65 / 82
侍女
しおりを挟む
「ランス、足よ。足に気をつけなさい」
赤毛の大女が俺に注意をする。
「淑女はそんなに大股を開いて座らないものよ」
「そういう兄貴だって……」
「姉貴と呼びなさい。あるいは姉御と」
大女は、いや、兄貴は足のムダ毛をそりながら俺の言葉を直した。
「いいわよねぇ。ランスちゃんは。あたしなんてこんなに毛が生えちゃって」
そこが問題じゃぁない。いや、そこも問題だというべきなのか。ウキウキと体毛をそっている兄貴から俺は目をそらす。
「どうするんだよ」
その隣で濃い茶色のおさげを垂らしたイーサンが腕組みをして目を怒らせている。
「なんで、僕までこんな服装をしないといけないんだ?」
「仕方ないだろう。潜入するのに変装する必要があるってエレインが……」
「君と兄貴だけで、いいだろう、といっているんだ」
「俺も嫌だ」
暖炉の上の大きな鏡にお仕着せを身にまとった少女が不機嫌そうに映っている。薄い茶色の髪に赤茶色の目、女たちが寄ってたかっていじくりまわした顔はどこからどう見ても女の子だ。
「力作です。いかがでしょう」
紅刷毛を片手に侍女がデリン夫人に尋ねる。
「いいわ。素敵よ。エレイン、見て。貴女のおつきにふさわしくなくて? もちろん、ハーシェル殿も素晴らしいですわ」
褒められてもイーサンは礼を返せなかった。兄貴に対する感想は、ない。
「君たち兄妹がいいことを思いつくとろくなことがないよな」
イーサンが俺にだけつぶやく。
「俺とエレインを一緒にしないでくれ……」
俺はそれだけしか返せなかった。
こんなひどいことを思いつくなんて。俺なんかエレインの足元にも及ばない。
それから、この家の女たちは兄貴以上に楽しそうに俺たちを教育した。侍女としての振る舞い、知識……こんなことをして何になるのだろう。それまで無駄だと思っていた貴族の紋章を暗記しているほうがまだ役に立ちそうだ。
「それでは動いてみてください。はい、ここまで歩いて……はい、裾を蹴らない」
慣れない。女の服を着て、動くのは見ているよりもずっと大変だった。北の女たちが男と変わらない格好をして作業する理由がよくわかる。見た目には帝国の女たちのほうが女らしくて好きだと思っていた。自分が着てみると、無駄な布を使っているとしか思えない。
そもそも、なぜ、俺がこんなことをしているんだ? そして、周りの女たちはどうしてこんなに熱心に俺たちにかまってくるんだ?
「はい、次は礼の仕方」
いつもはエレインについている侍女がビシビシと俺たちを指導する。
鏡の中で、ぎこちなく少女が頭を下げる。田舎から出てきたばかりの侍女みたいだ。恰好だけは一人前だけど。
デリン家の侍女の正式なお仕着せは落ち着いた茶色がかった赤の長着に白いまい掛けだ。家門によってお仕着せの色は決まっており、特に舞踏会の付き添いとなると侍女といえでも正装を求められる。この正装というのが問題だ。動きにくいぴっちりとした胴着に、長い裾を引きずるスカート。
「これで自由に動けてこそ、一流の侍女なのです」
そう指導役の侍女は告げる。
「この格好で、暗殺者を防ぐほどの腕を上げてこそ、真の侍女です」
誇り高くそう宣言されて、俺の気分は落ち込んだ。
女って大変だったんだな。戦士として劣ると馬鹿にしてきて悪かった。白旗を上げられるものなら、上げたい。
服を着るだけでも大変なのに、正装にふさわしいふるまいという余計なものまでついてくる。
「本来なら、見習いの侍女は出席できないのです。でも、今回はエレインお嬢様たっての願いということで、より年の近い侍女を選抜したということになっています。来年のお披露目の前準備というわけです。なので、気合を入れて練習をしてくださいね」
「はい」
伏し目がちに返事をしたのは、兄貴……姉御だ。どう見ても、同年代の少女には見えないし、お仕着せも入らなかったのでどこからか発掘してきた大きめの女の服を着ている。ちょっと見ただけでみんなが目をそらす。
