魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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親ばか

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 エレインは夕食の席でも俺やイーサンに文句を言っていた。よほど、驚いたのだろう。

「人間は水の中で生活することはできないのですよ。それをよく覚えておいてくださいませ」
 彼女は何度も繰り返した。

 こんなにおいしいものを前にして、説教をするとは。俺は肉を前にお預けを食らっている犬の気分を味わう。エレインの肉はほとんど減っていない。
 もったいない。俺が食べましょうか、と言いたいところをぐっとこらえる。

「そういえば、今日、図書館で見慣れない学生を見かけましたの。あれは学園のお友達ですよね」

「ああ、リーフ? それとも本屋のローレンスかな?」

「眼鏡をかけた子でしたわ。私の姿を見ると下がってしまいましたけれど。あの子、魔道具に興味を持っているのですか?」

 俺とイーサンは顔を見合わせた。

「どうしてそれを?」

「魔道具の理論書を読んでいたからですわ。今度一度お話を伺いたいの」

 俺とイーサンはもう一度目線をかわした。

「あの、いいのかな? 彼らは、貴族籍ではないけれど……」
 俺はおずおずと確認した。

「でしょうね。でも、それがなにか?」

 あ、あれ? ローレンスはあんなに平民を嫌っていたのに、妹はそこまででもない?

 同族の気配を感じ取ったのだろうか。もともとエレインと本屋の兄弟は似た者同士だ。妹は外側におしとやかな令嬢の皮をかぶっているけれど、中身は本や研究をこよなく愛する偏執者なのだ。だけど……

「ローレンスは、平民と話はしなかったから、貴女もそうなのかと思っていました」

 そうイーサンが告げると、エレインは不思議そうな顔をした。

「そうなのですか? あのものたちは学園でローレンスお兄様を手伝っていたものなのでしょう?」
 何か問題でも?と首を傾げられた。無邪気なしぐさだった。これは、本当のことを話すことはできないな。

「わかりました。話をしておきましょう」イーサンが応える。

「私、午後は図書館で過ごすことが多いのです。よろしくて?」

 しばらくしてから、図書館で本屋の兄弟とエレインが何か話し込んでいる姿を見かけることが増えた。きっと俺にはわからない高度な何かを話し合っているのだろう。わざわざ頭が痛くなることをしに行く趣味はないので、俺は彼らをそっと見守るだけにした。

 デリン家の当主が館に到着したのは、それから数日してからのことだった。

 俺の部屋からもたくさんの馬車が表に止まって荷物を下ろしているのが見えた。いつも俺の指導をしている執事も今日は外で仕切っている。

 その代わりに俺についているのは俺をローレンスと信じている若い執事候補だった。俺が不機嫌にガタガタと机を揺らすと、片方の眉を上げて非難してくる。
 ローレンスだったら、それでおとなしくなったかもしれないが、俺は違う。

「先生、席を外してもいいでしょうか」

「なるべく早くおかえりください」

 俺は用を足しに行くふりをして逃げ出した。

 この家には学園にもましていろいろな結界が張ってある。
 俺はちび犬を呼び出して、一つ一つ罠を外しながら部屋の探索をする。慣れ親しんだ神殿の結界とはだいぶ型が違うので、抜け出すのも一苦労だ。

 屋根裏で兄貴と鉢合わせた。

「ランス、逃げ出してきたのか」
 にやりと兄貴は笑う。

「兄貴、ここで何を?」

 兄貴は古い酒の瓶をかざした。

「見ろ。隠してあったぞ。年代物だ」

 隠していたというよりも、忘れられた酒のようだ。

「この先に、厨房に抜ける道がある」

「使用人通路ですか?」

「そうだ。そして、この下には……」
 兄貴が手招きするのでのぞいてみた。寝台と机、狭くて飾り気がない。なんだ?
「侍女の部屋だ……かわいい女の子の着替えが見放題だぞ」

