に敵意はないようだ。

「あの、それで、ここは?」
 俺はおずおずと尋ねる。王子は首を振った。

「わからない。使いの者があらわれて部屋に入ったら、これだ。飛ばされたな」

 飛ばされた、当たり前のように王子はそういった。彼は神殿の結界のことを知っていたのか。俺は用心深く聞き返す。

「飛ばされた、とは?」
「結界の作用だ。儀式は古い結界の中で行われる。前もそうだった」

 俺は興奮を抑えるのに苦労した。やはりそうか。俺の推論は正しかった。結界は人を飲み込み、飛ばす作用がある。俺と王子もローレンスと同じように飛ばされた、そういうことかな。

「だが、今回はおかしい。君は腕輪を渡されたか?」
 王子は奇妙なことを聞いてきた。

「? 腕輪ですか?」

「そう、外出するときにつけるような腕輪だ。前はそれを前もって身に着けるように言われた。今回はそれがない」君は?と無言で問いかけられて、俺は首を振る。

「僕も部屋に入ると、ここにいました。腕輪はもらっていません」

 第一王子は額に手を当てて考え込む。

「はめられたかな?」

 言葉の内容よりもあまりにもあけすけな言い方に驚いた。戸惑う俺を第一王子は招く。

「そのあたりに座ってくれ。簡易式の焚火だが暖かいはずだ」

 俺はどこに座ろうか迷いながら王子の向かいに座った。火は本物のように暖かかった。ひとまず、ほっとする。

 俺たちはしばらく黙って火を見ていた。
 正直、この沈黙はきまずい。第一王子の態度から、ローレンスと王子は何らかの関係があったことは推測できる。それも儀式の最中に会っていた。俺の知らない出来事、俺の知らない何かだ。彼はローレンスの失踪について手掛かり知っているかもしれない。だから、ますます何を話したものか、わからなくなる。

 俺の中では抑えられない思いが膨らんでいく。話を聞きたいと思った。彼らの間で一体何があったのか。だけど、何と切り出そう?
 
「……これは便利ですね」
 焚火をさしていう。
 気の利いた話題はなにも思いつかない。ともかく、何か言わなければと思う。

「前のときに苦労しただろう。だから、何が起こってもいいように簡易術式を持ち歩いていたんだ」
 王子は柔らかく微笑む。王子とローレンスはどこかで野営でもしたのだろうか。しかし、儀式の最中に野外活動なんて、おかしくないか。俺の頭の中は疑問でいっぱいだ。でも、それを直接聞くわけにいかない。仕方なく、俺はローレンスに代わって謝ることにした。

「申し訳ありません。僕はまだ、その時のことを思い出せない」

「ああ、いい。気にしないでくれ。本当に思い出せないのか?」
 探るように尋ねられた。俺はうなずくしかない。

「ここはどこなんですか?」
 無難な、たぶんローレンスでも、したであろう質問を投げかけてみる。

「神殿の古い結界の中としかわからない。私は君が来る前にちょっと調べてみたのだが、広い洞窟が続いているようだ。それ以外はなにも」

 王子の言葉に少しだけ疲れがにじんでいた。ちょっとではなく、かなり探してみたのでは。こんな洞窟がどこまでも続くのか。俺は身震いした。

「出口は、わからないのですよね」
 聞くのが怖い質問だった。でも、聞かざるを得ない。

 王子はうなずく。
「先ほどからいろいろな探索魔法を試してみたのだが、どうもうまく作用しない。神殿の結界の中だからかな」

 食料も水もない。出口もわからない。そんなところに男二人で閉じ込められるとは。一体どのくらい持つだろう? ぞっとする計算をするのを無理やりやめる。

「あの、さっきはめられたといわれていましたが、なぜそんなことを」
 王子はそれを聞いて自嘲気味に笑う。

「君と私、王位を請求できる有力候補がこんなところに送られたのだ。なにか意図があると考えられるだろう」
 アーサー王子はため息をつく。彼の横顔には憂いが漂っていた。

「あの変態……第二王子殿下の仕業だと?」

 うっかりと不敬な言い方をしてしまった。第一王子は薄く笑った。

「フェリクスが意図したとは思わないな。これでも私は彼の兄だからね。ああ見えて、あの子はそういう絆を大切にする性格なのだよ。ただフェリクスの周りには彼を王にしたいと思う人間がたくさんいる」
 私にはそんな意図はないのにな、と悲しげに笑う。

「だからといって。なぜ、こんなことを。僕だって王になりたいとは思っていないのに」

 なりたいどころか、絶対にごめんだ。北の王ならまだしも、帝国の王だぞ。俺が憤然と語ったのが面白かったのだろうか。第一王子の表情が緩む。

「それでも、君の家門は君を推す。そうだろう?」
 俺は強く首を振った。それはない。もしそんなことをいう奴がいたら俺は逃げ出す。

「貴方はどうなのです? 貴方にだって推す人たちがいるでしょう?」

 そうだ、この王子が帝国の主になればいいのだ。あのフェリクスが王になると考えるとぞっとするが、アーサー王子なら俺はうれしい。俺も推せるものなら、推したい。精霊の永久の祝福を。お祝い申し上げます。
 しかし、そんな俺の思惑をアーサーは否定する。