でも仕草は女だ。兄貴にこんな特技があったとは。どこで習ったのだろう。
「ランス、お前は英雄アルウィンの物語を忘れたのか?」
兄貴はいきなり漢に戻った。兄貴が名前をもらった英雄の名前に俺は首をかしげた。
「英雄アルウィンは女のなりをして敵将の首を取ったのだ」
「そうでした。それで、兄貴も……」
「そうだ。実は北の学校でも見込みのある漢には女に化ける授業を受ける。少数精鋭の授業だから、あまり表に出ることはないが」
「おお」
俺は納得した。兄貴ほどの優秀な人材だ。もちろんその授業を受けたのだろう。
「おまえも、その授業を受けていると思って励め。帰ってから役に立つ」
「わかりました。励ませていただきます」
俺がぐっとこぶしを握り締めた。
「違うわ。ご指導よろしくお願いします。こうよ」
兄貴がふにゃりと女の礼をした。
「おお、なるほど」
「違います。淑女はそんな礼はしません。どこぞの酒場女のような振る舞いはやめてください」
指導役の本職は憤りをあらわにする。
「ランドルフ様、けしてあのような下品な真似はしないでくださいまし」
そんなこといわれても、俺、淑女になんかなるつもりはないんだけどな。
執事による公子としての礼儀作法の時間、エレイン付きの侍女による淑女としての礼儀作法の時間、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
赤毛の大女が俺に注意をする。
「淑女はそんなに大股を開いて座らないものよ」
「そういう兄貴だって……」
「姉貴と呼びなさい。あるいは姉御と」
大女は、いや、兄貴は足のムダ毛をそりながら俺の言葉を直した。
「いいわよねぇ。ランスちゃんは。あたしなんてこんなに毛が生えちゃって」
そこが問題じゃぁない。いや、そこも問題だというべきなのか。ウキウキと体毛をそっている兄貴から俺は目をそらす。
「どうするんだよ」
その隣で濃い茶色のおさげを垂らしたイーサンが腕組みをして目を怒らせている。
「なんで、僕までこんな服装をしないといけないんだ?」
「仕方ないだろう。潜入するのに変装する必要があるってエレインが……」
「君と兄貴だけで、いいだろう、といっているんだ」
「俺も嫌だ」
暖炉の上の大きな鏡にお仕着せを身にまとった少女が不機嫌そうに映っている。薄い茶色の髪に赤茶色の目、女たちが寄ってたかっていじくりまわした顔はどこからどう見ても女の子だ。
「力作です。いかがでしょう」
紅刷毛を片手に侍女がデリン夫人に尋ねる。
「いいわ。素敵よ。エレイン、見て。貴女のおつきにふさわしくなくて? もちろん、ハーシェル殿も素晴らしいですわ」
褒められてもイーサンは礼を返せなかった。兄貴に対する感想は、ない。
「君たち兄妹がいいことを思いつくとろくなことがないよな」
イーサンが俺にだけつぶやく。
「俺とエレインを一緒にしないでくれ……」
俺はそれだけしか返せなかった。
こんなひどいことを思いつくなんて。俺なんかエレインの足元にも及ばない。
それから、この家の女たちは兄貴以上に楽しそうに俺たちを教育した。侍女としての振る舞い、知識……こんなことをして何になるのだろう。それまで無駄だと思っていた貴族の紋章を暗記しているほうがまだ役に立ちそうだ。
「それでは動いてみてください。はい、ここまで歩いて……はい、裾を蹴らない」
慣れない。女の服を着て、動くのは見ているよりもずっと大変だった。北の女たちが男と変わらない格好をして作業する理由がよくわかる。見た目には帝国の女たちのほうが女らしくて好きだと思っていた。自分が着てみると、無駄な布を使っているとしか思えない。
そもそも、なぜ、俺がこんなことをしているんだ? そして、周りの女たちはどうしてこんなに熱心に俺たちにかまってくるんだ?