「おお……」

「それも、北のように防御結界がない」

「おおおおおお」

 それは、本当か? 北の女たちの部屋はがちがちの結界が張ってあって、破ろうものなら女たちから袋叩きにあう。

「それでは、水浴びをする部屋も……」
 俺はごくりとつばを飲み込んだ。

「ちゃんと位置は把握している。あとで案内してやろう」

「兄貴、ありがとう」

「しかし、ここまで警戒していないとは……」

「何を警戒していないのですか」

 は? 
 俺と兄貴は恐る恐る振り返った。エレインにいつもついている侍女が無表情に立っていた。

「ランドルフ様、お館様がお呼びです」

「は、はい」
 まさか今までの会話を聞かれていたとか。

「こちらへどうぞ」
 俺はびくびくとして立ち上がると、女は兄貴を冷たく見つめる。

「それから、アルウィン様。これ以上の探索を続けるおつもりならお覚悟を。特別なおもてなしを用意しておりますから」
 女は感情のない平板な声でそう告げるとくるりと背を向けた。

 特別なおもてなしって何だろう。あんなことやこんなこと? 

 俺がいろいろと妄想を膨らましながら、侍女の後をついて行く。侍女は迷うことなく屋根裏から豪華な廊下へ、そしてまだ俺が探索していない当主やその家族が住む場所へ案内する。
 さすがに俺も客としてとどまっている身だ。この区画に踏みいれるのは躊躇していた。

「ランドルフ様、なにかお聞きになりたいことでも?」
 侍女はちらりと俺のほうを見て尋ねる。

「あー」
 特別なおもてなしとは何ですか、なんて聞くことはできない。

「ランドルフ様はご家族と同じようにもてなせ、との命を受けております。それ故に少々のお痛には目をつぶってまいりました。しかし、風紀を乱すような真似は看過できません」

「えっと」

「将来の家族計画をお考えなら、思い直したほうが良いかと思います」

 それって、どういうこと? まさか、そんなことは……。

「つきました」

 女は明らかに当主の部屋と分かる立派な扉の前で一礼をした。

「お館様、ランドルフ様がお見えです」

 中の扉がさっと開いた。扉の内側に控えていたいつもの執事が一礼して俺を迎え入れる。

 デリン家の当主が立派な机を前にして椅子に掛けていた。その横に明らかに機嫌を損ねているエレインがいる。

「やぁ、ランドルフ君。よく来てくれたね」
 デリン家の当主はひきつった笑いを浮かべる。

「お呼びと伺いました。デリン公」
 俺が帝国式に深々と礼をすると、執事が後ろで大きくうなずいた。これで正解だったらしい。

「遅かったではありませんか。
 明らかに含みを持った言い方でエレインが俺をにらむ。

「そ、それで何の御用でしょうか」

 デリン公が俺に近く寄るように手招きをする。そして、耳元でささやいた。

「君、エレインにローレンスのことを話したのか?」
「仕方ないでしょう。彼女、もう気が付いていましたよ」

「聞こえていますよ。お父様、
 俺たちは縮み上がる。

「この家には私の知らないことが多いようですわね。少なくとも家門のものの名前くらいは把握していると思っておりましたのよ。ねぇ、トーマス」

「私には何のことだか」
 話を振られて、執事が壁を向いて答える。

「エレイン、お前をのけ者にしていたわけではないのだよ。その、微妙な、話があってだね」
 デリン公はもごもごと口を濁した。
「少し、ランドルフ君と話さなければならないことがある。その、席を外しなさい」

「また、秘密のお話ですか? 私、そんなに信用がありませんの?」

 エレインはジワリと目に涙を浮かべて見せた。嘘泣きと分かっていても、俺たちは慌てる。

「いや、そうではない。泣かないでくれ。我が宝石よ」

「それでは私はここにいても……」

「よい。いいぞ。ただし、口をはさむなよ」
 仕方がないと、デリン公は俺に報告を促した。

「いいのですか?」

「いい。しかたがない」
 なんて親バカなんだ。エレインにいいように手玉に取られている。
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