魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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「おかえりなさいませ」
 お仕着せをした召使がずらりと並んでいる。うわ。これは……

 俺は張り付けた笑顔が引きつるのを感じた。こんな出迎えを受けるのは初めてだった。
 前のときはこっそり裏口から館に入ったので、当然こんな出迎えもなく。

「笑顔をお忘れなく」
 執事が後ろでこそりとささやいた。

 いやいや、そんなに頭を下げられても。これは礼を返せばいいのかな? 何もせずにそのまま通り過ぎてもいいのか?

「どうぞ、こちらへ」
 執事が先導して歩き始める。イーサンのほうを見ると、彼は当たり前のように執事について歩き始めた。俺も真似してついて行く。

 扉のうちに入ると、そこでかわいらしい服を着た少女が待っていた。

「おかえりなさいませ、お兄様」

 後ろの侍女とともに頭を下げる。茶色の髪、茶色の瞳、どこかローレンスに似ている。これがエレインか。背の高さは俺よりも若干低いくらい。

「君は、エレイン?」

 少女は頭を上げてにっこりと笑いかけた。

「お久しぶりです。お兄様……そちらの方は?」

「イーサン・アーウェ・ハーシェルと申します。初めまして。デリン家の公女殿下にご挨拶を申し上げます」

「ハーシェル家の。鹿の公子とは、失礼いたしました。私、エレイン・シーア・デリン。デリン家の第三子でございます。お見知りおきを」

 ええと。流れるように儀礼的な挨拶をかわす二人に俺はおいていかれた。
 そうそう、初対面の人とはこうやって挨拶をかわすのだと仕込まれたんだった。学園ではこういう挨拶を使う場はなく、それどころか王族をぶん殴ってしまったんだが。

「エレイン様。ローレンス様はまだあまりお具合がよくないご様子」
 挨拶が終わったとみるや、執事が早速割って入る。

「わかりました。事情はきいておりますわ。お兄様、お茶の時間にお目にかかりましょう」

 エレインはわけ知った風にうなずいて、ちらりと俺と目を合わせる。無言の圧を感じて俺はひるんだ。

 怖い。怖いよ。女って怖い。
 姉貴たちもそうだったけれど、隠し事はなんでもばれてるんだな。絶対この女も俺のこと、疑っているだろう。

「ローレンス様、どうぞ」
 俺はローレンスの部屋に案内される。ここで、ローレンスになりきる研修を受けたのでなじみの部屋だ。俺は寝台にひっくり返った。すでにくたくただ。

「エレイン様からお茶に招待されました」
 イーサンを案内して戻ってきた執事がそう俺に告げる。

「気分が悪いからダメというのは……」

「前にも申しましたように、覚えていませんと記憶にございません、でございますよ」

 そんな言葉でごまかされる相手ではないと思う。

「無理だ、無理だ、無理だ……
 」駄々をこねる俺を見て執事は深くため息をついた。

「いかなければ、より疑いを深めることになると思います。あの方はどちらかというとローレンス様よりもランドルフ様に似て、なんでも行動に移す方ですので」
 夜中に部屋に忍び込まれるのは嫌でございましょう、と執事。

「え? 彼女、そんなに活動的なのか? まさか、夜中に寝室に忍び込むような真似を……」
 俺はぐさりと短刀で突き刺される場面を想像した。

「……夜這いですか。まさか、そのようなことは。ただ、あのお方についている侍女たちはなものたちが多く」
 執事は窓をちらりと見た。

「侵入者除けの罠でも仕掛けておいたほうがいいかな?」

「罠よりもお茶会に行かれるほうがより建設的かと」

 仕方ない。
 俺は夜ぐっすりと眠りたい。
 執事に用意されるままに、制服を着替えてお茶会とやらに向かう。

 お茶会……これも一度実習した。
 大公婦人を相手にしてだった。
 女の戦場のようなものだと理解している。整然と並べられた茶器と菓子の山。そこに飛び切りの衣装を身に着けた女たちがかしこまって座り、覚えきれないほどの礼儀作法に従って一見害のない会話を繰り広げる。
 何気ない用に発せられた言葉の一つ一つに裏の意味があり、それをくみ取れないものから落ちていく戦闘だ。

 俺の最も苦手とする戦場だな。

 お茶会のために用意されていた部屋は庭を見下ろすことができる日当たりの良い部屋だった。
 いかにも高価な花模様の茶器と繊細な菓子……俺の好物じゃないか。座れば沈み込みそうな長椅子は昼寝するのによさそうだ。