「はい、次は礼の仕方」
いつもはエレインについている侍女がビシビシと俺たちを指導する。
鏡の中で、ぎこちなく少女が頭を下げる。田舎から出てきたばかりの侍女みたいだ。恰好だけは一人前だけど。
デリン家の侍女の正式なお仕着せは落ち着いた茶色がかった赤の長着に白いまい掛けだ。家門によってお仕着せの色は決まっており、特に舞踏会の付き添いとなると侍女といえでも正装を求められる。この正装というのが問題だ。動きにくいぴっちりとした胴着に、長い裾を引きずるスカート。
「これで自由に動けてこそ、一流の侍女なのです」
そう指導役の侍女は告げる。
「この格好で、暗殺者を防ぐほどの腕を上げてこそ、真の侍女です」
誇り高くそう宣言されて、俺の気分は落ち込んだ。
女って大変だったんだな。戦士として劣ると馬鹿にしてきて悪かった。白旗を上げられるものなら、上げたい。
服を着るだけでも大変なのに、正装にふさわしいふるまいという余計なものまでついてくる。
「本来なら、見習いの侍女は出席できないのです。でも、今回はエレインお嬢様たっての願いということで、より年の近い侍女を選抜したということになっています。来年のお披露目の前準備というわけです。なので、気合を入れて練習をしてくださいね」
「はい」
伏し目がちに返事をしたのは、兄貴……姉御だ。どう見ても、同年代の少女には見えないし、お仕着せも入らなかったのでどこからか発掘してきた大きめの女の服を着ている。ちょっと見ただけでみんなが目をそらす。
でも仕草は女だ。兄貴にこんな特技があったとは。どこで習ったのだろう。
「ランス、お前は英雄アルウィンの物語を忘れたのか?」
兄貴はいきなり漢に戻った。兄貴が名前をもらった英雄の名前に俺は首をかしげた。
「英雄アルウィンは女のなりをして敵将の首を取ったのだ」
「そうでした。それで、兄貴も……」
「そうだ。実は北の学校でも見込みのある漢には女に化ける授業を受ける。少数精鋭の授業だから、あまり表に出ることはないが」
「おお」
俺は納得した。兄貴ほどの優秀な人材だ。もちろんその授業を受けたのだろう。
「おまえも、その授業を受けていると思って励め。帰ってから役に立つ」
「わかりました。励ませていただきます」
俺がぐっとこぶしを握り締めた。
「違うわ。ご指導よろしくお願いします。こうよ」
兄貴がふにゃりと女の礼をした。
「おお、なるほど」
「違います。淑女はそんな礼はしません。どこぞの酒場女のような振る舞いはやめてください」
指導役の本職は憤りをあらわにする。
「ランドルフ様、けしてあのような下品な真似はしないでくださいまし」
そんなこといわれても、俺、淑女になんかなるつもりはないんだけどな。
執事による公子としての礼儀作法の時間、エレイン付きの侍女による淑女としての礼儀作法の時間、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
254
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)
たたら
BL
久々の新作です。
全16話。
すでに書き終えているので、
毎日17時に更新します。
***
騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。
だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。
醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、
その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、
無表情で女性を冷たくあしらうばかり。
そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。
本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、
次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、
彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった!
は?
騎士団長と結婚!?
無理無理。
いくら俺が【不能】と言っても……
え?
違う?
妖精?
妖精と結婚ですか?!
ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。
だめ?
【不能】じゃないと結婚できない?
あれよあれよと婚約が決まり、
慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の
可愛い恋物語です。
**
仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦
落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。
今回は短編で。
リハビリがてらサクッと書いたものですf^^;
楽しんで頂けたら嬉しいです
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる