49 / 82
霧の中
しおりを挟む
「行けないって?」
俺の知らないうちにけがをしたのか、それとも病気?
「ちょっと休みましょう」
魔獣が出るとずっと緊張していたから、体調が悪くなったのだろうか。俺は王子を岩陰に連れていく。
どこかで毒でも吸ったか? ひょっとしてあの光る植物を食べてみたのかな?
「あの、どこか怪我でもされているとか。お腹が痛くなったとか……」
王子はうなだれたまま首を振った。
「足をくじいたとか……では、ありませんよね」
王子は青い顔をしたまま、首を振る。いつもの彼とは違う。俺は戸惑う。いつものアーサー王子ならば軽い笑みを浮かべながら、むしろ俺を鼓舞して山登りをするはずなのに。岩に腰を下ろした王子はその場に縫い付けられたように動かない。
「すまない。私は……」
アーサーはそこまでいって口を結んだ。これ以上は、明かせない秘密があるかのように。
「いいですよ。急ぐわけでもないでしょう」俺は肩をすくめる。内心、心配だが仕様がない。
「荷物、お借りしますよ。先ほどの魔道具はどこに……ああ」
俺は焚火を再現し、それから先ほどアーサー王子がしていたように湯を沸かそうとした。水筒の中の水は空だった。洞窟で汲んでくればよかった。俺はあたりを見回す。湖があるくらいだから、どこかに水場はないだろうか。
そんなことをしながらも、王子の様子を窺った。彼は岩を背に座り込んで動かない。
あの豪胆に見えるアーサー王子がこのような反応を見せるとは。俺は内心驚いていた。
そんなに魔獣が怖かったのだろうか。
アーサー王子は魔獣ごときで立ち直れなくなる弱い人間には見えないのだが。
それとも、塔に登りたくないのだろうか。洞窟でアーサー王子が言っていたことを思い出す。彼は王位を受け取りたくないといっていた。フェリクス王子が皇太子になればいいとも、繰り返していた。彼はあの塔に登って儀式を行うことを、彼は拒絶している?
俺は岩場を透かし見た。
このまま岬まで行って岩場を登れば、塔に上ったことになるのだろう。そして最初に上ったものが精霊の恵みを受けて王になる。
俺がアーサー王子の取り巻きたちだったら、背負ってでも王子を塔に連れて行ったかもしれない。
だが、俺は無理強いしなかった。北の民である俺には誰が王位につくかなどどうでもいい話だからだ。
「すまない。やはり私には、無理だ」
王子はうなだれたまま、頭を抱えている。
「無理をしなくてもいいですよ」
俺はアーサーに優しく声をかけた。
「待っていてください、ちょっと水を汲んできますね」
「まて、君」
慌てたように俺を止める声を振り切って、湖のほうへ向かう。
上からのぞき込むと湖は深い緑色の水をたたえていた。息をのむような美しい水の色だ。ただ、この赤い岩山に囲まれた光景は、不気味だった。本当にこれは湖なのか。何か俺の知らない秘密があるように感じられる。どこかに水をくむことができる岸はないだろうか。
湖に降りる道を探していると、鳥が水面をすべるように飛んでいるのに気が付く。白い鳥だ。
まさか、あれが魔獣?王子の説明していた恐ろしい悪霊には見えない。どう見てもただの鳥なんだけどな。
白い鳥は俺のほうに近づいてきて、そばの岩棚にふわりと止まった。見たこともない種類の大きな鳥だった。羽を広げると俺の手を広げたくらいの大きさはあるだろう。雪のように白い羽がつやつやと輝いて見える。大きな赤い目がこちらに向いている。その神秘的な目を見ていると吸い込まれそうな気がする。
「やぁ」俺は挨拶をしてみた。「水辺におりたいのだけど道を知らないか?」
鳥はふわりと優雅に飛び立った。そして少し離れた場所に舞い降りる。
「ひょっとして案内してくれてる?」
あの猫のように。
俺は鳥の後を追う。
鳥は湖と反対側の岩山の上に降りたった。
「そっちでいいのか?」半信半疑ながらも鳥の止まった岩の先を覗いた。
「お?」
岩の間から水が湧いて、小さな池ができていた。水底の石の一つ一つが数えられるくらい透き通った水だった。俺の顔が鏡のように映し出される。
「この水は飲めるのか?」
もちろん鳥は何も言わない。俺はそっと水に手を入れてみる。冷たい水が乾いた皮膚に潤いを与えてくれる。すくって一口飲んでみた。乾いた空気になれた喉に染み渡る。たぶん飲むことができる水だろう。俺は用心深く水を水筒にくんだ。
「お茶を沸かしてみよう。少しは元気が出るかな?」
周りは静かだった。俺と鳥のほかに動くものは見当たらない。時々神経を集中して気配を探ってみたが、無意味な行為だった。とても平和で安全だった。こんな変な化け物が出るような場所にいるのに。俺の気分は落ち着いていた。
本当にこのあたりに魔獣が出るのかな?