 エレインはすでに窓を背にした奥の席についていた。

「ようこそ、お兄様。よくいらしてくださいました」
 彼女は親し気に立ち上がり、自分の斜め横の席に俺を案内する。

「お疲れのところ、お茶に参加いただき、恐縮しておりますわ」

 俺は黙って、席に着いた。妹も元の席に戻り、侍女が後ろから進み出て茶を注ぐ。

「もういいわ。ありがとう。下がってくれるかしら」

 とても俺よりも年下とは思えないな。堂々たる淑女ぶりだ。ちょっと頭の中にお花が生えている大公婦人よりもずっと大人びてみえる。

 召使が一礼して部屋から立ち去ってから、妹は立ち上がって深々と礼をした。

「それでは、改めまして。初めてお目にかかります。先にご挨拶することをお許しくださいませ。私はエレイン・シーア・デリン。デリン家の第三子でございます」

 これって、俺に本名を名乗れってことだよね。
 うーん。打ち明けるつもりではいたけれど。

「ランドルフ・コンラート。よろしく」
 俺はぶっきらぼうに自己紹介をした。

 妹は首をかしげた。

「コンラート。北の狼の出ですか」

「そう。よく知っているな」

「北の王家は我が家とは同盟に近い関係でしょう。だから……」
 そういって彼女は値踏みするように俺を見た。
「北の戦士は直截な物言いが好きだと聞きました。だから、お聞きするわ。ローレンスお兄様はどこにいらっしゃるの?」

 挑むように上目遣いで俺のほうを見上げる。こうしていると年相応なんだけどな。

「その前に、どうやって俺がローレンスではないとわかった?」

 エレインは不服そうに頬を膨らませる。

「取引ということかしら。いいわ。私が確信したのは先ほどよ。たとえお兄様が噂通り記憶がないとしても、ああいう目で私を見ることはないわ」
 目つきが悪かったというのかな。
「あれは戦士のするしぐさでしょう? お兄様はとても繊細で内気な方でしたから、あんなふうに目を合わせるようなことはしなかったはずよ」

「誰かから、俺が偽物かもしれないって聞いていたんじゃないのか?」

「ええ。ローからきいていました」

「ロー?」

「貴方の同級生のローレンス。彼は私と従弟同士なのです」

 ああ、もう一人のローレンスか。あの第二王子と一緒にいる。カリアスのような強烈な奴がいるから陰に隠れているけれど、顔は覚えている。

「お兄様がお怪我をされたと聞いて私、とても心配しましたの。休みの間にも会うことも許されず。あとで復学されたと聞きました。それで、ローの手紙に書いたのです。お兄様の様子を知らせてほしいと」

「それで、何と書いてきたんだ?」

「お兄様がお変わりになられた。第二王子殿下と仲たがいをして、卑賤な人たちと付き合っていると。錯乱している、そんな表現でしたかしら?……フェリクス殿下に暴行を働いたって本当ですの?」

「別に意図してやったわけじゃない。たまたまあの変態が俺にちょっかいを出してきて、気持ち悪かったから殴った、それだけだ」

 妹が目を丸くした。

「本当に、殴ったのですか? まぁ、噂は本当だったのね」

「噂?」

「ええ。女学園で、お兄様がフェリクス殿下を足蹴にしたとか、暴行を働いて屋根の上で踊ったとか、そういう噂が流れましたの」

「……呪われて、赤い目を光らせて生徒を襲ったとか?」

「ええ。そういう噂もありましたわ。それも本当ですの?」

「それはただの噂だ」
 まさか女学園にもそんな不評が流れていたとは。

「ですよね。私も悪意のある噂だと思っておりました。ただ、それで私の婚約の話も立ち消えになり……」

「婚約? 誰と?」
 まるで大人のように振舞っているが、まだ子供なのに。

「フェリクス殿下ですわ。いえ、正式に決まったわけではありません。仮にあの方が皇太子の地位についたなら、そういう話もありうるということです。もっとも、今回のことでその可能性は低くなりましたけれど」

「それを君は望んでいるのか?」
 あまりにも淡々と答えたので俺は思わず聞き返す。

「わたくしとフェリクス様の婚約ですか? 私の判断するところではないでしょう?それは家門が決めること。違いますか」

 違うだろう。あの男と結婚なんて。こんな小さい子が俺の呑み込めないことを受け入れているなんて。なんだかむかむかしてきた。

「やめたほうがいい」俺は言い切った。「あの男は、問題がある。あいつは俺をラークと勘違いして……あ」
 妹にこんな話をしていいのだろうか?

「つ、つまり、その、恋人でもないのに、そういう行為をするんだよ。そういうのは嫌だろ?」
 ああ、とエレインがうなずく。

「手の甲に口づけをしたり、手をつないだりされたのですね。私も公衆の面前ではちょっと」

 かすかに恥じらいを見せるエレインに俺は唖然とした。

「い、いや、それ以上の……」

 この子、そういうことを知らないのか?困った。これでは、話がつうじない。

「う、うん。その、あのへ……フェリクス殿下が、彼のことが好きなのか?」
 ますますわけのわからない顔をされた。

「いえ。全然。実のところ、お話したこともありませんの。周りがそう希望しているだけですわ。家門が王家とつながれば、立場が強くなりますから」
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