「知っての通り、私の母は南の帝国の出だ。正妃とされてはいるが政略結婚で実質はない。もちろんそんな私でも支援してくれる人はいるが」

「それでも、あなたは王にはならないと。そういうことですか?」

「ああ、私はフェリクスがなればいいと思ってきた。彼には有力な家門が付いている。だから……」

「くだらないな」
 思わず言ってしまってから、あっと思った。これって皇室を侮辱する発言だろうか。
「そ、そのですね。王になるかならないかというのは本人の資質の問題で、後ろにいるのが誰かということは、重要ではない……と思います」
 いいながら、自分がどんどん深みにはまっているような気がしてきた。王子はその様子を見て、ぷっと吹いた。

「君は、君は面白いね。それでは、君が精霊に選ばれたとしたらどうするつもりなのか?」
 逃げる一択。でも、それをいってもいいのだろうか。だからこういう。

「僕が選ばれることは万が一にもありません。絶対です」
 俺を選ぶとしたらそいつは精霊じゃなくて悪霊だ。

 第一王子は俺から目をそらして何かを考えているようだった。その沈黙が、なぜか俺は怖くなる。もし、俺がローレンスではないと気がついたら。ひょっとしたら、すでに気が付いているのかも……

「あの、僕、ちょっと周りを見てきます。明かりはないですか?」
 じっと二人でいるのは居心地が悪い。俺は立ち上がって、そう申し出た。

「君が? 暗闇は怖くないのか?」
 驚いたように王子は俺を見上げた。

「怖いですよ。あ、だから、明かりを」

 第一王子は小さな杖のようなものを懐から出した。

「これを使って明かりをともすといい」

「これで、明かりを?」
 渡されたのは見たこともない魔道具だった。俺はあちこちをいじってみたが何も起こらない。

「どうやったら明かりがつくのですか?」
 これ以上いじったら壊してしまいそうだ。リーフの魔道具のことを思い出して、俺は仕方なく王子に尋ねる。

「どうやったらって、光の精霊を固定する呪を使って……そろそろ君たちは実習しているのでは?」
 あ。俺がまだ一年生の授業で苦しんでいることを彼は知らないんだ……

「その、僕は、魔法の才能がなくて……やり方を知りません」

「そうなのか、ちょっと貸してくれ」
 少し呆れた顔をされた。それでも、彼は明かりをともしてくれた。小さな光がふわりと広がり、薄暗い洞窟が少しだけ和らぐ。

 俺はそれを片手に洞窟を散策した。迷わないように、持っていた筆記用具で印をつけながら歩く。こんなことになるのなら、大量の食料や水を用意しておくのだった。あるのは、兄貴のために用意した酒、つまみ。二人で一食分になるかどうかという量だ。これでも、少しは足しになるか? 

 明かりで照らしてみると、洞窟のあちこちに水たまりがあった。水が天井や壁から滴り落ちているところもあり、淡く光る植物もそこかしこに生えている。滴り落ちる水音が洞窟内でいくつも反響し、ぼんやりした明かりを発する壁面の植物とあいまって、浮世離れして見える。

 キノコもあるぞ。そして、そのキノコをかじっているネズミのような生き物も発見した。俺はほっとする。これで食糧の問題は片付いたな。

 ネズミは全くこちらに警戒していなかった。たやすく一匹を捕まえる。これで肉を確保だ。

 飢える心配がないとわかったら、少し元気が出た。あまり遠くに行くと迷いそうなので、印に沿ってまた王子のところに戻る。

「見てください。こんなものがいました」
 俺がネズミの尻尾をつかんで差し出すと、王子は俺とネズミをかわるがわる見る。

「あ、君はそれをつかんで大丈夫なのか? 汚いとか気にしないのか?」

「後で手をよく洗いますから」
 俺はイーサンの店で買ったナイフを取り出した。こんなことにせっかくのナイフを使うのはもったいないんだけど。「その火で調理することはできますか。できるのなら早速こいつを」
 どうやって調理したらおいしいだろうか。俺はキーキーと喚くネズミを目の前で観察した。

「それを食べるのか?」

「ちゃんと僕が毒味をします。ご安心を」
 やはり首を切って血抜きをするのがよさそうだ。俺は短刀を構える。

「いや、いい。そいつを放してやれ」王子は慌てて俺を止めた。「食料なら、少しはもっているから」

 ええ? 食べないのか? 俺はネズミを見た。つぶらなネズミの瞳と目が合った。

「付け合わせにキノコも採ってきました。食べませんか?」

「いや、いらない。……今は、まだいい」

 俺は仕方なくネズミを放した。ネズミはあっという間に暗がりに消えた。警戒心のない獲物だった。また捕まえれば、いいか。

「君は、君は……」はぁ、と王子はため息をついた。

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