戻ってみると、王子は目を閉じていた。俺といる間は気をはっていたのだろう。休息の邪魔をしないように、こっそりと湯を沸かしてお茶を作る。鳥は俺についてきて、面白そうに作業を見ている。先ほどのネズミといいこの鳥といい、ここの動物は人を恐れていない。
「あまり警戒心がないと、食べられるぞ。おまえ」
俺は鳥の目を覗き込んだ。鳥はこちらの言葉が分かるかのように首をひねる。
「ラーク」
呼びかけに振り向くと、王子がこちらに目を向けていた。
「……はい、なんですか?」
王子のぼんやりした視線が定まった。
「ああ、君か?」
「お茶を入れてきましたよ」
振り返ると鳥はいなかった。どこかへ行ってしまったようだ。
「ここの水は飲めるのかわかりませんけどね」
毒見をしてみたけれど、俺の体調には変化はない。
「危ないかもしれないですが、どうします?」
「いただこうか」
王子はお茶を手に取って飲んだ。
王子はしばらく黙っていた。長い沈黙の後、王子はやっと口を開いた。
「無理だ。ここから先に進むことはできない。やはり、私には資格がないのだ。どうしてもここから先、進む気がおこらない」
王子は小さな声で告白した。
「体調が悪いのでしょう? 余計なことを考えないほうがいいと思いますよ。あの洞窟変でしたからね。また、機会がありますよ」
俺はあえて明るくそう答えた。
「君は、本当に君自身は塔に上ろうと思わないのか?」
王子は俺を凝視している。
「上れと言われていないのか」
登ってどうなるのだ? 俺が王になる? ランドルフ様、万歳といわれて俺はうれしいだろうか? 背筋がぞっとしたので想像するのはやめた。誰も得をしない展開だな。
「デリン家は君にそういう命を与えていないのか?」
「まさか」
彼らが望んでいるのはローレンスを見つけ出すことだけだ。俺が王になることはだれも望んでいない。デリン公もデリン夫人も、見ているのはローレンスで、俺ではない。俺は彼らにとっては死んだものであり、ローレンスの陰だから。
「やはり、君は……すまなかった」
王子は俺と目を合わさずに下を向いている。何に謝るというのか。俺は肩をすくめる。
「気分が悪いのでしょう。変な穴の中にいたから。なんとかして、帰りましょう。結界はどうやって抜ければいいのですか?前回は?」
前に来たというのだから、帰る道を知っているのだろう。俺の期待に反して王子は首を振る。
「実はよく覚えていないのだ。気がついたら、学園にいた。私は、前のときには逃げてしまったから」
王子は感情をこらえるように口を結んだ。
「おかしいだろう? 私は彼の救いになるつもりだったのだ。なのに、結局……」
俺は息をついた。いまなら、王子に質問することができるかもしれない。
ローレンスは、どこに行ったのですか?
どこかで声がした。大勢の人の声だ。風に乗って、誰かが話しているのが聞こえる。
俺たちははっとして、顔を上げた。
「誰でしょう?」
「待て、出るな」王子は低い声で俺を制した。
「……なんでだ……」「おかしいだろ」
霧が立ち込めてきた。濃いあたりを覆い隠すような霧だ。自分の手すら見えなくなるほどの霧に、俺は慌てて魔道具を回収する。
「王子?」
空気が湿り気を帯びていた。手で触れた大地に草が生えている。俺はあたりを見回した。第一王子と目が合う。王子は冷静だった。先ほどまでの苦悩と狼狽は消え、いつもの落ち着いた王子に戻っていた。
「結界が解けた」
彼は一言で説明して、音を立てるなと手で合図をした。俺は姿勢を低くする。
俺たちがいるのは塔に通じる道の脇にある遺跡の陰だった。このあたりは探索していたから、よく知っている。古い建物の残骸の陰で、草が生い茂っていてちょっと見には人がいるとはわからないような場所だった。
やがて、怒鳴り声、弁解する言葉。きれぎれに不愉快な音が聞こえてきた。
「ありえないだろう」「あんなに苦労したのに……」
何者かが不平不満をあらわにして俺たちの脇を通っていった。そのあとに、足を引きずるような足音。
「いったい何なんだよ……」
王子がそっと通り過ぎる相手を観察している。
「なんですか? 彼らは?」
「……儀式の参加者だ。君の友達もいたぞ」
イーサンのことだろうか。王子は立ち上がって、服の埃を払った。
「そろそろいいだろう。ここで、わかれよう」
王子は手を差し伸べてきた。
「世話になった」
「いえ、こちらこそ」俺は手を借りて立ち上がる。
「私たちが一緒にいたことは秘密にしておいてくれ」
手をつないだまま王子はいう。
「弟に知られると、厄介だ。ラークは彼のお気に入りだったから」
「僕は違いますよ」
俺が言うと、王子は笑った。
「今回は世話になった。恩に着る」
王子はその言葉を残すと、ゆっくりと背を向けて立ち去った。霧の名残消える彼の背中は、孤独で、重荷を背負うには小さく見えた。
王子が立ち去った後、俺はもう一度草むらに座り込んだ。湿り気を含んだ大地の冷たさが這いあがってくる。俺は記憶石を服の上から握りしめたままだった。
一体、ローレンスと第一王子の間に何があったのだろう。彼らのことを考えると胸が騒いだ。
機会を逃してしまった。そう、俺は思う。
今、第一王子にそのことを聞いても絶対に答えてくれない。奇妙な確信がある。
ローレンスの記憶をのぞけば、その謎が解けるのだろうか。俺はもう一度強く石を握ってみた。石はいつもと変わらず何の反応も起こさなかった。
俺の知らないうちにけがをしたのか、それとも病気?
「ちょっと休みましょう」
魔獣が出るとずっと緊張していたから、体調が悪くなったのだろうか。俺は王子を岩陰に連れていく。
どこかで毒でも吸ったか? ひょっとしてあの光る植物を食べてみたのかな?
「あの、どこか怪我でもされているとか。お腹が痛くなったとか……」
王子はうなだれたまま首を振った。
「足をくじいたとか……では、ありませんよね」
王子は青い顔をしたまま、首を振る。いつもの彼とは違う。俺は戸惑う。いつものアーサー王子ならば軽い笑みを浮かべながら、むしろ俺を鼓舞して山登りをするはずなのに。岩に腰を下ろした王子はその場に縫い付けられたように動かない。
「すまない。私は……」
アーサーはそこまでいって口を結んだ。これ以上は、明かせない秘密があるかのように。
「いいですよ。急ぐわけでもないでしょう」俺は肩をすくめる。内心、心配だが仕様がない。
「荷物、お借りしますよ。先ほどの魔道具はどこに……ああ」
俺は焚火を再現し、それから先ほどアーサー王子がしていたように湯を沸かそうとした。水筒の中の水は空だった。洞窟で汲んでくればよかった。俺はあたりを見回す。湖があるくらいだから、どこかに水場はないだろうか。
そんなことをしながらも、王子の様子を窺った。彼は岩を背に座り込んで動かない。
あの豪胆に見えるアーサー王子がこのような反応を見せるとは。俺は内心驚いていた。
そんなに魔獣が怖かったのだろうか。
アーサー王子は魔獣ごときで立ち直れなくなる弱い人間には見えないのだが。
それとも、塔に登りたくないのだろうか。洞窟でアーサー王子が言っていたことを思い出す。彼は王位を受け取りたくないといっていた。フェリクス王子が皇太子になればいいとも、繰り返していた。彼はあの塔に登って儀式を行うことを、彼は拒絶している?
俺は岩場を透かし見た。
このまま岬まで行って岩場を登れば、塔に上ったことになるのだろう。そして最初に上ったものが精霊の恵みを受けて王になる。
俺がアーサー王子の取り巻きたちだったら、背負ってでも王子を塔に連れて行ったかもしれない。
だが、俺は無理強いしなかった。北の民である俺には誰が王位につくかなどどうでもいい話だからだ。
「すまない。やはり私には、無理だ」
王子はうなだれたまま、頭を抱えている。
「無理をしなくてもいいですよ」
俺はアーサーに優しく声をかけた。
「待っていてください、ちょっと水を汲んできますね」
「まて、君」
慌てたように俺を止める声を振り切って、湖のほうへ向かう。
上からのぞき込むと湖は深い緑色の水をたたえていた。息をのむような美しい水の色だ。ただ、この赤い岩山に囲まれた光景は、不気味だった。本当にこれは湖なのか。何か俺の知らない秘密があるように感じられる。どこかに水をくむことができる岸はないだろうか。
湖に降りる道を探していると、鳥が水面をすべるように飛んでいるのに気が付く。白い鳥だ。
まさか、あれが魔獣?王子の説明していた恐ろしい悪霊には見えない。どう見てもただの鳥なんだけどな。
白い鳥は俺のほうに近づいてきて、そばの岩棚にふわりと止まった。見たこともない種類の大きな鳥だった。羽を広げると俺の手を広げたくらいの大きさはあるだろう。雪のように白い羽がつやつやと輝いて見える。大きな赤い目がこちらに向いている。その神秘的な目を見ていると吸い込まれそうな気がする。
「やぁ」俺は挨拶をしてみた。「水辺におりたいのだけど道を知らないか?」
鳥はふわりと優雅に飛び立った。そして少し離れた場所に舞い降りる。
「ひょっとして案内してくれてる?」
あの猫のように。
俺は鳥の後を追う。
鳥は湖と反対側の岩山の上に降りたった。
「そっちでいいのか?」半信半疑ながらも鳥の止まった岩の先を覗いた。
「お?」
岩の間から水が湧いて、小さな池ができていた。水底の石の一つ一つが数えられるくらい透き通った水だった。俺の顔が鏡のように映し出される。
「この水は飲めるのか?」
もちろん鳥は何も言わない。俺はそっと水に手を入れてみる。冷たい水が乾いた皮膚に潤いを与えてくれる。すくって一口飲んでみた。乾いた空気になれた喉に染み渡る。たぶん飲むことができる水だろう。俺は用心深く水を水筒にくんだ。
「お茶を沸かしてみよう。少しは元気が出るかな?」
周りは静かだった。俺と鳥のほかに動くものは見当たらない。時々神経を集中して気配を探ってみたが、無意味な行為だった。とても平和で安全だった。こんな変な化け物が出るような場所にいるのに。俺の気分は落ち着いていた。
本当にこのあたりに魔獣が出るのかな?
戻ってみると、王子は目を閉じていた。俺といる間は気をはっていたのだろう。休息の邪魔をしないように、こっそりと湯を沸かしてお茶を作る。鳥は俺についてきて、面白そうに作業を見ている。先ほどのネズミといいこの鳥といい、ここの動物は人を恐れていない。
「あまり警戒心がないと、食べられるぞ。おまえ」
俺は鳥の目を覗き込んだ。鳥はこちらの言葉が分かるかのように首をひねる。
「ラーク」
呼びかけに振り向くと、王子がこちらに目を向けていた。
「……はい、なんですか?」
王子のぼんやりした視線が定まった。
「ああ、君か?」
「お茶を入れてきましたよ」
振り返ると鳥はいなかった。どこかへ行ってしまったようだ。
「ここの水は飲めるのかわかりませんけどね」
毒見をしてみたけれど、俺の体調には変化はない。
「危ないかもしれないですが、どうします?」
「いただこうか」
王子はお茶を手に取って飲んだ。
王子はしばらく黙っていた。長い沈黙の後、王子はやっと口を開いた。
「無理だ。ここから先に進むことはできない。やはり、私には資格がないのだ。どうしてもここから先、進む気がおこらない」
王子は小さな声で告白した。
「体調が悪いのでしょう? 余計なことを考えないほうがいいと思いますよ。あの洞窟変でしたからね。また、機会がありますよ」
俺はあえて明るくそう答えた。
「君は、本当に君自身は塔に上ろうと思わないのか?」
王子は俺を凝視している。
「上れと言われていないのか」
登ってどうなるのだ? 俺が王になる? ランドルフ様、万歳といわれて俺はうれしいだろうか? 背筋がぞっとしたので想像するのはやめた。誰も得をしない展開だな。
「デリン家は君にそういう命を与えていないのか?」
「まさか」
彼らが望んでいるのはローレンスを見つけ出すことだけだ。俺が王になることはだれも望んでいない。デリン公もデリン夫人も、見ているのはローレンスで、俺ではない。俺は彼らにとっては死んだものであり、ローレンスの陰だから。
「やはり、君は……すまなかった」
王子は俺と目を合わさずに下を向いている。何に謝るというのか。俺は肩をすくめる。
「気分が悪いのでしょう。変な穴の中にいたから。なんとかして、帰りましょう。結界はどうやって抜ければいいのですか?前回は?」
前に来たというのだから、帰る道を知っているのだろう。俺の期待に反して王子は首を振る。
「実はよく覚えていないのだ。気がついたら、学園にいた。私は、前のときには逃げてしまったから」
王子は感情をこらえるように口を結んだ。
「おかしいだろう? 私は彼の救いになるつもりだったのだ。なのに、結局……」
俺は息をついた。いまなら、王子に質問することができるかもしれない。
ローレンスは、どこに行ったのですか?
どこかで声がした。大勢の人の声だ。風に乗って、誰かが話しているのが聞こえる。
俺たちははっとして、顔を上げた。
「誰でしょう?」
「待て、出るな」王子は低い声で俺を制した。
「……なんでだ……」「おかしいだろ」
霧が立ち込めてきた。濃いあたりを覆い隠すような霧だ。自分の手すら見えなくなるほどの霧に、俺は慌てて魔道具を回収する。
「王子?」
空気が湿り気を帯びていた。手で触れた大地に草が生えている。俺はあたりを見回した。第一王子と目が合う。王子は冷静だった。先ほどまでの苦悩と狼狽は消え、いつもの落ち着いた王子に戻っていた。
「結界が解けた」
彼は一言で説明して、音を立てるなと手で合図をした。俺は姿勢を低くする。
俺たちがいるのは塔に通じる道の脇にある遺跡の陰だった。このあたりは探索していたから、よく知っている。古い建物の残骸の陰で、草が生い茂っていてちょっと見には人がいるとはわからないような場所だった。
やがて、怒鳴り声、弁解する言葉。きれぎれに不愉快な音が聞こえてきた。
「ありえないだろう」「あんなに苦労したのに……」
何者かが不平不満をあらわにして俺たちの脇を通っていった。そのあとに、足を引きずるような足音。
「いったい何なんだよ……」
王子がそっと通り過ぎる相手を観察している。
「なんですか? 彼らは?」
「……儀式の参加者だ。君の友達もいたぞ」
イーサンのことだろうか。王子は立ち上がって、服の埃を払った。
「そろそろいいだろう。ここで、わかれよう」
王子は手を差し伸べてきた。
「世話になった」
「いえ、こちらこそ」俺は手を借りて立ち上がる。
「私たちが一緒にいたことは秘密にしておいてくれ」
手をつないだまま王子はいう。
「弟に知られると、厄介だ。ラークは彼のお気に入りだったから」
「僕は違いますよ」
俺が言うと、王子は笑った。
「今回は世話になった。恩に着る」
王子はその言葉を残すと、ゆっくりと背を向けて立ち去った。霧の名残消える彼の背中は、孤独で、重荷を背負うには小さく見えた。
王子が立ち去った後、俺はもう一度草むらに座り込んだ。湿り気を含んだ大地の冷たさが這いあがってくる。俺は記憶石を服の上から握りしめたままだった。
一体、ローレンスと第一王子の間に何があったのだろう。彼らのことを考えると胸が騒いだ。
機会を逃してしまった。そう、俺は思う。
今、第一王子にそのことを聞いても絶対に答えてくれない。奇妙な確信がある。
ローレンスの記憶をのぞけば、その謎が解けるのだろうか。俺はもう一度強く石を握ってみた。石はいつもと変わらず何の反応も起こさなかった。
295
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)
たたら
BL
久々の新作です。
全16話。
すでに書き終えているので、
毎日17時に更新します。
***
騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。
だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。
醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、
その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、
無表情で女性を冷たくあしらうばかり。
そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。
本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、
次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、
彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった!
は?
騎士団長と結婚!?
無理無理。
いくら俺が【不能】と言っても……
え?
違う?
妖精?
妖精と結婚ですか?!
ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。
だめ?
【不能】じゃないと結婚できない?
あれよあれよと婚約が決まり、
慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の
可愛い恋物語です。
**
仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦
落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。
今回は短編で。
リハビリがてらサクッと書いたものですf^^;
楽しんで頂けたら嬉しいです
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる